今年2024年4月、カルラ・アッカルディ(1924~2014)の100点にのぼる作品をはじめてライブで体験し、やはりアート作品はこうして体感しなければ分からない、と改めて痛感しました。戦後のイタリアにおいて、最も重要なアーティストのひとりとして、世界でも高く評価される抽象画家カルラ・アッカルディの作品は、ニューヨークのMOMA、パリのポンピドゥー・センター、プラダ財団をはじめ、イタリア各地の美術館で観ることができます。しかし画家の生誕100年を記念して開催された、ローマの「パラッツォ・デッレ・エスポジツィオーニ(ローマ市立美術館)」の展覧会ほど充実したイベントに出会う機会はありませんでした。西洋美術の長い歴史に裏付けられた男性優位システムで構成された現代美術の世界を、力強く自由に、そして自信に満ちた表現で疾走し、女性アーティストのみならず、現代の女性たちのロールモデルともなった、アッカルディの世界を彷徨いたいと思います。 Continue reading
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欧州選挙:イタリアの勝者は本当にジョルジャ・メローニ率いる『イタリアの同胞』だったのか
現在日本に帰国しているため、6月8日、9日の欧州議会選挙をライブでは体験することができず、イタリアメディアの報道と、現地の知人にその雰囲気を聞いてみるぐらいしか、詳しい内容を把握できませんでした。が、結果、過去最低の49.7%という投票率で選挙を終え、そもそも欧州議会選挙の投票率は国政選挙よりは低いのが常ではあっても、「イタリアの有権者の半数以上が棄権に回る」というケースは共和国はじまって以来の出来事です。過去の欧州戦の投票率を調べると、1980年には86%、2005年に72%、2020年に55%まで下がり、遂には50%を切ってしまうことになりました。これは「棄権」することで既存の国内政治、欧州政治にNOを突きつける有権者の強い意志、なのかもしれませんが、「欧州議会が変わっても何も変わらない」、と単純に有権者の政治への興味がなくなった、ということかもしれません。 Continue reading
ラッキー・ルチアーノ Part Ⅰ : 「禁酒法」を経て、暗黒街の分岐点となった「コーザ・ノストラ」の誕生
ニューヨーク、ロウアー・イースト・サイドのストリート。徒党を組んで万引きや窃盗を繰り返していた、イタリア系移民のタフな少年サルヴァトーレ・ルカーニアが、巨万の富を誇るチャールズ・ルチアーノ、「ラッキー・ルチアーノ」としてその名を轟かすには、さほど時間はかかりませんでした。このルチアーノに関しては、単なるギャングというよりも、当時の米国に跋扈する、シチリア・マフィアの旧態依然としたシステムを一気にイノベーションした、「暗黒街の実業家」と呼ぶ方が相応しいかもしれません。資本主義に基づく市場の自由が保証された1900年代の米国のカオスを背景に、まるで小説か映画のようにゴージャスでシック、そして残虐なサクセス・ストーリーを紡いだのち、1946年、ルチアーノは国外追放となってイタリアへ帰還します。なにより興味深いのは、PartⅠで追う米国におけるルチアーノのイメージと、PartⅡで追うイタリアにおけるルチアーノのイメージに、明らかな差異があることでしょうか。その理由も推論しつつ、2回にわたって、ラッキー・ルチアーノの生涯をたどります。 Continue reading
日本をもうひとつの故郷として愛した、ふたりのイタリア人のこと
イタリアの碩学のひとり、クラウディオ・マグリスの記念碑的大作「ミクロコスミ」を翻訳。2022年に出版した、気鋭の翻訳家二宮大輔氏の寄稿です。それぞれにまったく違う境遇で、長い時間を日本で過ごしたジャンルカ・スタフィッソ、ピオ・デミリアというふたりのイタリア人が、この1年の間に次々に亡くなりました。そのうち、日本をベースにイタリアメディアの極東アジア特派員を務めたジャーナリスト、ピオ・デミリアは、幅広い見識に基づく体当たりの取材で、日本のみならず、アジア各国の諸事情を掘り下げ、イタリアの人々をぐっとアジアに近づけた、と思います。デミリアの報道のあり方は、われわれ日本人にとっては多少辛口の部分もありましたが、フィルターがかからない率直な洞察でもあり、その端々に日本への誠実な愛情が見え隠れしていました。デミリアが亡くなった際は、本人のかねてからの強い希望で、日本で荼毘に付されたそうです(タイトル写真は、ytali.com掲載のジョルジョ・アミトラーノ氏の記事写真を加工して引用しています)。
米国ネバダ州に保管されている(と言われる)ムッソリーニのUfoと、キャビネットRS/33の謎
2023年7月のローマは、10日を過ぎたあたりから地獄の番犬「サーベラス(Cerbero)」、および冥界の渡し守「カローン(Caronte)」の名を持つ、サハラ砂漠から押し寄せる熱嵐がダブルで吹き荒れて、最高42℃+という酷暑に見舞われました。それらはその名の通り、まさに絶望的と言える灼熱地獄をもたらし、シチリアに山火事を頻発させたり、北イタリアにテニスボール大の雹を降らせたり、いまだかつて体験したことがない暴力的な高気圧でした。「これからはひと夏ごとに暑くなる、もっともっともっと暑くなる。それが現実です」、と涼しい顔で語る気象学者の話を聞きながら、感染症といい、戦争といい、地球温暖化といい、まるでわれわれはSF世界に住んでいるようだ」と考えた次第です。そこで、そんなSF世界につつましく暮らしながら、ここ数年、ペンタゴンやNASA、米国議会から、突発的に、しかしけっこう頻繁に流れてくるUfo関連の話題のうち、米国のエリア51に保管されている(と言われる)、1933年にイタリアに墜落したUfo、及び地球外生命体と思われる2体の亡骸について、軽い気持ちで調べてみようと思います。 Continue reading
ジョルジャ・メローニ新政権 : たちまちカオスと化した、イタリアのFar-Right politics
いずれ状況は、少しずつ悪化するのだろう、と朧げには予想していましたが、こんなに早く、しかも立て続けに「なにこれ?」と驚く出来事が次々と起こることになるとはまったくの想定外でした。『右派連合』連立与党内の激しいいざこざを経て、上院、下院議会における信任も終了し、ジョルジャ・メローニ女史を首相とする新政府が稼働する運びとなった際は、若く、勢いのある女性が首相の座についたことが喜ばしく、一瞬ではありますが、「意外とソフトで思いやりのある中道右派政治が繰り広げられるかもしれない」との好意的な空気が流れたことも事実です。しかしそれは虚しい幻想であり、新政府がまず着手したのは「誰もが一刻も早く」と渇望していた、切迫したインフレから市民を救済する経済政策ではなく、体制には何ひとつ影響を及ぼさない、緊急性のない社会現象を叩き潰そうとする、挑発的な法律の立案、そして2018年の「サルヴィーニ法」を彷彿とする、難民の人々を国内外のプロパガンダに使う残酷な仕打ちでした。 Continue reading
真夏の夜の夢、アンダーグラウンドで静かに語り継がれるローマの亡霊伝説 Part2.
わたしの周囲の人々の多くは、少なくとも表面上、亡霊や超常現象、あるいはエクソシズム、あるいは降霊術(spiritismo)の話をすると、笑い飛ばす傾向にあります。それはおそらく、弁証法的唯物論を主義とする人々が多くいるからだと思いますが、ひょっとすると、本当に恐ろしがって話さない人々もいるのかもしれず、特にエクソシズムや降霊術の話をすると、「そんな危ない話題に近づくべきではない」と慌てた様子で諭されることすらあります。もちろん『ゴーストハンターズ』のようなマニアックな青年たちが存在しても、彼らもまた、超常現象を、あくまでも「科学的な姿勢で調査している」ことを強調している事実は前項の通りです。それでもアンダーグラウンドには、やはりいまだにエクソシストが存在し、降霊術のグループも活動を行なっているようでもあり、ローマの廃墟群の片隅に謎深き神秘世界が広がっている気配は確かにあります。しかしながら、ローマの亡霊伝説 Part2.では、その方面にはあまり近づくことなく、街で語り継がれたオーソドックスな亡霊伝説を追いかけてみよう、と思います(タイトル写真はイメージです)。▶︎Part1.はこちらから。 Continue reading
真夏の夜の夢、アンダーグラウンドで静かに語り継がれるローマの亡霊伝説 Part1.
実際に、出会ったり、体験したことが一度もないので、信じる、というわけではありませんが、そもそもわたしは、亡霊や魔術、錬金術の類の話が好きです。いや、好きでした、と過去形にすべきかもしれません。というのも、ここかしこに亡霊に溢れていそうな佇まいのローマだというのに、誰からも亡霊や超常現象の話を聞いたことがなく、ここ数年にいたっては、その存在(非存在?)すら忘れかけていたからです。そこで近場の人々数人に、「ローマに蠢く亡霊の話や超常現象の話を、何か知っている?」と尋ねると、そのつど呆れたような顔をされ、「生きている人間のほうがよっぽどオカルトじゃないか。ご覧、現実を。まったくゾッとする世の中だ」と軽くあしらわれることになりました。それでもあまりに暑い倦怠の真夏、巷の諸問題から逃亡し、思い切ってローマの亡霊伝説を追ってみることにします。街角のバールでのおしゃべり気分で、さらっと読んでいただけると嬉しいです(タイトル写真はイメージです)。 Continue reading
時間、空間を超越して拡大する『ミクロコスミ』、クラウディオ・マグリスの宇宙へ
国境ーフロンティアを考えるために、まさにタイムリーな読書となりました。『ミクロコスミ』(ミクロの宇宙:複数)は、決してさらっとは読めない、読者に集中を要求する、もしくは考察を強いる一冊です。小説なのか、エッセイなのか、壮大な抒情詩なのか、逸話の集積なのか、詩的であり、絵画的であり、観念的でもある、あらゆる文学的カテゴリーを逸脱する9つの章からなるこの本を訳したのは、前回、このサイトに投稿してくださった二宮大輔氏。かつて何度かノーベル文学賞のリストに挙がった、ドイツ文学、中欧(mitteleuropa)文学研究の第一人者であるイタリアの碩学、クラウディオ・マグリスの宇宙を日本語で表現した、その語彙の豊かさには脱帽します。長い時間をかけて読み終わった、まず最初の感想は、欧州の精神性の本質は、この本に描かれる『国境』ーフロンティアという宇宙にあるのではないか、ということでした。 Continue reading
ローマの高校生たちのチネマ・アメリカ占拠から10年、チネマ・トロイージの奇跡
ローマはやはり映画の街、人々のチネマに対する愛情は計り知れないものなのだ、と改めて痛感しました。古き良きイタリア映画の黄金時代、トラステベレに暮らす庶民たちの胸を高鳴らせ、いくつもの思い出が積み重ねられた映画館、チネマ・アメリカが時代の煽りで廃館を強いられ取り壊されそうになる寸前、高校生たちが大挙して『占拠』したのは2012年のこと。その小さな『占拠』は、ベルナルド・ベルトルッチという巨匠を筆頭に、映画界から強力なサポートを受け、あっという間に街の話題をさらいます。やがてその高校生たちはラツィオ州、ローマ市から、3つの広場で開かれるオープンシネマのオーガナイズをまかされることになり、それらはいつしか夏の風物詩ともなりました。しかしその動きが、最新のテクノロジー装備のモダンでアヴァンギャルドな映画館、チネマ・トロイージにまで発展するとは、正直、考えてもいなかった。映画館から配信プラットフォームへと映画を巡る環境が大きく変わりつつある今、いまや大人になった高校生たちの挑戦ははじまったばかりです。 Continue reading