『イワシ運動』効果が炸裂、投票率が倍になった州知事選とそれからのイタリア

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1月26日に開催されたエミリア・ロマーニャ州知事選挙は、67.67%(!)という、まるで国政選挙を思わせる投票率となり、2014年に行われた前回の州選挙と比較して、約2倍の数字を記録しました。極右政党『同盟』マテオ・サルヴィーニが「この選挙こそ、『民主党ーPD』『5つ星運動』連立政府への国民の信任を試す試金石、いわば『国民投票』だ」、と大上段に挑戦状を突きつけ、これでもか、これでもか、とキャンペーンを張ったエミリア・ロマーニャ州知事選は、しかしあっさり『民主党』左派陣営に持っていかれることになった。ボローニャ、マッジョーレ広場から突如としてはじまり、今やイタリア全土を席巻する市民ムーブメント6000サルディーネ=イワシ運動が、この選挙に大きく貢献したことは言うまでもありません。

実は右傾化しつつあった、伝統的左派地域エミリア・ロマーニャ州

1月26日の選挙日直前まで「われわれ『同盟』は必ず勝利する。しかも大勝利だ」と、高笑いしながら豪語していたマテオ・サルヴィーニですが、それは決してまったく根拠のない、ただの「空いばり」とは言えませんでした。

というのもエミリア・ロマーニャ州は、戦後一度も右派勢力に州政権を渡したことがない伝統的左派、『民主党』地盤ではあっても、2018年の国政選挙では『5つ星運動』、2019年の欧州選挙では『同盟』に、いずれも1%ほどの僅差ながらリードを許していたからです。

かつて左の拳を力強く突き上げ、『イタリア共産党』一本槍に突き進んできた生え抜きの左派たちが、「暮らし向きがよくなるのであれば、サルヴィーニでもいいかもしれない。『民主党』はもはや左派ではないから」などと、フラットタックスや年金支給年齢の引き下げを強調するサルヴィーニに、ふらっとよろめいている、という報告も、いままで数多くありました。

2018年国政選挙、エミリア・ロマーニャ州投票マップ 赤ー民主党、黄色ー五つ星運動、緑ー同盟 引用元:Allerta Rossa per l’onda verde 及びopen.it

そもそもエミリア・ロマーニャ州は、小麦、果物などイタリアの食文化を代表する農業、パルミジャーノをはじめとする乳製品やプロシュート、パスタなどの農畜産物加工産業地域であるとともに、ドゥカーティ、フェラーリ、ランボルギーニなど世界に名が知れ渡る高級車を含む自動車産業などで、イタリア北部のなかでも経済的に豊かな地方です。また、中核都市であるボローニャには世界最古の大学もあり、個人的には洗練された、解放的な地方、というイメージを抱いています。

それでも2008年の世界金融危機、続く2012年のイタリア国債デフォルト危機以降の緊縮財政以来、庶民の生活は圧迫される一方となり、大都市から離れた農村部山間部での『同盟』支持は確実に増加していたようです。

ちなみにベニート・ムッソリーニは、かつてイタリアの社会主義運動の中心であったエミリア・ロマーニャの小さい街、プレダッピオで生まれているのですが、2019年、そのプレダッピオに右派市長が誕生し、それまで教育の一貫であった「学生のアウシュビッツ見学の費用を一切負担しない」と宣言して物議を醸したという経緯もあります。

2019年の11月には、農村部、山間部だけではなく、州を代表するいくつかの大都市に至るまで、ことあるごとに『イタレグジット』をほのめかす『同盟』支持が激増している、というリサーチも明らかになり、「まさか、エミリア・ロマーニャが極右政党を支持するなんて」とイタリア全国の左派市民の間に不安が募りはじめていました。

その時期のサルヴィーニはといえば、かつてエミリア・ロマーニャで人気があった『共産主義再建党』の書記長、ファウスト・ベルティノッティを意識したタートルネックのセーターコーデュロイのジャケットという出で立ちでキャンペーンを進めており、「人々が抱く『イタリア共産党』へのノスタルジーを巧みに利用しようとしているんだ。作為的!」と非難されてもいた。

しかしサルヴィーニ陣営が、その地方で好まれるであろうファッションまでマーケティングしているとは、笑うべきか、悲しむべきか。その涙ぐましい努力に一瞬ためらって、結局「えー!」と笑うことになったことを告白したいと思います。

そういうわけで、すでにイタリア北部の全域、リグーリア、ロンバルディア、ヴェネト、フリウリ・ヴェネチア・ジュリア、トレント、ボルツァーノの各州が『同盟』の支配下にある状況で、エミリア・ロマーニャまでが極右勢力に押さえこまれることになれば、『国民投票』とまではいかなくても、国政にも、国民にも、大きな心理的圧迫を与えることは避けられない状況ではあったのです。

エミリア・ロマーニャ州知事選挙は、あくまで地方選挙ではありますが、他の地方とは異なる、イタリアにおいては重要な伝統左派地域の選挙であり、サルヴィーニが繰り返し使った、「今まで市民を縛ってきた『赤政治』から市民を解放する」という表現は滑稽ではあっても、ひょっとしたらサルヴィーニの思惑通りこの選挙を突破。じわじわと現政府が衰弱し、そのまま総選挙、という流れになるかもしれなかった。何が起こってもおかしくないイタリアです。

例のごとく、サルヴィーニは上院議員の仕事はそっちのけで、エミリア・ロマーニャ州選挙キャンペーンに全身全霊を傾け、あちらこちらに着々と、布石を打っている様子でした。

2019年欧州議会選挙、エミリア・ロマーニャ州投票マップ 緑ー同盟 赤ー民主党 引用元:Allerta Rossa perl’onda verde 及びopen.it

6000サルディーネ=イワシ運動』が突然巻き起こったのは、そんな状況下だったのです。『同盟』の公式選挙キャンペーン開始日である2019年11月14日、「サルヴィーニは、ここを通るわけにはいかない。僕らは『アンチ・サルヴィーニ』『アンチ・ポピュリズム』『アンチ・レイシズム』を宣言する」、とマッジョーレ広場に自発的に集まった1万5千人は、それぞれに思い思いのイワシのマニフェストを掲げて、フラッシュ・モブで気勢をあげた。

侮辱や攻撃の言葉は決して使わない、あくまでも非暴力、健康的なムーブメントの、これがはじまりでした。そしてこの市民ムーブメントが、まさに瞬く間、といえる驚愕すべきスピードでイタリア全国の隅々にまで拡大したわけです。

去年の夏の見事なオウンゴールで、政権から追われたにも関わらず、懲りることなく社会の憎悪を煽り、難民の人々をはじめとする特定の人々への差別発言を連発。SNS上でまことしやかなフェイクニュースをヴァイラルにしては、市民社会を惑わそうとするサルヴィーニの存在感とリアリティは、このイワシの大群』の台頭とともに、みるみる影が薄くなりました。

今回の選挙では、「人々をもっと政治に近づけたいんだ」そう主張するボローニャの青年たちの思惑通り、今まで「選挙に行ったって何も変わらない」と、すっかり政治に希望を失っていた人々が、われもわれもと投票所へ詰めかけています。そしてこの現象は『エフェット・サルディーネ=イワシ効果』と呼ばれることになりました。

つまり広場に集まった『サルディーネ=イワシ=市民たち』が、広場から政治を動かしたということです。もちろん、市民の間に渦巻く投票熱に誘われ、『民主党』知事候補だけではなく、『同盟』知事候補に投票した市民も大勢いるでしょうが、地方選挙で67.67%という投票率をはじき出したことは、『イワシ運動』の快挙としか言いようがないでしょう。「やればできるんだ!」という簡単なことを、彼らから教えられた次第です。

▶︎左派、右派と、勝敗が分かれたふたつの州の選挙

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