真夏の夜の夢、アンダーグラウンドで静かに語り継がれるローマの亡霊伝説 Part1.

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実際に、出会ったり、体験したことが一度もないので、信じる、というわけではありませんが、そもそもわたしは、亡霊魔術錬金術の類の話が好きです。いや、好きでした、と過去形にすべきかもしれません。というのも、ここかしこに亡霊に溢れていそうな佇まいのローマだというのに、誰からも亡霊や超常現象の話を聞いたことがなく、ここ数年にいたっては、その存在(非存在?)すら忘れかけていたからです。そこで近場の人々数人に、「ローマに蠢く亡霊の話や超常現象の話を、何か知っている?」と尋ねると、そのつど呆れたような顔をされ、「生きている人間のほうがよっぽどオカルトじゃないか。ご覧、現実を。まったくゾッとする世の中だ」と軽くあしらわれることになりました。それでもあまりに暑い倦怠の真夏、巷の諸問題から逃亡し、思い切ってローマの亡霊伝説を追ってみることにします。街角のバールでのおしゃべり気分で、さらっと読んでいただけると嬉しいです(タイトル写真はイメージです)。

予期せぬ亡霊報道

5月23日のことでした。その日ラ・レプッブリカ紙Web版に、突然掲載された亡霊記事を読みながら、「そういえば、昔はよく亡霊や超常現象の話を聞いたり、読んだりしていたものだ」、と突然ノスタルジーに襲われたのが、ローマの亡霊伝説を追ってみよう、と思うきっかけとなりました。

トッレ・アルフィーナの城に彷徨う安寧なき貴婦人の亡霊:多くの通報で、遂にローマの『ゴースト・ハンターズ』出動」とタイトルがついたその記事によると、ウンブリア州とラツィオ州の、ほぼ境界線に位置する中世の街、トッレ・アルフィーナに聳えるお城を舞台に、眼には見えない、しかし女性らしき何者かのせいで、起こるはずのない現象がたびたび起こる、と言うのです。

常に現実的なラ・レプッブリカ紙にしては珍しい記事だったので、ちょっと好奇心をそそられて、トッレ・アルフィーナのお城について調べてみると、所有者は時代の巡りとともに変遷し、トスカーナの貴族、モンテ・サンタ・マリアのブルボン家から、やがてベルギーの銀行家の手に渡り、現在はローマやペルージャのサッカーチーム幹部を務めた経緯がある、イタリアの著名企業家が買い取っています。

しかも中世のお城にも関わらず、モダンなデザインのホームページまであって、掲載されている写真によると、現在では完璧に修復・整備され、結婚式やパーティなどのイベント会場として貸し出されるうえ、月に数回は、一般の観光客にも開放されているようです。亡霊が現れるぐらいのお城なので、今にも朽ち果てんとする、薄暗く、悲しい佇まいのうらびれたお城を想像していたのですが、リッチ清々しく、明るい風情で、多少拍子抜けした次第です。

しかしながら、ローマに『ゴーストハンターズ』という亡霊・超常現象調査専門家グループが存在しているとは、まったくの初耳でした。そこでざっと検索してみると、今までにも、彼らの存在を取り上げたメディアがいくつかあり、なにより、彼らのホームページが想像以上に充実していることには驚きました。それもそのはずで、『ゴーストハンターズ』は、メンバーたちはまだ若いとはいえ、2006年創立という長年の実績を持つ、超常現象科学的調査を専門に行う非営利団体で、オーディオヴィジュアル機器、サーモグラフィーカメラなどを駆使して、超常現象を多角的に、慎重に分析する、その分野では有名エキスパートだったのです。

彼らのホームページには、今までの活動から得られた不可思議音声写真、記事が掲載されるのみならず、依頼されて調査に赴いたイタリア各地の個人の住宅、お城、病院跡の調査についての、かなりの数のレポートがあり、それらの超常現象を読んでいるうちにハッとしたのは、そのなかにカンピドリオ=ローマ市庁舎調査が含まれていたことでした。

カンピドリオ=パラッツォ・セナトリオといえばローマ市政のであり、古代ローマに繰り広げられた無数の物語が充満する石の廃墟、フォロ・ロマーノを見下ろす建造物です。夜が近づく時間ともなればライトアップされ、息を呑むほど美しく、まばらに行き交う人々のシルエットが神秘的ですらある、いかにもローマ、という光景が広がります。

とはいえ、個人的には、ミケランジェロ・ボナローティ設計の優美な広場をプラカードが埋め尽くして繰り広げられる、たびたびの抗議デモ集会以外には、あまり関心がなかった、というのが正直なところですが、その見慣れた風景の背後で、ひそやかに超常現象が起こっていたのなら、見過ごすわけにはいきません。この、長くローマに住みながらまったく知らなかった、カンピドリオで起こる超常現象の一件については後述したいと思います。

さて、ラ・レプッブリカ紙にあった、トッレ・アルフィーナのお城で起こる超常現象というのは、彫刻が飾られた階段の踊り場あたりを降りてくる、存在するはずのない女性らしき姿が、たびたび目撃されていることでした。かなり以前から、複数の通報を受けていた『ゴーストハンターズ』チームが城に到着すると、「他の超常現象にも遭遇した」、とさらなる告白をも聞くことになったそうです。

そのひとつは、芝が敷き詰められた庭に、中央に向かって、理由もなく足跡がつく、というもので、7ヶ月前、24時間の間に突如として出現したその足跡には、時間が経っても草が生えることなく、やがて苔むしてきたと言います。さらに城に宿泊していた新婚の夫婦の部屋のドアを、職員が開けた途端(お城は結婚式をあげるカップルに宿泊を提供していると思われます)、台に置かれた、非常に重たいガラスの鈴がついたプレセーペ(キリスト降誕の場を人形で表現した模型)が、20cmほどひとりでに動き、床に叩きつけられ木っ端微塵になるという現象もありました。

そこで『ゴーストハンターズ』チームは、お城内部のホットスポットと思われる4ヶ所に計測器を設置。最も古い棟の一部にある饗宴が開かれる大広間、フレスコ画がある回廊、女性らしき人影が降りてくる、と言われる階段、プレセーぺがひとりでに落下した部屋の4ヶ所にカメラを配備し、さらに高感度記録計、赤外線カメラ、紫外線領域カメラをも使用し、調査の間に起こるすべての出来事を暗視カメラで監視することにしました。

その結果、どのカメラにも、不審な影や音、あるいは物体が動くなど、明らかな超常現象は撮影されていませんでしたが、発熱を正確に検知するサーモグラフィーカメラには、回廊に置かれたアンティークの椅子に何らかの異変が起こっていたことが記録されていました。その椅子には誰も座っていなかったにも関わらず、あたかも人が座っているような発熱が感知されていたのです(有料Web版の記事ですが、 ラ・レプッブリカ紙に写真が掲載されています)。

外観だけ見ると、いかにも中世のお城、という風情のトッレ・アルフィーナ城。Romatodayによると、ローマから2時間で行けるイタリアで一番美しいお城、と紹介されていました。肝試しに出かけるのも楽しいかもしれません。

『ハンターズ』は、ただちにその現象を検証するため、実際に人間が座った場合の発熱を精査しましたが、件の椅子が発した熱の形状とはまったく異なり、また同じモデルの椅子を撮影しても異常がないことから、椅子そのものが発熱する素材で作られているわけでもなかった、と分析しています。そこで、次回の調査には『ゴーストハンターズ』のチーム全員で現地に戻り、さらに詳細を調査しながら、トッレ・アルフィーナ城の歴史を追い、彷徨う女性いったい誰なのかを、明らかにしたい、と考えているそうです。

なお、『ゴーストハンターズ』の調査は、以下のように行われます。

1.まず調査する場所の歴史、伝説などをリサーチし、かつて建造物や道路があったかどうか、場所の変遷をも調べ、情報集める2.その場所が危険な場所でないか、たとえば倒壊の可能性がないかなど、日中に1回以上のロケーションチェックを行う。3.計測器の設置を行う際、まず赤外線カメラとレコーダーを最も感度が高いであろう場所に設置し、常に映像や音声を監視できる環境にした上で、環境パラメータ(温度、圧力、起電力、移動、湿度)の変動を検出するための各種計測器の位置を決める。その後、特殊赤外線カメラ、紫外線カメラで環境全体を撮影し、サーマルチェンバーで常に監視する。のちに誤検出を起こさないため。その場に立ち会うメンバーは、細心の注意を払いながら、自分の周囲で起こるすべての出来事記録する。4.映像・音声平均16時間の記録、数百枚の写真、数枚の熱写真など、調査で得られた素材を長時間を費やして、丁寧に分析する(ゴーストハンターズのホームページより要約)。

亡霊の出現を信じる、信じないはともかく、ホームページを見る限り、このように無報酬で、真摯に超常現象に向き合う『ゴーストハンターズ』の姿勢には好感を持ちました。

そういえば、1961年に制作された『ローマの亡霊たち(Fantasmi de Roma)』という、いかにもイタリア的な、ほのぼのと愉快なコメディがあって、亡霊たちのヒューマン(?)なかけ合いに胸が熱くなったことがありました。しかも、演劇界の巨匠エドアルド・デ・フィリッポ、マルチェッロ・マストロヤンニ、ヴィットリオ・ガスマン、サンドラ・ミーロという超豪華キャストで、こんな世界に住めたらいいのに、と思わせる古き、良きローマのゆるやかな空気が漂う映画です。

もちろん、デ・フィリッポもマストロヤンニも素晴らしいのですが、どうやら「ミケランジェロ・メリージ、またの名をカラヴァッジョ」のライバルであったらしい、火事に巻き込まれて亡くなったという設定の、血の気の多い架空の画家、「ジョバンニ・バッティスタ・ビッラリ、またの名をカパッラ」の亡霊を演じた、若き日の血気あふれるヴィットリオ・ガスマンが、「いるいる、こんなアーティスト」と思わせる秀逸さです。あらすじは、押場靖志先生の映画レヴューに詳細が述べられているので、ぜひお読みください。

※バロックの画家、カパッラが自分の描いたフレスコ画をけなされたうえ、亡霊たちに買収された批評家が、「カラヴァッジョの作品」と断定し、怒り狂うシーンには笑いました。歴史ある名家のお宅で重要な美術品が見つかり、邸宅そのものが文化財となって売却できなくなる、といういかにもイタリア的なストーリーです。

そういうわけで、ローマの亡霊や超常現象の世界を、あまり深入りすることなく呑気に冒険し続けてみたいと思います。実を言うと、有名な亡霊の名所を訪れるツアーにも参加してみた次第です。

▶︎カンピドリオの怪現象

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