Covid-19 との共存:ニューノーマルな毎日がはじまったイタリアの第2.2フェーズ

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誘拐されたシルビアが無事帰還したのちのカオス

若者、というテーマで少し書き加えておきたいのが、ソマリアのテログループ誘拐された25歳の女性、シルビア・ロマーノのことです。

シルビアが18ヶ月間もの空白を経てようやく解放され、5月11日に無事イタリアに戻ってきたときは、イタリア中が喜びに湧きました。

ただ、その時にわらわらと吹き出したのが、ウルトラ・ライトな考えに染まった人々の、大人げないこときわまりない、常軌を逸したSNS上の憎悪・罵詈雑言コメントで、「こんな非常時なのに」と心からうんざりした次第です。

アフリカの子供たちを支援するNGOに参加して、ケニアのちいさな村でボランティアとして働いていた、当時23歳のシルビアが突然誘拐されたのは2018年の11月のことでした。

溌剌とした笑顔がおおらかな人柄を感じさせる彼女が誘拐されてからというもの、まったくその行方が分からなくなり、多くの市民が彼女の安否を心配する日々が続いていた。彼女の家があるミラノ郊外の教区司祭も解放に向け、多くの支援団体とともに全力で政府に働きかけていたところです。

この1年半の間、何らかの手がかりが浮上したというニュースが流れては消え、消えては再び浮上。その安否が定かではないままに、彼女の誕生日や誘拐された日には、ケニアで子供たちと遊ぶ彼女の写真や彼女に送りたいメッセージが、SNS上に次々にシェアされ、彼女の存在が忘れ去られることはありませんでした。

しかし第1感染者が確認された2月20日以降、イタリアではあらゆる報道がCovid一色になり、しかも日に日に状況が悪化するなか、誰もがCovidのことで頭がいっぱいになり、シルビアに関するニュースは、メディアでもSNSでも、まったく見かけなくなっていた。

それが5月10日になって突然、「シルビアが無事解放された。明日日曜にイタリアへ帰ってくる」というニュースが駆け巡り、Covidに打ちのめされる毎日を過ごしていた市民の間に、歓喜の声が湧き上がったわけです。18ヶ月もの長い誘拐に耐え、やっと自由の身となって解放されたシルビアは、ロックダウンが徐々に解除されつつあるイタリアの未来と重なり、人々の心に希望を蘇らせました。そしてなにより、誰もが歓喜に飢えていた時期でした。

市民はまったく知りませんでしたが、政府は去年の11月あたりから、シルビアを誘拐したソマリアのテログループ『アルシャバーブ』に、働きかけていたのだそうです。そして、最終的にイタリアの国際シークレットサービスAiseと『アルシャバーブ』の間を取りもったのは、意外にもトルコのシークレット・サービスだったということまで報道されています。

21世紀はアフリカの時代」と言われるように、豊かな資源が眠るアフリカ大陸には、フランスをはじめとする欧米各国だけではなく、中国、ロシアが割拠して凌ぎを削っていますが、オスマン帝国の再生を夢見るトルコもまた、リビア、ソマリアをはじめとするアフリカの国々にしっかりと食い込んでいたことが、シルビアの解放で 明らかになったという経緯です。

そのトルコは、教育分野をはじめ、ソマリアの各インフラの建設を支援。ソマリア国内には、アフリカ軍事基地をも確保しています。ソマリアには未開発の石油をはじめとする資源を含有する地層があり、エルドガンは、その100億バレルの石油をターゲットとしている、とも言われています。

トルコは内紛が収まらないリビアで、国際社会が正当と認めるトリポリのアル・サラージ政権ではなく、ロシアとともに、ハフタール将軍側を支援していますが、今回、テログループとイタリアのシークレット・サービスの仲介をした事実から、アフリカにおけるトルコの存在感がいっそう際立つことにもなりました。

さて、待ちに待った日曜がやってきて、ソマリアの伝統的なイスラムの衣装をふわり、と纏った彼女が、満面に笑みを浮かべて軍用機から降りてきた時は、幻のようにも思えて不思議な感動を覚えました。

ただシルビアが、コンテ首相、デ・マイオ外務大臣とともに待っていた家族のもとに駆け寄って、涙ながらの強い抱擁を交わしたときには「あれ? ソーシャルディスタンシングは?」とチラッと思い、もはや自分自身の身体には、他者とのフィジカルな距離感が叩き込まれているのだ、とハッと自覚した次第です。

 

自宅に戻ったシルビア。まだロックダウンが完全に緩められて近隣の人々は皆バルコニーに出て、彼女の帰還を大歓迎しました。アヴェニール紙より。

 

そしてこのとき、「わたしはイスラム教改宗しました。そうすることをわたし自身が望んだからです。脅かされたり、結婚を強要されたり、乱暴されたりしたことはありませんでした。家族に会えて、ただただ嬉しい!」という彼女の発言が、憎悪させたら右に出る者がいない、ネット上に生息するプロのヘイターたちの格好の標的になってしまったのです。

また、彼女は「ストックホルム症候群イスラム教に改宗したのではない」ということも明言しましたが、わたし自身は一神教の信者ではないため、キリスト教もイスラム教も、さらにはユダヤ教も同じ『神』を信仰しているのだから、いがみ合うこともなかろうと思いますし、成人した大人である彼女がイスラム教を信仰に選んだのだから、その『信仰の自由』を他人がとやかく言う権利はあるはずがない、と考えます。

なにより彼女が無事帰ってくるという奇跡を、今のイタリアに与えてくれたことはかけがえのないことだとも感じましたし、Covidの渦中にありながら、シルビアの解放に腐心してきた政府も、彼女の帰還がイタリアの今後の展望に繋がると考えたに違いありません。

にも関わらず、いままで「いますぐロックダウンを解除しろ!」と騒いでいたヘイターたちは、大挙して憎悪の矛先をシルビアに向け、彼女が『イスラム教に改宗した』こと、そして政府は否定したとしても、おそらく莫大な『身代金』が支払われたことに怒り狂って罵詈雑言を吐き散らし、SNSや主要メディアのネット・ニュースのコメント欄には、まるで魔女狩りのような言葉が並びました。あまりに大量の憎悪コメントが並び、コリエレ・デッラ・セーラ紙はアカウントそのものを一時停止にしなければならないほどでした。

しかし18ヶ月の監禁ののち、やっとテログループから解放された彼女が、イタリアに帰ったと思ったら、今度は憎悪テロに遭わなければならなくなるなんて、まったく理不尽な話です。極右系の新聞までが「政府はイスラム教徒を助けた』と、きわめて排斥主義的で下品なタイトルで報道し、現在に至るまでしつこく彼女を責め立て、蔑めるような記事を掲載し続けています。

今まで彼女の解放を訴えてきた教区司祭のもとにも、「イスラム教改宗を許すとはどういうことなんだ!」と嫌がらせや抗議の憎悪コメントが続いたそうですが、司祭はアイシャというイスラム名を披露したシルビアに深い理解を示し、「人間はそんなに簡単に割り切れるものではなく、事情はもっと複雑だ」と語っていました。

また、これがマテオ・サルヴィーニが政府にいなくなったイタリアの良いところでもありますが、政府関係者、主要各種メディアが総力を上げて、その執拗な憎悪コメントを駆逐。あまりにひどい罵詈雑言を並べたコメントを書いた輩をあぶり出すべく、検察が捜査に乗り出すことにもなりました。

さらにラ・レプッブリカ紙が、テログループのスポークスマンのインタビューに成功し、『身代金』が支払われたことは、ほぼ間違いないことが発覚しても、テレビ、新聞などの各メディアは、ヘイターたちに圧力をかけ続け、Tg7のアンカー、エンリコ・メンターナは「身代金は、プロの憎悪者たちのための教育費」とまでコメントしています。

しかしなぜ、シルビアがヘイターたちの常軌を逸した大量憎悪コメントの標的になったのか。それは単純に彼女がイスラム教に改宗し、解放のために『身代金』が支払われただけではなく、彼女が「女性」であり「勇敢」で「自由」、しかも「率直である」ことが理由だ、という分析がありました。そしてその分析には、わたしも全面的に賛成し、その内容に熟考すべき根本的問題が提起されている、と認識しますが、ここでは踏み込まずに同意するのみにしておきたい所存です。

その後も、排斥主義を媚薬としてを獲得してきた『同盟』議員や地方自治会の評議会委員が「プロパガンダに使える」と見て、議会やSNSでシルビアを侮辱するヘイトスピーチを繰り広げましたが、ただちに非難の嵐に巻き込まれ、謝らざるをえない状況に相成ったことは嬉しい限りです。

「飛行機から降りることが待ち遠しくて仕方なかった。わたしがどんな服を着ていようと、自分の人生に大切な人々を抱きしめて、その温度を確かめ、どれだけ彼らのことを愛しているかを感じたかったから。彼らとあなたたちがわたしの微笑みを見て、わたしと一緒に歓んでくれることを感じていた。だって、わたしは生きて、ここにいるから。彼らが(誘拐されている間)どれほどの痛みを感じていたとしても、神さまのおかげでここに立って、わたしの大切な人に再会できた事を幸せに思っています。わたしはあなたたちすべてを、いつでも抱きしめることができるから」

「わたしはいつも決して裏切ることのない自分の心に従ってきた。だから、わたしを侮辱する人々に怒らないで最悪の時は過ぎ去ったのだから。この時を一緒に楽しみましょう。あなたたちを、ヴァーチャルにだけど強く抱きしめています。そして早い時期に、本当に抱きしめることができるようになるのを祈っているわ」(抜粋、意訳)

これがシルビアが、SNS上で親しい友達だけに限定して投稿したメッセージでした。イタリアのイスラム教徒団体も「シルビアを誇りに思う」と絶賛する動画を投稿したところです。

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