難民の人々を巡る混乱とプロパガンダ戦、2019年イタリア、そして欧州はどこへ向かうのか

Deep Roma Eccetera Società Storia

緊張に満ちたイタリアの政治状況も、時間が経つにしたがって「少しは沈静化するかもしれない、いや、そうあってほしい」と淡い希望を抱いていましたが、今年5月の欧州選挙が近づくにつれ、過度にショー・アップされた『同盟』、やや控えめな『5つ星運動』によるプロパガンダの応酬で、政治はむしろ過激な混乱に傾いています。さらに、政府が醸すファッショな空気に断固対抗するアンチファシズムのムーブメントもいよいよ活発化、野党議員をはじめ、さまざまな市民運動、アソシエーション、NGOネットワークの結束が広がり、社会は大きく分断されている。『ファシスト』という、イタリアにおいては、本来デリケートなはずの言葉がメディアの見出しに踊り、たとえば、マテオ・サルヴィーニ副首相を批判する新聞記事やSNSのコメント欄は攻撃と侮辱に溢れかえっている。これはちょっと前のヒューマンなイタリアでは考えられなかった状況です。

年頭に考えたことあれこれとウォーラーステイン

お正月気分からようやく脱したと思ったら、新年早々高熱を発して1週間以上寝込む、という、個人的にはなかなか趣のある、2019年の幕開けを迎えました。

その間、普段は読まないネット記事やコメントのあれこれを携帯で読むうちに、率直に言って、現在のイタリアのネットの傾向と日本のネットの傾向は非常によく似ている、という印象を抱いた。右vs.左、保守vs.リベラル、ファッショvs.アンチファッショ、意地悪主義vs.善良主義、と呼び方はどうでもよいのですが、イタリアにも、いつの間にかネット右翼のような人々が出現し、敵対する価値観とみなす意見には、どこからともなくわらわらと人が集まって、論理を逸脱して脈絡なく攻撃する、弱者とみなすと侮辱する、常識的には正論と思われる知的な意見を嘲笑する、エリートと言われる人々を罵倒する、という現象が起こるようになっています。その傾向があまりに似ているため、どこかにマニュアルがあるのではないか、と疑うくらいです。

また、たとえばマテオ・サルヴィーニ内務相など施政者自らフェイクニュースを大々的に流し、事あるごとに衝撃的で非常識な発言と行動を繰り返す、いわばピカレスク・エンターテインメント型の『ショック政治』とも呼べる昨今のイタリアの傾向は、米国モデルにも似ているかもしれません。そういえば、先ごろFBIに逮捕された伝説の共和党ロビイスト、大統領選の選対責任者だったロジャー・ストーンを追ったNetflixドキュメンタリーで、「教養のない有権者に、エンターテインメントと政治の違いがわかると? 政治はショー・ビジネスだ」、とストーンが自信満々に語っているシーンがあり、「米国市民も随分見くびられたものだな」と思いましたが、イタリアで現在巻き起こっている、ひたすら「アンチ・エリート」なマテオ・サルヴィーニ人気も、結局似たようなアイデアで形成されたものです。

この米国的「ショー・ビジネス」ストラテジーが、とりあえずはイタリアでも功を奏し、多くの支持者を集めているところを見ると、もはや現代の民主主義という政体は商業同様、マーケティングによって成立している、と考えざるをえないかもしれません。米国にしても、イタリアにしても、人々の不満の受け皿として、移民、難民の人々を巡って「あることないこと」を吹聴、『憎悪』を煽る人種差別政策が突如として出現したのは、寄る辺なく、選挙権もない、マージナルな人々なら攻撃しても、体制には何の影響もないからに他ならない。しかしそれは、本来「平等」だと世界人権宣言に謳われているはずの人間にランク付けする、尊厳を無視した、非人道的でグロテスクな政策であるには違いありません。

いずれにしても、フランスの『黄色いジャケット』運動、英国のブレグジットを巡る一連の騒動、米中貿易戦争、中東、アフリカの騒乱、ベネズェイラの市民蜂起、混乱、と世界が怒涛のように揺れ動く今の世界状況を、いったいどう整理し理解したらいいのか、何が世界を揺り動かしているのか、やはりその背後に隠されるのは、『新冷戦』と語られる、ロシア、中国、米国、欧州の派遣争いと謀略なのか、それとも特定の「経済」権力者の意向を慮って、なのか、日々あれこれと考えます。そういえば、世界を揺るがすさまざまな動乱のわりに、『市場』の世界は、多少の乱高下はあっても意外と静かで、各国が国境を閉ざしつつあるなか、市場には相変わらず国境は存在しないまま、猛スピードで数字が循環している。

世界各国に、もはや「流行」している、と言ってもいいほどの、クセノフォビア、セクシズムを憚ることなく前面に押し出す、ナショナリズム+ファシズムの台頭は、資本主義を基盤とする近代世界システムの行き詰まり、多国籍企業と巨大投資家、金融機関が国境をまたぎ、天文学的数字の利益を吸い上げていくネット時代の先鋭化したグローバリズムの綻びから生まれた、「著しい格差に苦しむ市民の不満と不安が一気に炸裂した結果」。

一般にそう結論づけられるロジックは、確かに納得できる一面もありますが、「世界各国でシンクロを起こすように、たったの数年で非人道的、非道徳的な人種差別傾向がこんなに広がるなんて、人間の精神性ってそんなに単純でスピーディに変化するものだろうか?」ともやもやした気分になります。むしろ、グローバル市場の円滑な循環、あるいは特定の資本を保護、優遇するために、作為的に創出された傾向ではないのか、と勘ぐりたくもなる。それとも市場の世界でも、これから大きな波乱が待ち受けているのでしょうか。といっても、その波乱から、巨額な利益を上げる多国籍企業群が、常に存在することも見逃してはいけません。

イタリアに関して言えば、少なくともつい1年ほど前までは、マフィア関係の事件が勃発して、いくらか暴力的な空気が流れることはあっても、あくまでも新聞やテレビのニュースで語られる遠い世界の話であり、市民の日常の次元では、イタリアに潜む暴力性を実感として感じることはなかったように思います。したがって政権が交代された途端、『同盟』マテオ・サルヴィーニ副首相が、命がけで地中海を渡ってきた、まったく罪のない難民の人々のイタリア上陸を完全に拒絶するという『人命』に関わる決断を下し、イタリア国民の3分の1強が、その決断に快哉を叫んだことには仰天しました。さらに移民・難民、外国人の生存権剥奪の可能性を含む国家安全保障案』が議会で可決した際は、何が起こっているのか、変化に対応できないほどの衝撃でもありました。

しかし移民・難民の人々を虐める、という社会的弱者への『人種差別』は、やっぱり日々の生活の不満に満ち満ちた大衆に、謂れなき優越感をもたらすために周到に用意された「フラストの受け皿」です。クセノフォビアにしても、セクシズムにしても、あらゆるすべての差別は、自然発生的であれ、作為的であれ、施政者にとっては、国民の不満を政治の混乱や不備、経済不安から目を逸らさせ、憎しみを核として団結させる、あるいは分断を生むために利用される典型的なレトリックで、その裏には必ず、体制に影響するであろう何らかの動きが隠されている。

では、今の欧州の場合、人々の『憎悪』を巧みに扇動して支持を集める背景には何が隠されているのか、というと、やはり、ロジャー・ストーンが言う「無名より悪名、選挙に勝つためには何でもする」欧州選挙キャンペーンとしてのプロパガンダ、怒れる支持層のさらなる拡大、ということになるのでしょうか。そしてもし万が一、『同盟』であるとか、『同盟』と強い連帯を持つフランスの極右政党『国民戦線』など、スティーブ・バノンを教祖と仰ぐ欧州極右勢が、選挙で大勝利を収めた場合、英国が離脱した後の欧州議会の何が、どう変化するのか、そもそも極右政党が何を目的に、これほど欧州議会に熱意を注いでいるのか、巷間で囁かれるように彼らは欧州「共同体」スピリットの破壊、分裂を目論んでいるのか、欧州経済を弱体化させたいのか、今のところまったく予想がつきません。このように、突然方針が大転換し、今後の欧州のあり方に影響を与えるであろうイタリアにいると、まったく筋道が掴めず、何をどう考えたらいいのか途方に暮れます。

 

サン・サルバドーレへのコロンブスの到着。ここからヨーロッパ的普遍主義ははじまった。

 

そんな時、なんとなく手にしたのがイマニュエル・ウォーラーステインの『ヨーロッパ的普遍主義』(山下範久訳/明石書店)という本でした。そしてやはりなんとなく再読するうちに、最終章で予言的とも言える、ハッとする一文に出会うことになりました。この本でウォーラーステインは、15世紀の大航海時代のアメリカ大陸侵略からはじまり現在に至る、かつては『神学的正義』そして近代では『民主主義という正義』を掲げ、独善的な侵略を正当化するシステムをヨーロッパ的普遍主義と名づけ、われわれは、その時代の終わりに立ち、ポストヨーロッパ普遍主義の時代に突入しつつある、と定義しています。以下、引用します。

『ヨーロッパ普遍主義に変わるものとしては、普遍主義の多元性が可能性としてあげられよう。それは(いくつもの)普遍的普遍主義 <普遍的普遍主義とウォーラーステインが呼ぶのは、社会的現実を本質主義的に性格規定することを拒否し、普遍的なものと個別的なものを共に歴史化し、いわゆる科学的な認識論と人文的な認識論を単一の認識論に再統合するもの。それによって、ともかくわれわれは、極めて冷静に、かつまったく懐疑的な目で、弱者に対する権力の「干渉」の正当化を見ることができるようになる>のネットワークのようなものである。またそれはサンゴールの「与えることと受け取ることが一致する場(万人が与え、万人が受け取るような世界)ともなろう。われわれがそこにたどり着くという保証はまったくない。これは今後二十年から五十年にわたる闘争である』

『(普遍的普遍主義がその闘争に敗れた場合に)唯一現実的な選択肢は、新しいヒエラルキー的で非平等主義的な世界である。そこでは普遍的価値に立脚していると称しながら、人種主義および性差別主義が、われわれの実践を支配することになろう。既存の世界システムよりも、さらにひどいものになることさえ、まったくありうることである。そうであればこそ、われわれは皆、移行の時代における世界システムを分析し、可能な選択肢の所在をはっきりさせることで、われわれがなさねばならない道徳的選択を明示し、そうしてわれわれが選び取ろうと望む政治的道筋の可能性を照らし出すことに、ひたすらこだわる必要がある』

この『ヨーロッパ的普遍主義』という本は、現在の世界各国のナショナリズムの顕著な引き金となった、2008年の世界金融危機「リーマンショック」以前の2004年の講演を元に加筆編集されたものだそうですから、ウォーラーステインは、すでに現在の人種主義、性差別主義の表舞台への台頭という価値観の揺れ戻し、『難民』問題を含む、新しいヒエラルキー的な不平等主義を、その時点で読み取っていたわけです。と同時に多くの多元的な抵抗ムーブメントも世界中で起こっていますから、まさにウォーラーステインの言う闘争は、粛々とはじまっていたのだ、と、多少考えが整理されると共に、納得もした次第です。

いずれにしても、2008年のリーマン・ショックがもたらした『世界同時金融危機』が市民の暮らしをじわじわと蝕み、日に日に市民の間に不満と怒りが募りはじめた頃から、米国においては「ナショナリズム」「ポピュリズム」が現れた、と件のスティーブ・バノン(最近、欧州に移住したということですが、これも怪しい動きです)も発言しています。したがって2008年という年は、米国のマーケティング選挙運動にとっても重要な年であったのでしょう。そういえば、ウィキリークスに連絡し、民主党クリントン候補のe-mailハッキングを要請したロジャー・ストーンに指令を出したトランプ陣営幹部は、『同盟』をはじめとする欧州の極右政党、原理主義者たちと強い友好関係を結ぶスティーブ・バノンであった、とも報道されています。さらに「なるほど、やっぱり世界は繋がっている」と、思わず膝を打つようなブレグジット関連記事を、ガーディアン紙The Observerが掲載していました。

さて、長い前置きになってしまいましたが、あらゆる疑いを抱きながらも、ウォーラーステインが言う「ひたすらこだわる必要」を感じつつ、何はともあれ、今年もはじめていきたいと思います。

難民の人々を巡る、終わることなき闘い

『5つ星運動』と『同盟』による契約連帯政府において、それぞれ2政党の看板政策であった、ベーシックインカム(対象者が仕事を見つける間18ヶ月支給され、外国人に関しては10年以上イタリアにレジデンスを持つ失業者が対象となります)およびQuota100ー年金支給の事実上の前倒しが法律として成立、欧州議会選挙を控えた4月1日から実施されることになりました。経済学者たちや中央銀行から、どんなに強い非難を浴びても、両政党が決して諦めることがなかったこのふたつの経済政策が、本当にイタリア経済賦活の核となって機能するのかどうか、もちろん、今後の経緯を観察していくしかありませんし、実験的な試みとしては、興味深い内容ではあります(過去3ヶ月における現時点の統計では、イタリアはテクニカル・リセッションへと突入して大問題になっていますが)。

しかしたとえば「イタリアから貧困をなくす」と謳うベーシック・インカムに関する問題は、支給の条件が厳格なだけでなく、この真冬の時期に、道端で暮らさなければならない、住む家もなく、仕事もない最も困窮した人々、そしてヴィザが下りないまま行き場なく、路上で暮らさざるを得ない難民の人々の生活が、国からはまったく無視され、おざなりになったままだということです。午前0時あたりのテルミニ駅あたりを歩くと、路上生活の人々の数が、ローマにどれほど多いかを、驚きをもって実感することになりますが、その困窮者たちの生活が真に保障されるまで、「イタリアから貧困が消えてなくなる」というのは、選挙キャンペーン用の「まやかし」と言わざるをえません。

いずれにしても、現政府を担う2政党が、着々と欧州選挙に向けた支持票取り込み政策を可決し、選挙権のある市民には大判振る舞いする中、地中海上でも、陸上でも、選挙権なく、観光客のように消費することもない、路頭に迷う難民の人々を政府が率先して虐待する、という出来事が毎日のように起こっている。

もちろん多くの市民、知識人、アソシエーション、メディアが、大声をあげて、「非人間!」「殺人者!」と政府を非難していますが、『5つ星』のごく一部の議員たちを除いて「すべて国民のため。安全保障のため」という姿勢を政府は崩さず、「現政府の強行姿勢で、海を渡る難民の数はぐっと減り、地中海で遭難する人々も少なくなった」と主張しています。しかしここで再度確認しておきたいのは、この難民の人々の減少は、民主党政権時代のリビア政府と欧州間の合意によるもので、現政権は、その合意を引き継いだだけにすぎないということです。

また、その合意の下、熾烈な混乱を極めるリビアの強制収容所、刑務所では、船出できない難民の人々が、言語を絶する残虐な拷問で、毎日「死」と対峙していることを忘れてはなりません。Unhcr(国連難民高等弁務官事務所)の報告によると、リビア軍がリビア領海で救助した難民の人々の10人のうち8人は、再び拷問が繰り返される強制収容所へと連れ戻されていると言われます。さらにイタリア沿岸に6人~10人規模の小型ボートで訪れる密航による不法入国の数は、去年から2倍に増えました。

●たとえば陸の難民の人々

『サルヴィーニ法』と呼ばれる『国家安全保障法』が可決してから3ヶ月の間に、ローマでは、路上生活を強いられる難民の人々10人が、寒さと飢えで亡くなるという、痛ましい現実がありますが、今年に入って早々、個人的に大きな衝撃を受けた出来事がありました。それはかなり人通りの多いローマのほぼ中心街、寒さのためにダンボールと毛布にくるまって寝ている人を横目に見ながら歩いていたときのことでした。やおら飛び出してきたイタリア人らしい中年の男が、何の躊躇もなく、笑いながらその毛布にくるまって寝ている人を、いきなり飛び蹴りしたのです。「え?」と我が目を疑う一瞬の出来事で、何が起こったか理解した途端、とてつもなく嫌な気分に襲われた。その際、思わず寝ている人が大丈夫かどうか、そっと近づいて、どうやら彼が寝息を立てているようなので安心したところであたりを見回しても、街ゆく人は誰一人、関心を寄せる風でもありませんでした。

もちろん、このような出来事はローマでは稀ですが、こんな荒んだ精神を孕んだ社会は、たとえベーシックインカムで、人々の暮らしが少し楽になろうが、年金が前倒しになろうが、決して豊かとはいえない、何かが壊れはじめている、というのが正直な気持ちです。そういえば去年の暮れ、地下鉄でスリを企てたロムの女性が、自分の幼い子供の目の前で、ネオナチに何度も顔を殴られ、血を流して倒れ込んだところを、「何してるの!子供がいるのよ」と助けようとした、たまたまその場に居合わせた女性ジャーナリストがいました。当然彼女は、他の乗客の加勢を期待しましたが、その意に反して、「善人ぶったラディカル・シック」「止める必要なんてないんだよ」「泥棒は殴られて当然」「余計なことをしたお前の家までつけてやる」などと予期していなかった罵声を浴びせられたそうです。人々のその反応に著しくショックを受けた彼女がSNSに投稿した記事は、各種メディアでも報道され、広く拡散されました。

そんな重い空気が流れる1月23日のこと。ローマの近郊、カステルヌオヴォ・ディ・ポルトのCARA( 不法に入国せざるを得なかった難民の人々がイタリアに到着してすぐ、国際的な保護を得る亡命ヴィザを申請するため、人道的保護を目的として設立された難民一時滞在センター)が、突如として閉鎖されたニュースが、イタリア中を駆け巡りました。CARAは、シチリアをはじめ、イタリア全国にある施設ですが、カステルヌオヴォのセンターはいくつかのアソシエーションが共同で運営、約540人の難民の人々と地域の人々がひとつのコミュニティを形成する、イタリアで2番目に規模が大きいセンターでした。閉鎖の第一の理由は、年末に可決された『サルヴィーニ法』と呼ばれる『国家安全保障法』で、今後一切『人道的保護』による難民の人々の救援が認められなくなったため、『違法』の烙印が押されたから。なお、『サルヴィーニ法』を厳格に施行するならば、今まで行われていた難民支援の約2倍の予算がかかることが指摘されています。

118人のイタリア人たちが語学の教師やカウンセラーとして働く、カステルヌオヴォのセンターに滞在していた難民の人々は、イタリア語もほぼ完璧で、近隣で仕事を見つけて働きはじめた、あるいは地域のサッカーチームで活躍していた青年もいたそうです。また、家族で滞在する難民の子供たちは、地域の小学校にも通って新しい友達もでき、リビアで酷い拷問を受けながら、ようやくイタリアにたどり着いた青年たちは、センターで新しい仲間を見つけて、互いに助け合って生活していました。センターの建築そのものに構造の欠陥があったことは以前より指摘されていましたが、難民の人々を支援するとともに、地域のイタリア人たちにも仕事を提供する、CARAのひとつのモデルとして成立していたセンターです。

 

※かつてはフランチェスコ教皇もカステルヌオヴォのCARAに訪れて、難民の人々に洗足式を執り行ったこともあった。

 

なによりその閉鎖のプロセスが、あまりにも暴力的でした。突然、内務省から「今後48時間以内に退去」という通達されると同時に、例のごとく警官と軍部が大挙して押し寄せ、家族的なセンターに慣れた難民の人々の心情を全く無視、強制的にバスに乗せると、イタリア各地の別のセンターへと、うむも言わせず彼らを連行。「これじゃまるで、強制収容所に送っているようだ」という声が上がるほど、非人間的な、見せしめをショー・アップした光景でした。

強制閉鎖に立ち会った野党『Liberi e Uguali – 自由と平等』の女性議員が、見るに見かねてその行く手を遮ろうと、バスの前に立ちはだかり、カステルヌオヴォ市長をはじめとして抗議に集まった市民たちから喝采を浴びましたが、警官たちに説得され、バスは結局出発することになった。ただでさえ心細い境遇の難民の若者たちが、突然友人たちと離れ離れに引き裂かれ、仕事も失い、佇んで涙を流す姿を、市民は黙って見つめる以外に術がない、助けようがない。絶対的な国家権力の難民の人々への残酷な仕打ちには不条理を感じます。ラ・レプッブリカ紙によると、バスの運転手すら彼らが向かう行き先を知らなかったそうです。

『サルヴィーニ法』によれば、『人道的保護』が受けられなくなった難民の人々は、6ヶ月を期限に命がけで飛び出してきた祖国へと強制的に帰還させられることになります。その連行から一週間以上が経ち、携帯で撮ったビデオで、現在難民の人たちがどのような場所に滞在させられているかが、続々とレポートされていますが(彼らはイタリア語も話せますし)、暖房もなく、温水も出ない部屋で、水も食料も充分に支給されることもなく、トイレは外に出なければならないような、劣悪な環境に置かれているそうです。

ただ、その強制閉鎖の後、カステルヌオヴォの市民たちやカトリックの教区司祭が、今まで通り、馴染んだ学校に難民の子供たちを通わせたい、と子供を持つ難民の家族100人あまりに、自らの家を解放して彼らに住居を提供したことは、唯一救いとなるエピソードでした。また、市長自ら、センターを追い出され、行き場所を失ったソマリアの女の子を自宅で一時保護しています。いずれにしても、センターの閉鎖と同時に、センターで働いていたイタリア人の人々も、一斉に職を失うことになりました。

このカステルヌオヴォの突然の閉鎖には、イタリア中から一斉に非難の声が巻き起こり、『警部モンタルヴァーノ』シリーズの作者として有名な人気作家、アンドレア・カミレッリ(御歳93歳)は、「カステルヌオヴォの出来事は、わたしの名のもとで起こったことではない。自分はこんなことが起こるイタリア市民ではない。こんな下品で暴力的なナチファシズムのやり方は受け入れられない」と宣言するビデオメッセージを発表。しかし一方で、サルヴィーニが暴力的な行動をとればとるほど、湧き上がる非難とともに支持率がじわじわと上昇することは不思議でなりません。また、彼がテレビ番組に出演してインタビューに応えると、観衆が轟のような歓声をあげて賛意を表明(サクラかもしれませんが)、イタリアは、もはや違う次元に移行した、という感想すら持ちます。

ではこんなときの『5つ星運動』は、といえば、やはり一部の先鋭的な左派メンバーを除いては、「センターは『不法』なのだから仕方ない」ぐらいの弱々しさで、あくまでサルヴィーニに曖昧な賛同を示し、契約連帯を崩す気配を見せていない。「サルヴィーニを何とかして欲しい」という市民の声は、一向に彼らには届きません。

このような緊張が社会を覆うなか、しかしもちろん善意に満ちた支援活動も変わらず継続されています。たとえばサルヴィーニ内務大臣が、警官の大群を引き連れ、ローマ・ティブルティーナ駅裏の広場にささやかに設えられた難民キャンプを、ブルドーザーで破壊、強制退去としたバオバブ・エクスペリエンスのメンバーである医師、法律家、市民有志は、その後も難民支援活動をやめていない。次から次に助けを求めて訪れる、行き場のない難民の人々のための寝場所の確保、食事の用意、そして医療活動を続けています。その後も度々、警官が大挙して訪れる強制退去が繰り返され、今までに、なんと28回もの強制退去が入ったのだそうです。

そういえば、バオバブ・エクスペリエンスのメンバーのSNS投稿に「人助けが犯罪になるとは!」という一文がありましたが、まったくその通りで、保護を必要とする、言葉もわからず、日々の糧も得る術もない人々をすべて『犯罪者』と決めつけ、また、その人々を助けようとするボランティアたちをも『犯罪者』とみなし、見殺しを推奨する『法律』が、当たり前のように制定された今のイタリアは、どう考えても異常です。

●たとえば地中海の難民の人々

今年に入ってからもやはり、地中海を渡って訪れる難民の人々の船を巡る騒動は、あとを絶ちません。今年になってすでに170人の難民の人々が、地中海での遭難で生命を落としてもいる。Facebookのタイムラインでは、地中海で命を落とした14歳の少年が着ていたジャケットに、学校の通信簿がしっかりと縫いつけられていた、というエピソードを風刺漫画家マルコ・ダンブロジオが描き、悲しみのコメントとともに、次々にシェアされていました。海を渡る決心をした少年は、欧州にたどり着いたら、今までどれほど頑張って勉強し、優秀な成績だったかを人々に証明したかったのでしょう。自分が何者であるか、正式なドキュメントを持たない少年にとっては、通信簿が身分証明書だったのです。

去年から新年にかけて、イタリアへの上陸をリクエストした、子供たちを含む49人の難民の人々を乗せたNGOの船「シー・ウォッチ」の入港を、サルヴィーニ内務相は、相変わらず頑として拒否。その後「シー・ウォッチ」は19日間も海上を漂流し、その間、パレルモ、ナポリをはじめ、パルマ、フィレンツェなどイタリア各都市の市長が次々と『サルヴィーニ法』の拒絶を表明、難民の人々の受け入れを申し出ました。そうこうするうちにジゥゼッペ・コンテ首相が、子供たちと女性はマルタ島で保護した上で、欧州各国で話し合い、分散して受け入れることを提案。一時は「たったひとりも受け入れない」と語気を荒げるサルヴィーニ大臣と『5つ星運動』の間に険悪な緊張が走り、いよいよ政府崩壊か、と期待しましたが、イタリアにおける受け入れは、最終的にワルドー派の教会が引き受けることになり、サルヴィーニと『5つ星』の確執はうやむやに消失してしまった。

 

※「シー・ウォッチ」の人々の受け入れを表明したナポリの人々の難民の人々へのメッセージ

「わたしたちは決して、あなたたちを海に漂流させたままにしない。孤立させない。そんなことはあり得ない」と温かく、陽気にナポリ弁で呼びかけ、ナポリでは失業者まで難民の人々を助けたい、と思っていると訴えました。

 

そしてついに、今までイタリアの政治とは一線を画し、沈黙を保っていたフランチェスコ教皇が、「難民の人々の存在は、社会を豊かにする」と発言。「自分自身、そして家族のためのより良い生活の希望を胸に、場所を変え、定住すること。この強い願いが何世紀にも渡って、何百万の人々を移民させてきた。悲劇的なエクソダスは、ヘロデ王の狂気からエジプトへと、両親とともに逃れた幼いイエス・キリスト自身も体験していることなのだ」と述べたフランチェスコ教皇自身、祖父の代にイタリアからアルジェンティーナへと移民した家族の出自を持つ、難民の人々の気持ちを深く理解する人物ですから重みがあります。

余談ですが、1月18日のラ・レプッブリカ紙は「ヴァチカン内の教皇反対派が、米国の元ワシントン使節による幼児虐待を理由にフランチェスコ教皇の辞任を求め、新たなコンクラーベを開催して新しい教皇を迎えることを画策している」と、教皇の側近がドイツの新聞のインタビューで語ったことを報道しています。権威主義が蔓延したカトリック世界に『革命』を起こそうとしているフランチェスコ教皇が、ヴァチカン内の政争に巻き込まれず、教会の『弱者』に寄り添う方針が貫かれることを、まず願います。また、極右グループと強い絆を持つカトリック原理主義者たちが、ヴァチカン内で力を持つことを、現教皇派には、断固阻止して欲しいとも思うところです。

さて、こうしていったんは解決した「シー・ウォッチ」問題ですが、そうこうするうちに、再度、今度は47人の難民の人々を乗せた「シー・ウォッチ」の船が、リビア領海を航海中に嵐に遭い、イタリアの領海、シチリア付近へと助けを求めて訪れました。サルヴィーニ内務大臣が、やはり強硬に受け入れを拒絶するなか、『Piu Europa-もっとヨーロッパ』や『自由と平等』、『フォルツァ・イタリア(!)』、『民主党』などの多くの野党議員たちがシチリアへ向かい、船に乗り込んで、難民の人々の日々悪化する航海の環境をその目で確かめて状況を報告。「真冬の海、凍える船の甲板の上に、47人もの人々を何日間も閉ざすなんて、あまりに残酷な」と野党議員たちは『即刻上陸』を訴え、船が『政治の場』へと変化を遂げるという現象が起こった。一報を受けた際、「船に未成年はいない」と断言していたサルヴィーニですが、乗船した議員たちにより、幼い子供たちも乗船していたことが明らかになっています。

サルヴィーニの度重なる難民の人々の受け入れ拒絶に、今回、欧州選挙に出馬表明(!)をしたベルルスコーニ元首相にまで「47人の難民ぐらい、上陸させても何の問題にもならないだろう」と発言させるほど、強い批判が巻き起こり、国会前でも知識人たちを中心に大規模な抗議集会が開かれました。そしてやはり今回も、欧州の7カ国に分散して、難民の人々を受け入れることがコンテ首相により決定され、ようやく人々はシチリアの港に上陸、分散して欧州各国へ向かうことで落ち着いた。しかしだいたい、地中海から難民の人々を乗せた船がイタリアの領海に入るたびに、必要以上の緊張を生むシチュエーションが作為的に形成されるのは、明らかにサルヴィーニのプロパガンダですから、それに振り回される難民の人々、そして市民は、まったくいい迷惑だとしか言いようがありません。

さて、その間、『5つ星運動』の主要メンバーは、「難民を生むシステムは、フランスがかつて植民地だったアフリカの国々でCFA(アフリカ・フラン)貨幣を発行し、厳しく搾取し続ける現実から生まれたものだ。フランスのネオコロニアリズムが難民問題を生んでいる。まず、その原因を根絶する必要がある」と言いはじめ、マクロン大統領を攻撃しています。つまり彼らは、フランスのアフリカ大陸における、いわば古典的な『ヨーロッパ的普遍主義』の継続を非難しているわけですが、確かにおっしゃる通り、欧州の長年のコロニアリズムがアフリカの豊かな大地をズタズタにし、人々から搾取し続けたには違いない。

しかし現在のアフリカでは、フランスよりむしろ中国のプレゼンスが顕著であるうえ、そんなことを今、この時に議論したとして、目の前の、極寒の真冬の地中海に漂う47人の難民の人々の行方を、即刻解決できるとは到底思えません。最近の『5つ星運動』の主要メンバーの発言は、えてして目の前の現実にリンクしておらず、政府崩壊を恐れるせいか、サルヴィーニにはフェイントで反発するぐらいです。そういうわけで実質的な現政府の支配者マテオ・サルヴィーニであることは、残念ながら明白で、支持率を見ても、もはや連帯政府というのは名ばかりだといえるかもしれません。

したがって今の状況を、『5つ星運動』の強力な支援者であったノーベル文学賞受賞の演劇人、ダリオ・フォーが知ったら驚愕するだろう、と多くの人々が指摘してもいます。晩年の2015年のラジオのインタビューで、ダリオ・フォーははっきりとサルヴィーニの人種差別を批判。「難民の人々は、作為的に『敵』にされてしまった。われわれの国にやってきた人々は、まるで中世のような掟で、酷い搾取を受ける奴隷のようだ。いや、むしろ中世の方が進歩的な考え方をしていたぐらいだよ」と語っています。またフォーは、「イタリアは、どんどん人種差別主義になっている。イタリアは文化の大部分と文明を失い、それらを失うことが、市民を破壊するということを理解していない。移民は税金を払い、経済を豊かにしてくれる。それなのに彼らを迫害するとは!」とも言っている。『5つ星運動』の大部分のメンバーは、この包容力のある巨人の温かい支援をすっかり忘れてしまったようです。

いずれにしてもサルヴィーニは、去年の夏に起こった、177人の難民の人々を救助した軍の沿岸救助隊『ディチオット』の入港拒絶で、難民の人々を船に監禁状態に置き、カターニャの裁判所から「違法な人身の監禁」などの罪状で訴えられており、今までは決して議員特権を認めなかった『5つ星運動』の出方によっては、今後、裁判に発展する可能性もあります。最終的に、裁判をするか否かの決定は上院議会の「議員特権監視委員会」の決定に委ねられますが、ここはひとつ、上院議会のメンバーにも気合を入れて、イタリアの未来のためによき決定をしていただきたいところです。なお、数日前まで「サルヴィーニは裁判を受けるべき」と発言していた『5つ星運動』のメンバーたちは、サルヴィーニから「裁判をするつもりはない」とコリエレ・デッラ・セーラ紙上での公開レターを受け取り、「政府は安泰だ。崩壊しない」と急に態度を悩ましく変化させ、各議員ともに発言を曖昧にしています。

ところで、よいニュース、といえば、サルヴィーニが内務大臣就任早々に解体した、難民の人々を受け入れるひとつのビジネスモデルを提示、長い時間をかけて過疎に悩む地域の息を吹き返し、世界の賞賛を集めたリアーチェの市長、ミンモ・ルカーノのノーベル平和賞への正式な立候補が決定されたことでしょうか。

『鉛の時代』を騒がせた海外逃亡テロリストの逮捕劇

さて、今年になってもうひとつ、サルヴィーニ内務大臣のプロパガンダとなった事案は、40年逃亡を続けた『鉛の時代』のテロリストを、ボリビアで逮捕、イタリアへ送還したことでしょう。

いずれにしてもイタリアで、毎回不思議に思うのは、1969年の『フォンターナ広場爆破事件』を皮切りに次々と大規模爆発事件が起こり、殺人事件が頻発した『鉛の時代』、犯人と目された何人もの実行犯たちがうやむやのまま、ほぼ全員『無罪』。さらに、国を揺るがす重大な事件を起こした極左テロリストたちも、場合によっては比較的軽い実刑に服しただけで、自由な生活を謳歌、現在に至るケースが多いことです。特に当時のイタリア国家機構、軍部諜報機関、そしてCIAなどの国際諜報、秘密結社ロッジャP2が画策した緻密なオペレーションの実行犯である極右グループ出自のテロリストたちは、現在もかなり優遇されています。

今回逮捕されたチェーザレ・バッティスティは、1981年に2つの終身刑を宣告されながら、フロシノーネの刑務所を脱獄して以来、メキシコ、フランス、ブラジルと40年の逃亡を経て、ボリビアで逮捕された、かつて存在した極左グループ、『武装プロレタリアート共産党』のテロリスト。当時、4件の殺人事件、強盗、誘拐などを繰り返した凶悪なテロリストには違いありませんが、『革命』の主人公として、時代に大きな影響を及ぼした人物ではありません。むしろ、ミッテラン・ドクトリンの元、多くのフランス人知識者たちに支持され政治亡命者として逃亡する間、ノアール小説を書き作家として活動するなど、イタリア国外での悠々自適な生活で有名なテロリストです。

ところで、この逮捕劇の何が問題か、というと、明らかに『同盟』『5つ星運動』現政権の欧州選挙を控えたプロパガンダとして、あまりにも露骨に演出されたことでしょう。40年間逃亡し続けた凶悪犯を出迎えるにしても、『同盟』のサルヴィーニ内務大臣と『5つ星運動』のブオナフェーデ法務大臣が軍部、警察を引き連れて、バッティスティを乗せた軍専用機を物々しく、大げさに出迎え、その一部始終を実況で放送するという有り様で、テロリストであるバッティスティも、そのあまりに芝居がかった出迎えを、馬鹿馬鹿しく思うとともに、多少自尊心がくすぐられたのではないか、と推察します。

ブオナフェーデ法務相に至っては、BGM入り、商業的なテクニックで編集したバッティスティ逮捕プロセスのビデオ・クリップをFacebookで投稿するという熱の入れようで、本人は「40年逃亡し続けたテロリスト逮捕」を華々しくショー・アップしたつもりでしょうが、そもそも犯罪者の逮捕過程をドラマチックなビデオ・クリップにして見世物にするなど、あり得ない茶番なわけで、軽率に過ぎると非難が集中しました。

一方、サルヴィーニ内務相は、「共産主義者を逮捕したことに満足している。今後、逃亡している”共産主義”テロリストは全て逮捕する。『鉛の時代』の終焉だ』という談話を寄せました。もちろん『鉛の時代』のテロリストは共産主義者だけでなく、多くの極右テロリストたちも実刑を受けずに、のうのうと、快適な余生を送っていることは周知の事実です。しかし、サルヴィーニはことさらに、共産主義テロリストだけが『鉛の時代』を形成したかのように『共産主義=悪』を強調し、印象操作に余念がありませんでした。

さらに言うなら、『鉛の時代』の終焉どころか、サルヴィーニ自身が、いまやイタリアにはシンボルとして存在するに過ぎない『共産主義』を、未だ敵対する『思想』であるかのように繰り返し喧伝、過去の対立を呼び戻そうと振る舞っているようにも見受けられます。事実、極右政党である『同盟』と、『カーサ・パウンド』、『フォルツァ・ヌオヴァ』など、サルート・ロマーノ(右手をあげるナチファシスト式敬礼)をシンボルとする伝統的な極右グループが、強いつながりを持っていることは各メディアが指摘するところです。

『同盟』が政権についてからというもの、今までは、細々とアンダーグラウンドで活動を続けてきたファシストグループが、突然むくむくと地中から蘇り、まるで水を得た魚のようにあちらこちらで派手に暴力沙汰を起こしはじめています。最近では『鉛の時代』に犠牲になったファシスト青年のセレモニーに集まった極右グループを取材するレスプレッソ紙のジャーナリストを、グループが取り囲み、「頭に一発ぶち込んでやる!」(ファシストに典型的な脅し文句)と恫喝、殴ったり、蹴ったりした挙句、セレモニーを撮影した写真を全て消去する、という暗澹たる事件も起きました。

しかしイタリアは、そして欧州は、いったいどこへ向かっていくのか。おそらくそれは、表面で起こる出来事に注目するだけでは見えてこないのかもしれません。

*3月11日 追記

サルヴィーニ内務大臣の『ディチオット』における難民の人々の不法監禁を巡る裁判は、今までは「決して議員特権を認めない」と宣言していた『5つ星運動』が「今回は政府における特別な事案」としてサルヴィーニの議員特権をあっけなく認め、今まで『5つ星運動』の強力な支持者であった有力ジャーナリストから、モラルの崩壊、『自殺』とまで言われました。さらにアブルッツォ、サルデーニャという重要な地方選挙で、『同盟』を含む右派連合が大勝。サルデーニャに至っては『5つ星運動』11%という惨敗に終わり案の定、国内の支持率は急落しています。現在『同盟』と『5つ星運動』の支持率は去年の総選挙時から大きく逆転、『同盟』33.7%、『5つ星』約21.8%と、12ポイント差となっています。

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