TAV建設 “Si”と同時に、みるみる暗雲たちこめたイタリア
TAVというインフラは、1990年代はじめに建設が決定された、イタリア(及びフランス)が30年に渡って抱える、埃まみれの古いプロジェクトで、
●トリノとリヨンを結ぶ、この高速鉄道は、今の時代にはまったくそぐわない、意味をなさないインフラではないのか ●巨額の公共予算を投入することになるが、確実に採算はとれるのか ●アルプスに掘るトンネルは環境破壊につながらないか ●役に立つかどうか分からないTAVに投入する公共予算を福祉に流用する方が社会にとって有益ではないのか ●イタリアよりフランスの方が断然得をするのではないか、
など数々の疑問から、30年に渡りイタリア全国のアクティビストが集まって、トンネルの入り口となるヴァル・ディ・スーザの現場で、活発なNO TAV運動が繰り広げてきた経緯があります。
このNO TAV運動を、人気作家エンリ・ディ・ルーカ、著名ジャーナリストのマルコ・トラヴァイオ、さらにベッペ・グリッロなど、大御所たちが強く支持。やがて『ノー・グローバル』『アンチ・システム』運動と共闘し、イタリア全国のシンボリックな政治闘争として発展し、事あるごとに当局と激しい衝突を繰り返した歴史があり、サルヴィーニがことさらに敵視するチェントロ・ソチャーレ(文化スペース占拠)の有志たちも、闘争に多く参加しています。
さて、7日に行われた表決では、予想通り『5つ星運動』のみがNOに投票し、政府で孤立した状態になりました。ただその日の朝、「ちょっと様子がおかしいのでは」と思ったのは、ローマ近郊のビーチでの遊説を予定していたはずのマテオ・サルヴィーニが、上院の投票に参加していたことでした。
まるで永遠の選挙キャンペーンをしているかのごとく、各地の遊説で常に忙しい上院議員である内務大臣が議会に顔を見せるのは、きわめて珍しいことです。そしてその投票が終わった途端、サルヴィーニは獲物を狙う猛禽の眼差しで「政府には過半数が存在せず、政権は分裂している。継続不可能」と声高に叫びはじめ、誰も予期していなかった造反の火蓋が切って落とされることになったわけです。そこから事態は怒涛の勢いで急変していきました。
「イタリアを変革する『5つ星運動』と『同盟』の『契約政府』(あくまでも契約なので連立ではありません)は、任期満了までの5年間は決して崩壊することはない。いや、30年続くかもしれない」
これはどんなに諍いや行き違いが起こっても、サルヴィーニが常に口にしてきた言葉です。欧州選挙で『同盟』が大勝したあとの、ロシアゲート発覚に伴う緊張状態の時ですら、両党は「契約を解消しない」と断言していました。ところがここ数週間で支持率が40%に届きそうになると、まるで何かにとり憑かれたかのごとくサルヴィーニの態度が一変。何の前触れもなく、『5つ星運動』をばっさり裏切ったわけです。
各種メディアによると、造反1日目のコンテ首相との会談では「インフラ交通大臣のトニネッリ、防衛大臣のトレンタ大臣、財務大臣のトリア( 法務省のブオナフェーデ大臣の名前をあげるメディアもありました)を解雇しなければ、即刻『5つ星』との契約を解消。10月に総選挙を実施する」ことを、とサルヴィーニは要求したそうです。
一方、解任を急かされたトニネッリ交通省大臣は、というとTAV建設表決後も、ひたすら声高にNO TAVを主張し、「サルヴィーニは、巨人たち(米国、ロシア)の影に隠れる小物(!)」と一蹴。サルヴィーニが激怒したと伝えられています。一方トレンタ防衛大臣は、難民の人々を乗せた船が海で足止めされたままイタリアの港に着港できないことで、サルヴィーニを批判し続けていましたし、トリア財務大臣は、『同盟』がなんとしてでも実現させたいフラットタックスを、「今のイタリアの状況では無理」、と拒絶し続けサルヴィーニの逆鱗に触れていました。
要するに、現在イタリアで最も権力がある(支持率上)と思っているサルヴィーニは、思い通りに国家を運営したいにも関わらず、票田を食い荒らすだけ食い荒らし、もはや奴隷だと思っている『5つ星運動』の大臣たちが、何かにつけて反抗してくるのが耐えられなくなった、というのが表向きの筋書きです。
しかしそもそもは、『5つ星』が庇を貸してくれたおかげで、『同盟』は母屋を乗っ取ってここまで支持を集めることができたわけですから、サルヴィーニのこの豹変ぶりは、いままではマッチョな漢気を装っていたこの人物の『実』のなさ、空虚さを露呈した形になりました。案の定、ここ数日、急速にSNSのフォロワーが減少しています。
サルヴィーニは、優秀な役者のようでもあり、子供思いのお父さん、近所の気さくなお兄さん、イタリアの救済者、従順な信仰者から、一変して独裁者、悪魔、そして死刑執行人まで、幾多の顔をも瞬時に演じ分けることができる人物です。背後に「人形遣いがいる、というか、演出されているんだよ」と言われれば、「なるほどね」と思わせる、縦横無尽にあらゆるシーンに自分を適合させる、特異な才能を持っています。
イル・フォリオ紙の編集長が、「サルヴィーニはファシスト(Fascistoー人々を束にする人物)ではなく、破壊者( Sfascistoー束を解体する人物)だ」と表現していましたが、それを聞いて、思わず膝を打った次第です。
さて、そのサルヴィーニですが、造反を仕掛けて2日目の8日、コンテ首相との会見で「すべての政策にNOを突きつける『5つ星運動』とはやっていけない。いますぐ総選挙」、「即刻、首相自ら大統領府へ赴いて、辞表を提出(つまり速やかな議会の解散)する」ことを強く要求しましたが、断固として拒絶されました。このとき首相は「この『政権の危機』を、すべての国民の前で明らかにする必要があるため、上院、下院議会で議論する」ことを断言しています。
「内務大臣には(政府の)期限を決定したり、議会を招集する権限はありません。ロシア(ゲート)に関する捜査に関して情報を(議会で) 提供する過程で、すでに明確にしたように、わたし個人としては、政府と議会の間の討論が、われわれの民主主義システムの厄介な虚飾だとは考えていません」
「これ以上、ただNOとだけ言う政府(『5つ星運動』)との言いがかりを、わたしは受け入れません。なぜなら執行部は、黙々と多くの仕事をしてきたからです。毎日、国家機関の自分の席で仕事をしていたのです。ビーチで遊んでいたわけではありません(このビーチ発言に関しては後述)。サルヴィーニは、なぜ今政権を崩壊させようとしているのか、その動機を語る義務があります」
コンテ首相は8日の夜遅くに会見を開いてこう語り、『5つ星運動』の大臣たちを庇いました。確かに『5つ星』の大臣たちには、大胆さや器用さはありませんが、真面目に努力をしながらコツコツと仕事に励む、という印象はわたしも持っています。
首相は、一刻も早く総選挙に持ち込みたいサルヴィーニをきっぱり撥ねつけて、民主主義ならではの時間のかかる議会での議論へと招待。ドキドキしていたアンチ・サルヴィーニの市民たちを、とりあえずはホッとさせたのです。それは簡潔で、凛と厳しい会見でもありました。
▶︎総選挙か、それとも『5つ星運動』+野党連立による大統領権限による暫定政府、あるいは通常の政府か