EXCLUSIVE!遂に日本上陸 FUZZ ORCHESTRA

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FUZZ ORCHESTRA(ファズ・オーケストラ)の行くところ、唸るようなエネルギーが充満し、場の温度が3℃は軽く上昇する。イタリアのインディ・シーンでは、もはや知らない人はいないFUZZ ORCHESTRAが、桜咲く3月、初のジャパンツアーを敢行します。アグレッシブ、ドラマティックにアヴァンギャルド。ぼんやりしてると彼らが醸す熱狂に、「はらわた」ごと鷲掴みされ虜にされる、なかなかあぶない癖になるバンドです。ジャパンツアーを控えた2月、ローマ・インディの殿堂、Fanfullaで行われたFUZZのライブに、改めて痺れました。

 

協賛:Istituto di Cultura Osaka イタリア文化会館 大阪 

 

彼らの存在をはじめて知ったのは、かれこれ3、4年前、ふらっと出かけたライブイベントの寒い冬の一夜でした。ローマのライブは、夜の10時過ぎからゆるゆるとはじまるので、ライブを聴いてダンスも観ると、すっかり夜が深まります。1時はとっくに回ったし、いくらなんでももう帰ろう、と周囲に「では、また」と挨拶したちょうどその時のこと。突如としてはじまったライブに、「ええ!   誰、この人たち」と足がその場に吸いついた。不意をつかれた急襲、乱れ飛ぶ散弾に撃ち抜かれた、という感じでしょうか。

大音響轟くかなり広いスペースに集まった200人ほどの人影が、黒い塊となってステージ前に押し寄せる。上手い、隙がない、大げさ、まさにイタリア的ハード&ヘヴィ。面白い! ギターのゲルマニウムっぽいヴィンテージ・ファズ、バベルの塔を破壊するかのごとき凄まじいグルーヴ、そしてサンプリングされた「語り」がこれまたイタリア演劇っぽく渋い、と思いながら聴いていると、あれ、どこかで聴いたことのある台詞です。しばし思いを巡らすうち、それはピエールパオロ・パソリーニの映画 Vangelo secondo Matteo(邦題:『奇跡の丘』)、キリストがきわめて厳しく、攻撃的に語る聖書の言葉、すなわち福音だった。この曲、『In verita vi dico(真実を言おう)』を聴いた時の衝撃を、のちに小説『パッショーネ』の細部に託した、というのが経緯です。

「え、FUZZ ORCHESTRA、知らなかった? すっごく有名だよ。ローマにもたくさんファンがいて、僕なんかレコード全部持っているんだ。彼ら、LPも焼いているんだよね。いやあ、凄かったね」とその夜、共にいた知人はひとしきりFUZZを褒めあげると、満足げな足取りで、夜のしじまの中へと吸い込まれていった。この北イタリアのバンドは、ローマ・アンダーグラウンドでも、すでにその名を不動にしていました。

 

※Morire Per La Patriaー祖国のために死す。隙なく続くライブは、全く息をつかせない。 Videoもいいんですけど、彼らの醍醐味はやっぱりライブ。

 

さて簡単ですが、ここで少しFUZZ ORCHESTRAを紹介。

2006年にラディカル・インプロヴィゼーションから出発したこのバンド が、現在のLuca Ciffo(ルカ・チッフォ:ギター/ヴォーカル、Fabio Ferrario(ファビオ・フェラリオ:ノイズ/オーディオサンプリング/キーボード)、Paolo Mongardi(パオロ・モンガルディ:ドラム)のメンバーとなったのは2011年。ミラノ、ボローニャとメンバーは全員北イタリア出身であっても、ローマは言わずもがな、もはやイタリア全国区。さらに欧州、米国にツアー、数多のライブをこなし各国のインディシーンで高い評価を受けている。今までに4枚のアルバムがリリースされています。

まず、2007年のファースト・アルバム『FUZZ ORCHESTRA』は、ノイズとクラウトロックで、現代イタリアの最も暗い歴史の証言をテーマにリリース。サウンドがさらにダークに、ワイルドに深化したセカンド・アルバム『Comunicato N.2 』では、歴史の物語は語られることなく、『闘い』がテーマとなっていて『テロリスト』なんていう曲もありました。

そして、いよいよその存在を不動のものとしたサードアルバム『Morire Per La Patria』は、音楽的にもテーマ的にも急速な進化を遂げ、Black Sabbath meet Morricone meet Revolution ( ブラック・サバスとモリコーネの出会い、そして革命へ)と比喩される、多様なサウンドが幾重にも重なるモニュメンタルな荘厳さに、劇的な悲哀と強い感情がほとばしる、という感じでしょうか。

 

※In verità vi dico(真実を言おう)これは前述の通り、語りはパソリーニの『奇跡の丘』で語られた福音。オリジナル音源はこちら。

 

このアルバム、Morire Per La Patriaでは、社会的なアプローチのみならず、個々の内面における『祖国』と呼ぶべきコンセプトを追求。つまり、あらゆる『国々』の過去と現在の基盤となっている『エゴ』ー『所有』、『権力』、逆説的に『隷属』、それらを核として、みるみる全体主義に陥る『祖国』メンタリティを、アグレッシブなサウンドと、扇情的な語りで喝破。「祖国のために死ぬことは美しい!」と激しく連呼されると、思わず苦い笑いが込み上げてきます。このアルバムのタイトル曲を聴いた時には、まったく空気感は違っても、寺山修司の歌「マッチ擦るつかのま、海に霧ふかし、身捨つるほどの祖国はありや」がオートマティックに思い出されたことを告白しましょう。

いかにもミラノ人らしい凄まじく意地悪なアイロニーが、どこかノンシャランな空気とともに曲の随所に入り混じる。サウンドは、ディープでヘビーであるにも関わらず、ただダークな空気感だけではない、ヴィンテージの柔らかい温度が不意に漂ってもきます。何より、絶妙にサンプリングされた音と語りの錬金術効果で音のレンジがぐんと広がる。そしてもちろん、レコーディングされた音源も素晴らしいに違いありませんが、FUZZの醍醐味は、何といってもライブ、身体で聴くのが王道だと、再度、強調しておきます。

 

公式プロフィールより

FUZZ ORCHESTRAは、ヘビーロックと時代の分析、批判を結合させ、ギター、ドラム、アナログノイズで構成されたサウンドで昇華する。語りの部分は60〜70年代のSocio-Politicoー社会政治分野のイタリア映画に由来するオーディオサンプルで構成。2016年、Woodwormから3月にリリースされた最新アルバムUccideteli tutti! Dio riconoscerà i suoiでは、「啓示」、「裁き」そして「選択の可能性」を表現した。歴史的、社会的な意味におけるアポカリプス、さらにはパーソナルな、あるいは聖なる領域のアポカリプスの様々な道程を示しながら、創作レベルに新しいアルケミーを提示:Fuzz Orchestraの音響素材は、Enrico Gabrielli (エンリコ・ガブリエリ/PJ ハーヴェイ・ツアーメンバー)作曲のコンテンポラリーミュージックのスコアと融合している。

 

さて、FUZZの新しいアルバムのタイトルはかなり強烈。『Uccideteli Tutti! Dio Riconoscerà I Suoiー皆殺しだ!神は自らの者を見分けるだろう』。

 

※Nel nome  del padre(神の名において)

 

ちなみにこのアルバムタイトルの由縁を読み解くには、キリスト教における、ある程度の歴史の知識を要します。時は中世、東欧に起こり、南フランスと北イタリアに瞬く間に広がったキリスト教の民衆運動、カタリ派とカトリック教会との壮絶な確執に遡る。カタリ派は、教会の汚職と堕落に反対、カトリックでは認められなかった女性の高い地位をも認めたという、ある意味進歩的な、グノーシス主義にも似た神秘思想運動ですが、カトリック教会との抗争ののち、1163年、トゥール教会会議で、教皇庁は正式に禁止、異端とされます。それを機にカトリックへの帰依を命じられてもカタリ派の市民たちは断固として拒否している。そこで教会側はカタリ派、またカタリ派を擁護する諸侯たちを撃破するためにアルヴィジュア十字軍を結成し、壊滅しようとした。

その十字軍の責任者であった、シトー派の修道院長のArnaud Amauryが、Béziers(ベジール)の市民包囲の際、1209年に発したという言葉を、FUZZはそのままアルバムタイトルとして使っている。兵士が「どうやって異端(カタリ派)を見分けたらいいのか」と問うと、「皆殺しだ!神は自らの者を見分けるだろう』とAmauryは答えたと言います。

「この言葉が、僕らのアルバムの内容、アポカリプスの定義、およびコンセプトを示すにはパーフェクトだと思ったんだ。今までのアルバム同様、僕らの原点は『同時性』、『現代』の批判分析だったんだけれど、今回はその視点をさらに拡大した。歴史的、社会的、政治的見地から、哲学的、あるいはメタフィジックな視点へと移行し、僕らの生きる時代を『歴史が残した時代』から調査したいと思ったわけ」(ファビオ・フェラリオ)

 

※Todo Modo

 

「これまでのアルバムは、政治的、社会的メッセージが強く、社会政治的な『未知の世界へ誘う』Revolutionー革命を問うたわけだけど、今回のアルバムも『未知の世界に誘う』というコンセプトに変わりはなくとも、外界に革命を起こすというより、パーソナルな内面世界に起こす革命の鍵、というものだよね。コンセプトは常に『存在』そのものへの批判。メンバー3人のそれぞれのモチベーションは違うが、内面へのアプローチが主題であるには違いないんだ」(ルカ・チッフォ)

「タイトルに関していえば、僕らはカトリックだし、その宗教文化が基盤にはなっていることは確かだけど、強調したいのは、このアルバムのテーマはカトリックに関わらず、ユニバーサルな意味での宗教性、スピリチュアリティの暗喩ーメタファーだということ。あらゆる宗教、あるいは信仰、思想をシンボリックに表している。ファナティズムはどこにだってあるだろう?  確かに今の世界には、アポカリプスが随分近いところまで来ているような気がするよね。でも僕らはまた、パーソナルなレベルでのアポカリプスをも表現したいと思ったんだ。つまり内面のアポカリプス、破壊とRivelazioneー啓示。パーソナルにアポカリプスを通過することで、新しい地平が見え、視野が開けるという意味でね」(ルカ・チッフォ)

アルバムにサンプリングされた語りは、60〜70年代、SocioーPolitico(社会政治的)なイタリア映画黄金期のフィルムの断片から、『アポカリプス』というテーマ、そしてサウンドとの親和性を熟考してリサーチされたもの。レオナルド・シャーシャの原作を エリオ・ペトリの監督で76年に映画化された名作『Todo modo』からは、マルチェッロ・マストロヤンニが演じたDon Gaetano(ガエターノ神父)。またデヴィット・リンチの『砂の惑星』からはネイティブ・アメリカン、ラコタ族の言葉が引用されています。「資料をリサーチして、再構築するプロセス。オーディオサンプルは、単純な飾りとしてではなく、真実の語りになるべく、それそのものが自ずから居場所を見つけるんだ」(ファビオ・フェラリオ)

 

※Lamento di una vedova(寡婦の嘆き)

 

「日本という国は個人的に昔からとても興味のある国だし、僕らが演るには最高の場所だと思うよ。日本にはそもそもかなり過激な音楽があるじゃないか。それにイタリアの70年代のプログレも人気があったし、今でも多くのファンがいるようだし。日本とは共有できる感性を感じている」(ルカ)

そういうわけで、ローマのFanfullaでのライブはすし詰め満員。興奮と熱狂で、トランスな一夜となりました。「自分たちのやりたいことをやるっていうのが、僕らの仕事ってところだよね。グループで音楽をやる、ということは、社会のメカニズムから自由であることだから。多分、ちょっと不安定であるには違いないが、僕らはそれが気に入っている」というFUZZの、古くて新しくてオリジナルなサウンド。まさにイタリアをギュッと凝縮したような、テーマが大きく、時間のスパンが長く、層が厚いダイナミックなバンドです。

最後に、イタリア文化会館 Osakaが協賛した今回のFUZZジャパン・ツアーを追いかけたい気分で、最新アルバムの中核テーマとなるL’Uomo nuovo(新しい人類)の語りを訳しておきたいと思います。この曲にはローマの女性監督リナ・ウェルトミューラーの76年の映画『Pasqualino Settebellezzeーセブンビューティズ』からサンプリングされています。

L’Uomo nuovo

Nel 1400 gli abitanti della Terra erano 500 milioni. Nel 1850 erano diventati il doppio: 1000 milioni. Tra 200 o 300 anni saremo 10000 – 20000 milioni. L’uomo si scannerà a vicenda per un pezzo di pane e per una mela e il mondo finirà. Peccato perché io ci credo nell’uomo; ma deve fare presto, deve fare presto a nascere l’uomo nuovo. L’essere civile. Non quella bestia purtroppo intelligente che ha rotto l’armonia del mondo, distrutto il sacro equilibrio antico della Natura solo per massacrare tutto. L’uomo nuovo, l’uomo che sappia ritrovare l’armonia dentro di sé.

Questa è la unica speranza: l’uomo nel disordine.

1400年代、地球上の人口は5億だった。1850年にはそれが2倍になった:10億。あと200年、300年経てば、100億、200億になるかもしれない。人類は一欠片のパンとりんご一個を争って虐殺しあうようになるだろう。世界は終わる。俺は人類を信じているから残念だ;急がないといけない。新しい人類が急いで誕生しければならない。文化的で嗜みのある人類。世界の調和を壊し、あらゆるものを血祭りに上げるために聖なる自然の調和を破壊した、残念ながら、「賢い」野蛮人ではなく、新しい人間。自らの内面で調和を見つけることを知っている人類。

それだけが唯一の希望だよ:こんな目茶苦茶な状況で生きる人類には。

 

 

 

 

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