イタリアの通信社ANSAの特派員、ベニアミーノ・ナターレ氏。長期間に渡ってインド、中国、イタリアを往復するアジアのエキスパートに、ご自身も大きく巻き込まれた『鉛の時代』、ドラスティックな変容を遂げた政治闘争について語っていただいた。 Continue reading
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パソリーニ 伝説の記事 Io so : rif
パオロ・グラッシーニがインタビューで語った、1974年、12月14日にコリエレ・デラ・セーラ紙に寄稿されたピエールパオロ・パソリーニの、冒頭、詩のごとくはじまる記事 ”Cos’è questo golpe? Io so“は、時代を超え、伝説にすらなっている。 Continue reading
革命家から映画監督へ Paolo Grassini Ⅱ
自らのそばにいた友人がネオファシストに射殺される、という凄まじい政治闘争の真っ只中を生きた映画監督、パオロ・グラッシーニ。話の節々に、KakuboであるとかGebaboなどという言葉が飛び出して驚かされた。 Continue reading
革命家から映画監督へ Paolo Grassini Ⅰ
マシンガンのような男である。とどまることなく言葉が発射され、その言葉を遮るには、強力な防弾ベストが必要だ。ローマの70年代、活動家として激動の時代を知り尽くす、パオロ・グラッシーニに話を聞いた。 Continue reading
『鉛の時代』かけがえのない記憶 P.Fontana Ⅳ
1969年に起こった『フォンターナ広場爆発事件』の一連の捜査が、大きく方向転換をすることになったのは、事件から20年以上が経った1990年のことである。
『鉛の時代』深い霧のなかへ P.Fontana Ⅲ
ロレンツォンの告発に基づいた捜査は地道に続けられ、事件から1年と2ヶ月が経過した71年3月、事件の核心と見られる2人のネオファシスト、フランコ・フレーダ、ジョヴァンニ・ヴェンドゥーラに、ようやく検察の手が及ぶことになった。
『鉛の時代』もくろまれた真相 P.Fontana Ⅱ
前述のようにグイド・ロレンツォンの告白を巡る捜査は末端に追いやられ、『フォンターナ広場爆発事件』の直後、ミラノ中央警察署に設置された捜査本部で重点的に取り調べが進められたのは、アナーキストたちであった。 Continue reading
『鉛の時代』激動がはじまる時 P.Fontana Ⅰ
そののち、15年もの長期間に渡って続く『鉛の時代』と呼ばれる暴力に満ちた悲劇の時代は、ミラノ、『フォンターナ広場爆破事件』を皮切りに、前触れなくはじまることになる。 Continue reading
『鉛の時代』年表 Cronologia:rif
イタリアの『鉛の時代』全体の流れを大きく俯瞰するために、『緊張作戦』に関わる主要な事件、事象を年代順に羅列してみます (Wikipedia Italiano、書籍”Gli Anni fra cane e lupo”を一部 参照しました。写真はイタリアン・ポップアートで一世を風靡したマリオ・スキファーニ、68年の作品)。 Continue reading
Anni di Piombo 『鉛の時代』序
イタリア国外ではあまり語られることはありませんが、60年代後半から80年代前半にかけてのイタリアは、もはや『市民戦争』、あるいは『内戦』ともいえる、すさまじいバイオレンスが吹き荒れた時代です。