Covid-19 との共存:ニューノーマルな毎日がはじまったイタリアの第2.2フェーズ

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若者たちはロックダウンの間、何を考えたのか

ローマ市があるラツィオ州を含む南部イタリアは、日に日に新しい感染者数が減少し、中央イタリアでも、ウンブリア州など、地域によってはゼロ感染が続く地域もあります。

しかしながら北部イタリア、特にロンバルディア州では、減少傾向にあるかと思えば、急に増加することもあり、いくぶん不安定な状況が続いているのが実状です。そしてロックダウンが事実上解除となった今、少しでも気を緩めれば、北部のみならず、他の地域でも再び感染が広がる可能性があることは、エキスパートたちから何度も念を押されています。

ただ最近の傾向として、新しく感染が確認されても、集中治療室に入院しなければならないほどの重症の方は少数にとどまっているため、「Sars-CoV-2が変異して、威力が弱まったのでは?」という希望的楽観説まで浮上しました。

そのせいもあってか、感染の安定化に成功しつつある、『同盟』のヴェネト州知事からは「こんなに早く威力が弱まるなんて、研究所で作られた人工ウイルスだからだ」とカジュアルな爆弾発言も飛び出し、物議を醸した、という経緯もありました。

もちろん多くの学者たちは「ウイルスの威力が弱まったという科学的証拠はまだ何ひとつない」とウイルス変異説を否定していますし、ISS(国家高等衛生機関)も「ウイルスそのものに変化はない」との見解は変えていません。

さらに、この奇想天外な人工ウイルス説は、といえば、そもそも大胆に拡散していた米国大統領及び国務長官も「やっぱり証拠がなかったみたい」と、いつの間にかうやむやに話を別の方向へとすり替えはじめていますから、ヴェネト州知事の不用意な発言は、せっかく築き上げた高評価を汚さないとも限らない失言です。

「ウイルスというものは、患者数減少すればその威力を弱めることは、まあ明白なことでしょう。感染がピークに達した4週間前に比べると、ウイルスの数は確実に減少しています。もしかしたら、毒性因子を失って威力を弱めたのかもしれませんが、科学的には何も証明されていないので明言はできません。しかし研究所で生まれた人工ウイルスだから、威力が急激に減少した、という説には、何の根拠もありませんよ。いずれにしても、これから 2、3年経つうちに、Sars-CoV-2も他のインフルエンザのように攻撃性を失い、症状が軽く終わるように変異することを願いたいところです」(感染症学者マテオ・バッセッティ/アンドロクロノス)

 

5月25日のデータでは、ボルツァーノ、ウンブリア、サルデーニャ(-2)、カラブリア、モリーゼ、バジリカータで新しい感染者がゼロとなっています。ロンバルディア州の減少がもう少し顕著であれば、さらに安心できるはずです。それでも先週に比べると大幅な減少ではあります。左から●州名 ●症状があり入院している患者数 ●集中治療室患者数、●自宅隔離患者数、●現在の陽性患者総数 ●回復者数 ●死亡者数 ●現在までの陽性患者数総計 ●総感染者増加数 ●PCR検査総数 ●PCR検査実数 Ministro della Saluteより。

 

治療に関するポジティブなニュースとしては、ロンバルディア州マントバのサン・マテオ・ディ・パヴィア病院の臨床実験で、Covid-19の免疫獲得した人のプラズマ(血漿)を使って、感染患者に治療を施すことで、致死率が15%から6%に減少したということでしょうか。また、今まで感染が確認された人のうち、13%から20%の人々が集中治療室を必要としていましたが、それが6%まで減少し、同時に集中治療室に入院する期間短くなったそうです。

この結果は、近々科学誌に正式に発表される予定らしく、感染がなかなか減少しないロンバルディア州は、今後の有望治療法として保健省とも合意の上、最も感染が拡大した地域、ベルガモ、ブレーシャ、ローディ、クレモーナで免疫を取得した人々にプラズマ提供の募集をすることにしています。

ところでちょっと話は逸れますが、ヴェネト州知事で思い出したのが、疫病のための隔離ーイタリア語:Quarantena(クアランテーナ) の言葉の由来です。

そもそもクアランテーナとは、ずばり「40日間」という意味で、1348年のペスト大流行の際、疫病を運んでくる船(乗組員)を、ヴェネチアの港に40日間滞留させたことがはじまりだそうです。

とはいえ、この40日という期間には何の科学的根拠もないうえ、その時代の医学ではペストがペスト菌で起こるとはまだ発見されていなかったため、薬といってもほぼ呪術の類ではありました。ただ、その理由がなぜか理解はできなくとも、「隔離すること=ロックダウン」が、「疫病ではどうやら最も効果を発揮するらしい」ということは、中世のヴェネチアで発見されたわけです

それから遥かな時が流れた、今回のロックダウン中のわれわれの自宅待機も「クアランテーナ」と呼ばれ、その方法が感染拡大を遅らせるために最も効果を発揮したわけですから、21世紀となれども、未知の疫病に対して人類ができることは、中世のヴェネチアとあまり変わりはなかったということです。

特筆しておきたいのは、はるか彼方の昔、クアランテーナを発明したヴェネチアを抱くヴェネト州が、今回のCovid-19対策でも犠牲を最小限に抑えるなど、最も効果的な封じ込めを進めていることでしょう。

ヴェネト州は、最近になって米国製のロボットをも購入。1日6時間10000件のPCR検査を可能にしています。さらにもう1台購入し、1日40000件の検査を目指しているのだそうです。

イタリアでは、Rt(ひとりの感染者が何人に感染させるかー実行再生産数)のより正確な数値を算出するためにも「抗体検査、PCR検査数が多いほど被害を最小限に抑えることができる」という共通認識があります。しかし検査数が各州でばらつきがあるため、イタリア全土の検査総数が約350万件でも、まだまだ足りないのが実情です。したがってヴェネト州のアグレッシブな感染対策モデルは賛辞の的ともなり、フィナンシャル・タイムズ紙など外国メディアでもたびたび報道されています。

さて、クアランテーナー40日間とは言いながら、われわれは結局65日間の自宅待機を過ごしたわけですが、事態にあたふたはしながらも、「世俗にまみれた」われわれ大人たちの魂が、根本から劇的に変化するようなことは、あまり期待できないかもしれません。

しかしながら、わたしが最も興味を抱いているのは、抑え難いリビドーに翻弄される若者たちの、いまだ柔軟で鋭く、危うい感性を孕む魂に、緊張と恐怖と痛みに満ちたこの65日間がどのような変化を及ぼしたか、ということでした。

ある朝突然、ボランティアをはじめたという10代らしき若者たちが「なにか手伝うことはありませんか」と一軒ずつ、見知らぬお宅を訪ねているのに遭遇し、多少驚いたこともあり、彼らはいったいどんな気持ちでいるのだろう、と分かる範囲でリサーチしてみたい、と考えました。事態がもう少し落ち着いたら、実際に若者たちを訪ねてインタビューしたいとも考えています。

 

こんなにガラーンとしたナヴォーナ広場を見たことがありませんでした。噴水の爽やかな水音は広場中に満ちていたのだ、という事実にもはじめて気がつきました。世界でも有数の美しい広場と言われていますが、いつ行っても、人、人、人で大混雑していたため、落ち着いてベルニーニの四大河の噴水を鑑賞することもできず、「それほどすごい広場かな」などと思っていましたが、今、改めて散策すると、その荘厳さに圧倒されます。ここもサイクリングコースと化して、若者たちが行ったり来たりしていました。

 

以下、MTV、コリエレ・デッラ・セーラ紙が30歳以下の若者たちを対象にリサーチした結果をもとに、彼らの変化を追ってみます。

さて、このクアランテーナの間、74%もの若者たちが、まず最初に感じたのは「人間の脆弱性」というものだったそうです。

このまますみやかにCovid-19が収束し、「以前と同じように友達と一緒に繰り出せるような生活に戻れる」と感じていたのは、わずか36%にしか過ぎませんから、彼らもまた、大人たち同様に事態をかなり重く受け止めていたことが分かります。また、ほとんどの若者たちが「よりよい世界のために、真剣に未来を考えたい」とも答えていました。

リサーチを読みながら、ちょっと意外に思ったのは、彼らがクアランテーナの間、フェイクニュースが飛び交うSNSの使用をドラスティックに減らし、「テレビやトークショー、オンラインの新聞で情報を得るようになった」と答えたことでしょうか。「本を読むようなった」と答えた若者は34%となっています。

さらにほとんどの若者たちが、政府が今回施行した自宅待機などの政策を、「自らの自由を犠牲にすることは『公共利益』のためにやむをえない」と捉え、特に北部イタリアの96%の若者たちが、「政府の政策を支持する」という結果が出ています。

ソーシャルディスタンシングには77%が賛同。そのうち39%が「よりよい未来を構築するプロジェクトを考えるために貴重な経験になる」とも答えました。

自宅待機中、彼らが最も信頼できると感じたのは「ISS(国家高等衛生期間)とともに毎日データを公表分析し、メディアの質問に答えた国家市民保護局(Protezione Civile)だった」と答え、なんと82%の若者が、国家市民保護局への強い信頼を表明しています。

これはわたしもそうだったのですが、1日7000人もの感染者が確認され、800人もの方が犠牲となる日々が続いて恐怖に打ちのめされていた時期、きわめて冷静で科学的な分析とともにデータ、情報をすべからく公開し、危機に陥っている医療機関の状況をも包み隠すことなく報告。ボランティアの募集やその結果、集中治療室の拡充の過程など、具体的な現状に加え、医療関係者たちへの深い感謝と敬意を必ず表明する、毎日18時に開かれる国家市民保護局のプレス心の支えでもありました。

そしてこの、すべての情報を市民と共有するという当局の姿勢のせいか、66%の若者たちが、以前より国家機構を信頼できるようになったと考えています。

また、公共医療機関に寄付を惜しまず、マスクや防御服、人工呼吸器などの医療器具を大量に提供した民間の大手グローバルブランド(フェラーリ、グッチ、トッズ、プラダ、アルマーニなどなど数えはじめればキリがありませんが)をはじめとする大中小企業には、79%の若者が強い共感を感じたそうです。

ということは、イタリアのグローバルブランドをはじめとする大中小企業は、公共に貢献して、未来の顧客の心を掴んだということでもあり、莫大な費用をかけた広告を打つよりもはるかに有効イメージ・アップになったということでしょう。

Covid-19情報に関しては、27%メインストリームの主要メディアを信頼しており、31%の若者が緊急事態以前よりもメディアを信頼できるようになったと答えています。一方、政治政党に関しては全く興味がなく、たったの19%しか信頼を寄せていないことが判明しました。

なお、これは大人への世論調査でも明らかになっているのですが、たとえば欧州連合など国の枠組みを超えた政治共同体への信頼を、若者たちが失ったという事実は気になることでした。緊急事態以前の調査では、確か70~80%ほどを占めていた欧州連合への期待が大きく減少し、53%となっています。大人にいたってはさらにひどく、30%程度が信頼を表明したに過ぎませんでした。

これはおそらく、イタリアだけが巨大感染地であった初期の頃、海外メディアが総出で「イタリア、医療崩壊!」と、まるで鬼の首をとったかのように騒ぐだけで、欧州連合をはじめとする欧州各国及び、諸外国がまったくイタリアを顧みず、中国ロシア、キューバ、アルバニア以外の国が、手を差し伸べてくれない時期があったからだと思います。

しかしながら、欧州連合と欧州中央銀行、さらに欧州各国がイタリアへの確実な支援を表明した現在は、この数字がいくぶん変わる可能性があるのかもしれません。

また、9月に新年を迎える休校中の学校に関しては、97%テストの実施を希望(!)。70%が口頭のみの試験を望むという結果となりました。進級の問題があるため、若者たちは意外と堅実に未来を見据えているようです。ともあれ、ロックダウンの初動から懸念となっていた高校の卒業資格試験は、1日の人数を限定しながらの口頭のみの試験実施が決定されたところです。

最も興味深い結果となったのは、若者たちは将来の経済が困難に陥るだろうことを予想し、これから最も大切なのは、国レベルにおけるコミュニティの協調だと考えていることでしょうか。

さらに86、7%の若者が、今後の社会生活において科学の役割が中核をなすと考えており、公共医療の重要性にも注目。「何はさておき、まず1番に投資すべき」と答えています。また74%が今後の仕事、学校、研究機関はデジタル化を進めるべきだ、とも考えています。そしてなにより頼もしいのが、この緊急事態下に実際ボランティアをはじめた若者たちが、22%も存在しているという事実です。

イタリアで最も感染被害が集中した、ロンバルディア州のベルガモの若者たちからは、エコロジーを重視したグリーン経済への移行を希望する声が大きく上がり、55%以上がイタリア共和国憲法32条に記されている公共財産として、今後の医療施設の拡充を期待しているそうです。

Covid-19以前から80%の若者たちが支持していた『環境問題の解決』に関しては、「感染の拡大が人間の生産活動と環境問題の関連性を再考させるきっかけとなった。人間の生産活動がもたらす環境破壊が、気候変動や新しい病気の発生に関係している」とも考えるようになっています(ベルガモ・ニュース)。

5月4日に第2フェーズがはじまってロックダウンが緩んだ途端、ミラノのモヴィーダ地区として有名なナヴィーリのアペリティフタイムに、若者たちが群れをなして集まり、州知事、ミラノ市知事が「これでは再び感染が拡大する。何を考えているんだ。恥をしれ」と怒りの声明を出しました。

それにも関わらず、モヴィーダ現象はイタリア全国で現在も続いているため、「若者たちは大丈夫なのか。だいたい現状を把握しているのだろうか」と心配もしましたが、いくつかのアンケートをリサーチする限り、若者たちは意外と手堅く未来を見据えているようなので、安心した次第です。

Covid-19は、次の時代の主人公である彼らの魂に深い傷を残しながらも、今までの社会を構築してきた共通価値観再考させ、未来の展望を思い巡らすひとつの指針となっているのだと思います。もちろん、今後の状況の動きによって、その考えは徐々に変化していくのでしょうが、わたしたち大人よりは彼らのほうが、この経験をはるかに上手に生かすのではないか、と期待したいところです。

ところでわたしはまだ読んでいないのですが、現在イタリアでは、環境とウイルス発生の関連を詳細に論じたDevid Quammenの「スピルオーバー:Spillover」という本がベストセラーになっていて、若者たちもさっそく読みはじめているようです。

 

ほとんど人がいないおおらかなナヴォーナ広場は、子供の自転車練習場としても機能していました。

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