2018年 3月 どうなる イタリアの春 : 雪と選挙と『五つ星運動』 

Cultura Deep Roma Eccetera Società

2月末から欧州中に吹き荒れたシベリア寒風ブリアンが、地中海沿岸地域の南国をも掠めて大雪となり、雪慣れしていないイタリア南部は、鉄道も高速道路も乱れに乱れ、大騒ぎになりました。スーツケースを引っ張りながら「ボルツァーノからローマまで26時間もかかるとは。こんなの普通じゃ考えられない。イタリアはどうかしてる」と、声を荒げて文句を言う北部訛りの人や、「雪が解けたのに、まだ3時間待ちなんて!」と、電光掲示板を見上げて苛立つ若者たちのグループ、ビジネスマン、外国人トゥーリストで、テルミニ駅は身動きが取れないほどの人、人、人。一時は大混乱にもなり、ニュースによると午前中の空の便にも遅れが出たようです(タイトルに使った写真は、ローマで見つけたささやかな日本の風情。『幽閉された春』と名づけました)。

しかしローマの街中は、と言うと、6年ぶりに積もった雪に誰もが大はしゃぎで、学校も休みになって、子供たちも大人たちも、そして犬たちも公園を元気に走り回り、雪合戦だの、雪だるまだの、芸術作品(?)だの、と、ちょっとした「雪祭り」となりました。

おそらく今まで雪を見たことのない、熱帯の地域から移民してきたばっかりの東南アジアや南米、アフリカの人々のグループは、それぞれにスマートフォンで雪景色を激写、雪に覆われた公園の木陰でポーズをとっては互いに写真を撮りあったりしています。画面を覗き込むと顔を見合わせて嬉しそうに笑い、またポーズをとっては顔を寄せ合って画面を覗き込む、そんな微笑ましい光景が、公園のあちらこちらで繰り広げられました。

しかしコロッセオ、フォロ・ロマーノなど名だたる廃墟をロマンティックにが飾る、その『異景』に喜び浮かれたのも束の間、翌日からの数日間は、ローマではいたって珍しい氷点下が続き、夜ともなるとマイナス7度という、今まで体験したことのない気温に見舞われ震え上がりました。天気予報を見ながら、「こんなシベリア寒気の氷点下の夜、路上生活者の人々は、いったい何処に避難すればいいのだろう」と知人たちと話していたところ、ローマ市はただちに地下鉄の通路、駅舎を解放。簡易ベッドだけでなく、温かいお茶とパネトーネを用意した避難所もあったようです。

ゴミ問題、交通網の大混乱、マフィアの跋扈、不法ビジネスと、数え上げたらキリがない、ええっと驚く非常識な問題が天井知らずに山積みになったローマではありますが、このような人間的で迅速な配慮には、とりあえずはホッとします。

イタリア政治地図の大変換、激震とともに主役となった2つの政党

そういうわけで、シベリア風が収まると同時にサハラからシロッコが吹き、気温がぐんと上がって雨ばかりが続く中、3月4日の日曜日、いよいよ『2018年、イタリア総選挙』を迎える運びとなりました。ちなみにローマ市では、選挙の行われた日曜から、開票がだいたい終わる火曜まで、市内バス、メトロを運営するATACの、運転手を含む従業員の人々が、投票場、開票手助けに動員され「選挙なのだから、バス、トラムのダイヤの乱れもやむなし、遅延、便数削減も我慢してください」と、市民生活にも静かなプレッシャーがかかる、力の入った選挙でした。

今回、投票の方法も用紙も変わり、「1時間待ち」と混雑した投票所もありましたが、日曜の投票はつつがなく終わり、いつもよりは多少低いといえども、上院、下院ともに約73%という投票率でした。毎度のことながら、73%で低いとは!と驚く、選挙ともなれば「国民の権利であり、義務である」と、力強く声を掛け合い出かけてゆく、イタリア共和国の国民です。

さて、23時に投票所が閉まると同時に、各TVチャンネルが特番を組んで開票速報を流しはじめるのは日本と同じ。今回はしかし、イタリアの通常の選挙とは、少し様子が違ったと言わざるをえないでしょう。番組がはじまって出口調査とアンケートの結果が各種発表された途端、シンと静まり返ったローマの闇夜に、声のない驚きのような、ため息のような、密やかなざわめきがひたひたと満ちてゆき、目の前には長い長い夜が待ち受けていた。

多くの人々が、その後の深夜の選挙速報を、固唾を呑んで見守った、という感じでしょうか。なにしろ、個人の政治的選択の妨げになる、と2月15日を最後に、どのメディアも世論調査は公表していないので、これほど数字が変わるとは誰も予測していなかったのです。

余談ですが、わたしはあらゆる選挙に関しては、チャンネルLA7の報道ディレクターである、エンリコ・メンターナが仕切る「メンターナ・選挙マラソン」を欠かさず観ることにしています。エンリコ・メンターナというベテランのジャーナリストは、まさに『超人』としか言いようがなく、24時間以上ぶっ続けでスタジオに入りっぱなし、夜中も、早朝も、昼食時間も、夕方も、いつTVをつけても、同じ冷静さと鋭さで、ゲストと共に(ゲストは入れ替わります)状況を刻々と解説、分析し続けていて、メンターナという人物は、実はふたり存在するのでは?と疑いを抱くほどです。

今回の、イタリアにおいては、いわば『天変地異』とも言いえる選挙に関しては、さらに熱が入り、選挙番組が終わった後のニュースでも、総括として状況を分析。その時メンターナが語った分析は、ぴたりと状況を見通して、次の日からは彼が言った通りの騒動が巻き起こり、いよいよ尊敬した次第です。

そして肝心の結果は、といえば、すでに各紙で報道がなされている通り、単独政党としては上院、下院とも約32%という数字で『五つ星運動』がぶち抜きで大勝、ベルルスコーニの『フォルツァ・イタリア』とマテオ・サルヴィーニの『レーガ』、ジョルジャ・メローニの『フラテッリ・ディタリア(イタリアの同胞)』が連帯する『右派連合』が約37%と、5%ほど5つ星を超える議席数を獲得しています。いわゆるポピュリズム、ナショナリズムの大躍進となったというわけです。

Il fatto quotidiano(イル・ファット・クォティディアーノ紙から引用した獲得議員数。上段:下院 下段:上院 左から自由と平等、中央左派、民主党、五つ星運動、中道右派、フォルツァ・イタリア、レーガ、イタリアの同胞、無所属。中央線が組閣に必要な議員数。イタリアの選挙法は、何度改正されても複雑極まりない悪法と言われ、早速「いますぐ選挙法改正!」が主張されています。

残念ながらわたしにはイタリアでの選挙権がない、とはいえ今回は、正直言って「この政党は是非とも支持したい」という思いが湧くような、手応えを感じる説得力のある公約を掲げる政党はありませんでした。強いて言うなら、『民主党ーPD』でレンツィ党首と大喧嘩して出ていった、旧イタリア共産党勢力から『オリーブの木』、それからPDへと移行したメンバーたちと、元下院議長のラウラ・ボルドゥリーニも属するLiberi e Uguari (自由と平等)というところでしょうか。LeUの結果は惨敗でしたが、3月6日にボルドゥリーニや、大御所メンバーたちが比例で上がり、胸を撫でおろしたところです。

今回の選挙では、今まで『民主党』を支持していた人々も「今回は『民主党』には投票したくない」という人が明らかに多く、PDがそれを逆手にとって、ネットスポットで選挙広告にしたほどでした。車で出かける『民主党』支持の家族が「こんなに成果をあげた、『民主党』ってすごい」と誉めそやす中、お父さんだけが「今回は『民主党』には投票しない」と断言し続けるところに、党首マテオ・レンツィが自転車で颯爽と現れ、「本当に『民主党』に投票しなくていいの?」と問うという、自虐的な政党コマーシャルでしたが、自爆した今となっては、多少胸が痛む、切ないCMになってしまいました。

確かに、この選挙戦をめぐるキャンペーンの間に、『5つ星運動』が醸す雰囲気は大きく変わっていき、いつの間にか周囲の人々から、「5つ星しかないかもね」という声が多く聞かれるようになりました。若い世代が多いこともあって、とにかく候補者たち、活動家たち、そして支持者たちに溌剌とした勢いがあり、このままだと、多分『5つ星』がいい線いくだろう、とは予測していましたが、32%という大勝に関しては、誰もが驚いたようです。後述しますが、彼らの躍進のせいで、『民主党』の息の根を止められそうな事態になるとは、予想できませんでした。

さらに、もっと大きな衝撃は、極右政党『同盟:旧北部同盟』が17%と、ベルルスコーニの政党「フォルツァ・イタリア』の14%を抜いた上に、PDの18~9%と拮抗する、ゆゆしき数字を獲得したことです。これがイタリアで左派を支持してきた人々にとって、何よりのショックだったのではないかと思いますが、いつの間にかイタリアはけっこう右傾化していた、という事実が判明したということになります。

『同盟』はもともと『レーガ・ノルドー北部同盟』という、20年近い歴史のある、そもそもは『アンチファシスト』を主張したロンバルディア出自の政党です。しかし、マテオ・サルヴィーニが党首になってからは、いつしか『北部』が政党名から消え、イタリアを代表する新しいナショナリスト、しかも「ファシストと呼ばれても結構」という傍若無人な顔を持ちはじめました。ところがイタリア全土をカバーするふりをしても、古いメンバーたちが「ロンバルディアのイタリアからの独立、自治」という当初の目標に従って、去年の10月22日にロンバルディアの『模擬・独立市民投票』を行うなど、やはり根本のところでは北部に重きを置いているには違いありません。

実際、『同盟』を含む右派連合は北部の票を集め南部はほぼ『5つ星』支持となっています。シチリアに関しては、50〜70%『5つ星』の票だったという投票所もあるそうです。クロスする部分も幾分ある両政党 (厳密にいえば、『5つ星』は活動家を多く抱える市民運動を維持していますが、2013年の総選挙の時点から、上院、下院に多数の議員を有し、もはや政党と呼ぶに相応しい規模を持っています)の公約のうち、『右派連合』はフラットタックス導入で裕福な北部の人々の票をさらい、『5つ星』は、ベーシックインカム(仕事のない人々にも、月780ユーロのサラリーを保証。充分な収入がない場合も、780ユーロまで段階的に保証)で、失業率の高い南部の票を総なめにしました。

 

ラ・レプッブリカ紙より引用、左:下院、右;上院 イタリア選挙地図:ブルー『右派連合』赤『PD』黄色『5つ星運動』

いずれにしても、ここ数ヶ月の間に、イタリアでは「ファッショ」vs「アンチファッショ」の緊張がかなり高まっており、サルヴィーニが調子に乗れば乗るほど、ネオナチたちが勢いづいて、痛ましい事件が起こるのではないか、と心配です。つい最近、マルケ州、マチェラータで、ナイジェリア人のマフィアたちに、ドラッグ絡みで殺害された若いイタリア人女性への復讐と称して、『同盟』に籍を置いていたネオナチ青年が、アフリカ移民の人々に向かって無差別に銃を発砲する、という事件が起きたばかりです。

その事件の後、緊張はさらに高まり、マチェラータで開かれたアンチファシストのデモは当局との衝突にまで発展。極右政党党首、サルヴィーニ及び、『イタリアの同胞』のジョルジャ・メローニが行くところ、「ファシストは帰れ」「ナチは帰れ」と大きな抗議が巻き起こってもいます。ところがマチェラータでは、そんな事件が起こっても、おおらかな移民政策を推進する『民主党』は惨敗し、『右派連合(しかもレーガの候補者)』『5つ星』がともに約35%の支持を集める、という結果となりました。ここに来て、レイシズムが売りでもあった『同盟』は組閣の可能性を目の前にした途端、「イタリアではじめてのナイジェリア出身の上院議員」を擁立するという、やや滑稽な火消しに奔走しています。

さらに、今回の選挙で明らか印象づけられたのは、ベルルスコーニが率いる中道右派の『フォルツァ・イタリア』と、歴史ある中道左派としての『民主党』が、一瞬のうちにあっけなく表舞台から姿を消し、『5つ星』と『同盟』という、過激主義、と表現される2極がイタリア政治の主人公に躍り出た、ということでしょうか。しかしながらどの勢力も組閣に必要な議席数を確保していないため、『5つ星運動』の首相候補、ルイジ・ディ・マイオ、『レーガ』の首相候補、マテオ・サルヴィーニが、いずれも組閣を目指して勝利宣言しても、どちらもまだ、まったく確実ではありません。これから両極で、熾烈な議席確保合戦が行われ、どちらかの勢力が組閣に成功するか、あるいはどうにもならずに再び選挙となるか、今の段階では先が見えない状態です。

なお、国際紙では『5つ星』と『同盟』が連立するようなことがあれば、ヨーロッパを恐怖に陥れる、というような予測もありましたが、極左を根に持つ、イタリア現代演劇を代表するダリオ・フォーが強く支持した『5つ星』という市民運動が、イタリアではファシストと刻印される『レーガ』と連立を組むなどということはあり得ない、ととりあえず(というのも、イタリアでは何が起こるか分からないので)断言しておきましょう。また、早速『右派連合』のリーダー気取りだったサルヴィーニに、ベルルスコーニはその勝利を祝福しながらも「『右派連合』においては、わたしが監督者である」とをさしています。

選挙が終わって、これは面白い現象だ、と思ったのは、それまで『5つ星』を過激分子として、「危険である、注意しなければならない」と盛んに主張していた左派の知識人、ジャーナリストたちが、選挙が終わって『5つ星』の大勝が決まった途端、すっかりトーンを変えて「考えようによっては、彼らは新しい左派の流れだ」とか「むしろ極左だよね」とか、ずいぶんと好意的な発言が多くなったことでしょうか。今回の選挙の後も、意外なことに市場は安定しているし、やはり『勝てば官軍』、フィアットもイタリア経団連も、イタリア赤字国債懸念にも関わらず「ポピュリズム、恐れずに足らず」と暗に選挙の結果を容認する態度を示しています。『5つ星』に貼られていた『過激主義』というレッテルは、彼らが他の勢力との連帯に、選挙後はじめて扉を開いたことでフェイドアウトしました。

ラ・レプッブリカ紙の創立者であり、60年代にカラビニエリ(軍部)の大佐が企てたクーデターをすっぱ抜いた、『鉛の時代』以来の伝説の左派ジャーナリスト、エウジェニオ・スカルファリも「サルヴィーニとディ・マイオであれば、わたしはディ・マイオを選ぶだろうね。わたしは生涯(御年94歳)、右派に投票したことはなく、左派にしか投票したことがないんでね」と発言。世論は少しづつ『5つ星』組閣を希望する方向へ向かっているようにも思えます。

アンチシステムアンチエスタブリッシュの『5つ星』が、今回の選挙で、『ユーロ離脱』や『移民排斥傾向』など、今までの強行姿勢を急激に軟化させたことで、今まで中道左派であるPDを支持していた人々の、特にイタリア南部の人々の票が一気に集まったことは、流れとしては理解できる現象です。そして驚くことに、伝統的左派である労働組合の人々の多くが『5つ星』に投票しています。

しかし選挙の結果としては『右派連合』が議員数を多く確保しており、他勢力から議員を増員しての組閣の可能性は『5つ星』よりも高いということになります。そしてそうなれば「民主主義とはそういうものだ。選挙の結果なのだからしかたない」とも思いますが、移民やロムの人々を暴力的に攻撃し続けてきた、極右勢力の親玉のようなマテオ・サルヴィーニが首相になることは、率直に言うと、耐えられません。

その最悪のシナリオが万が一実現し、サルヴィーニのマッチョなナルチシズムに来る日も来る日もつき合わされたうえに、衰えを隠せないベルルスコーニの脈絡のない話や、レナート・ブルネッタの自信満々、独りよがりな経済分析を聴かなきゃいけないかと思うと、うんざりです。『右派連合』が政権を獲得した場合、イタリアは何ひとつ変わることなく、むしろ再び古風なマフィア政治へと逆戻りということであり、いくら『民主党』と拮抗する数字を獲得したとしても、17%しか獲得していない『同盟』が『5つ星』を差し置いて組閣することになれば、イタリア社会に大きな反発、憎悪と敵意が渦巻き、過激な行動、衝突も増加するかもしれません。イタリアの若いアンティファグループは、強い連帯と動員力を誇る、決してじっと黙ってはいない人々です。

▶︎新しいユートピア・ヴィジョンを語り続けた5つ星の勝因

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