未知のウイルスという、自然災害
ところで、第1感染者が発覚した21日の朝、たまたまエレベーターで一緒になった知り合いの女性が「疫病はテロよ。民主主義を滅ぼし、表現を滅ぼそうとするのよ!」と憤っていましたが、彼女が言う通り、2週間の間に、はじめは北部イタリアから、やがて全国へとその動きは波及し、美術館のみならず、劇場や映画館にまで制限がかけられるようになりました。
ミラノのファッションウィークでは、アルマーニなどの大御所が会場に観客を入れないビデオショーを開催していますし、サッカーも無観客、政治デモやフラッシュ・モブも、コングレスもミーティングも取りやめを要請され、なるほど、民主主義社会における『自由』の最大の敵は他でもない、疫病だったのだ、と衝撃を受けた次第です。
視点を変えれば、疫病こそが経済的自由主義、グローバリズムの最大の敵、と言えるのかもしれませんし、ウイルスこそが、目には見えない真のディクタトールと言えるのかもしれません。
しかしながら、たったの1週間程でイタリアの人々はうずうずしはじめたようで、18時で閉店義務を課せられたミラノのバールは2月27日から、カウンターではなくテーブルでの接客であれば、18時以降も可能となり(3月8日から、やはり18時までの営業となりました)美術館や商店の早期再開が議論された時期がありました。今のところローマは、バールやレストランも通常通りの開店ですが、中を覗くとやはりガランとはしています。
さらに16人の感染者(入院患者5人、隔離11人)を出したシチリアは「恐怖に打ち勝つには文化しかない」、と3月1日の日曜日、人と人との間に距離を置くことを条件に、すべての美術館を無料で市民に開放。いくつかの野外イベントも行っています。
そこでフィレンツェも同様に、美術館の無料解放を計画していましたが、その楽観的な見通しに「甘すぎる!感染を広げるのか」と批判を浴びることになってしまいました。3月4日に市民社会の緊急ルールが発表された今となっては、疫病に打ち勝つまで、しばらくの間は文化セクターにも我慢が強いられます。そして今はそうすることが必要な時です(3月8日にはすべての文化施設、美術館は休館となりました)
いずれにしても、今回のイタリア政府、そしてタスクフォースの迅速な対応には、目を見張ったことだけは強調しておきたいと思います。国、地方自治体をあげての大がかりな検査で、面子や評判を気にして隠し立てすることなく、誠実に速報する国と地方自治体の姿勢は、信頼できるとも感じました。
パニックを恐れて、真実を隠すことが市民を守ることではなく、真実を市民とともに共有することで、この緊急時を乗り越えよう、知れば知るほど恐怖はやわらぐはずだ、という姿勢がヒシヒシと伝わってもきます。ラ・レプッブリカ紙など主要各紙が、21日から今まで、すべての動きを時間ごとに速報してくれるのも、ありがたいことです。
初動に限っては(というのも時間が経つにつれ、やっぱり揉め事が表出するので)、いつもは揉めてばかりいる連立政府もたちまちのうちに団結。極右政党『同盟』のマテオ・サルヴィーニ以外の野党党首、常に参戦体勢の『イタリアの同胞』ジョルジャ・メローニも、『フォルツァ・イタリア』シルビオ・ベルルスコーニも、ジュゼッペ・コンテ首相の呼びかけに即座に応じ、協力の意志を示したことには、少しだけ好感を持ちました。
今回、政府と感染地域を抱く各州がとった、この『ミニ武漢モデル』というドラスティックな対応が、果たして機能するのか、妥当だったのか、今はまだ感染者数が恐ろしいように増えるだけで、何の結果も出ていないため、まったく判断できません。少なくとも今後しばらくの間(わたし自身が感染しなければ、の話ですが)は様子を見る必要があります。
なお、3月2日にはISS (Istituto Superiore di Sanitaー国家高等衛生機関)の幹部が、レッド・ゾーン封鎖の背景には感染のエキスパートたちの判断があり、その効果が分かるには、あと1週間ほどかかるだろうと発言しましたが、他のエキスパートによると、2週間、あるいは3月いっぱいという声も上がっています。
また、集中治療室の重篤な患者の治療をよく知るミラノ大学の感染症学者マッシモ・ガッリは「Covid-19はまったく未知の感染症で、絶対に軽く考えてはならない。復活祭(2020年は4月12日)までに状況が改善しなければ、事態はいよいよ深刻になる」とも語りました。
潜伏期間が長いうえ、若い世代では症状が軽い、あるいはまったく出ない場合も多く、気づかないうちに感染が広がって、多くのお年寄りや重い病気を患っている人々を直撃しています。新型コロナウイルスのそのような性格から、社会で最も弱く、守られるべき人々を全力で保護するため、そして医療システムを守るため、政府から数々の緊急ルールが要請されたわけです。
また、これが一番深刻な問題なのですが、すでに北部のいくつかの街の医療機関で、医師、看護師など医療従事者の数、そして集中治療室、ベッドの数が限界に達しそうで、SOSが叫ばれはじめた時期がありました。
感染者の約10%が集中治療室での治療を必要とするのだそうですが、感染のスピードが極めて早いため、一気に広がって感染者の数が膨大になれば、10%の重症の方の数も増え、医療システムが機能不全に陥る可能性もある。
直近のSOSには保健相ロベルト・スペランツァが早急に、他の病院と医療機関の役割分担の変更措置を進めたことはコンテ首相が述べた通りですが、このウイルスはまるで意志があるかのように、さりげなく素早く侵入し、医療システムに攻撃を仕かけてきます。
極右政党『同盟』地盤のロンバルディア州、ヴェネト州知事は、たまにはコンテ首相、保健省と派手ないざこざを起こしながらも、とりあえずは誠実に(時々は意味不明でも)対応しています。『同盟』は、欧州懐疑主義、分離主義、排外主義を旨とし、声高に『地方自治』を目指していますが、もし政府の存在、欧州の支援がなければ、今後もこの緊急事に対応することはできないはずです。
▶︎なぜ、イタリアにこれほど感染が広がったのか