創刊から4年、磨きがかかった『Scomodo』
さて、0号から4年の月日が経ち、『Scomodo』を創刊した高校生たちは大学生となり、新たな高校生メンバーも続々と加わって、彼らもまた、若い「ローマの顔」となりました。
しかも月刊誌のクオリティは下がるどころか、いよいよ視野が広がって、徹底的にリサーチされた意欲的な特集、文化批評にも磨きがかかり、同世代の若者たちだけではなく、メディア関係者、文化・アート関係者を含む、幅広い世代の市民に注目されています。
「ネット上の情報は瞬発的なものにしかすぎず、スピードが早すぎて、すぐに忘れてしまう。じっくり掘り下げることなんてできやしない。まず座って、紙に印刷された情報を、集中してゆっくり読みながら、思いを巡らせる。僕らはその『身体性』こそが重要だと思う」と、とても10代のデジタルネイティブとは思えない、思慮深い動機からはじまった、やや不定期な月刊誌はこうして、いまやNo.32を数えるまでになりました。
通算205000部発行。25歳以下のスタッフが発行する雑誌では、イタリア全国で断然1位の部数を誇っています。デビューから今に至るまで、掲載された記事は1107本。読者、イベントの参加者を含んで73000人の人々を巻き込み、850人もの社会活動家を抱える、「学生のミニコミ誌」とは一線を画す、大がかりなムーブメントへと育ちつつあります。
イタリア語で『Scomodoースコモド』とは、「心地よくない、不快な、不便な、気難しい」などの意を持つ形容詞ですが、彼らは日頃さらさら流れゆく、正常バイアスがかかって五感に心地いい情報のもっと向こう、自分たちが住む街に隠され澱む、不都合なリアリティを容赦なく可視化。その奥深くへと果敢に分け入り、言語化して共有し、紙媒体として残します。
たとえば、何年かかっても抽選に当たらない、極端な不足が指摘されているローマの公営住宅の詳細を調査し、経済危機から長年の懸念となっている市民の住宅問題と背景にある過酷な困窮に切り込んだかと思うと、イタリア南部からローマ近隣、イタリア全土に渡って跋扈するカラブリアの有名な犯罪組織「ンドゥランゲタ」の足跡を細部まで調査。どれほどイタリアの公共予算が犯罪組織の餌食になっているかを分析している。
イタリアでCovid-19が急激に拡大した頃に発行されたNo.30では、イタリアの公共医療機関の予算の減少を、過去に遡ってつぶさに追跡。最低でも580ユーロの診察費がかかる民間医療機関の存在感が拡大しつつあることをいちはやく指摘し、医療の分野における貧富の格差の増大を、冷静に見据えています。
さらには「不法滞在」とみなされ、「祖国に送り戻される。あるいはイタリア国外に追放」と決定された難民、移民の人々が拘束されるCPR (i centri di permanenza per il rimpatrio)に、基本的人権の尊重がまったく見られないことを徹底的に暴き、その法律の背景を調べ上げた記事もありました。
※2019年に出版された、今まで発行された『Scomodo』の総集編『Presenteープレゼンテ(現在)』。『Presente』はNo.3まで出版されています。
彼らはまた、社会、環境問題にアクションを起こすアクティビストとしても認識されていて、たとえば巨額の公共予算を投入して建設されながら、その後使用されなくなり、打ち捨てられたままの巨大建造物を一晩占拠。DJセットを持ち込んで、夜通しでパーティーを開催し、議論、写真展や展覧会などのイベントを開く『Notte Scomoda(スコモド・ナイト)』は、各種メディアの注目を集めることになりました。
この『スコモド・ナイト』は、彼らの出版資金を調達すると同時に、今までどれほど無駄に公共予算が使われてきたか、「廃墟になった巨大スペースに生命を取り戻そう」と市民にアピールする、なかなかセンスのあるアクションで、何度か事前に当局が押し寄せて強制退去になったケースもありましたが、そんな出来事もまた、彼らにとってはポジティブな経験になったと思います。
なお、外出が制限されたロックダウンの間は、印刷工房を含め、あらゆる機能がストップして雑誌の発行が中断したため、出版予定だったナンバーの記事は、彼らのウェブサイトで限定的に掲載されました。彼らのヴィジョンと活動内容、及び出版資金の収支の全容が掴めるこのサイトでは、サポーターになれば(毎月5~20ユーロを選んで)、今までの『Scomodo』ナンバーすべてが読めるうえ、PDFでダウンロードできるようにもなっています。
もちろん『Scomodo』は基本、彼らが提携している書店で無料で手に入りますが、サポーターには毎月3部を郵送してくれるシステムになっていて、たとえばグリーンピースとともに国内の公害問題、その背景となる利権の動きなどをリサーチした別冊も送ってくれるそうです。
また、彼らがメディアの完全な『独立性』を保つために、公共の助成金も、民間企業からのサポートもまったく受けないという信念を貫いていることは、特筆すべきことです。
ただしパートナー、協力者としては、たとえばエティカ銀行(Banca Eticaー民主的な運営、倫理的でソーシャルな金融活動を旨とする、全国規模の銀行コーポレーション)、グリーンピース、Internazionale 誌、TED×ROMA、TED×MILANO、PALAEXPO(市内に複数存在するローマ市立美術館をオーガナイズする公共エージェンシー)、ActionAid(アフリカの子供たちの遠隔里親支援NGO)、さらにはラツィオ州など錚々たるメンバーが並んでいることも、強調しておきたいと思います。
さて、そんな彼らのアクションは、次第にイタリア全国に広がりつつあり、いまやローマだけではなく、ミラノ、トリノ、ナポリの若者たちとも手を結び、全国的なムーブメントへと発展しつつあります。そしてその彼らが、この夏に取り組んでいるのが、今後、主要メディアからも大きな注目を集めることになりそうな新しい巨大スペースの構築なのです。
そのスペースは、編集ルームを核に、図書館、ミーティングや会議、もちろん学習にも使え、展覧会、コンサートなども開くことができる、若者たちの多目的コミュニケーション・スペースとなるはずで、9月には完成の予定だそうです。
場所はといえば、かつてヴァチカンが支援の手を差し伸べて大きな話題となり、『サルディーネ』たちとも絆を結ぶ、困窮で住居を失った人々の巨大占拠スペース『Spin Time Labs』の、荒れ果てるままとなっていた地下1階スペース。
その広大なスペースを『Scomodo』が再構築して使う、というプランは、去年主要各紙を通じて公表されていましたが、資金集めやCovidによるロックダウンで延期になっていました。つまり、待ちに待ったそのプロジェクトが、遂に実現することになった、ということです。
※僕らにはスペースが必要 !と『Scomodo』がアピールするクリップ。「(若者たちは)外にも出かけないし、話すこともないし、家に閉じこもって何にもしない」「アイデアもなく、文化もなく、美もなく、調和もない」「ほとんどの若者が何もしない。仕事も探さない」「馬鹿者たちが観ている前でピョンピョン跳ねているだけだ」「甘やかされてる」「ほとんどが母親のスカートを握り締めた愚かな子供たちだ」「パパからもらったお金を使い果たしたんだ」「ローコスト世代」「荒廃していて、良識の欠片もない世代だ。勉強しろ。何でもいいから本を読め。人間を学べ」などなど、大人たちの過酷な若者評価を背景に、街に打ち捨てられ、廃墟となった公共建造物を淡々と見せながら自分たちの状況を暗示。● 動画が表示されない場合はブラウザでサイトの再読み込みをお願いします。
わたしが彼らに会いに、構築中のスペースに出かけたのは、作業が開始されて、ちょうど2週間が経ったころでした。工事はまだはじまったばかりで、彼らにとってもなかなか大変な夏休みになりそうですが、プロの建築家たちがアドバイスする本格的な修復作業に、若者たちが生き生きと取り組んでいました。
ボランティアの子たちも続々とやってきて、ちょうどインタビューをさせてもらっている間に「はじめて訪れた」14歳の男の子も、すぐに雰囲気に馴染んでさっそく新しい仲間たちとお喋りしながら手伝っていました。
今まで会ったこともないのに、両手を広げて迎えてくれる(もちろんソーシャルディスタンシングで)仲間がその場所に待っていて、みなで話し合いながら、自分たちのスペースを創り上げていけるなんて、ロックダウンが終わったあとに訪れた、いつもと違う2020年の夏休みは、彼らの貴重な記憶になるはずです。
いずれにしても、彼らと話して、最も強く感じたのは、彼らはすでに用意された社会で生きているのではなく、彼ら自身に社会の一員としての堂々とした自覚があり、どこに向かっていけばよいか、どのような社会モデルを目指しているのか、能動的で明確なヴィジョンを持っていることでした。
しかも若者にありがちな「僕らだけが特別に頑張っている」という自意識過剰や陶酔感はまったく感じられないのです。どこかクールで客観的、リラックスしながらのびのびと、目の前の現実に自然体で取り組んでいる。
収まらないCovid-19の感染下、世界に起こりつつある経済パワーシフトや覇権闘争など、お先真っ暗になりそうな不安なニュースばかりで悲観的になりそうな日々、彼らと話すうちに「この若者たちに未来を託せば何とかなるかもしれない」とポジティブな気持ちも湧き上がります。
まずは現在構築中のスペースについて、『Scomodo』創立メンバーのひとりでスペース構築の責任者、トマーゾ・サラローリ、そして『Scomodo』の編集長エドアルド・ブッチ、調査ストラテジー責任者、ピエトロ・フォルティに、彼らが今このとき、何を考え、問題に思っているか、話を聞くことができました。
以下、彼らの話した内容を、なるべく省くことなくロングインタビューにしたのは、出来る限り彼らを巡る空気が伝われば、と考えたからです。一言質問すると、まったく物怖じすることなく、次々と言葉が溢れ出し、しかもそれらの言葉には嘘がなく、レトリックもなく、まっすぐで気持ちいいインタビューとなりました。
彼らの尽きることなく湧き上がる、真摯で明るくコレクティブ(集合的)なエネルギーを共有できれば、と思います。
▶︎希望というメッセージ:トマーゾ・サラローリ