ローマ、パニスペルナ通り90番地から『マンハッタン計画』へ、そしてエットレ・マヨラーナのこと

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わたしたち日本人の記憶に、消えない傷として刻み込まれた、ふたつの原子爆弾ルーツが、パニスペルナ通り90番地にあることを知ったのは、ローマに暮らすようになってからでした。モンティ地区からサンタマリア・マッジョーレ教会まで続く、通り慣れたその道を歩いていた時のこと。友人のひとりがふいに、どこにでもありそうな門構えの建物を指差し、「この建物が核分裂、つまり原子爆弾のルーツだということを知っている?」と言った、20年以上前の光景は今でも蘇ります。その後原子炉に発展する、ウラン原子核に低速中性子を照射して核分裂の連鎖反応を起こし、きわめて強い放射性同位元素(放射能)の観測に成功したのが、このパニスペルナ通りに存在したインスティチュートの研究者たちでした。ところがそのイタリアには、核兵器も原子力発電所も存在しないのです。

『ミクロの世界』

目に見えず、たとえ触れても認識することができない、『ミクロの世界』の未知のウイルスSars-CoV-2に、世界中が動転し混乱する2020年。

日本の75回目の『終戦記念日』にあたる8月15日のラ・レプッブリカ紙に、4ページに渡り掲載された『エットレ・マヨラーナ失踪』に関する最新の研究記事を読んだことが、かつてパニスペルナ通り90番地に存在した『ローマ大学原子核物理学インスティチュート』の周辺を改めて調べよう、と思ったきっかけでした。

というのも、その記事を読んだとき、未知のウイルスも、原子核も、有機物、無機物違いこそあれ、人間にはまったく感知することができない『ミクロの世界』に存在するというのに、日常のみならず、生命の営みまでも破壊する強烈なエネルギーとなりうることに、はなはだ理不尽な気持ちを抱いたからです。

人工の太陽である、核エネルギーを利用した原子力発電に関して言えば、われわれ人類が、きわめて強い有毒性を持つ核廃棄物の処理に何の解決策も見出せないうえ、重大事故を何度も起こしながら、あらゆる疑問が棚上げされたままで21世紀を生きていることには危機感を感じます。

また、先進国と呼ばれる国々が貪欲に資源を採掘し、世界中の自然を破壊し続けながら生産性快適飽食を追求したあげく、Co2による地球温暖化をはじめ、森林伐採、海洋汚染、生存圏の砂漠化、飢饉、プラスティックゴミ問題など、自然の巡りのバランスが大きく崩れたのは明らかですし、歴史的に見れば産業革命以降、200年にも満たない間に、人間、動物たちを巡る自然環境が激変したことは、いまさら強調する必要もないでしょう。

なんとなくではありますが、現状の「未知のウイルスの世界規模の拡大」という現象は (このようなテーマに関して、科学的根拠なく情緒で語ることが許されるならば)、われわれには感知できない、認識できない自然力学が働いて、肉眼では見えず、体感することもできない『ミクロの世界』からの揺り戻しが起こっているのかもしれない、と思いを巡らすこともあります。

かつてフランシスコ教皇が語ったスペインの格言、『神は常に許し、人間はときどき許す。しかし自然は決して許してくれない」という言葉を思い出す次第です。

 

※量子力学は、どのように地球温暖化を説明するかー設定で、日本語のサブタイトルが選べます。

 

さて、原子核の世界に話を戻します。

それが『パンドラの箱』であるとは気づかないまま、低速の中性子を人工的にウラン235の原子核に照射。その、核分裂の連鎖反応から、強い放射性同位元素を得ることに成功し、国際的な名声を得たのが『ローマ大学原子核物理学インスティチュート』の若い研究者たちです。

その建造物は今も、ローマの古い街並みのなか、サン・ロレンツォ(紀元258年)の殉教地と言われる場所に建てられたサン・ロレンツォ・イン・パニスペルナ教会の脇に、存在感なく静かに佇んでいます。

1938年12月以降『人種法』のために分裂してしまったそのインスティチュートは、その後内務省の管轄となりましたが、2019年から「エンリコ・フェルミ博物館」として再出発し、研究者や学生たちのグループであれば、当時の資料や実験器具を見ることができるようになっています(要予約)。ただ、2020年に入ってからはCovid-19の感染拡大のためか、閉鎖されたままの状態です。

もちろん『ローマ大学原子核物理学インスティチュート』の主人公は、1938年に米国に亡命した『原爆の父』、エンリコ・フェルミには違いありませんが、米国ニューメキシコ州のロス・アラモス研究所における『マンハッタン計画』には、ローマ時代のフェルミの門弟、エミリオ・セグレ(1959年にノーベル賞受賞)もグループ・リーダーとして参加しています。

そのセグレは1983年、当時、正統派ジャーナリストとして名高かったエンツォ・ビアージのインタビューに、独特の無邪気さと悪びれなさで「(ロス・アラモスでの原子爆弾の開発には)何の疑問も感じていなかった。1943年は、第二次世界大戦の真っ最中で、われわれが(原子)爆弾を開発していることは、ドイツも日本もフランスも知っていたのだから」と答えました。

このときビアージは、セグレに「その爆弾が実際に使われた時に罪悪感は感じなかったのか」と厳しい質問もしています。セグレは一瞬、顔を曇らせると「ロス・アラモス研究所にはいろんなタイプの人がいたからね」と言葉を濁し、責任者であるオッペンハイマーが「わたしの両手は血塗られてしまった」とトルーマン大統領に訴えた途端、うむも言わせず簡単に退けられたというエピソードをポツリと話したあとに、しばし沈黙して言葉を失った。

しかし、そのあとすぐに「そうしなければ戦争は終わらなかったんだよ」と、聴き慣れた言い訳で原爆投下を肯定し、「だが、現在の核兵器開発(冷戦時代に行われたインタビューのため)と、第二次世界大戦中の原爆使用とは分けて考えるべきなんだ。わたしは現在の核兵器開発合戦には倫理的(?)に反対だ」と付け加えています。

また、セグレ同様、『ローマ大学原子核物理学インスティチュート』時代に『教皇』と呼ばれ、「イタリア原子核物理学の第一人者」の名声を欲しいままにしたエンリコ・フェルミも、日本への原爆投下に特別な後悔を語ったという事実はありません。

いずれにしても戦後のイタリアでは、日本への原爆投下は強く非難され、強靭な反核精神が育ってもいますから、米国で称賛されるほどには、エンリコ・フェルミがイタリアでもてはやされることはないように思います。つまり、ノーベル賞を受賞した優秀な原子核物理学者であったことは認識されても、決して英雄視はされない、ということです。

一方、パニスペルナ通りの『ローマ大学原子核物理学インスティチュート』を巡る特別な物語として、80年の時を超えて一種の伝説、神秘として語られ続けるのはフェルミではなく、1938年31歳の若さで跡形も手がかりもなく失踪した、エットレ・マヨラーナのことばかりでしょうか。

エットレ・マヨラーナは、エンリコ・フェルミやエミリオ・セグレが「ニュートンガリレオに匹敵する、時代を大きく変換させる天才」と表現する、早熟の天才学者です。

『量子力学』、素粒子の世界に詳しい方なら、粒子と反粒子が同一の中性フェルミ粒子=「マヨラナ粒子」をご存知かと思いますが、マヨラーナは80年以上も前に、量子コンピュータの構築理論への応用が期待される、その粒子の存在(非存在?)を理論から導き出した人物でもあります。

 

 

ともあれ、まず正直に打ち明けておきたいのは、そもそも『量子力学』の分野どころか、数学も物理も真っ暗闇のわたしには、そのメカニズムを説明されても、おぼろげに、しかも情緒的にしか認識することができないということです。

したがって『ローマ大学原子核物理学インスティチュート』で研究された内容に関しては、「小学校低学年のための量子力学」以上の詳細に踏み込むことができず、記述に誤りがあるやもしれません。その場合はご指摘いただければと思います。

なお、これから追っていく内容は、多くの作家、ジャーナリスト、物理学者、歴史学者、哲学者、マヨラーナの家族などが書いた夥しい数の書籍とドキュメンタリー、映画、新聞記事、及びさまざまなマヨラーナ説を語るテレビ番組から、『鉛の時代』のまっただなかである1975年に出版されたレオナルド・シャーシャの『La Scomparsa di Majorana – マヨラーナの失踪』に注目し、軸として進めていきたいと思います。

そのほか、カターニャ大学教授エラスモ・レカーミ(レオナルド・シャーシャに資料を提供した)の『マヨラーナ事件』(1987)、国営放送Rai、1990年制作の事実に基づいたフィクション『Ettore Majorana: I Ragazzi di Panispernaーエットレ・マヨラーナ:パニスペルナの少年たち』、エディージオ・エロニコのドキュメンタリー『Nessuno mi troveràー 誰にも見つからない』(2015)、ジョルジョ・アガンベン『Che cosa è reale – 何がリアルなのか』(2016)、さらにYoutubeにアップされている学校用の教材や物理学者の講演、マヨラーナの妹をはじめ、この天才物理学者の周辺にいた人々のインタビュー、8月15日のラ・レプッブリカ紙などを参考にしました。

近年になって、レオナルド・シャーシャの分析、特にマヨラーナの失踪の『動機』、そして『その後』の推測に関しては、ロマンティックすぎるという評価もありますし、何年かおきにまったく違うその後のマヨラーナ説』が発表されるという状況ですが、強力な反核主義者である、このシチリアの作家の推理と分析には、日本人として救われる気持ちになることを告白しておきたいと思います。

また近年、最も有力と言われるアカデミックな新説も、おいおい後述していきます。

▶︎パニスペルナ通りの少年たち

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