難民の人々を巡る混乱とプロパガンダ戦、2019年イタリア、そして欧州はどこへ向かうのか

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たとえば地中海の難民の人々

今年に入ってからもやはり、地中海を渡って訪れる難民の人々の船を巡る騒動は、あとを絶ちません。今年になってすでに170人の難民の人々が、地中海での遭難で生命を落としているのです。Facebookのタイムラインでは、地中海で命を落とした14歳の少年が着ていたジャケットに、学校の通信簿がしっかりと縫いつけられていた、というエピソードを風刺漫画家マルコ・ダンブロジオが描き、悲しみのコメントとともに、次々にシェアされていました。海を渡る決心をした少年は、欧州にたどり着いたら、今までどれほど頑張って勉強し、優秀な成績だったかを人々に証明したかったのでしょう。自分が何者であるか、正式なドキュメントを持たない少年にとっては、通信簿が身分証明書だったのです。

去年から新年にかけて、イタリアへの上陸をリクエストした、子供たちを含む49人の難民の人々を乗せたNGOの船「シー・ウォッチ」の入港を、サルヴィーニ内務相は、相変わらず頑として拒否。その後「シー・ウォッチ」は19日間も海上を漂流し、その間、パレルモ、ナポリをはじめ、パルマ、フィレンツェなどイタリア各都市の市長が次々と『サルヴィーニ法』の拒絶を表明、難民の人々の受け入れを申し出ました。そうこうするうちにジゥゼッペ・コンテ首相が、子供たちと女性はマルタ島で保護した上で、欧州各国で話し合い、分散して受け入れることを提案しました。一時は「たったひとりも受け入れない」と語気を荒げるサルヴィーニ大臣と『5つ星運動』の間に険悪な緊張が走り、いよいよ政府崩壊か、と期待しましたが、イタリアにおける受け入れは、最終的にワルドー派の教会が引き受けることになり、サルヴィーニと『5つ星』の確執はうやむやに消失してしまうことになります。

※「シー・ウォッチ」の人々の受け入れを表明したナポリの人々の難民の人々へのメッセージ「わたしたちは決して、あなたたちを海に漂流させたままにしない。孤立させない。そんなことはあり得ない」と温かく、陽気にナポリ弁で呼びかけ、ナポリでは失業者まで難民の人々を助けたい、と思っていると訴えました。

そしてついに、今までイタリアの政治とは一線を画し、沈黙を保っていたフランチェスコ教皇が、「難民の人々の存在は、社会を豊かにする」と発言。「自分自身、そして家族のためのより良い生活の希望を胸に、場所を変え、定住すること。この強い願いが何世紀にも渡って、何百万の人々を移民させてきた。悲劇的なエクソダスは、ヘロデ王の狂気からエジプトへと、両親とともに逃れた幼いイエス・キリスト自身も体験していることなのだ」と述べたフランチェスコ教皇自身、祖父の代にイタリアからアルジェンティーナへと移民した家族の出自を持つ、難民の人々の気持ちを深く理解する人物ですから重みがあります。

余談ですが、1月18日のラ・レプッブリカ紙は「ヴァチカン内の教皇反対派が、米国の元ワシントン使節による幼児虐待を理由にフランチェスコ教皇の辞任を求め、新たなコンクラーベを開催して新しい教皇を迎えることを画策している」と、教皇の側近がドイツの新聞のインタビューで語ったことを報道しています。権威主義が蔓延したカトリック世界に『革命』を起こそうとしているフランチェスコ教皇が、ヴァチカン内の政争に巻き込まれず、教会の『弱者』に寄り添う方針が貫かれることを、まず願います。また、極右グループと強い絆を持つカトリック原理主義者たちが、ヴァチカン内で力を持つことを、現教皇派には、断固阻止して欲しいとも思うところです。

さて、こうしていったんは解決した「シー・ウォッチ」問題ですが、そうこうするうちに、再度、今度は47人の難民の人々を乗せた「シー・ウォッチ」の船が、リビア領海を航海中に嵐に遭い、イタリアの領海、シチリア付近へと助けを求めて訪れました。サルヴィーニ内務大臣が、やはり強硬に受け入れを拒絶するなか、『Piu Europa-もっとヨーロッパ』や『自由と平等』、『フォルツァ・イタリア(!)』、『民主党』などの多くの野党議員たちがシチリアへ向かい、船に乗り込んで、難民の人々の日々悪化する航海の環境をその目で確かめて状況を報告。「真冬の海、凍える船の甲板の上に、47人もの人々を何日間も閉ざすなんて、あまりに残酷な」と野党議員たちは『即刻上陸』を訴え、が『政治の場』へと変化を遂げるという現象が起こった。一報を受けた際、「船に未成年はいない」と断言していたサルヴィーニですが、乗船した議員たちにより、幼い子供たちも乗船していたことが明らかになっています。

サルヴィーニの度重なる難民の人々の受け入れ拒絶に、今回、欧州選挙に出馬表明(!)をしたベルルスコーニ元首相にまで「47人の難民ぐらい、上陸させても何の問題にもならないだろう」と発言させるほど、強い批判が巻き起こり、国会前でも知識人たちを中心に大規模な抗議集会が開かれました。そしてやはり今回も、欧州の7カ国に分散して、難民の人々を受け入れることがコンテ首相により決定され、ようやく人々はシチリアの港に上陸、分散して欧州各国へ向かうことで落ち着いたのです。しかしだいたい、地中海から難民の人々を乗せた船がイタリアの領海に入るたびに、必要以上の緊張を生むシチュエーションが作為的に形成されるのは、明らかにサルヴィーニのプロパガンダですから、それに振り回される難民の人々、そして市民は、まったくいい迷惑だとしか言いようがありません。

さて、その間、『5つ星運動』の主要メンバーは、「難民を生むシステムは、フランスがかつて植民地だったアフリカの国々でCFA(アフリカ・フラン)貨幣を発行し、厳しく搾取し続ける現実から生まれたものだ。フランスのネオコロニアリズムが難民問題を生んでいる。まず、その原因を根絶する必要がある」と言いはじめ、マクロン大統領を攻撃しています。つまり彼らは、フランスのアフリカ大陸における、いわば古典的な『ヨーロッパ的普遍主義』の継続を非難しているわけですが、確かにおっしゃる通り、欧州の長年のコロニアリズムがアフリカの豊かな大地をズタズタにし、人々から搾取し続けたには違いない。

しかし現在のアフリカでは、フランスよりむしろ中国のプレゼンスが顕著であるうえ、そんなことを今、この時に議論したとして、目の前の、極寒の真冬の地中海に漂う47人の難民の人々の行方を、即刻解決できるとは到底思えません。最近の『5つ星運動』の主要メンバーの発言は、えてして目の前の現実にリンクしておらず、政府崩壊を恐れるせいか、サルヴィーニにはフェイントで反発するぐらいです。そういうわけで実質的な現政府の支配者マテオ・サルヴィーニであることは、残念ながら明白で、支持率を見ても、もはや連帯政府というのは名ばかりだといえるかもしれません。

したがって今の状況を、『5つ星運動』の強力な支援者であったノーベル文学賞受賞の演劇人、ダリオ・フォーが知ったら驚愕するだろう、と多くの人々が指摘してもいます。晩年の2015年のラジオのインタビューで、ダリオ・フォーははっきりとサルヴィーニの人種差別を批判。「難民の人々は、作為的に『敵』にされてしまった。われわれの国にやってきた人々は、まるで中世のような掟で、酷い搾取を受ける奴隷のようだ。いや、むしろ中世の方が進歩的な考え方をしていたぐらいだよ」と語っています。またフォーは、「イタリアは、どんどん人種差別主義になっている。イタリアは文化の大部分と文明を失い、それらを失うことが、市民を破壊するということを理解していない。移民は税金を払い、経済を豊かにしてくれる。それなのに彼らを迫害するとは!」とも言っている。『5つ星運動』の大部分のメンバーは、この包容力のある人の温かい支援をすっかり忘れてしまったようです。

いずれにしてもサルヴィーニは、去年の夏に起こった、177人の難民の人々を救助した軍の沿岸救助隊『ディチオット』の入港拒絶で、難民の人々を船に監禁状態に置き、カターニャの裁判所から「違法な人身の監禁」などの罪状で訴えられており、今までは決して議員特権を認めなかった『5つ星運動』の出方によっては、今後、裁判に発展する可能性もあります。最終的に、裁判をするか否かの決定は上院議会の「議員特権監視委員会」の決定に委ねられますが、ここはひとつ、上院議会のメンバーにも気合を入れて、イタリアの未来のためによき決定をしていただきたいところです。なお、数日前まで「サルヴィーニは裁判を受けるべき」と発言していた『5つ星運動』のメンバーたちは、サルヴィーニから「裁判をするつもりはない」とコリエレ・デッラ・セーラ紙上での公開レターを受け取り、「政府は安泰だ。崩壊しない」と急に態度を悩ましく変化させ、各議員ともに発言を曖昧にしています。

ところで、よいニュース、といえば、サルヴィーニが内務大臣就任早々に解体した、難民の人々を受け入れるひとつのビジネスモデルを提示、長い時間をかけて過疎に悩む地域の息を吹き返し、世界の賞賛を集めたリアーチェの市長、ミンモ・ルカーノノーベル平和賞への正式な立候補が決定されたことでしょうか。

『鉛の時代』を騒がせた海外逃亡テロリストの逮捕劇

さて、今年になってもうひとつ、サルヴィーニ内務大臣のプロパガンダとなった事案は、40年逃亡を続けた『鉛の時代』テロリストを、ボリビアで逮捕、イタリアへ送還したことでしょう。

いずれにしてもイタリアで、毎回不思議に思うのは、1969年の『フォンターナ広場爆破事件』を皮切りに次々と大規模爆発事件が起こり、殺人事件が頻発した『鉛の時代』、犯人と目された何人もの実行犯たちがうやむやのまま、ほぼ全員『無罪』。さらに、国を揺るがす重大な事件を起こした極左テロリストたちも、場合によっては比較的軽い実刑に服しただけで、自由な生活を謳歌、現在に至るケースが多いことです。特に当時のイタリア国家機構、軍部諜報機関、そしてCIAなどの国際諜報、秘密結社ロッジャP2が画策した緻密なオペレーションの実行犯である極右グループ出自のテロリストたちは、現在もかなり優遇されています。

今回逮捕されたチェーザレ・バッティスティは、1981年に2つの終身刑を宣告されながら、フロシノーネの刑務所を脱獄して以来、メキシコ、フランス、ブラジルと40年の逃亡を経て、ボリビアで逮捕された、かつて存在した極左グループ、『武装プロレタリアート共産党』のテロリスト。当時、4件の殺人事件、強盗、誘拐などを繰り返した凶悪なテロリストには違いありませんが、『革命』の主人公として、時代に大きな影響を及ぼした人物ではありません。むしろ、ミッテラン・ドクトリンの元、多くのフランス人知識者たちに支持され政治亡命者として逃亡する間、ノアール小説を書き作家として活動するなど、イタリア国外での悠々自適な生活で有名なテロリストです。

ところで、この逮捕劇の何が問題か、というと、明らかに『同盟』『5つ星運動』現政権の欧州選挙を控えたプロパガンダとして、あまりにも露骨に演出されたことでしょう。40年間逃亡し続けた凶悪犯を出迎えるにしても、『同盟』のサルヴィーニ内務大臣と『5つ星運動』のブオナフェーデ法務大臣が軍部、警察を引き連れて、バッティスティを乗せた軍専用機を物々しく、大げさに出迎え、その一部始終を実況で放送するという有り様で、テロリストであるバッティスティも、そのあまりに芝居がかった出迎えを、馬鹿馬鹿しく思うとともに、多少自尊心がくすぐられたのではないか、と推察します。

ブオナフェーデ法務相に至っては、BGM入り、商業的なテクニックで編集したバッティスティ逮捕プロセスのビデオ・クリップをFacebookで投稿するという熱の入れようで、本人は「40年逃亡し続けたテロリスト逮捕」を華々しくショー・アップしたつもりでしょうが、そもそも犯罪者の逮捕過程をドラマチックなビデオ・クリップにして見世物にするなど、あり得ない茶番なわけで、軽率に過ぎると非難が集中しました。

一方、サルヴィーニ内務相は、「共産主義者を逮捕したことに満足している。今後、逃亡している”共産主義”テロリストは全て逮捕する。『鉛の時代』の終焉だ』という談話を寄せました。もちろん『鉛の時代』のテロリストは共産主義者だけでなく、多くの極右テロリストたちも実刑を受けずに、のうのうと、快適な余生を送っていることは周知の事実です。しかし、サルヴィーニはことさらに、共産主義テロリストだけが『鉛の時代』を形成したかのように『共産主義=悪』を強調し、印象操作に余念がありませんでした。

さらに言うなら、『鉛の時代』の終焉どころか、サルヴィーニ自身が、いまやイタリアにはシンボルとして存在するに過ぎない『共産主義』を、未だ敵対する『思想』であるかのように繰り返し喧伝、過去の対立を呼び戻そうと振る舞っているようにも見受けられます。事実、極右政党である『同盟』と、『カーサ・パウンド』、『フォルツァ・ヌオヴァ』など、サルート・ロマーノ(右手をあげるナチファシスト式敬礼)をシンボルとする伝統的な極右グループが、強いつながりを持っていることは各メディアが指摘するところです。

『同盟』が政権についてからというもの、今までは、細々とアンダーグラウンドで活動を続けてきたファシストグループが、突然むくむくと地中から蘇り、まるで水を得た魚のようにあちらこちらで派手に暴力沙汰を起こしはじめています。最近では『鉛の時代』に犠牲になったファシスト青年のセレモニーに集まった極右グループを取材するレスプレッソ紙のジャーナリストを、グループが取り囲み、「頭に一発ぶち込んでやる!」(ファシストに典型的な脅し文句)と恫喝、殴ったり、蹴ったりした挙句、セレモニーを撮影した写真を全て消去する、という暗澹たる事件も起きました。

しかしイタリアは、そして欧州は、いったいどこへ向かっていくのか。おそらくそれは、表面で起こる出来事に注目するだけでは見えてこないのかもしれません。

*3月11日 追記

サルヴィーニ内務大臣の『ディチオット』における難民の人々の不法監禁を巡る裁判は、今までは「決して議員特権を認めない」と宣言していた『5つ星運動』が「今回は政府における特別な事案」としてサルヴィーニの議員特権をあっけなく認め、今まで『5つ星運動』の強力な支持者であった有力ジャーナリストから、モラルの崩壊、『自殺』とまで言われました。さらにアブルッツォ、サルデーニャという重要な地方選挙で、『同盟』を含む右派連合が大勝。サルデーニャに至っては『5つ星運動』11%という惨敗に終わり案の定、国内の支持率は急落しています。現在『同盟』と『5つ星運動』の支持率は去年の総選挙時から大きく逆転、『同盟』33.7%、『5つ星』約21.8%と、12ポイント差となっています。

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