地中海のカタストロフ、静かに聞こえてきたジョルジャ・メローニ政権の不協和音

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イタリアの沿岸政策の推移

地中海を渡って、イタリアに渡ってくる難民の人々を巡る政府の対応は、元湾岸監督事務所(沿岸警備隊)司令官のスポークスマンだった人物が言うように、この8年の間に大きく変わりました。

たとえば2013年、ランペドゥーサ島沖で起こった重大海難事故ののちの2016年、ベルリン映画祭金熊賞を受賞したジャンフランコ・ロージ監督の「Fuocoammareー海は燃えている」では、アフリカ大陸から地中海を渡ってランペドゥーサ島を訪れる人々を、島民たちが「そもそも漁師である島の人々は、海から訪れるものは何でも受け入れるのだ」と、鷹揚に受け入れ、助ける様子に感動したものです。また、その頃の沿岸警備隊(Guardia di Costiera)の真摯な救助活動にも心打たれました。なお海上で、船の救助を行うイタリアの沿岸警備隊は、今も昔も欧州の中ではずば抜けて優秀な組織です。

それが少し変化しはじめたのは、『民主党』パオロ・ジェンティローニ政権時代の2017年、当時の世界を震撼させたISISのイタリア侵入を防ぐという名目で、リビア政府と交わした「リビアから難民の人々を乗せた違法な船を出発させない」「マルタ合意」の頃からでしょうか。しかし現在でも、人身密輸業者たちが手配する、リビアからの違法船は、イタリアへ向け次から次へと出港し続けています。

またこの時、イタリアがリビアの沿岸警備隊に援助した資金で設立された難民保護センターは、いつの間にか強制収容所と化し、アフリカ大陸の各地から欧州を目指す人々を非人間的な環境に閉じ込め、国に残る家族からお金を引き出すための拷問が繰り返され、それが殺害にまで至るケースが多くあることが明るみに出ています。当然、イタリア国内で大きな非難が湧き起こりましたが、現在に至るまで、その合意は継続され、イタリアからリビアへの援助は維持されたままです。

さらに状況悪化するのが、2018年からの『同盟』『5つ星運動』の連帯によるジュゼッペ・コンテ第1政権で、当時内務大臣だった『同盟』マテオ・サルヴィーニイタリアの港をすべて閉じ、移民・難民の人々を乗せた船であれば、たとえそれが難民救護のNGO船であれ、沿岸警備隊の船であれ、一切イタリアには上陸させないという、俗に「サルヴィーニ法」と呼ばれる「国家安全保障法」を合法化した頃でした。

現政府のインフラ・交通相であるサルヴィーニという人物が、そもそも難民の人々を目の仇にする暴力的な排斥プロパガンダで票を集め、当時の政府の一翼を担いながら、難民の人々やロムの人々のささやかなキャンプをブルトーザーで破壊する、あるいは難民の人々の人道ヴィザ剥奪するなどという暴挙に出て、イタリア中で大規模抗議デモが巻き起こったことは、記憶に新しい出来事です。

しかしながら、たとえば病人、妊婦さん、幼い子供たちを含める何百人という人々を乗せた難民救護のNGO船を着港させず、もはや食糧、水が尽き果てる、という状況で、何日間も海上に漂わせる非人間的な政策に、どういう神経なのか賛成する市民も多くいて、『同盟』の支持は一気に跳ね上がり、みるみるうちにイタリアは分断されました。現政権で、マテオ・サルヴィーニの右腕と言われる、元警察署長であるマテオ・ピアンテドージ内務大臣が、着任早々、難民救護のNGO船の着港を禁止したことは、以前の投稿に書いた通りです。

いずれにしても、「マルタ合意」を含め、当時のサルヴィーニによる「港を閉じる」という政策こそが「原罪」であり、今回の海難事故にも大きく影響していることは否めない事実です。

なお、今回の海難事故において「2月26日未明、なぜ沿岸警備隊が救護活動を発動できなかったか」、その根拠となる規約文書(Legole d’ingaggio- Rules of Engagementを、3月13日のラ・レプッブリカ紙が独占公開しました。「内務省公安局に移民の船が海上にあることが通報された場合、どの機関が、どのように対処すべきかを、あらゆるケースにしたがって規定した」この規約は、2005年、ベルルスコーニ政権の時に署名されたものですが、その後有効ではあっても、人命救助に問題を起こすことが懸念され、実際には1回も適用されていません。

イタリア国土を移民の不法侵入から防御するための指示」というこの規約が厳格に遵守されることになったのは、2019年、マテオ・サルヴィーニが内相であった時点からであり、それ以前の沿岸警備隊は、例外なく海上におけるすべての救助活動に出動していたそうです。

そういえば、今回の海難事故に際して、沿岸警備隊のクロトーネ湾岸事務所の司令官は、「不法移民を乗せた船が、24マイル以内で確認されたが、救助活動が発動されなかった」ことに関して「パトロールをする船(GdF)は、船の動きを監視することのみに限定しなければならない」と、沿岸警備隊が船を出せなかった理由を語っていましたが、それは海上での救助活動は「気象条件によって、船の乗員が、重大な生命の危険に晒される場合にのみ発動される、とこの内務省公安局の規約にあるからです。

つまり、Frontexの最初のメッセージで「浮力は良好」との報告があった場合には「航海に問題はない」「船の乗員は、重大な生命の危険に晒されてはいない」と判断され、沿岸警備隊の救助活動の発動を制止。海上の警察活動を管轄するGdFの手に委ねられることになります。その場合、GdFの活動は「船の監視」、つまり警察活動のみに限定され、どのような場合もイタリア領海で待機しなければならないそうです。そして、この規約こそが今回、GdFと沿岸警備隊の「行き違い」を決定的にした根拠だった可能性があるわけです。

現在、海難事故で犠牲者となった方々のご遺族の弁護人は、「海や船の状況で、移民の人々が生命の危険に晒されるまで、沿岸警備隊は行動を起こすべきではない」と書かれたこの規約が、今回の事故に影響があったのか、あったのであれば、どの程度影響したのか確認を捜査官に求めているそうです。

▶︎混乱した政府の対応から垣間見えたサルヴィーニの影響力

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