上院、下院の信任を得て本格始動する、マリオ・ドラギ『大連立新政府』を巡るイタリアン・ラプソディ

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揺れ動く『5つ星運動』のアイデンティティ

今回の『大連立新政府』を支持すべきか、すべきでないか、『5つ星運動』は当初から、非常に難しい選択を迫られることになりました。

まず、『5つ星運動』はそもそも、当時イタリアを席巻していたベルルスコーニ的「市民の生活から遠く離れ、巨額の収賄・脱税のみならず、マフィアとのあやしい談合が明らかとなっている」アナーキーなネオリベラル政治のアンチテーゼとして、ベッぺ・グリッロ、ジャンロベルト・カサレッジョにより創設された市民政治ムーブメントです。

したがって、その『5つ星』が、ベルルスコーニ元首相とともに過半数に加わることに、一部の議員、活動家たちから、激しい反発が起こるのは、アイデンティティを巡る必然的な流れです。

さらに、『5つ星運動』の支持急拡大したのは、2011年のイタリア国債デフォルト危機で、緊急に大統領権限で樹立されたマリオ・モンティ首相を擁したテクニカル政府(2011~2013年)の期間でもありました。

そのときのイタリアは、ユーロ景気に湧いたベルルスコーニ的放漫財政で歪みが生じた国家財政を健全化するために、最も重要な医療福祉部門から大学などの教育機関、市民の頼りの綱である年金まで、緊縮緊縮を重ねる政策が打ち出されました。そして30歳以下約半分近い若者たちが、たとえ高学歴であっても、まったく仕事が見つからない、という状況だったのです。

『5つ星運動』は、その緊縮財政を強いるテクニカル政府に真っ向から立ち向かい、グリッロ及びカサレッジョのもと、若き研究者を含むメンバーで、のちの『5つ星』のシンボルとなる「ベーシック・インカム」をはじめとする独自の政策を構築しました。

さらにイタリアを厳しく管理し、血の滲むような緊縮を強いる欧州連合を厳しく批判しながらも、ネット上のミートアップでモダンでエコロジカルな社会の有り様を徹底的にブラッシュアップ。環境問題、司法改革、収賄・脱税摘発水を含む公共財産の民営化反対武器輸出入の禁止アンチマフィアなどを訴え、あっという間に驚くほど多くの支持を集めることになりました。

※2013年、『5つ星運動』の政治集会で、ローマのサン・ジョバンニ広場に集まった80万人の支持者。当時は「津波」、と表現されましたが、確かに今見ると、凄いエネルギーだと改めて感嘆します。Il fatto quotidiano紙より

            もちろん、当時の「テクニカル政府」と今回の『大連立政府』のは大きく違いますが、『5つ星運動』にとっては、今回の新政府の大連立に参加することに、大きな抵抗を感じるのは当然です。ましてやベルルスコーニ元首相、さらに造反を起こした張本人である、天敵のマテオ・レンツィ元首相、そして2019年、見事に連立を裏切られたマテオ・サルヴィーニ元内務大臣とともに政府を構成するなんて、どうにも許しがたく、悩ましい選択です。

そういうわけで、当初は大連立を拒絶していた『5つ星運動』が、(とりあえず)新政権支持を決定するまでには、長い時間がかかりました。報道によれば、ドラギ新首相が、コンテ前首相と協議をしたのち、フィーコ下院議長を介して直接ベッペ・グリッロに電話をし、2時間もの会談が行われた時から、本格的な交渉がはじまったのだそうです。

こうして、長らく政治の表舞台には現れなかったベッペ・グリッロが、自らローマを訪れ、『5つ星』のメンバーを率いて、新首相との2回の公式協議をリードすることになりました。コンテ前首相の呼びかけもあり、やがてルイジ・ディ・マイオ外務大臣ロベルト・フィーコ下院議長など『5つ星運動』のビッグと言われるメンバーが『大連立政府参加』に賛同。と同時に、アレッサンドロ・ディ・バッティスタをはじめとする『5つ星』の理念に忠実なメンバーたちが、次々に反意を表明する事態となっています。

最終的に、『5つ星運動』の新政府参加が決定的になったのは、●『5つ星運動』の参加条件として、ベッペ・グリッロが提案したスーパー行政機関『エコロジー変換省(transazione ecologica)』の創設を、ドラギ新首相が受け入れることをに発表したこと。●『5つ星』のオンラインプラットフォーム「ルッソー」で、約60%のアクティビストたちが賛成したことでした。

ただ、久々に行われた「ルッソー」による採決では、約40 %という反対意見があり、『5つ星運動』が一枚岩ではないことが明確となっています。現在、『5つ星』内では小規模な分裂が勃発し、内閣の信任投票では、『5つ星』の上院議員62人中15不信任6人不在、下院議員165人中16人不信任12人不在2人棄権という状況です。またその波は、他の左派グループにも波及しています。

しかしながらわたしは、拮抗するこの数字と、議員たちの反発に、むしろ『5つ星』の底力というか、活力を見出しています。民主主義においては、意見や判断がせめぎ合うのは当然ですし、たとえ『5つ星』の議員31人(不在、棄権を除いて)が新政府を信任しなかったとしても、大連立の過半数を割ることはなく、重大な責任を負っているわけでもありません。

したがって『5つ星』のアイデンティティ守るためには必要な緊張であり、『大連立政府』の国家運営を客観視できる動きとして、好意的に捉えたいと思います。さらに、このように『5つ星運動』が反対意見を抱え、注目を集める議論を提示することは、政治的インパクトともなりえます。

『5つ星運動』の5つの星の意味は、「水、環境、デジタル化、発展、交通」。欧州連合の展望を、ある意味先取りしていました。ドラギ新首相は、最も難しいであろう『5つ星運動』からの支持を、まず望んでいた、と言われます。

この、注目という意味では、『大連立政府』参加の決断を問うため、最後の最後に開催された「ルッソー」による採決を、誰もが固唾を呑んで見守り、市民アクティビストたちのオーケーが出た際は、日頃『5つ星運動』を「素人!右から左、アンチユーロから欧州主義へ、見境ない変容主義!」と手厳しく批判するジャーナリストたちが、「よかった」と満面に笑みをたたえる場面もありました。

ところで、不信任投票をしたために『5つ星運動』を追放されるかもしれない議員たちは、野党としてグループを組むことになりそうです。現在、この『大連立政府』の野党は『イタリアの同胞』のみでしたから、さらに『5つ星』の一部議員が野党に廻るという状況は、民主主義においては好ましい動きかもしれません。

一方、現在の欧州連合がパンデミック以降を見据え、経済再生の核に置くグリーンエネルギー政策を、2009年の創設以来、具体的に提案してきたのは『5つ星運動』ですから、『環境』をイノベーションの核に据えることを公表しているドラギ新政権にとっては、政府の方向性をシンボライズする存在でもあります。

事実、ドラギ新首相の政策の多くが、『5つ星運動』が提唱してきた政策にリンクしていますから、現在の内紛が本格的な紛糾に発展し、彼らがさらに大きく分裂しないことを望みます。まず、ようやく実現した「ベーシック・インカム」や司法改革などの重要な政策を、ドラギ新政権がキャンセルする、などということがないように、と願っているところです

「ドラギという人物を、堅苦しい銀行家と想像していたが、意外とユーモアもあって、われわれの環境問題の考え方やベーシック・インカムにも賛意を示してくれた。ドラギは『5つ星』と同じ考え方をするわれわれの仲間であり、『グリリーニ(『5つ星』議員たちの通称)』だったよ」

ベッペ・グリッロは「ルッソー」での評決前、短いビデオでアクティビストたちに、このように賛意を訴えました。

なお、今まで『5つ星運動』を強く支持してきたイル・ファット・クォティディアーノ紙は、今回の政権与党入りを、「安楽死だ」と厳しく批判。新政権の顔ぶれを、レンツィ元首相、サルヴィーニ元内務大臣が、容易く操れる面々ではないのか、と分析しました。そして、その心配ももっともだと感じています。

しかし『5つ星運動』は、プロ政治の世界に、アクティビストたちが自分の家から意見を表明できるプラットフォーム「ルッソー」、つまり「有権者の意志」という強力な武器を持っています。世界に例を見ない、オンラインからはじまった市民活動である『5つ星運動』には、『民主党』『LeU』とともに、ここでしっかり踏みとどまってほしい所存です。

▶︎油断できないふたりのマテオ

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