瞬く間にイタリア中に押し寄せた、アンチサルヴィーニの魚たち『6000サルディーネ』

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ヴェネチアをはじめ、各地方が高潮で大きな被害を受けたり、欧州で最も規模が大きい鉄工所のひとつ、ILVA(イルヴァ)の現所有会社である多国籍企業Arcelor Mittal(アルセロール・ミッタル)が、突然契約を破棄すると言い出したり、このところのイタリアは、どんより重たいニュースに覆われていました。『イタリア民主党ーPD』と『5つ星運動』の連立政府は、双方どうも噛み合わず、そうこうするうちに極右勢力が勢いを取り戻しはじめ、このままひょっとしたら「総選挙に突入して 政権を奪還されるのでは?」とドキドキしていた。そんな時、まさしく海を泳ぐ魚たちのようにキラキラ光り輝き、しかも爆発的な勢い大群をなして現れたのが『6000サルディーネ』たちだったのです(タイトルの写真は、このムーブメントの発案者の登壇に喝采をあげるフィレンツェのサルディーネたち)。

『6000サルディーネ』

ローマのフラッシュ・モブまで待てず、11月30日、フィレンツェ、レプッブリカ広場の『6000サルディーネ』に繰り出したところ、6000どころか40000人(!)の人々が集まりました。街を練り歩く大規模デモには何度か参加したことがありますが、とてつもない数の市民が一気に広場(ローマに比べると、フィレンツェの広場は幾分小さいですから)に集まって、いやはや、噂通りのエネルギーです。

この日ナポリで開かれた『6000サルディーネ』にも10000人以上の人々が集まったそうで、その他ぺスカーラ、フェラーラ、アムステルダムなど、ほぼ20カ所で同様のイベントが開かれています。

さて、『サルディーネ』という、極右政党『同盟』リーダーの『サルヴィーニ』に、ちょっと語感が似ている言葉は、英語でいえばサーディン。つまり『6000サルディーネ』は、6000匹のいわしたち、という意味です。彼らの存在が報道された瞬間は「え? いわし?」と、その命名に小首を傾げた感じでしょうか。

名前の由来の詳細は後述しますが、彼らがいちばん最初に企画したボローニャ、マッジョーレ広場の「アンチサルヴィーニ」フラッシュ・モブには、いきなりサラッと15000人が集まりました。それまで、どうもさっぱりしない政況続きに、どこか投げやりになりかけていた各メディアもイタリア各地の市民も「アンチサルヴィーニがボローニャに15000人!」と不意を突かれる、賑やかな現象でした。

するとそのまま雪崩れるように、モデナ、パレルモ、ペルージャ、リミニ、パルマ、ジェノヴァ、ミラノなど、イタリア各地の都市、さらにはニューヨークアムステルダムなど海外に移住したイタリア人たちにまで伝染。現在ほぼ毎日、イタリアのどこかで開かれる『6000サルディーネ』広場が、まるで磁場であるかのように、7000人、10000人、12000人・・・40000人!と、ぞくぞく市民が吸い寄せられています。

また、初期は数百人だった彼らのSNSアカウントは、たった2週間の間にフォロワー数が約23万7千人にまで膨れ上がっている。現在は1日数千単位の増加ですが、先週までは、毎日2万人ずつ増えている感じでした。

では『6000サルディーネ』とは、どのようなフラッシュ・モブなのか、というと、最近勢いを取り戻しつつあった極右政党『同盟』党首サルヴィーニ、及び『イタリアの同朋』に、まずはっきりと「僕たちはアンチヘイト」「アンチサルヴィーニ」、そして「アンチポピュリズムなのだ」と、集結した市民とともに宣言する広場ムーブメントです。

あくまでも非暴力。「特定の政党の旗やアソシエーションのシンボルはおことわり。暴力的なスローガンや侮辱的な行動も禁止」され、自作の「いわし」の絵や「ボローニャは『同盟』とは同盟しないーBologna non si Lega」「トスカーナは『同盟』とは同盟しないーLa Toscana non si Lega」という巨大垂れ幕や、「僕らはヘイトに反対!」などのスローガンを書いたプラカードが掲げられます。

各地の広場にはイタリア人のみならず、あらゆる人種、あらゆる年代、あらゆる職種の人々が続々と集まり、パルチザン往年のテーマソング『ベッラ・チャオ』や『イタリア国歌』を歌ったり、踊ったり、老いも若きも楽しみながら団結。爽やかに、力強く共感が確認されるという具合です。

そもそもこのフラッシュ・モブは、今まで政治には直接関わったことがなく、イベントを開催したこともなかった30歳代前半ボローニャの4人の若者たちが、極右勢力政党、及びファシストグループの、目に余る傍若無人な行動、言動と、ネット上でのフェイクニュース拡散、マイノリティ攻撃、脅迫、暴力に、遂に堪忍袋の緒を切らせ、自然発生的に人々に呼びかけたのがはじまりでした。

そしてその、マッジョーレ広場の大成功を目の当たりにして、ハッと目覚めたイタリア各地の『サルディーネ』たちが、「そうだ!今こそはっきり宣言すべきだ!」と、「われもわれも」と凄まじいスピードで追随しているところです。

ちょっと意外だったのは、10代のアフリカオリジナルの女の子まで『ベッラ・チャオ』の歌詞を知っていて、「その時代を知らないし、パルチザンに共感しているわけではない」と言いながらも広場の人々と共に歌う、という光景が見られたことでした。

イタリアにおけるパルチザンの影響力に、いまさらながら圧倒されたわけですが、道なき道を行き、野山を駆け巡って、ファシスト相手に熾烈なゲリラ戦を繰り広げたパルチザンのアンチファ・スピリットは、イタリアの現代においても静かに、脈々と息づいているということでしょう。ちなみにマッジョーレ広場は、2007年、『5つ星運動』の決起集会が開かれた場所でもあります。

 

 

❷政治にまかせておけない、と立ち上がった市民たち ❸予想外の極右勢力の台頭とこれまでの経緯 ❹レイシズムをプロパガンダツールとする極右勢力 ❺ボローニャのアイデンティティから生まれたフラッシュ・モブ ❻極右勢力による妨害を、ものともしない『サルディーネ』たち ❼『6000サルディーネ』マニフェスト

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