『鉛の時代』:「 国家の偽造犯」となった天才贋作者トニ・キッキアレッリとは何者なのか

Anni di piombo Cinema Deep Roma Storia

「世紀の強盗」と「メモリアル・モーロ」

80年代に入り、当時まだ少女の面影を残していたクリスティーナ・コラーリと知り合ったキッキアレッリは、あっという間に恋に堕ち、夢中になったと言われます。コラーリもまた、正体が分からない、しばらく顔を見せないと思ったら突然姿を現す、金回りのいいその男に強く惹かれていったようです。

子供が誕生したばかりの頃のキッキアレッリのホームビデオが残っていて、国営放送Rai1の報道番組で放映されたことがありましたが、そこに映るキッキアレッリは、黒い巻き髪と厚い髭を蓄えた筋肉隆々の36歳の男で、生まれたばかりの子供が愛おしくて仕方がない、という風情で抱きしめ口づける、いかにもしあわせそうな父親でした。

ただこの頃になると、そもそも落ち着きのない性格だったキッキアレッリが、ちょっとしたことでいっそう苛立つようになり、夜中に自室にこもって作業をするようになったそうです。コラーリが何をしているのかを聞くと、ひどく怒って暴力を振るわれそうになるため、何も聞けなかった、とのちに話していますが、この頃のキッキアレッリは、「世紀の強盗」と呼ばれる完全無血犯罪、ブリンクス・セキュアマーク強盗事件を計画していた、と思われます。

1984年3月24日に発生した、「世紀の強盗」の経緯は次のようなものです。

その日の夜半、Digos(La Divisione investigazioni generali e operazioni specialiー一般捜査・特殊作戦局)を名乗る4人の男が、元カラビニエリのブリンクス・セキュアマークの従業員だった帰宅中のフランコ・パルシを突然拘束しました。そのまま自宅まで連れ帰ると、家族が暮らすその自宅で、早朝までパルシと妻、子供たち、義母を監禁します。のちにパルシの妻は「恐怖の時間ではあったが、4人の男たちは暴力を振るうことなく、子供たちにも親切だった」とそのときの様子を証言しています。そしてその男たちのひとりであり、「世紀の強盗」を計画したのがキッキアレッリでした。

午前5時30分、4人のうちのひとりが家族の監視を続けたまま、男たちは通常ブリンクスが社用車として使用するオペル・レコード2300に、パリシを乗せると、フィアットの小型バスをその車の後に従わせ、ブリンクス本社へと向かいます。ブリンクスの厳重警備のエントランスで、その朝から勤務予定であったパリシが名乗ると、ゲートは簡単に開かれました。敷地内に入った2台の車は、金庫室エリアを守るふたつのゲートも通り抜け、オフィスに突入します。

キッキアレッリは、パニックに陥った3人の従業員を、まず縛り上げると、まるで「モーロ事件」で送られてきた写真のように、『赤い旅団』のロゴが描かれた赤い旗の前に3人を座らせ、ポラロイドカメラで撮影しました。さらにそのときキッキアレッリは、金庫に保管されていた機密書類を持ち出した、とも言われます。その間に他の2人が現金、有価証券、貴金属などを85個の大袋に詰め、小型バスに積み込むと全員逃走。突入から逃走まで、ほんの一瞬の出来事でした。

このブリンクス・セキュアマークは銀行というよりは米国資本を保管する金庫、あるいは現金輸送会社という体裁の金融機関で、70年代には国際金融の錬金術師であったミケーレ・シンドーナ株主をしていたこともありました。『ロッジャP2』のメンバーだったシンドーナは、ヴァチカン銀行(IOR)の総裁ポール・マルチンクスと結託し、自らが支配する国内外の金融機関を通じてマフィアの巨万の富を資金洗浄していましたが、金融危機から破綻に追い込まれ、刑務所内で不可解な死を遂げています。いずれにしてもこの事件が起こった時、ブリンクスの本社社屋、つまり不動産そのものは、その頃刑務所に収監されていたシンドーナの所有だったそうです。

またシンドーナのように、『鉛の時代』のあらゆる事件背景に、反復してその名が現れる人物が、たとえばリーチォ・ジェッリジュリオ・アンドレオッティを含めて存在し、その事実から、この時代のあらゆる事件は、少数人物たちによって構成されたのではないか、と推察されます。ではキッキアレッリは、その事実とそれぞれの人物の関係性をどこまで知っていたのか、そしてなぜ、ブリンクスを狙ったのか、おぼろげに推理はできても、それを裏付ける証拠は何ひとつありません。

なお、犯行の数日前、キッキアレッリ自身がブリンクスの敷地内まで入りこんで調べていたことが分かっており、さらにブリンクス側に少なくとも2人内通者がいた、と見られています。さらにキッキアレッリは立ち去る前に、エネルガ社製の訓練用の手榴弾鍵7本の束、7.62口径の弾丸7個、金属製の鎖の切れ端7本を、まるでサインのように、あるいは映画「Il falsario(ビッグ・フェイク)」の台詞にもあった、現代アート(コンセプチュアル・アート)のようにブリンクスの床に残していきました。

すなわち7という数字は「モーロ事件」でキッキアレッリが偽造した7番目声明を表現し、7.62口径の銃弾7個は、「ペコレッリ事件」で発射された銃弾の数を想起させます。エネルガ社の手榴弾は、1979年、『赤い旅団』がローマ地方裁判所カラビニエリ部隊のアントニオ・ヴァリスコ大佐(ペコレッリの情報提供者)を短銃身ライフルで殺害した際、使用された発煙弾と同型のものでした。

こうして、ブリンクス事件においても、「モーロ事件」と「ペコレッリ事件」の関連性、そしていずれも『赤い旅団』の犯行であることが示唆されました。また事件の2日後には、『赤い旅団』を名乗る男からイル・メッサッジェッロ紙に電話があり、トラステヴェレのベッリ広場のゴミ箱を探すよう指示がありましたが、これは「モーロ事件」の際、『赤い旅団』を名乗る男が、同紙に電話をかけ「7番目の声明文を置いた」と特定したのと同じ場所です。

ゴミ箱から見つかったのは封筒と7.62口径の弾丸3発と封筒で、その中には『赤い旅団』のロゴが入った旗の写真の断片、公式声明文の切り抜き、さらには件のタクシーの中の忘れ物同様に、アキーレ・ガルッチピエトロ・イングラオ襲撃計画を記した書類が入っていました。しかしながらこの時も、それらの書類が偽造である、とただちに認識されています。

ブリンクスから強奪された350億リラ相当の金品は、キッキアレッリがゾッソロと暮らしていたEUR地区の邸宅で、仲間たちと分配したそうです。またこのときキッキアレッリは、強奪した機密書類をいくつか読んで、その一部燃やした、とされます。しかしながら、そもそもその機密書類が何だったのかは、まったく明らかになっていないどころか、ブリンクス側は、「機密書類など保管してなかった」と言っているのです。

しかし前述したように、こじ開けられたキッキアレッリの金庫には、『赤い旅団』が写したモーロがまだ生きている頃のポラロイド写真が入っていた事実があり、ということは、この写真を含める書類が、ブリンクスの金庫に秘密裏に保管されていた可能性があります。しかし保管されていた機密書類の存在を、なぜキッキアレッリは知っていたのか。

なおキッキアレッリはブリンクス・セキュアマークの強盗について、公式発表された350億リラではなく、少なくとも500億~550億リラだったと仲間内で吹聴しており、当時の恋人だったコラッリにもそう伝えていました。そのうち少なくとも300億はキッキアレッリの取り分だったと思われますが、キッキアレッリの死後、こじ開けられた金庫に残されていたのは、山のような小額紙幣だけで、300億には到底及ばない金額でした。

また、金庫の中にはタイプライターで作成された、ピエトロ・イングラオ、アキーレ・ガルッチ、ミーノ・ペコレッリの動向、習慣の詳細が記された4枚の書類のオリジナルが入っていました。つまり「ペコレッリ事件」ののち、タクシーの中に置かれていた鞄に入っていた書類が、キッキアレッリの金庫の中から見つかったわけです。

のちにキッキアレッリの会計士である人物が、「過去から現在に至るまで、キッキアレッリの生活操っていた人物がいて、トニ自身も、その人物から指示を受けている、と言っていた」と証言していますが、それはおそらく諜報局幹部であろう、と仮定はされても、具体的に誰であったのか、いまだに明らかな正体は分かっていません。

「世紀の強盗」が起こった次の日のCorriere della sera紙の記事(記録的な強盗:350億(ほとんど現金)。上部記事では、ローマ、サン・ジョヴァンニ広場で70万人(!)という凄まじい数の抗議集会があったとあります。コリエレ・デッラ・セーラ紙より引用。

そして、キッキアレッリの最大の謎、とされるのが、長期に渡り政府が極秘にしていた「メモリアル・モーロ」の一部、あるいは完全版をキッキアレッリが所有していたのではないか、という仮説です。

というのも、キッキアレッリは仲間内に「大丈夫だ。これより強力な保険はない、というものを自分は持っている」と語っていた、という証言がいくつもあり、しかもキッキアレッリは金庫に「162、168、174、177」という謎のメモを残しています。この数字は、かつてペコレッリが殺害された際、Digosが「回収した」、と報告した資料の、「残念ながら欠落している」としたページの数字と完全に一致しています(Spazio7)。つまりDigosがペコレッリの死後、回収したのは「メモリアル・モーロ」だった可能性があるということです。

映画「Falsario(ビッグ・フェイク)」では、『赤い旅団』に属していた(と思われる)親友ファビオーネから、トニが「メモリアル」を受け取ったことになっていますが、ファビオーネは実在しない、物語上の架空の人物です。では実在したキッキアレッリは、どこで「メモリアル・モーロ」を手に入れたのか。

モーロ誘拐で、国中が激しく揺れ動く1978年4月18日、キッキアレッリが偽造した7番目の公式声明の隠し場所を告げる電話が、イル・メッサッジェーロ紙にかかってきた日の朝、前述したように、非常に不自然な経緯で、ローマのグラドリ通りにある『赤い旅団』幹部マリオ・モレッティの潜伏場所が見つかっています。しかも当局が駆けつけた時は、誰が連絡したのか、すでにメディア関係者がグラドリ通りに溢れていた、という状況でもありました。

一説では、捜査官が隠れ家になだれ込むに、諜報機関の指令を受けたキッキアレッリが、その隠れ家侵入したのではないか、と言われています。グラドリ通りに捜査が入ることを、何者かの指示によって前もって知っていたキッキアレッリが、『赤い旅団』が所持していた「メモリアル」を含む書類や、モーロを撮影したオリジナルのポラロイド写真を盗み出し、約束通り諜報機関に手渡すと同時に、自らを守る「保険」として保有するために複製したのではないか、と考えられるということです。

あるいは78年、『赤い旅団』の潜伏先で「メモリアル・モーロ」が発見されたのち、きわめて重要な極秘書類とされながら、カルロ・アルベルト・ダッラ・キエーザ大佐やミーノ・ペコレッリをはじめ、一部の政治家、軍部関係者の間に複製出回っていたともされ、キッキアレッリが何らかのルートでそれを手に入れた、とも考えられます。

しかし、そもそもキッキアレッリが本当に「メモリアル」を持っていたかどうかについては確実な証拠はなく、複数の検察官や上院下院議員で構成される「モーロ事件調査委員会」が、キッキアレッリが「メモリアル」に接触していた、と考えるのが妥当、との見解を表明しているにすぎません。

また、キッキアレッリが晩年に起こした「ブリンクス・セキュアマーク強盗事件」は、これまでの働きに対する依頼サイドから報酬であった、という説、逆にキッキアレッリが報酬が少ない、と不満を抱いて起こした事件で、「モーロ事件」を想起するようなメッセージをいくつも残したのは、自分は何もかも知っているのだ、とアピールする依頼サイドへの脅迫だった、という両極の説があります。しかし残念ながら、1984年9月27日に何者かに殺害されたキッキアレッリは、その答えを墓場の奥深く、闇の中へと持ち去り、今となっては仮説のみが時空を浮遊するだけです。

イタリア語版Wikipediaによると、キッキアレッリ殺害を巡る仮説としては、⚫︎麻薬密売を巡る犯罪者間の報復、⚫︎マネーロンダリングを引き受けるミケーレ・シンドーナと繋がっていた犯罪者組織間(たとえば「コーザ・ノストラ」)の抗争、⚫︎妻、恋人、知人の証言により法廷で明らかになった、慎重さを欠く性格のキッキアレッリに対する諜報機関による予防的排除、などが上がっています。

そのなかでも、⚫︎キッキアレッリの排除は、ブリンクス・セキュアマークの金庫室に隠されていた、アルド・モーロが『赤い旅団』の人民刑務所で生きていた頃の写真を含む、国家側不都合証拠書類回収することを目的としたものであり、実際、裁判では「国家の偽造犯」である「世紀の強盗」キッキアレッリが、諜報機関との約束を守らず、機密書類を渡さなかったため、諜報機関がその機密書類を回収するために殺害した、との説が有力、とされました。

つまりキッキアレッリの殺害は、ブリンクスが「そんな書類は保管していなかった」と主張したにも関わらず、実際は金庫に保管されていた機密書類を、諜報機関が取り返すため、というのが、『鉛の時代』の背景を鑑みて、一般的に納得のゆく仮説として現在に至るわけです。なお、キッキアレッリが殺害された際、発射された銃弾11発がアルド・モーロが殺害された際の11発の銃弾の数と呼応しているのは偶然なのか、それとも何かの暗示なのか、その数字に言及した説は見かけませんでした。

結局キッキアレッリがローマで過ごした時間は、天才的な名作の贋作者および『赤い旅団』の声明を含む書類の偽造犯であること以外、あらゆる詳細がすべて仮説で構成されており、結局この男が誰だったのか、を明確に語ることはできません。

もしキッキアレッリがラクイラののどかな山間からローマへ移り住んだ時代が70年代でなければ、才能ある贋作者としてだけの人生を歩んだかもしれないし、ローカル・マフィアの周辺にいる小悪党で終わったかもしれない。しかしキッキアレッリという人物が『鉛の時代』で紡いだ物語が謎であればあるほど、現代の語り部たちの想像力を掻きたて、新たな物語が生まれるのだ、とも思います。

Youtubeのショート動画で、映画「Il farsario(ビッグ・フェイク)」でファビオーネを演じたピエールルイジ・ジガンテが、「オリジナルの作者、贋作者のどちらがアーティストと言えるのか」という問いを投げかけていました。なるほど。

ならばキッキアレッリの人生そのものが、決して解き明かすことができない謎が散りばめられた『鉛の時代』を体現する、時空にインスタレーションされたコンセプチュアル・アートのようなものだった、と言っていいのかもしれない、などとも考えた次第です。

RSSの登録はこちらから