付録:ファシズムとはいったいどのような性格を持っているのか
もちろん、ベニート・ムッソリーニが構築したイタリアの『ファシズム』体制については、研究しつくされ、ネット上でもムッソリーニの演説動画を含む多くの歴史的資料が見つかりますし、イタリアで生活していると、TVでもしょっちゅうドキュメンタリーや映画を放送していますから、遠い昔の夢物語としてではなく、リアリティとして、意外と身近に感じられます。
ところで、ファシズムという名前の由来は古代ローマのFacio Littorioから来ているのだそうですが、littorio-警士が高位の権力者の前を掲げて歩いた斧の周囲に、なめし革(fasces:ラテン語)を使って木を束ねて造られた、『主権と統一』のシンボルでもあり、一説には、ムッソリーニを権威の頂点に、夥しい支持者たちがサルート・ロマーノ(地面に対し、身体から135度の角度で敬礼する)をする姿が、Fascio Littorioを掲げる姿に似ているからだとも言われます。
ファシズムが権威主義、全体主義、国粋主義であることはもちろん承知していますが、ではいったいどのような思想に基づいて構築されたのか、というと、どうも漠然として掴みどころがありません。そこでイタリアの高校生には、ファシズム思想をどのように教えるのか、Skola.itで、その説明を読んでみました。抜粋、意訳します。
「ファシズムは他の全体主義に比べると、非常に特殊であり、 言及すべき文献を持たず、また言及すべき明確な政治プログラムもまったくありません。ファシズムでは、19世紀人(近代人)の政策を尊重されることはなく、幾何学的(に緻密)でもなく、論理的でもありません。ファシズムは部分的には感情から成立し、論理的な合理性を拒絶し、思いつき、神話のシステムで構成されています。ファシズムそのものが合理主義を拒否するのです」
「暴力、権威の頂点にあるものへの崇拝、まるで演劇のような政治、大規模集会の数々、戦死者への過剰な敬意、強い同胞意識など、これらすべてに当てはまる思想を構築するのがファシズムです。合理的で文献がある思想への代替となっている、ファシズムの理想は行動であり、ファシズムは思想そのものを批判します」
「ファシズムは価値の転覆、価値観の変換でもあります。ファシストは、そもそも人間が培ってきた観念を拒絶します。(略)ファシストの思想は、国家思想です。ファシズムは個人の生活よりも政治を優先することを強調します。イデオロギーとしては、完全な『全体主義』であり、その政治から逃れる方法は何ひとつなく、たとえば家族の再建など、個人の自由時間にまで政治が介入し、国民が自由時間に何をすべきかまで国家が決定します」
「ファシズムの思想は、非合理であり、政治は論理的な論証を必要としません。また、政治はショーと化しています。ファシズムにおいてプログラムは重要ではなく、日に日に(衝動的に)変えることができるのです。ですからムッソリーニが、そもそも仇敵であったヒトラーと(突然)友情を結ぶようなことも起こり、政治は感情で動いていく、というわけです」
この、学生のために簡単にまとめられた説明を読みながら、自分の周囲に流れる世界の情報を眺めているだけでも、ハッと思い当たる節がいくつもありました。いつの間にか時代が逆行し、あれ?という間に価値観が変化していた、という可能性もなくはないのではないか、と不安にもなるような内容です。
ところでウンベルト・エーコの『永遠のファシズム』(日本語訳/ 和田忠彦訳:岩波書店)は、1997年に書かれて以来、あらゆる文献に引用され、もはや現代のファシズムの考え方のバイブルともなっているエッセイです。
イタリアで『同盟』『イタリアのどうほ』などの極右勢力が突如として大きな支持を得た2018年には、5ユーロのブックレットとして再版され、今ではどこの書店にも平積みになって置いてあります。機会があれば、お読みになっていただければと思います。
何年か前に読んだ時は、さらっと読み流していましたが、今再び読み返して、エーコの分析力、ヴィジョナリーな視点に改めて感嘆しました。
エーコは、他の精密な政治綱領のある全体主義とは異なり、ファジーな全体主義であったファシスト体制はあらゆるケースに対応できるとし、それを『Ur Fascism(原ファシズム)』と名づけ、14の特徴を上げています。
1伝統崇拝、及び神秘主義、シンクレティズム
2近代の否定・非合理主義
3衝動的行動の称賛と知的世界の否定
4批判の否定
5人種差別、排斥主義
6個人、及び社会の欲求不満をターゲットとし、それを多数派として取り込む
7ナショナリズムを喪失された個人のアイデンティティの代替とする。陰謀論
8敵とする勢力の正確な力を読む能力の欠如
9平和主義の否定。永遠の闘争
10大衆エリート主義、階級主義
11死を恐れない英雄主義
12マチズム、女性蔑視
13個人の権利を軽視したポピュリズム
14貧弱なボキャブラリーとシンプルな構文による新言語
本文では、もちろんひとつひとつに詳細が記されていますが、ざっと要約すると以上のような項目になるのではないかと思います。
再読しながら、未知のウイルスと闘うために中世と同様の方法しか思いつかない人類の、今まで華々しく喧伝されてきた進歩というものは、実はやっぱり『幻想』に過ぎなかったのではないか、という思いにも囚われた次第です。
テクノロジーで個人情報の管理が可能となった時代、われわれはますます気をつけなければならない時代に突入しました。