政治的野心とリカバリープラン
ところで、そもそも『イタリア・ヴィーヴァ』とはどのような政党(といっても選挙を経ていないので、上院では『イタリア社会党』枠での活動となっています)なのか、というと「グローバリズム、リベラル、社会主義、改良主義、欧州主義」を掲げていますから、当然のように元首相の古巣である『民主党』とよく似た主義主張を謳っています。
ただ、伝統的左派を引き継ぐ『民主党』と大きく違うのは、メンバーに労働組合出身の人物がいたとしても、市民ひとりひとりの生活を分け隔てなく支えようとする、イタリアの伝統的左派とはいえず、どちらかといえば、ベルルスコーニ元首相同様、アナーキーなネオリベラルに近いエスタブリッシュ寄りの政党、と捉えられることでしょうか。レンツィ元首相ご本人もイデオロギーを完全に拒絶していますから、なぜ彼が、最初に『民主党』を選んだのかは、謎に包まれたままです。
国際的な経済界に通じ、最近では隔離期間なし(外国から帰国したすべてのイタリア市民に義務づけられているのに)でサウジアラビアを訪れるなど、ロビー活動が巧みなマテオ・レンツィ元首相は、今までも汚職や、不正政治資金スキャンダルを追求されたことがありましたし、左派メディアからも、『リチャード3世(シェークスピア劇の)』などと、さんざん批判される人物です。
また、元『イタリア共産党』や『キリスト教民主党』の左派など、それぞれに歴史ある背景を持つメンバーで構築された『民主党』を舞台に、策略に次ぐ策略で、重鎮たちを蹴散らしながら、書記長に上りつめた経緯から、「Rottamatore(スクラップ屋、破壊業者)」とも揶揄されます。
いずれにしても、かつてレンツィ元首相が蹴散らした重鎮たちからは、かなり恨まれているようで、レンツィ元首相が背水の陣を敷いた『国民投票』では、野党である右派だけでなく、左派の重鎮たちが、揃いも揃って「反対」に回る、という状況にもなりました。今回の造反でも、各方面から厳しい批判が巻き起こっただけでなく、コンテ首相に背後から助言する、伝統左派大御所の姿があるとの報道もあります。
そもそも、今回レンツィ元首相の造反のきっかけとなった、リカバリープラン(next generation EU)の草案を巡っては、医療関係に費やされる予算があまりに少なく、確かにSNSでも批判が噴出していましたし、経済エキスパートたちも疑問を呈していました。
おそらく造反の機会を窺っていただろうレンツィ元首相は、その政権批判に電光石火で食らいつき、「政府のリカバリー・プランの下書きのレベルが、あまりにお粗末で容認できない。酷すぎるレベル」と、声高にスタンドプレーに突入したのです。その後『イタリア・ヴィーヴァ』は、たちまちのうちに独自のリカバリー・プランとも言える、63項目のイタリア再生プロジェクト「CIAO」を起草。メディアを集め、年も押しつまった12月28日、華々しくプレゼンテーションを開催しました。
この経済プロジェクト「CIAO」に関しては、エキスパートの高い評価もありますし、結果、政府はレンツィ元首相の提案を取り入れていますから、『イタリア・ヴィーヴァ』の手腕を、ある程度は認めなければならないかもしれません。しかし「CIAO」は、現政府内で議論が分かれるMES(Europian Stability Mechanismー医療予算に特化した欧州連合による、ほぼ無利子の30年ローン)を組み入れたプロジェクトに仕上がっており、現状を無視した形になってもいました。
その後、どうにも止まらなくなったレンツィ元首相は、「現政府は閉ざされた密室でプランを練り、SNSで大切な政策の発表をして、これじゃまるでリアリティ・ショー」とTVや新聞などのメディアでコンテ首相を厳しく非難。一方、コンテ首相は「話し合いができるように、いつでも扉を開いていた」と静かに反論しています。
確かに政府のSNS発信が、市民と政府のコミュニケーションの場のひとつとなっていることは否めません。しかしパンデミックという状況で、そのスタイルに問題があるとは、まったく思えないのです。
ちなみにイル・ファット・クオティディアーノ紙によると、レンツィ元首相は、といえば、政権への攻撃をはじめた12月からメディアへの露出が著しく増え、あらゆる新聞によるレンツィ元首相のインタビュー記事は、12月初旬から1月17日までに、70本に上るそうです。
その期間、TV、ラジオではレンツィ元首相に関するニュース、コメントが1087回放送され、コンテ首相641回に対して、約2倍の露出となっています。また、全メディアを俯瞰すると、レンツィ元首相5595回、コンテ首相が3796回の露出となるそうです。
さらには今回辞任した、『イタリア・ヴィーヴァ』の大臣のインタビュー、記事、コメントも2141回と異例の露出となるそうで、この数字を見ると、SNSではあまり発信力のない『イタリア・ヴィーヴァ』が、既存メディアでその存在感を印象づけようとしたことは明らかです。
そんなことを思いながら、レンツィ元首相のSNSアカウントを覗いてみると、今回の造反を非難するコメントが万単位で並んでいました。一方、すべての投稿に万単位でハートがつくコンテ首相のSNSアカウントとは大違いで、少し気の毒に思った次第です。
さて、結果的にリカバリー・プランの草稿は、レンツィ元首相だけでなく、あらゆる方面からのアドバイスを調整し、各所訂正され、医療への予算も当初の倍以上になりました。さらには今後、4月9日の提出期限まで、詳細の練り直しが繰り返されるはずです。
なお、リカバリー・プランは、●デジタル化 ●エコロジー ●社会問題の解決というテーマを大枠に、●女性の役割の強化、●差別のない社会 ●若者たちの発展的学習の場の形成 ●医療体制の強化などの項目があり、それぞれ巨額の予算が割かれます。
確かに野心ある政治家なら、「未来世代」をコンセプトとする巨額の拠出金を、経済界にがっつりパイプを持つ、自らの思うままに大活躍しながら英雄的に使ってみたい、と思うでしょうし、経済界も喉から手が出ているのではないか、とは推察します。まず、経済界にそれほど繋がりを持たない市民運動『5つ星運動』が擁立したコンテ首相には、絶対まかせたくない、と思うグループがいるに違いありません。
さらに2021年の10月には、ローマでG20が開かれ、国際社会の要人が一堂に集まりますから、そのような輝かしい機会の予定も、レンツィ元首相に造反を急がせたのかもしれません。「レンツィはあんな性格だから、変えようがないけれど、そこに群がる輩が問題なんだ」、という、左派重鎮の意味深なコメントもありました。
イタリアに長い間お世話になっている外国人としては、自由に動きが取れない今、コンテ首相の誠実なスピーチや気さくな対応、保健大臣やタスクフォースの実直な対応に、そのつど安心することができました。なにより人間として、信頼できる人々に形成された、温度のある政府という印象です。
「人気があるだけじゃだめなんだ」、とレンツィ元首相は、たびたび発言していますが、本来、選挙で勝たなくてはならない政治家は、人気がなければ元も子もありません。
弁護士、大学教授であるコンテ首相に関しては、政治経験がないことを問題視する人も大勢いますし、巨額のファンドを有効に使い、管理する力量がない、と見る経済エキスパートも存在します。しかし政争に明け暮れ、利権まみれで市民を顧みないプロ政治家やブローカーが暗躍する政治よりは、よほど信用できる、とわたしは思っています。
「政治はそんなに甘く、ロマンチックなものではない。騙し、騙され、引きずりおろす。泥沼の権力闘争、裏切りの街角なのだ」という意見もありますが、海千山千で腐り切り、悪貨にまみれた権力の醜悪は、芝居や映画で見るのは面白くとも、現実となると、とことんうんざりです。
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