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Public Spaceを占拠する

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突然ですが、いきなりOccupazione=占拠の話題から始めます。われわれ日本人にとって『占拠』、というと、遠い昔の学生闘争を彷彿とするぐらいで、暴力的で騒がしく、不毛で悲劇的な過去の遺物のようにしか思えません。

オンタイムでは、さすがにわたしもその時代を知らないので、最近になって復刊された三島由紀夫と東大全共闘の討論会の記録を読んでみたりして、知らない時代の、知らない若者たちの、行き場なく暴走するリビドーに思いを馳せることしか、手だてがなかったりします。

ところがローマで暮らすようになって、『占拠』という政治行動が、ちょっと近所にコーヒーを飲みに行く、という調子で非常にカジュアルに、さらにいえば健康的に行われることにへえー、と驚くことになりました。「今日から学校をOccupazione(占拠)するから、寝袋を貸してほしい」と知りあいの高校生にお願いされたとき、「オキュパツィオーネ?」、とよく意味が分からず、わたしは何度も聞き返したのですが、「そうだよ。占拠に行くんだ。何日やるかは、まだ分からないけれどね」と高校生は明るく、ハキハキとした口調で、わたしの寝袋を抱えて立ち去り、結局その寝袋が戻ってきたのは、一週間後のことでありました。

半年ほど前のこと。公園を歩いていると、二百人ぐらいの学校帰りの高校生が集まっていたので、「何かあったの?」と尋ねると、群れの一番うしろにいたヒップホップな男の子が「学校を占拠するための議決をとっている」と真剣な顔で宣言します。「このまま、Jobsact法案が国会を通過すれば、われわれの未来は暗黒!」と鼻にピアスをして髪を緑色に染めた女の子が、黒い大きな瞳をパチクリさせながら、口を尖らせ、その群衆の真ん中で演説していました。しかしながら、彼らのその勇ましい抗議の占拠も虚しく、残念ながらJobsact法案は国会を通過してしまいましたが。ちなみにイタリアにおける15歳から24歳までの若者の失業率は42.6%(2015 年3月統計)、15歳から29歳までの就業率は52.8%(2015年5月)と欧州域内、ギリシャについで厳しい状況で、若者にとって仕事に関する法案は切実な議題です。

ネットで学校/占拠で調べると、「学内で評決をとり、賛成する学生が過半数を占めた場合に校舎占拠を慣行することができる」というような規則が現れるところをみると、民主主義教育の一環でもあるのかもしれません。法律的には許されない行為(一応)ではあっても、たいていの高校でたびたび『占拠』が行われているらしく、いいのか、悪いのか、途中でなし崩しに終了してしまい、一種儀式化している、という印象を受けないわけではありません。それにしても、十六、七歳の、スマートフォン世代の高校生たちが、国の政治や自分たちの権利に関心を持つこと、自分たちはこう思っているんだと自己主張する、という心意気は、見上げたものだと思います。特に政府がDestra (右派)の場合は、さらに頻繁に行われるようです。

また、『占拠』されるのは学校だけではありません。
つい最近では、使われないまま、放ったらかしにされていた、かなり大きな公共の建造物ふたつがネオファシストとみなされている政治活動グループ、Casa Poundーカーサ・パウンドにより占拠されたという情報が流れ、比較的近所だったので、その建造物を見にでかけたことがあります。このグループは10年ほど前に現在の活動拠点を、やはり占拠により獲得、その後行政からも認められたという経緯を持っています。喧嘩やデモでの挑発、暴力行為、移民排斥活動でたびたび話題になる、人によっては、名前を聞いただけで、顔をしかめるグループです。しかしアブルッツォの地震のときは、いちはやく援助活動にも参加し、各種社会福祉活動も行っていて、一概に乱暴者の集団とも言えないようではあります。ちなみにカーサ・パウンドの名前の由来は、ムッソリーニを熱狂的に支持したアメリカ人の詩人、エズラ・パウンドから来ています。

さて、彼らが占拠したという建物にたどり着いて、その周りをぶらぶら歩いていると、ガラスが割れて木枠だけとなり、風が吹くとギシギシと痛ましい音が鳴る窓から、二十歳くらいの青年が顔を覗かせたので、「わたしも占拠に加わることができますか?」と尋ねてみました。間髪を入れず「外国人はだめだ」とにべもなく断られます。中に入ってみたい誘惑にかられても、建物の前では数人の若者が、かなり怖い顔をして見張っていたので、そのまま何気ない顔をして普通に通り過ぎました。「いつまで続くのだろうか。物騒なことが起こらなければいいが」と帰りに寄った煙草屋のおじさんたちが数人顔を突き合わせ、ぼそぼそと話していましたが、そのうちローカルメディアが騒ぎだし、行政が動いて、その怖い顔をした青年たちの、短い占拠には幕がおりました。

ところで、Occupationといえば、Occupy London、最近では香港のOccupy Centralなどが、市民一丸となった大占拠として記憶に新しいのですが、このOccupazioneの項では、比較的ちいさい規模に的を絞りたいと思います。たとえば以前、ベルギーを訪問した際、古い公共機関が長い期間占拠され、アバンギャルドの劇場及び現代美術の展覧スペースになっているケースにたまたま遭遇しました。つまり欧州において、『占拠』という政治行動は、そう珍しいことでもないようです。そこでこのようなタイプの、いわば、文化的ともいえるローマにおける『占拠』状況について、これからいくつか例をあげたいと思います。先では実際の占拠者たちの取材をもする予定にしています。

いずれにしてもイタリアでは、この公共の場の『占拠』というコンセプト、『鉛の時代』真っ最中の、70年代〜80年代前半の左翼学生たちの間に生まれた政治的な主張手段で、それが年代を超え、さらには右、左の思想を超え、現代まで継続されたものでもあります。イタリアの場合、この文化的な『占拠』は、使われていない劇場や映画館、廃墟や空き地など、公共のスペースが対象になっていて、ローマのみならず各地で頻繁に慣行されます。

「占拠って、ありふれたこと?」とイタリア人に聞くと「日本では普通じゃないの?」と反対に不思議がられる、という具合です。そういえば、いまや十年ほど前、顔見知りの映画青年が、友人たちとともに古い映画館を占拠した、という話が仲間内で話題になりました。彼らはかなり長い間粘って、その映画館を勝ち得ることはできずとも、その替わりに行政から、ガリレオ・ガリレイ・インスティチュートの使われていない地下スペースを提供されることになりました。そのスペースは今も健在で、不定期ではあっても、質の高いインディペンデントの映画を上映したり、小説や戯曲の朗読会、吟遊詩人のコンサートを開催するカルチャースペースになっています。

近年、そもそもカオティックなイタリアもシステム化が進み、それにともないコントロールが厳しくなり、若者たちの占拠の成功率はぐっと下がってきているような印象を受けます。また、去年からは、頻繁に警察がなだれ込んで『占拠』スペースから占拠者たちを強制退去させるケースも多くなってきました。

しかしながら自分たちが「これが好き」と信じる、文化、芸術と呼ばれる作品や、自分たちの姿勢、『考え』を表現するスペースがどうしても欲しい、と、とりあえず試してみる、主張してみる、というのは、わたしにはなかなか若々しい、既成の枠には組しない、威勢のいい姿勢だと思えます。というのも、ここ数年のローマ市の文化予算は削りに削られ、若いアーティストたちのプロジェクトにまでは、決して行き渡らない状況が続き、彼らが喘いでいるのを、誰もが目の当たりにしているからです。しかも彼らが占拠しようと目するのは、たいていは、行政に維持する予算がなくて、何年も廃屋になったままの公共スペースです。「でも占拠したって、すぐに追い出されるかもしれないのに、時間、無駄じゃない?」と悲観的な意見を言ってみても、「追い出されたって問題ないよ。また他のスペースを探して占拠すればいいしね」とカラッとした飽くなき占拠精神にも頭が下がります。

 

強制退去後、またたく間に次の「占拠」ミーティングをする占拠者たち。『われわれは夢を創っているんだ』と垂れ幕

強制退去後、またたく間に次の「占拠」に成功したScup。垂れ幕には『われわれは夢を創っているんだ』

 

そもそも公共の所有であった、遺跡のど真ん中にあるローマの一等地を、特権を行使して、安く譲り受け別宅にしたり、外国人向けの高級賃貸アパートにする外交官や、政治家たちも大勢いるわけですし、若者たちの『占拠』などはそのような人々の貪る暴利に比べると、ささやかで、細々とした可憐な抵抗でもあります。そんな占拠者たちに、わたしは「表現の自由とその権利を希求してみる勇気」の片鱗を垣間みるのですが、日本語の『占拠』という言葉の、どこか暴力的でいじけた響きとは異質のエネルギーが彼らの周囲を取り巻いているようにも思います。文化の新しい動きというものは、いつも古い枠組みを壊そうというスピリットからはじまりますし、その可能性をわくわくしながら一緒に楽しむ大人たちもなかなか粋です。

そういえば日本にもかつて、観客とともに「場」を占拠する、というコンセプトで、ゲリラ的にあちらこちらに出没し、アバンギャルドな演劇で一斉を風靡した『紅テント』などがあって、物議をかもした時代がありました。それから時は矢のように走り去り、若者たちの表現したいOpera(作品)の形は時代とともに変わっても、いまだにそのスピリットが、ローマに、ある意味伝統的に息づいているのを見るにつけ、自分の生まれた国の、知らない時代を懐かしむような、そんな気持ちになるのです。

 

 

学校を占拠した高校生が、自らレポート。今回の『占拠』の動機を質問された生徒は、対外的には政府のJobsact法案、教育改革について、外部の関心を学校に巻き込むため、内部事情としては高校の運営の方針との葛藤、と答えています。政府の法案に対する自らの意見をよどみなく話す女子高生は、学校の官僚的行政をも鋭く批判。また、占拠期間ちゅうの安全については、生徒たちで組織したグループで、なんらかの妨害、緊急事態に対処する方策も考えているとのこと。占拠ちゅう、特別授業として、CIGL (労働組合)を招いて講義を開いたり、ローマのフェミニストグループ、ローマ市相談役とのミーティングも準備されているそうです。彼らにとっての「よい学校」とは、生徒たちもその方針に参加できる、開かれた学校。放課後は、政治的、文化的、あるいは個人的な教育の場になることを望む、と女子高生はさらに続けます。生徒は常に、体制を妨害するネガティブな存在と捉えられるが、生徒には自由が必要だ。またその自由と責任感を調和させることによって、集団で生活することを学びたい、とも。あなどれない、高校生たち。

2015年5月には、教育改革の法案が国会を通過したせいで、CIGLやCOBASなど(労働組合)教師、生徒が一丸となってのデモ集会やストライキが毎日のように行われ、中学生は「学校が休みになって嬉しい!」と公園で駆け回っていました。

 

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