上院、下院の信任を得て本格始動する、マリオ・ドラギ『大連立新政府』を巡るイタリアン・ラプソディ

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80%の支持を受けたドラギ新首相と、123万のナイス!がついたコンテ前首相の投稿

マテオ・レンツィ元首相が、46人の『イタリア・ヴィーヴァ』の議員を引き連れ、『5つ星運動』、『民主党』及び『LeU(自由と平等)』で形成される与党から距離をとり、煮詰まっていた交渉をひっくり返して、事実上政府を崩壊させたのは約3週間前のことでした。

その頃はといえば、パンデミックとの長期戦で、医療、経済、社会危機という3つの危機を抱えるイタリアに、レンツィ元首相の造反により、与党が過半数割れを起こす政治危機まで加わり、錯綜する情報でどんより重く、苛立たしく、やる気も失せました。

ところがその疲れ切った暗黒世界に、マリオ・ドラギ首相候補という国際的なビッグ・ネームが、鳴り物入りで出現した途端に空気が一変。「いかがなものか」と思うほどに何の疑問も批判もなく、「これでイタリアは再生する!」と、主要メディアまでが手放しのはしゃぎようとなりました。

と同時に、海外メディアも感嘆とともに一斉にドラギ新首相を歓迎し、世論調査では、内閣リスト政策プログラムを確認する以前から、イタリア市民の80%が「マリオ・ドラギを支持する」と答えています。

ただし内閣リストが発表された途端に、政府支持が65%(63%という世論調査もあります)に下がったところを見ると、市民は組閣の顔ぶれに、多少がっかりしたのかもしれない、とは思います。この65%という数字は、通常の政府に比べると高くはありますが(例えば直近のベルルスコニーニ政権49%、プローディ政権45%、レッタ政権62%、コンテ第1政権58%)、2011年のマリオ・モンティ「テクニカル政府」組閣直後の支持率71 %に比べると、多少見劣りします。

むしろドラギ効果を発揮したのは、当然のように経済の分野で、政権クライシスが起こった1月下旬には、みるみる125まで上がった国債スプレッドが、2月16日には、90を切るまでに急降下しています。数年前には300~350(2011年、ベルルスコーニ政権崩壊時は500)にも上昇し、あれほどイタリアを苦しめた国債スプレッドが、「マリオ・ドラギ」と名前を発しただけでぐんぐん下がる、まさに呪文のようなマジカルな現象でした。

ここ10年のイタリア国債スプレッドの動き。『同盟』が『5つ星運動』と連立を組んでいた時期は、そのアンチユーロ思想から、かなり上がりましたが、『イタリア民主党』『5つ星運動』の連立となってからは順調に下がりました。また、イタリアで突然パンデミックがはじまった数ヶ月はぐんと上昇し、欧州のリカバリー・ファンドが決定した途端に再び下降しています。 il sole 24 ore紙より引用。

しかし、誰もが揃いも揃って、こうして屈託なく「現金」にはしゃぐのは、やはりドラギ首相候補が、イタリア中央銀行、ゴールドマンサックス副会長、イタリア財務省総務局長、欧州中央銀行総裁と、常に「お金を巡る冒険者」だったからでしょう。

もちろんマリオ・ドラギ新首相は、量的金融緩和政策及び、(前人未到の)マイナス金利で、2度にわたる欧州通貨危機から欧州各国を救った人物であり、国際的に高い信用を得る「奇跡」の経済学者ですから、その人物が首相になるなんて、イタリアにとっては、まるで夢のように名誉な出来事です。

したがってマッタレッラ大統領の、きわめて懸命な人選に、最大の敬意を払うとともに、マリオ・ドラギ新首相の、「弱者を助けるというよりは、リッチで権力のある人々」に有利に動きそうな人物も存在する、「内閣の人選に多少の疑いを抱く」、などという、とんでもなく身の程知らずな考えが湧き上がっても、打ち消したいと思います。

何よりドラギ新首相の政治手腕を信じて、それぞれの政党の大臣たちが、ドラギ新首相の政策スピーチの意図を反芻し、誠実で崇高な「イタリア共和国精神」で働いてくれることを願うばかりです。

なお、余談ではありますが、連立大政府を俯瞰しながら、ちょっとだけですけど「ようこそ、ジュラシック・パークへ」という気持ちになったことを、そっと告白しておきたいと思います。

というのも、イタリアの政界とその周辺には、目の前に獲物が通りかかるや否や、獰猛恐竜に早替わりする変幻自在な輩が複数存在しますし、2090億ユーロという欧州連合から拠出される、巨額のリカバリー・ファンドを巡って、支配権獲得を目指す、彼らの熾烈な争奪戦は、前政権崩壊の時期から、すでにはじまっていました。事実、新政府の内閣リストが発表される前から、かなりざわついていましたし、政策プログラムが発表された今も、水面下では、さらに激しい闘いが繰り広げられている可能性もあります。

しかしながら、新首相のファミリーネームDraghi(ドラギ)は、Drago(龍ードラゴ)複数形ですから、突如として幾千の龍に変身し、凄まじい勢いで火を吹きながら不正に挑み、恐竜たちを散り散りにできるかもしれませんし、またそうあって欲しいと願います。

ともあれ、ローマの街角の風景は何も変わらないように思えても、見えない瓦礫が次々と人々の生活に降り注ぐ毎日です。この1年の間にイタリアでは9万5千人以上の方々が亡くなり、今このときも、悲しみと緊張、どうしようもない不安に縛られて暮らさなければならない人々、生命を失う方々が大勢いるにも関わらず、パンデミックの終わりはまだまだ見えません。

そんなイタリアに、「プラグマティックで思慮深く、寡黙。決定には時間がかかるが、一度決めた思い切った政策は断固として遂行する。しかも意外とユーモアもある」と評価されるマリオ・ドラギ首相が静かに現れて、イタリアの市民たちの、大きな「希望」、「助け」となるならば、何の異存もありません。

何よりジュゼッペ・コンテ前首相が、屈辱的な造反を経てもなお、「後悔や恨みなど何もありません。個人的感情などは、の運営には何ら関係ないことです。イタリアのために、わたしはこの政府を支えます」と断言したことは潔く爽やかで、強い好感を抱きました。

なお、コンテ前首相は、ドラギ新首相から内閣入りを打診されていましたが、嫉妬にかられたマテオ・レンツィ元首相が、再びよからぬ策略を張り巡らせることを危惧して、イタリアにとって大切なこの時期、政権運営に支障をきたすことになってはいけない、ときっぱり辞退しています。

そのコンテ前首相が首相官邸であるキージ宮を離れる際は、官邸働く人々が一斉にに駆け寄り、満場拍手を送りました。首相交替という堅苦しい儀式でのこんな素敵な光景は、わたしがイタリアに住むようになって以来、一度も見たことがありません。さらにはコンテ前首相が、首相として最後にSNSに投稿した人々へのメッセージには、123万ものナイス、及びハートがつくという、イタリアの政治家のなかでも、かつてない最高人気となり、コンテ前首相がどれほど市民に愛されていたか、歴然としました。

 

パンデミックに終始した2020年、はじめは「なしのつぶて」だった欧州連合との交渉に、コンテ首相は不眠で挑んだそうです。2090億ユーロのリカバリーファンドは、コンテ首相が身体を張って啖呵を切り、イタリア持ち帰ったことを市民は忘れてはいないのです。

▶︎揺れ動く『5つ星運動』のアイデンティティ

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