2018年 3月 どうなる イタリアの春 : 雪と選挙と『五つ星運動』 

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『民主党』の敗因とこれからのシナリオ

さて、わたしは基本的にはずっと、途中で分裂した政治家たちを含める『民主党』を支持していた(今回はLeUを支持していましたが)ので、今回の惨敗は、かなりの痛手に感じました。しかし最近のイタリアの中道左派は、どこに向かっているのか明確さがなく、「たるんでいる」と感じることが多々あったことは事実です。したがって今回の選挙は、彼らたちにとっても、気持ちを新たに出直すいい機会になるのではないか、とも思います。

だいたい、党首マテオ・レンツィが鳴り物入りで提案した『国民投票』は、あえなく否決され、否決されれば「政界から身を引く」と宣言していたにも関らず、舌の根も乾かぬうちに『民主党』の党首選挙に立候補して返り咲き、その後結党以来のメンバーたちと大喧嘩の末、分裂してしまったことは、PD支持者の期待を大きく裏切ったかもしれません。

マテオ・レンツィという人物は、非常に頭のいい、経済界、金融界とも太いパイプを持つ(少し持ちすぎ)、新しいタイプの中道左派エスタブリッシュメントですが、才気走りすぎた感は否めません。あまりにも性急に、自分の取り巻きだけで物事を進め、左派だというのに、市民の方向、特に弱者には目が向いていないようにも感じました。一部のジャーナリストから「レンツィの政治はベルルスコーニとまったく同じマフィア政治だ」と強く攻撃される場面も多々あります。

イタリアには若者も含め、昔ながらの左派も多く、いわば米国的というか、リベラルというか、モダンなスタイルの中道左派路線を「そもそも左派じゃない」「イタリアにはもはや左派は存在しない」と受け入れない傾向があり、『ローレックスを嵌めた共産主義者』という皮肉を込めた歌(カストロがローレックスのコレクターだったらしく)もあるほどです。そんなアンチエスタブリッシュメントの流れから、今回の選挙では、『民主党』への批判票が『5つ星』に流れた、と考えられますが、新聞やTVは、今回の敗因は『民主党』という政党ではなく、レンツィ党首だ、と激しく非難する論調でもあります。

しかしながら『民主党』が政権を務めた5年の間に、マイナスだった国民総生産は2017年に+1.6%となり、2018年は+1.5が見込まれ、失業率は11%台(若年層失業率は40%に上ります)に収まっています。つまり統計上、経済状況は少しづつ良くなってはいるのです。毎月80ユーロのボーナスを各家庭に支給するレンツィ党首肝いりの政策では、年間1000ユーロ近く各家庭に支給され、ずいぶん家計が助かってもいました。しかし、多くの左派の人々から、仕事のある人々には月に80ユーロが支給されるのに、仕事もなく、家も失ってしまった、最も弱い立場にいる人々には国から何の補助もないことに、大きな疑問が呈されてもいました。

また、レンツィが首相の座を降りたあと組閣したパオロ・ジェンティローニ首相は各界からの信望も厚く、ヨーロッパ諸国からも信頼され、今回の選挙戦では、今後も政府を担っていく人物として、元大統領ジョルジョ・ナポリターノ、『オリーブの木』の提唱者、中道左派の重鎮ロマーノ・プロディが支持し、地元ローマでは非常に高い支持率で当選しています。選挙で大敗した後の『民主党』においては、ジェンティローニが実質的なリーダーでもあると考えられています(が、一瞬で変わる可能性もあります)。

さらに、2013年には38%もあった支持率が、今年の選挙では18%にまで下がってしまったのは、レンツィ首相の人柄が信頼できない、というのもひとつの要因ですが、ミンニーティ内務大臣が尽力したとはいえ、極右政党『同盟』が派手に攻撃プロパガンダを推し進めてきた「移民の受け入れ」のあり方が問題になったことは想像に難くありません。わたしは移民の人々をおおらかに受け入れる政策があるからこそ、中道左派を支持してきましたが、フランチェスコ教皇が強く、移民受け入れを推進しているにも関らず、イタリアの移民の人々への想いは、少しづつ偏狭になってきたのではないかと心配です。

I ministri del governo Gentiloni (ANDREAS SOLARO/AFP/Getty Images)  PD ー中道右派連立 ジェンティローニ内閣 Il Post紙より引用。

いずれにしても、今回の選挙の大敗を受けてのレンツィ首相の辞任会見は、その瞬間から「フェイク!陰謀だ。策略だ」と大きな非難を受けました。というのも、彼が敗因を分析することもなく「自分は辞めるが過激主義者とは連立しない」と断言したうえに、辞任の時期を明確にせず、先延ばしするかのように曖昧にぼかしたからでした。『右派連合』も『5つ星』も組閣するためには、上院、下院とも議席の絶対数が足りず、単独では不可能なので、他党との連立の可能性を探るしか方法がないわけですが、レンツィ党首は自らの辞任と引き換えに『民主党』を人質に、その扉を締めてしまったわけです。

おそらく背後では、『民主党』内に『5つ星』との連立で組閣しても良い、と考える議員たちの分裂の動きがあり、重要人物からの打診、働きかけもあったのでは、と匂わせる発言内容もあり、ただでさえ穏やかさを失っていた『民主党』内は、レンツィ党首への反発も含め、蜂の巣をつついたような騒ぎとなりました。

その騒ぎを落ち着かせるためか、あるいは火に油をそそぐためか、それとも次期『民主党』党首選に立候補するためか、レンツィ辞任会見の翌日には、それまで、どの党にも属していなかった経済発展省カルロ・カレンダ大臣が突如として『民主党』に登録し「分裂せずに、今ある『民主党』を立て直すべき。しかしもし『5つ星』と連立するというようなことがあるなら、自分はすぐに出ていく」と脅しをかけたり、党幹部が「『民主党』では90%の党員が連立に反対」と、ヒステリックに発言、「レンツィ党首には一刻の猶予なく今すぐに辞任だ。早速PD全国統一会議を開く」と、副党首が発議するなど、大変な緊張が覆っています。予定では、今日12日に開かれる幹部会議で、PDの方向性が決定することになっていますが、いずれにしても党首選(すでに数人が立候補しています)を含む党内の意見の統一(あるいは不統一)は、まだまだ先になりそうです。

何人かの『民主党』議員は「連立に扉を開いてもいいんじゃないの?」と意思表示をしていますが、そういうわけで少し期待していた『民主党』と『5つ星』の連立は、いまだ机上の空論。そして経済界と強い絆のある、政治家というよりは実務家という印象が強く、レンツィ党首とは仲が悪そうだったカレンダ大臣が、一体何をするためにいきなり『民主党』党員になったのか、今のところやはり、まったくの謎のままです。20日以降には、下院、上院議会の形成と両議長の決定が行われなければいけない予定だというのに、劇場政治もここまで行くと、次のシナリオが読めません。

そういうわけで、PDの周囲には、左派のいつものいざこざではすまない党の存亡に関わる緊張が漂っています。イタリアの伝統ある左派の流れを組む政党ではあるので、立て直すなら立て直すで、党内の争いごとで時間を浪費せず、一刻も早く党を整備してほしいと願います。また、『5つ星』だけではなく、『右派同盟』もPDに秋波を送る様相もあり、いったいいつになったら組閣できるのか、それとも組閣できずに、結局新たな選挙が行われることになるのか、それとも大統領権限での暫定政権が樹立されるのか、『民主党』の出方次第でもあり、まったく見通しがつかない状況です。

大統領は「国にとって益となる、責任ある態度を」と発言し、「いつまでも無政府状態でいるわけにはいかないので、早く組閣の準備を整えよ」と、暗に各政党に整備を促しています。また、経済界も市場も欧州社会も「イタリアの問題は赤字国債。我々はマッタレッラ大統領を信頼している」と反応しています。

わたし個人としては、経験豊かな議員を抱える『民主党』が何らかの形で『5つ星』に連帯して『実験的な政府』を組閣、赤字国債を管理しながらヨーロッパや国際社会との関係を取り持ち、例えば軍部諜報関係などを含む、複雑な安全保障のシステムなどを若者議員たちに理解してもらって、クリーンさを保ちながら過激主義をセーブ、そうすればルネッサンスな政治の流れを共に作ることができるかもしれない、などとも無邪気に考えますが、策略渦巻く政治の世界には、そんな童話は通用しないのかもしれません。

確かに両者の政治方針は、最初から明らかに違う。それに今のところ『民主党』には、かつて『イタリア共産党』と手を結ぼうとしたアルド・モーロ元首相のような、新しい勢力と手を組んで新しい政治を作ってみよう、というおおらかな気概のある政治家が現れる気配はありません。

アルド・モーロ元首相といえば、まもなくその、イタリア近代史に大きな遺産を遺す『キリスト教民主党党首』の元首相が誘拐されてから、40年目のメモリアル・デーを迎えようとしていますが、2018年のイタリア総選挙は『鉛の時代』に繰り広げられた権力闘争をメタフォライズするような政治カオスとなってしまいました。いずれにしてもモーロ事件に関しては、主要各紙、TVが40年のメモリアルを前に、さまざまな特集を組みはじめ、これからあっと驚く新たな情報が出てくるかもしれず、こちらも注視していくつもりです。

もちろんこれから状況は、ええ!ドラスティックに変わる可能性も大きく、今は誰もがもやもやした気分のまま、イタリアン・ハングパーラメントを観察しているところですが、イタリアにはドイツのように6ヶ月もかけて組閣するような余裕はないと言っておきましょう。

どうなる、イタリア。

▶︎追記

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