人が暮らすローマの現代美術館 : Matropoliz-MAAM それから

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このサイトで、以前紹介したローマ郊外の『人が暮らす現代美術館 Metropoliz-MAAM』が5周年を迎えました。開館と同時に国内外のアーティスト、美術批評家やアート通、アート通でない市民、活動家の間で『世界で最もクールな美術館!』と絶賛され、その名声は瞬く間に広まり、遂にはローマ市政のハートをもギュッと掴むことになります。「占拠」スペースをアートで埋め尽くすという意表をつくアイデアで、大きなうねりを生み出した「時の人」、文化人類学者、キュレーター、そしてアーティストのGiorgio De Finis(ジョルジョ・デ・フィニス)に話を聞きました。デ・フィニスはMAAMの成功から、ローマの宝石、市営現代美術館MACROの次期ディレクターと目される人物です。

バスで行くなら中心街から小1時間はかかる、ローマの郊外トル・サピエンツァのプレネスティーナ通り913番地あたりは、ここ1年の間に風景がいくらか変わり、ファーストフードショップや巨大ショッピングモール、高級車の販売店など、いわばどこの郊外でも見かける、無個性なグローバル展開の商業スペースが目立つようになりました。それでも通りを歩くうち、空色に人と矢印、そして月が描かれたHogre (ホグレ)の作品を配した塔、その頂上にGian Maria tossatti (ジャン・マリア・トッサッティ)作の望遠鏡が見えてくると、温もりのある、柔らかい引力に引っ張られ、足取りも軽くなります。

車がガンガン飛ばして走る殺風景な大通り、両脇に枝分かれする路地を深く入り込むと、闇に蠢く組織犯罪の舞台となることも少なくないローマ・エスト(東)の郊外地区。その、どこか寄る辺ない風景に、まったく異質、強烈な個性としてその場に忽然と現れ、「ようこそ、リアルワールドへ」と異次元への扉を開いてくれるのが、『人が暮らす現代美術館 Metropoliz- MAAM(Museo dell’altro e dall’altrove di Metropoliz)』です。

広大な敷地に建つ、MAAMの建造物。L’Espresso誌より引用。

広大な敷地をぐるりと囲む塀には、Kobra(コブラ)、Sten&Lex(ステン&レックス)など名だたるアーティストたちのグラフィティが隙間なく描かれています。郵便受けがずらりと並んだ鉄の門から、広々とした工場跡の廃墟の中に入った途端に、やはり内部にも隙間なく描かれた絵、あるいは設置されたオブジェのエネルギーがどっと押し寄せてくる。さらに行くたびに、絵画、グラフィティ、彫刻、インスタレーションと、次々に作品が増えるため、壁のあちらこちらが剥げ落ち、風吹き抜けるうらびれた廃墟だというのに、明るく、力強く、安定していくように感じ、何度行っても「ここは、すごい」と改めて感嘆します。

しかも相変わらず、美術館MAAMでもある工場跡の廃墟では、多国籍の人々で構成された「占拠」グループ、Metropolizの人々が、料理を作り、洗濯物を干し、子供達が走り回り、年頃の娘たちが階段に座っておしゃべりする、とまったく普通に日常を暮らしていて、その日常の生活風景の中、アーティストたちが、これまた普通に作品を創ったり、スタッフミーティングを開いたり、われわれ観客作品ツアーに参加したり、という具合です。

それぞれの作品は、思わずハッと足を止めて見入るほど刺激的でありながら、その場に漂うのは、柔らかく、どこか懐かしい包容力のある空気。こんな特殊な魔力を持つ美術館は、本当に世界で唯一かもしれません。そんなMAAMの評判は、あっという間に人伝に伝わり、国内外の各種メディアが次々に報道しました (イタリアでは、ラ・レプッブリカ紙、コリエレ・デッラ・セーラ紙などの主要紙、RaiやLa7テレビなど)。2016年には、遂にローマ市の副市長であり、文化評議委員のLuca Bergamo(ルカ・ベルガモ)が、この美術館に賛同の意を表して、プレネスティーナ通り913番地を公式に訪れています。

そのMAAMが今年5周年を迎え、大勢の支援者、アーティストたちで大入り満員、身動きが取れないほどの人が集まった4月22日のミーティング室兼食堂。その日開催されたラフなスタイルのコングレスで、副市長ルカ・ベルガモは、都市計画評議員のLuca Montuori(ルカ・モントゥオリ)とともにMAAMへの賛意を改めて表明、グローバリズムに追随する国政がどうであれ、ローマ市政にとっては人権が何より重要であり、誰もが平等アート文化に親しむ権利があること、知識人たちはもっと大きな声を上げるべきだ、と頼もしく強調しました。

また、副市長はかねてから、MAAMのコンセプトが、市営現代美術館MACROの今後の方向性に生かすモデルとなる、と新しいタイプの美術館プロジェクトを提案。つまり郊外の「占拠」のバリケードとして構築された、特殊な現代美術館MAAMモデルを、フランス人の建築家Odile Decq(オディール・デック)のデザインでモダンに改装されたMACROを箱に、何らかの方法で再現する、という野心的な試みを発表しています。そのプロジェクトが現在、MAAMの発案者であジョルジョ・デ・フィニスのディレクションで進んでいる、というわけです。

確かに多くの問題を抱え、異邦人としては住みにくいこと極まりない、早く何とか解決して欲しいことが山積みのローマではありますが、住人として何より面白いと思うのは、時として、このような斬新で熱意に満ちたカルチャー・ムーブメントが巻き起こることでしょう。市民グループが意を決して敢行した、体制へのアンタゴニズムがみるみるうちに発展し、市政を動かす、まさに市民のパワーが「形」となって発露するケースがあります。

MAAMの経緯を考えながら、ふと思い出したのは、79年からローマ市長を務めたPCi 『イタリア共産党』のルイジ・ペトロセッリの時代、アヴァンギャルド・アーティストたちとともに、騒乱の『鉛の時代』のローマを舞台に、ローマの市民を明るく巻き込むエスターテ・ロマーナ(ローマの夏)というカルチャー・ムーブメントを起こした文化評議委員、建築家レナート・ニコリーニのことでした。70年台のローマのストリートを舞台にしたこの動きは、世界中のアーティストたちを巻き込んで、パリなど他の都市にも飛び火しています。ローマという都市は、時の残骸、廃墟でできてはいても、あるいは廃墟でできているからこそ、冒険的なアイデアをやすやすと許容する懐の深さがあるようにも思うのです。

5周年を迎えたMAAMに集まった大勢の人々、アーティストたち。

 MetropolizとMAAM

さて、MetropolizとMAAMについては、以前、詳細を投稿しましたが(詳しくはこちら)、改めて概要を簡単にまとめてみたいと思います。

そもそも現在MAAMとなっている、フィオルッチ(イタリアのサラミメーカー)の工場だった巨大な廃墟を「占拠」したのは、イタリア人をはじめとする、アフリカ、南米、中東など、多国籍の人々で構成された占拠グループ、メトロポリターニ(ジプシー、ロムの子供たちの学校教育をも推進するグループ)。2009年、彼らが工場跡の「占拠」を敢行した当初は、年々悪化する経済状況で、いよいよ生活が立ち行かなくなり、家賃が払えず住居を追われた人々の「住居の権利」を主張するデモンストレーションでしたが、そのデモンストレーションに対して、当局からは何の解決策も提示されることはありませんでした。

何の解決策も得られず、他のどこにも行き場のない住居を失った人々は、結局そのままその工場の廃墟に住みつかざるをえなくなり、やがて近くの公園を強制退去になったロムの家族たちも工場跡に訪れ、現在はイタリア人を含め10カ国の国籍を持つ約200人の人々が、それぞれの文化、宗教を超え共存、Metropoliz(Città Meticciaーまぜこぜの街)という世界の理想のような平和なコミュニティを構成しながら暮らしています。もちろん、「占拠」は非合法の上、占拠された場所はローマ市や国に属する市民の公共財産ではなく、民間企業(ローマ屈指の建設業者、サリーニ)が所有するスペースだったので、強制退去の脅威は絶え間なく、しかし退去となれば、当然住人たちには行き場がありません。

ローマに住みはじめた当初は、このような「占拠」がごく普通に存在し、かなり乱暴な「強制退去」までは意外とのんびり機能することに驚きましたが、イタリアでは、住居の権利、あるいはアンダーグラウンドの文化スペース確保のために、場所や状況をリサーチした上での「占拠」が、わりあい頻繁に行われています。国や地方自治体が動かないのであれば、泣き寝入りすることなく仲間たちと共に団結して動き、「占拠してでも断固闘い抜く。自らの権利は自らの手で勝ちとるのだ」という気概を持つ市民が多く存在(右、左に関係なく)、他の市民もそれを特別なこととも感じていない様子です。また、ある「占拠」が文化的な実績をあげ、ひとつのカルチャー・ムーブメントに発展すると、地方自治体が賛同し、やがて合法化されることもあります。

さて、一方その占拠を基盤に生まれた現代美術館MAAMは、2012年にフィオルッチの工場跡を訪れたジョルジョ・デ・フィニスらが、「占拠」グループMetropolizの闘いに共鳴したことからはじまります。デ・フィニスらは、窮地に追い込まれた彼らの『住居の権利』を守る防壁をアート作品群で創るという挑発的なアイデアをもとに、ドキュメンタリーフィルム『Space Metropoliz』をプロジェクト。そのドキュメンタリーは、イタリア国内外の現代美術の大御所を含める大勢のアーティストたちを巻き込んで、「地球上に住む場所がないのなら、皆で月へ行こう」と巨大な工場跡の残る敷地を月面に見立て、作品で覆い尽くすという、壮大なプロジェクトでした。

そしてそのアイデアに共感したアーティストたちが、続々とMatropolizにやってきては、作品を制作し、そのスペースにプレゼントとして残していったのです。現在まで、なんと300人から400人という驚嘆すべき人数のアーティストがこのプロジェクトに賛同して作品を制作しています。ドキュメンタリーが完成した後も、評判を聞きつけた国内外のアーティストたちがMetropolizを訪れ、遂には500を超える作品がMetropolizに贈られることになりました。

欧州各国、ネイティブ・アメリカンを含む米国、オーストラリア、アジア、中東、とインターナショナルなアーティストたちの作品が所狭しと並ぶMAAM、人が暮らすユニークな現代美術館はこうして誕生したわけです。

※Street Art contro Wall Street Art(ウォールストリート・アートに対抗するストリート・アート)というフレーズが、MAAMのスタイルを、まさにシンボライズ。アーティスト、パブロ・エチャウレンの語りで、MAAMを駆け足で一周できるショート・フィルム。未来派のアーティストたちは美術館を破壊しようと試みたにも関わらず、結局はそのシステムの中に組み込まれることになってしまった。しかし、いま、人が暮らす美術館というスタイルが、アーティストと観客、という二つの分割のリアリティを超越し、刷新されたシンプルなスペースに、かなり複雑で創造的なメカニズムを機能させたのだ。(huffingtonposto Pablo Echaurren (パブロ・エチャウレン/アーティスト)

MAAM5周年を記念して、全カラー1000ページという、アーティストたちがMAAMに残した作品のほとんどを収録した素晴らしいカタログも出版されました。イタリア現代美術の大御所、Michelangero Pistoletto(ミケランジェロ・ピストレット)、Luigi Ontani(ルイジ・オンターニ)からGian Maria Tossatti(ジャン・マリオ・トッサッティ)、Veronica Montanino (ヴェロニカ・モンタニーノ)、Mauro Cuppone (マウロ・クッポーネ)、著名ストリート・アーティストのHogre (ホグレ)、Lucameleonte (ルカメレオンテ)、Diamond(ダイアモンド)、前回MAAMを案内してくださったアーティスト、Carlo Gori (カルロ・ゴーリの作品など、MAAMのスピリットを凝縮した、ちょっと高くても、買って嬉しい豪華でクールなカタログです。

レイアウトも写真も綺麗でかっこいい。5周年記念の日には、飛ぶように売れていた。1000ページは、かなりの重量感で、持ち帰るのはなかなか大変だったが、家で開いた時の感激もひとしお。

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