ローマから全国へ、クリアなヴィジョンと行動力で未来を構築するScomodoの若者たち

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民主的な場面における民主的アクション:Edoardo Bucci/Pietro Forti (エドアルド・ブッチ/ピエトロ・フォルティ)

 Contextー現代という文脈

僕たちが生きている時代の問題は、多種多様、多岐に渡っているし、さらに問題ひとつひとつにさまざまな次元が存在することを認識しているよ。もちろん、すでに見通された経済パラディグムの中に生きていて、そこには環境問題が深く関わっていることをも認識している。そして世界そのものが、あらゆる問題をだんだん支えきれなくなっているよね。

世界を巡る経済システムは次第に人々の生活の重圧になり、Gli ultimi (最下層)と呼ばれる、困窮のために生きていくのが難しくなる人々が世界中にあふれはじめている。

経済は、毎年成長を継続することが前提であるし、数字上は確かに成長しているが、それはリアリティ、つまり僕ら市民の生活にはまったく反映されず、それどころか社会における弱者は日に日に増え続けているという状態だ。これが僕らが生きる時代の文脈であり、クロニクルだとも思う。

イタリア、特にローマに住む僕らの世代には、国家機構からも、民間の機関からもまったく助成がないからね。だいたい国家というものは、若者にはほとんど投資しないし、文化にも投資しない。大学で勉強したとしても、学んだことを発展させ、成長を促すようなスペースもない。

僕らが発行している雑誌は、自分たちの周囲に意見を求め続けることで出来上がっていくんだ。『Scomodo』は、真実を追う、というより、まず自分たちの周囲を形成する世界を知りリアリティの奥深くに入り込んで調査することに重点を置いている。

そして、そこに重大な問題を見つけたならば、どうしたら解決していけるか、その方法を考える。僕らが自分たちが置かれた快適な状態から一歩踏み出せば、不愉快なリアリティを理解することが可能だ。

僕らがスペースを構築しているこの建物の上階は広大な『占拠スペース』だということを知っていると思うけど、この状況こそがローマの住宅問題を如実に物語っている現象だ。圧倒的なローマの公営住宅の不足のせいで、困窮のため住居を追われた人々が、『占拠』しなければ生き延びることができないというリアリティ。

そしてその建物の地下に、僕らのスペースを創ろうとしていることこそ、僕らの政治アクションでもある。

とはいえ、僕らはアクティビストではなく、あくまでもジャーナリズム基本なんだ。テーマをまず徹底的にリサーチし、インタビューして、記事を書く。アクティビズムはあくまでもその過程から派生したもの。

僕らは公共予算が使われながら、利用されないままうち捨てられたスペースに抗議するためのムーブメントを起こし(スコモド・ナイトetc)、気候環境の地球規模の変動の原因を暴き、それを食い止めるための闘い(グリーンピースとともに)もしている。ロックダウンの間は、ロックダウンにも関わらず働かなければならない現場作業員の人々とも議論した。アクティビストたちとも、密に協力してリサーチを進めているんだ(エドアルド)。

 

再構築中のスペースで、瓦礫を背景に立つ、ピエトロ・フォルティ(左)とエドアルド・ブッチ(右)。

 

Romaーローマ

ローマに関していえば、問題はさまざまあるけれど、まず僕らが毎日を過ごしたい、と思う社会モデル体現してはいないよね。政治が社会を熟考することを停止してしまっているとも思う。街に何が必要なのか、存在しているのは誰なのか。ありふれた言葉を使うなら、利他主義という視点が欠如している。街の変革の主体となっているのは、ほどほどの部分的な変更に過ぎず、政治は大局を見失っているように思えるよ。

だから街じゅうがゴミだらけになったまま放置され、文化的ムーブメント限定的にしか起こらず、街の再構成という動きは、どこにも見られない

そしてこの状況は「政治の責任」と、必ず言われるわけだけれど、気が遠くなるほど何年も前から続いているわけだからね。ローマにはそもそも街としてのパースペクティブがなく、長期に渡って問題を山積みにしたまま、あちらこちらにコブができてしまった状態だ。ローマそのものが、自らのその姿が見えなくなっているんだ(エドアルド)。

それにローマは、未来を見通すというよりは、イメージばかりを先行させているよね。「偉大な歴史がある大都市」という具合に華やかな部分ばかりが喧伝される。でもローマには300万人ほどの人が実際に住民票を持っていて、しかも現実には毎日500万人の人々がローマという街に出入りしているんだよ。

僕らは最近、Istitute dell’enciclopedia Italianaイタリアで最も権威ある百科全書出版社を取材、ともに調査をはじめたのだけれど、彼らが言うには、ローマという街には、実際に何人の居住者がいるのか、正確には分からないらしいんだ。だから僕たちは、全体像を掴むことができずにいる。

というのも、産業拠点や生活拠点をローマに置きながら、税金を節約するために、他の街に住民票を置く、などというケースもあって、ローマの正確な居住者の人数が分からない。ならばたとえば、どれだけの居住者に公共サービス(医療、福祉)を準備しなければならないか、正確には知ることができないということだよね。

街の全体像が掴めないのなら、政治的視点からも、経済的視点からも、文化的視点からも十分なプロジェクトは組めないはずだ。これがまず最初の問題なんだ。市民の職業は何なのか、暮らし向き、文化の流れはどうなのか、何が問題なのか、街を機能させ、プロジェクトを構築するためには、ローマの詳細を正確に知らなければならないはずだ(ピエトロ)。

民主主義の視点から言ってもそうなんだけど、社会に民主的に「参加」するならば、僕らがまず最初にコミットしなければならないのは、ローカルコミュニティだろう? テーマが遠くに行けば行くほど、地域の問題とはかけ離れてしまうわけだから。

ローカルなコミュニティを漠然としか知らないままに、全体を機能させていこうとするのは無理なんだ。どのような人々と街を構築しようとしているのか、分からなくなってしまう。それは物理的に、という意味だけではなく、人間として、あるいは政治的、社会的に、という意味も含めて(エドアルド)。

さらにローマには、犯罪組織の暗躍、という問題もある。少し前に、僕らは雑誌で南イタリアの犯罪組織『ンドゥランゲタ』のインパクトにフォーカスした特集を組んだことがあるのだけれど、犯罪組織というものは、考察や文化なんていうものは何ひとつ持っていない。彼らはちょっとしたを見つけると、巧みに入り込んでを作る。彼らがローマ周辺地域にも食い込んでいることは明らかだ。

しかも犯罪組織というものは、非常に高いコミュケーション能力を持っていて、たとえば上場している大企業や、国家の一大公共事業にまで、巧みに紛れ込んでいることは、僕らの調査と分析から明白だった。あらゆる分野の、どんな行政にでも穴を見つけて、巣食っているんだよ(エドアルド/ピエトロ)。

 

 

Pandemicーパンデミック

ロックダウンで街が閉ざされた間、僕らは現場作業員(Operai)である人々のために、オンラインラボを開いたんだよ。いくつかの分野に分けて開催したんだけれど、最初にはじめたのはライダー(ウーバーイーツなど、バイクや自転車でデリバリーしてくれる人々)とのラボだった。

僕らはまず彼らとコンタクトをとって、契約の詳細を教えてもらい、さらには彼らの経験をも語ってもらった。そして雇用主が、彼らのパンデミック下における身の安全生活の保障を、どれほど約束しているのかをまず確認し、どこに課題があるかを話し合ったんだ。

事実、彼らが自分たちが置かれた厳しい状況を認識し、政府に断固とした保障を要求するまで、ロックダウンの初期のころは何ひとつ保障されていない状況だった。また、公共交通機関で働く人々や、e-コマースの成長で、絶え間なく働かなくてはならない荷物の集配所勤務の人々や配達作業する人々のラボも同時に開催した。

僕らはロックダウンの間、残念ながら雑誌を印刷することができなかったし、配本もしなかったが、それは郵便局で配達作業をする人々に、この緊急時、それ以上の負担をかけたくなかったせいもあるんだ(エドアルド/ピエトロ)。

パンデミックで世界が変化すると思うかって? 端的に言って、僕は変わらないと思っている。確かに変化のための衝撃とはなるだろうが、この外的要因が直接の変化を促すとは思えない。世界中に大きな影響をもたらすには違いないが、パンデミックのせいで、世界が劇的に変わるなんて、ありふれたことは起こらない。

今、エポックメイキングな変化を起こしたいのなら、僕ら自身が責任を持って変えなければならないんだ。外的要因から、この政治経済システムが変わるなんて考えちゃいけない(エドアルド)。

僕は、パンデミックで世界が変わる、というより、今まで見えなかったいろんな事実が明確に見えるようになったと思っている。たとえばイタリアの大学システムには巨大な空洞が開いていることも明らかになったしね。9月から授業が再開されるはずなのに、僕らにはいつ、どのように授業がはじまるのかも、いまだ知らされていないんだよ。それに一般的に教師の数が少なすぎるということも理解した。

僕には中学生の弟がいるんだけれど、彼が置かれた状況から、学校システムに強固な基盤がないということも分かったよ。教育の現場のクオリティがかなり脆弱だったにも関わらず、今まで誰も注目してこなかったんだ。

だいたい2ヶ月間、学生たちが学校には行けなかったことぐらい、取り返しがつかないほど大変なことではないと思う。第二次世界大戦中の子供たちは、何年間も学校に行くことができなかったんだよ。それなのにたった2ヶ月のロックダウンで、学校システムの均衡が崩れるなんて、尋常じゃないよ。というより、医療を含め、あらゆるシステムがそもそも脆弱だったということを知る、パンデミックは、そのきっかけになったとは思うんだ(ピエトロ)。

 

 

Riskーリスク

たとえば香港の状況を含め、世界が全体主義的な方向へと向かっているように思えるか? と問われるなら、まず、今現在、僕らが生きているのは、過去から引きずってきた政治勢力の権力闘争がいまだ目の前で繰り広げられるコンテキストだということを確認しないといけない。

(イタリアにも)完全な全体主義とはいえないが、その側面を垣間見せる政治家たちがいる以上、全体主義的な社会に陥るリスクは、意外と高いんじゃないか、とは考えているよ。たとえば東欧、ポーランドの強権大統領ドゥダの再選は、イタリアにとってもそれほど遠い話ではない、とね。

香港に関しては、僕らも過去、雑誌のテーマとして取り組んだが、明らかに深刻な状況だ。さらに香港だけではなく南米、そして米国。国際政治権力闘争があちらこちらで見られる、非常にリスクの高い局面に僕らが生きていることは、常に感じている(エドアルド)。

かつて世界には、民主主義世界全体主義世界というふたつの世界が別々に存在していたのに、現在は民主主義の国として認識されているにも関わらず、民主主義そのものがリスクに晒されているような印象がある。香港は深刻だし、同時に米国のリスクも深刻だよね。

米国といえば、もちろん一概にはそう断言できないけれど、少なくとも表面的には伝統的な民主主義国家と思われていたわけだろう? それにも関わらず、現在の米国モデルを見ていると、市民が明晰な判断力を持つこと、そしてそれを明らかに表現することが、どれほど難しいことなのかが理解できるように感じる。

一方イタリアにおいて、市民の明晰さが残っているのは、メディアシステムだと思うんだ。市民に参考になる多様な意見を提供することができるメディアシステムの力を奪えば、つまりメディアが独立性を失い単一な報道しかしなくなれば、何が民主主義で、何が違うか、ということすら見えなくなってしまうだろう。そうなれば全体主義へと移行するリスクは確かに増大するよね(ピエトロ)。

現状は、30年前よりももっと複雑に変化していると思う。政治力学はいよいよ混沌として、それぞれの政党の区別がつけづらくなっている。したがって民主主義の価値観を守るためには、市民の意見を反映した政治勢力の連合、連帯が必要になっている状況だよ(エドアルド)。

僕らのヴィジョンは、もちろん社会に「参加」することなんだ。あらゆる民主的なシーン民主的に参加し、メディアとしても、ムーブメントとしても、議論し続けていくこと。これからも環境問題、データ通信の問題、人権問題人々の恵みとなるようなあらゆる人間的な活動に、民主的なアクションで参加していくつもりだよ。

そして、『Scomodo』としてのムーブメントもそうだけれど、社会運動は世界中にたくさんあるわけだから、彼らとも連携して、民主主義中核に、シンボリックな意味ではなくリアルに参加して、確かな解決を見出していきたいとも思っている。

そしてそれこそが僕たちが描く社会モデルなんだ(エドアルド/ピエトロ)

 

 

若者たちの話を聞きながら、はからずも「自らが社会を形成しているのだ」と改めて実感し、責任を持って地域社会に参加することこそが『民主主義』を担う第一歩だということを再認識もし、なんだか胸が熱くなった次第です。

また、彼らが自意識に駆られず、集まってくる仲間たちを歓迎する姿勢にも、強く共感しました。それは虚栄に満ち満ちた権力闘争とマウントに明け暮れる大人たちよりも、よほど立派ヒューマンな姿勢です。

なにより素敵なのは、いつでも、どこでも、彼らが楽しみながらアクションを繰り広げていることでしょうか。

去年のことになりますが、若者の間のドラッグ蔓延が問題となっているローマで、プッシャーによる少女の殺人事件が起こり、極右政治勢力が事件を政治利用したことがありました。するとただちに『Scomodo』の呼びかけで、ドラッグ売買の拠点となっている広場に若者たちがドッと集まり、DJセットとダンスで広場を占拠するというイベントが開催された。

しかも、広場で音量を上げることを警察から禁止されたため、それぞれがDJセットからヘッドフォンで音をとりながら、静かにひたすら踊る、という意表をつくアイデアでした。

毎週開かれる、その静かなダンス占拠のせいで、それまでひそやかに広場を行き交っていたプッシャーたちも、いつの間にか散り散りにいなくなり、今ではほとんど見かけなくなった(といっても完全に消え去ることはないのですが)。

そんな、彼らの肩に力の入らない、自然なアクションが、わたしたちに希望に満ちた未来を運んでくることを願ってやみません。新しいスペースの完成を楽しみに、これからも彼らの動きを追っていきたいと考えています。

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