• 灼けつく砂漠と化したローマで繰り広げられた、マリオ・ドラギ政権崩壊という悲劇

    晴天の霹靂、というのは、まさにこのような出来事を言うのだ、と思います。すでに世界中のメディアで、マリオ・ドラギ政権崩壊の詳細が流れましたから、それ以上の多くを語る必要はないと思われますが、ひとつ気になったのは、その記事の多くで、ポピュリズム政党の『5つ星運動』の離反のみが、主な原因とされていることです。確かに政権崩壊のきっかけとなったのは、上院議会でのDLAiuti(一般家庭や中小企業の、インフレ支援政策)の信任投票を、『5つ星』の議員が棄権(Astenuti)したことでした。しかし6月29日、ルイジ・ディ・マイオ外相が率いる63人ものメンバーが離党。分裂して新しい党を作ることを宣言していたため、もはや『5つ星』は与党最大勢力ではなく、万が一、彼らが野党に回ったとしても、政権は過半数割ることなかったのです(タイトル写真はLa congiura dei Pazziーパッツィ家の陰謀、ステファノ・ウッシ1822-1902:個人蔵)。 Continue reading

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  • 時間、空間を超越して拡大する『ミクロコスミ』、クラウディオ・マグリスの宇宙へ

    国境ーフロンティアを考えるために、まさにタイムリーな読書となりました。『ミクロコスミ』(ミクロの宇宙:複数)は、決してさらっとは読めない、読者に集中を要求する、もしくは考察を強いる一冊です。小説なのか、エッセイなのか、壮大な抒情詩なのか、逸話の集積なのか、詩的であり、絵画的であり、観念的でもある、あらゆる文学的カテゴリー逸脱する9つの章からなるこの本を訳したのは、前回、このサイトに投稿してくださった二宮大輔氏。かつて何度かノーベル文学賞のリストに挙がった、ドイツ文学、中欧(mitteleuropa)文学研究の第一人者であるイタリアの碩学、クラウディオ・マグリスの宇宙を日本語で表現した、その語彙の豊かさには脱帽します。長い時間をかけて読み終わった、まず最初の感想は、欧州の精神性の本質は、この本に描かれる『国境』ーフロンティアという宇宙にあるのではないか、ということでした。 Continue reading

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  • イタリアが誇る碩学のひとり、クラウディオ・マグリスの代表作『ミクロコスミ』をどう読むか

    読書通たちに「天才的(geniale)」と評される、9つのミクロコスミ(小宇宙)からなるこの本は、しかし訳者が語るように、読みはじめはなかなか先に進めず、戸惑い苦悩する、かなり手強い一冊でもあります。しかし読み進むうちに、その場にせめぎ合う歴史、記憶、自然、有名無名の人々の物語、メランコリーが万華鏡のように浮かび上がり、ミクロからマクロの宇宙へと導かれる。しかも、ときおり予期せず現れる、痺れるほどにかっこいい暗示に立ち止まり、あれこれ思いを巡らせることになりました。クラウディオ・マグリスの代表作、『ミクロコスミ』を、10年を超える月日をかけて翻訳した二宮大輔氏は、イタリア文学、文化に精通する新進の翻訳家。どのように『ミクロコスミ』を読めば、より理解が深まるか、二宮氏にご寄稿いただきました。 Continue reading

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  • ローマ:ウクライナ危機の平和解決を主張するのは、現実を見ない夢想家の独善なのか

    われわれが暮らす世界には、特定の都市に照準を定められた13000を超す核弾頭が存在するというのに、自分が生活する領域は安全だ、と何の根拠もなく楽観的に思い込んでいました。しかしロシア軍のウクライナ侵攻以降、そんな曖昧な平和の幻想は薄れていき、長らく培ってきた世界、そして欧州への理想信頼が足下から崩れ落ちそうです。戦地から遠いとは言えず、他の欧州各国同様、ロシアから天然ガス、石油、穀物、資源を輸入しているため、ダイレクトに経済の影響を受けることになったイタリアの、怒涛のような報道、分析に接していると、ウクライナの戦況以外、まったく頭に入らなくなります。世界中の多くの専門家の方々が、毎日戦況を分析していらっしゃいますが、あくまでも、イタリアに暮らす市井の外国人の視点から、現在の時点で、印象に残った出来事、記事、動きを、率直に書き残しておきたいと思いました(タイトルの写真は「平和にYES、戦争にNO : 高校生たちが開催した平和集会で)。 Continue reading

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  • ローマの高校生たちのチネマ・アメリカ占拠から10年、チネマ・トロイージの奇跡

    ローマはやはり映画、人々のチネマに対する愛情は計り知れないものなのだ、と改めて痛感しました。古き良きイタリア映画の黄金時代、トラステベレに暮らす庶民たちの胸を高鳴らせ、いくつもの思い出が積み重ねられた映画館、チネマ・アメリカが時代の煽りで廃館を強いられ取り壊されそうになる寸前、高校生たちが大挙して『占拠』したのは2012年のこと。その小さな『占拠』は、ベルナルド・ベルトルッチという巨匠を筆頭に、映画界から強力なサポートを受け、あっという間に街の話題をさらいます。やがてその高校生たちはラツィオ州、ローマ市から、3つの広場で開かれるオープンシネマのオーガナイズをまかされることになり、それらはいつしか夏の風物詩ともなりました。しかしその動きが、最新のテクノロジー装備のモダンアヴァンギャルド映画館チネマ・トロイージにまで発展するとは、正直、考えてもいなかった。映画館から配信プラットフォームへと映画を巡る環境が大きく変わりつつある今、いまや大人になった高校生たちの挑戦ははじまったばかりです。 Continue reading

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  • 『鉛の時代』:その後のイタリアを変えた55日間、時代の深層に刻み込まれたアルド・モーロとその理想 Part2.

    次々と届く『赤い旅団』の脅迫的な声明、アルド・モーロ明晰でありながら、次第に重く感情的になっていく手紙にも、政府は一切反応せず、ひたすら「テロリストとの交渉を拒絶」しました事件に明らかな進展がないままに、緊張は日に日にエスカレートしていきます。もはや一刻も無駄にできない状況のなか、遂に『イタリア社会党』のベッティーノ・クラクシー教皇パオロ6世、モーロの中東政策における右腕でもあったSISMI(軍部諜報局)のステファノ・ジョバンノーネ大佐、そしてパレスティーナそれぞれが、モーロ解放に向けた『旅団』とのアンダーグラウンドな交渉に挑みはじめました。しかし、いずれの交渉も成立間際で決裂し、市民は衝撃的なフィナーレに直面することになった。そのあまりに過酷な結末に、深い無力感と絶望を打ち消そうとする自己防衛本能が社会全体に広がり、当時、事件について語る人はほとんどいなかったそうです。『モーロ事件』の詳細を語りはじめるには、それから数年の月日が必要でした(Part1.はこちらから)。

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  • 『鉛の時代』:その後のイタリアを変えた55日間、時代の深層に刻み込まれたアルド・モーロとその理想 Part1.

    イタリアダラス、9.11と言われる『アルド・モーロ事件』が両者と決定的に違うのは、「55日間もの誘拐」という長期にわたって継続した、理不尽な悲劇に社会全体が巻き込まれ、消えることのないトラウマとして時代に刻み込まれたことでしょう。次々に届く『赤い旅団』からの不穏な犯行声明、モーロの渾身の手紙、日々押し寄せる扇情的なニュース、対する政府の頑なな沈黙拒絶。1978年3月16日、警護官5人の方々の衝撃的な惨殺とともにはじまった、当時のイタリアにおける最重要人物である『キリスト教民主党』のリーダー、アルド・モーロ元首相誘拐の期間、警察、軍部が街中に溢れかえる重苦しい日常に、イタリアはそれまで経験したことがない、異様な緊張に直面しました。レオナルド・シャーシャは、事件の3ヶ月後に上梓した、その著書『L’Affaire Moro(モーロ事件)』を、ボルヘスの『伝奇集(FiccionesFictions)』の一節を引用し、真実が隠された「推理小説(Un romanzo poliziesco)」と位置づけていますが、司法が下した裁きと、その後の捜査に大きな齟齬があるまま、43年もの月日が経過した現代を生きるわたしもまた、非常に僭越ではありますが、この投稿をミステリー、ある種のフィクションと位置づけたいと思います。

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  • 『鉛の時代』: イタリアのもっとも長い1日、ブラックホールとなった1978年3月16日

    1978年3月16日、イタリアが歴史の重要な断片を喪失する、『モーロ事件』が起こる2日前のことです。『キリスト教民主党』のリーダーであるとともに、ローマ大学サピエンツァの教授だったアルド・モーロに、「次の卒業論文の採点が最後になりますね。共和国大統領になられたら、大学にはいらっしゃれなくなるでしょうから」と、助手だったフランチェスコ・トリットが、何気なく話しかけたそうです。するとモーロは「愛情のこもった言葉をありがとう」、といつも通りに微笑んだあと、「しかしわたしは、大統領にはならないと思うよ。おそらくジョン・ケネディと同じ最期をたどることになるだろう」と付け加え、トリットをギョッとさせた、というエピソードがあります。アルド・モーロはその頃、最有力の次期大統領候補とみなされていました(ジェーロ・グラッシ)。 Continue reading

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  • 『鉛の時代』: 「蛍が消えた」イタリアを駆け抜けた、アルド・モーロとは誰だったのか

    1978年に起こった『アルド・モーロ誘拐・殺害事件』は、イタリアの「ダラス」、あるいは「9.11」として、イタリアの近代史における大きな転換点となった事件と言われます。今のイタリアからはまったく想像できない、常軌を逸したテロが、凄まじい勢いで荒れ狂った『鉛の時代』。その悲劇は55日もの間、イタリアの社会を恐怖と緊張に陥れ、人々を絶望の淵に突き落としました。のち、犯人たちは逮捕され、司法で裁かれましたが、事件の詳細の辻褄が合わず、現代に至るまで全方向から調査が継続されるとともに、アルド・モーロという人物が、イタリアにとって、どれほど重要な人物であったかが、繰り返し語られることになる。その事件の重大さを理解するため、アルド・モーロとはいったい誰で、何をしようとしていた人物であったかを、まず知っておきたいと思います。 Continue reading

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  • 2021 : ダンテ・アリギエーリ没後700年を迎え、ますます人々を夢中にするヴィジョン、永遠の『神曲』

    イタリア文学最高峰として、時代を超え、世界中の夥しい数の人々、文学者、哲学者、神学者、芸術家、歴史学者たちが虜となり、礼賛し、研究し続けるダンテ『神曲』。こんな、あまりに大きな不死の作品を、カジュアルに語るなんてとんでもない、と素直に思います。それでもDantedì(ナショナル・ダンテ・デー)の3月25日から、イタリア各地で繰り広げられる数多くのイベントを前に、ネット上のさまざまな講義や、女性の視点で描かれた『Le donne di Dante(ダンテの女たち)』という評論を読んで、それらがあまりに面白く、すっかり『神曲』の宇宙に魅了されてしまいました。そこで、ダンテの無限の宇宙の片鱗を、そこに漂うひとりの読者として、ほんの少し共有できれば、と思います(写真はヴァチカン美術館、署名の間。ラファエッロが描いた群衆の中のダンテ)。 Continue reading

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