瞬く間にイタリア中に押し寄せた、アンチサルヴィーニの魚たち『6000サルディーネ』

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6000サルディーネ マニフェスト

ようこそ、開かれた海へ。

親愛なるポピュリストたちへ。フェスタはもうおしまいだ。

あまりにも長い間、君たちは僕らの感情を無理強いしようとした。あまりにも強く緊張させ、そして分裂させてしまった。何年もの間、君たちは嘘と憎悪を僕ら市民の間にぶちまけた。自分たちに都合がいいように、真実と嘘をひとつにまとめた世界観を提示しつづけた。君たちは僕らの忠誠心、恐怖心、困難な状況を、僕らの注意を引くために利用したんだ。そして君たちは、まったく空虚なコミュニケーションしか存在しない海の中、自分たちの政治で溺れ死ぬことを選んだ。ここにはもう何ひとつ、君たちの主張は残っていない。

あまりにも長い間、僕らは君たちを好き勝手にさせすぎた。

あまりにも長い間、君たちは自分たちを守るために、非常に深刻な問題すべてをチーズ熟成所に投げ込んで、まるで滑稽なもののようにすり替えてしまった。

あまりにも長い間、君たちは君たちに忠実な崇拝者たちが、ネット上で人々を侮辱し、生活を破壊させてしまうように仕向けてきた。

あまりにも長い間、君たちが考えられないようなことを主張するので、僕らはとても驚いて、ぼんやり、恐れを抱いてしまい、君たちを自由にさせすぎた。

今、君たちは僕らを正気にさせた。君たちこそ、唯一恐れを抱かなければならない者たちだ。僕らは広場に繰り出し、互いに視線を交わし、数を数えた。そこには純粋なエネルギーがあった。僕らが何を理解したか、君たちは知ってるかい? 周囲には大勢の人がいて、その人々を見るだけで、僕らが君らより強いことは、充分に理解できたんだ。

僕らは、すべての年代の、普通の市民の集まりだ:自分たちの家を愛し、家族を愛し、仕事やボランティアやスポーツや自由な時間を大切にしている。できる限り、他の人の手助けをすることに情熱を感じているんだ。楽しいこと、美しいこと、非暴力(口頭でも身体的にも)、想像力、音楽を、話を聴くことを愛している。

そしてまだ、政治、そして政治家を強く信じている。それは他の人々のことをまず考えてから、自分の利益を考える政治家たちのことで、そんな政治家たちは少なくなってしまったけれど、まだ存在している。彼らに感謝しながら、勇気を与えようじゃないか。

ここには、君たちから解放されることなど何ひとつ存在しないんだ。僕たちこそ、君たちの存在という抑圧、まずはネット上の抑圧から解放されるべきなんだ。というか、もうそれははじまっている。僕らの父や祖父のおかげで、君たちは自由に喋る権利を持っているけれど、僕らにそれを聴け、と命令する権利はない。

僕らはすでに何千人、何万人の人々と共に、君たちに「もうおしまいだ」と言う準備はできている。僕らはそれを家で、僕らの広場で、SNSで発信していくよ。君たちが船酔いするまで、そのメッセージを人々と分かち合うつもりだ。僕らは、あまりに長い間、君たちに騙されてきた周囲の人々、両親や親類、友達、知り合いを納得させるために自分を犠牲にする覚悟ができている。そして彼らを確実に納得させることができる。

君たちは淀んだ水から、そして君たちが安全だと思っている港から、ずいぶん遠くに押し流されてしまったね。君たちは、僕ら「いわしたち」を、これからどこででも見ることになるだろう。ようこそ、開かれた海へ。

“たとえ、魚のように沈黙しながら考えたとしても、その考えが邪魔だってことは明らかだ。いや、むしろ魚なんだ。魚と同じようにせき止めることは難しい。なぜならそれが海を守るのだから。海はなんて深いんだろう”

最後の“”の部分がルーチォ・ダッラのCome è profondo il mareの一節から。

 

『サルディーネ』が欧州に登録したロゴ。吹き出しの中に「ローマは『同盟』とは同盟しない!」「ボローニャは『同盟』に食いつかない」など、その都度、それぞれの地域のスローガンが入ります。

 

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