難民の人々を巡る混乱とプロパガンダ戦、2019年イタリア、そして欧州はどこへ向かうのか

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難民の人々を巡る、終わることなき闘い

『5つ星運動』と『同盟』による契約連帯政府において、それぞれ2政党の看板政策であった、ベーシックインカム(対象者が仕事を見つける間18ヶ月支給され、外国人に関しては10年以上イタリアにレジデンスを持つ失業者が対象となります)およびQuota100ー年金支給の事実上の前倒しが法律として成立、欧州議会選挙を控えた4月1日から実施されることになりました。経済学者たちや中央銀行から、どんなに強い非難を浴びても、両政党が決して諦めることがなかったこのふたつの経済政策が、本当にイタリア経済賦活の核となって機能するのかどうか、もちろん、今後の経緯を観察していくしかありませんし、実験的な試みとしては、興味深い内容ではあります(過去3ヶ月における現時点の統計では、イタリアはテクニカル・リセッションへと突入して大問題になっていますが)。

しかしたとえば「イタリアから貧困をなくす」と謳うベーシック・インカムに関する問題は、支給の条件が厳格なだけでなく、この真冬の時期に、道端で暮らさなければならない、住む家もなく、仕事もない最も困窮した人々、そしてヴィザが下りないまま行き場なく、路上で暮らさざるを得ない難民の人々の生活が、国からはまったく無視され、おざなりになったままだということです。午前0時あたりのテルミニ駅あたりを歩くと、路上生活の人々の数が、ローマにどれほど多いかを、驚きをもって実感することになりますが、その困窮者たちの生活が真に保障されるまで、「イタリアから貧困が消えてなくなる」というのは、選挙キャンペーン用の「まやかし」と言わざるをえません。

いずれにしても、現政府を担う2政党が、着々と欧州選挙に向けた支持票取り込み政策を可決し、選挙権のある市民には大判振る舞いする中、地中海上でも、陸上でも、選挙権なく、観光客のように消費することもない、路頭に迷う難民の人々を政府が率先して虐待する、という出来事が毎日のように起こっている。

もちろん多くの市民、知識人、アソシエーション、メディアが、大声をあげて、「非人間!」「殺人者!」と政府を非難していますが、『5つ星』のごく一部の議員たちを除いて「すべて国民のため。安全保障のため」という姿勢を政府は崩さず、「現政府の強行姿勢で、海を渡る難民の数はぐっと減り、地中海で遭難する人々も少なくなった」と主張しています。しかしここで再度確認しておきたいのは、この難民の人々の減少は、民主党政権時代のリビア政府と欧州間の合意によるもので、現政権は、その合意を引き継いだだけにすぎないということです。

また、その合意の下、熾烈な混乱を極めるリビアの強制収容所、刑務所では、船出できない難民の人々が、言語を絶する残虐な拷問で、毎日「死」と対峙していることを忘れてはなりません。Unhcr(国連難民高等弁務官事務所)の報告によると、リビア軍がリビア領海で救助した難民の人々の10人のうち8人は、再び拷問が繰り返される強制収容所へと連れ戻されていると言われます。さらにイタリア沿岸に6人~10人規模の小型ボートで訪れる密航による不法入国の数は、去年から2倍に増えました。

たとえば陸の難民の人々

『サルヴィーニ法』と呼ばれる『国家安全保障法』が可決してから3ヶ月の間に、ローマでは、路上生活を強いられる難民の人々10人が、寒さと飢えで亡くなるという、痛ましい現実がありますが、今年に入って早々、個人的に大きな衝撃を受けた出来事がありました。それはかなり人通りの多いローマのほぼ中心街、寒さのためにダンボールと毛布にくるまって寝ている人を横目に見ながら歩いていたときのことでした。やおら飛び出してきたイタリア人らしい中年の男が、何の躊躇もなく、笑いながらその毛布にくるまって寝ている人を、いきなり飛び蹴りしたのです。「え?」と我が目を疑う一瞬の出来事で、何が起こったか理解した途端、とてつもなく嫌な気分に襲われました。その際、思わず寝ている人が大丈夫かどうか、そっと近づいて、どうやら彼が寝息を立てているようなので安心したところであたりを見回しても、街ゆく人は誰一人、関心を寄せる風でもありませんでした。

もちろん、このような出来事はローマでは稀ですが、こんな荒んだ精神を孕んだ社会は、たとえベーシックインカムで、人々の暮らしが少し楽になろうが、年金が前倒しになろうが、決して豊かとはいえない、何かが壊れはじめている、というのが正直な気持ちです。そういえば去年の暮れ、地下鉄でスリを企てたロムの女性が、自分の幼い子供の目の前で、ネオナチに何度も顔を殴られ、血を流して倒れ込んだところを、「何してるの!子供がいるのよ」と助けようとした、たまたまその場に居合わせた女性ジャーナリストがいました。当然彼女は、他の乗客の加勢を期待しましたが、その意に反して、「善人ぶったラディカル・シック」「止める必要なんてないんだよ」「泥棒は殴られて当然」「余計なことをしたお前の家までつけてやる」などと予期していなかった罵声を浴びせられたそうです。人々のその反応に著しくショックを受けた彼女がSNSに投稿した記事は、各種メディアでも報道され、広く拡散されました。

そんな重い空気が流れる1月23日のこと。ローマの近郊、カステルヌオヴォ・ディ・ポルトのCARA( 不法に入国せざるを得なかった難民の人々がイタリアに到着してすぐ、国際的な保護を得る亡命ヴィザを申請するため、人道的保護を目的として設立された難民一時滞在センター)が、突如として閉鎖されたニュースが、イタリア中を駆け巡りました。CARAは、シチリアをはじめ、イタリア全国にある施設ですが、カステルヌオヴォのセンターはいくつかのアソシエーションが共同で運営、約540人の難民の人々と地域の人々がひとつのコミュニティを形成する、イタリアで2番目に規模が大きいセンターでした。閉鎖の第一の理由は、年末に可決された『サルヴィーニ法』と呼ばれる『国家安全保障法』で、今後一切『人道的保護』による難民の人々の救援が認められなくなったため、『違法』の烙印が押されたからです。なお、『サルヴィーニ法』を厳格に施行するならば、今まで行われていた難民支援の約2倍の予算がかかることが指摘されています。

118人のイタリア人たちが語学の教師やカウンセラーとして働く、カステルヌオヴォのセンターに滞在していた難民の人々は、イタリア語もほぼ完璧で、近隣で仕事を見つけて働きはじめた、あるいは地域のサッカーチームで活躍していた青年もいたそうです。また、家族で滞在する難民の子供たちは、地域の小学校にも通って新しい友達もでき、リビアで酷い拷問を受けながら、ようやくイタリアにたどり着いた青年たちは、センターで新しい仲間を見つけて、互いに助け合って生活していました。センターの建築そのものに構造の欠陥があったことは以前より指摘されていましたが、難民の人々を支援するとともに、地域のイタリア人たちにも仕事を提供する、CARAのひとつのモデルとして成立していたセンターです。

※かつてはフランチェスコ教皇もカステルヌオヴォのCARAに訪れて、難民の人々に洗足式を執り行ったこともあった。

なによりその閉鎖のプロセスが、あまりにも暴力的でした。突然、内務省から「今後48時間以内に退去」という通達されると同時に、例のごとく警官と軍部が大挙して押し寄せ、家族的なセンターに慣れた難民の人々の心情を全く無視し、強制的にバスに乗せると、イタリア各地の別のセンターへと、うむも言わせず彼らを連行。「これじゃまるで、強制収容所に送っているようだ」という声が上がるほど、非人間的な、見せしめをショー・アップした光景でした。

強制閉鎖に立ち会った野党『Liberi e Uguali – 自由と平等』の女性議員が、見るに見かねてその行く手を遮ろうと、バスの前に立ちはだかり、カステルヌオヴォ市長をはじめとして抗議に集まった市民たちから喝采を浴びましたが、警官たちに説得され、バスは結局出発することになった。ただでさえ心細い境遇の難民の若者たちが、突然友人たちと離れ離れに引き裂かれ、仕事も失い、佇んで涙を流す姿を、市民は黙って見つめる以外に術がない、助けようがない。絶対的な国家権力の難民の人々への残酷な仕打ちには不条理を感じます。ラ・レプッブリカ紙によると、バスの運転手すら彼らが向かう行き先を知らなかったそうです。

『サルヴィーニ法』によれば、『人道的保護』が受けられなくなった難民の人々は、6ヶ月を期限に命がけで飛び出してきた祖国へと強制的に帰還させられることになります。その連行から一週間以上が経ち、携帯で撮ったビデオで、現在難民の人たちがどのような場所に滞在させられているかが、続々とレポートされていますが(彼らはイタリア語も話せますし)、暖房もなく、温水も出ない部屋で、水も食料も充分に支給されることもなく、トイレは外に出なければならないような、劣悪な環境に置かれているそうです。

ただ、その強制閉鎖の後、カステルヌオヴォの市民たちやカトリックの教区司祭が、今まで通り、馴染んだ学校に難民の子供たちを通わせたい、と子供を持つ難民の家族100人あまりに、自らの家を解放して彼らに住居を提供したことは、唯一救いとなるエピソードでした。また、市長自ら、センターを追い出され、行き場所を失ったソマリアの女の子を自宅で一時保護しています。いずれにしても、センターの閉鎖と同時に、センターで働いていたイタリア人の人々も、一斉に職を失うことになりました。

このカステルヌオヴォの突然の閉鎖には、イタリア中から一斉に非難の声が巻き起こり、『警部モンタルヴァーノ』シリーズの作者として有名な人気作家、アンドレア・カミレッリ(御歳93歳)は、「カステルヌオヴォの出来事は、わたしの名のもとで起こったことではない。自分はこんなことが起こるイタリア市民ではない。こんな下品で暴力的なナチファシズムのやり方は受け入れられない」と宣言するビデオメッセージを発表しています。しかし一方で、サルヴィーニが暴力的な行動をとればとるほど、湧き上がる非難とともに支持率がじわじわと上昇することは不思議でなりません。また、彼がテレビ番組に出演してインタビューに応えると、観衆が轟のような歓声をあげて賛意を表明(サクラかもしれませんが)、イタリアは、もはや違う次元に移行した、という感想すら持ちます。

ではこんなときの『5つ星運動』は、といえば、やはり一部の先鋭的な左派メンバーを除いては、「センターは『不法』なのだから仕方ない」ぐらいの弱々しさで、あくまでサルヴィーニに曖昧な賛同を示し、契約連帯を崩す気配を見せていないのです。「サルヴィーニを何とかして欲しい」という市民の声は、一向に彼らには届きません。

このような緊張が社会を覆うなか、しかしもちろん善意に満ちた支援活動も変わらず継続されています。たとえばサルヴィーニ内務大臣が、警官の大群を引き連れ、ローマ・ティブルティーナ駅裏の広場にささやかに設えられた難民キャンプを、ブルドーザーで破壊、強制退去としたバオバブ・エクスペリエンスのメンバーである医師、法律家、市民有志は、その後も難民支援活動をやめることなく。次から次に助けを求めて訪れる、行き場のない難民の人々のための寝場所の確保、食事の用意、そして医療活動を続けています。その後も度々、警官が大挙して訪れる強制退去が繰り返され、今までに、なんと28回もの強制退去が入ったのだそうです。

そういえば、バオバブ・エクスペリエンスのメンバーのSNS投稿に「人助けが犯罪になるとは!」という一文がありましたが、まったくその通りで、保護を必要とする、言葉もわからず、日々の糧も得る術もない人々をすべて『犯罪者』と決めつけ、また、その人々を助けようとするボランティアたちをも『犯罪者』とみなし、見殺しを推奨する『法律』が、当たり前のように制定された今のイタリアは、どう考えても異常です。

▶︎たとえば地中海の難民の人々

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