その日が来ることを、誰も予期していなかったと思います。もちろん毎日、世界中の新型コロナウイルス関連のニュースは流れていましたが、イタリアは安全圏にある、と信じて疑わなかった。前の日まで、司法改正法案を巡って連立政府内に対立が起こり、もはや日常と化した『政権崩壊危機』が連日報道されていたところでした。それが2月21日の朝突然、「昨夜、ロンバルディア州のコドーニョ市で、38歳の新型肺炎患者が見つかったというニュースが駆け巡ったかと思うと、その後とどまることなく感染者が増え続け、たった2週間で、イタリアの日常はガラリと変わってしまいました(写真は再開したミラノ、ドゥオモ大聖堂)。
イタリア市民社会の緊急ルール
3月4日、現在進行中のイタリアの新型コロナウイルス急拡大に際し、ジュゼッペ・コンテ首相は、ウイルスの感染速度を遅らせる、あるいは封じ込めるための市民社会の緊急ルールを発表。イタリア全国の大学、学校を3月15日(3月8日、休校の期間は4月3日までに延長されました)まで休校にすることを決断しました。
頻繁に丁寧に手を洗う、顔や目を触らない、咳エチケットなど一般的なウイルス感染防止対策に新しく加えられたイタリアの緊急ルールは、
●高齢者はできる限り自宅で過ごす。●挨拶のハグやキス、握手をしない。●人との間に、常に1メートル以上の距離をとる ●人混みに出かけない。●スポーツ競技はすべて無観客にする。●熱があるときは、新型コロナの感染 が疑われない場合も家で待機。●高齢者の方やリスクの高い方々への最大限のリスペクト。
など、シンプルな内容ですが、それぞれの市民が自らの行動に責任を持つことが、感染のスピードを遅らせるために効果を発揮すると期待されます。同時に、コングレス、ミーティング、集会などの中止、映画館、劇場の開場制限をも要請されました。
バールでのおしゃべりが大好きで、高齢者も活動的、集会に集まってはハグで共感、とフィジカルなコミュニケーションを得意とする社交的なイタリア人にとっては、慣れないよそよそしさが少し辛い時間になりそうですが、このままのスピードで感染が広がると、いよいよ深刻な事態に陥ることになります。医師、看護師、集中治療室が不足して医療の現場が立ち行かなくなる可能性すらある。
それほどこのウイルスの感染力が速く、海綿に水が染み込むように拡大することは、ここ2週間のイタリアの感染者の増加を見れば、一目瞭然です。
なお、休校に関しては、未成年の子供を持つ両親がふたりとも働いている場合、ベビーシッターのためのバウチャーが支給されることになりました。また、教員の方々を含め、医療の現場で働く人々(経済危機以降、医療・福祉予算の大幅削減が続き、医師、看護師の人数が不足。長時間労働が強いられています)の保障を求め、CIGL (労働組合)が政府に強く働きかけはじめたところです(3月6日に、医療関係者2万人の新たな雇用が発表されています)
イタリアはそういうわけで、ほぼ2週間、新型コロナ緊急事態が続いていますが、3月4日にジュゼッペ・コンテ首相のSNSアカウントに投稿されたビデオスピーチは、概ね共感を持って市民に受け入れられました。
以下、首相が国民に向かって訴えた内容を抜粋、意訳します。
「われわれは1月からドラスティックな対策をとってきましたが、それは単純に市民の健康を守るため、感染を広げないための方針でした。われわれは常に科学技術委員会を基盤に対策を講じ、不信や陰謀説に陥らないよう、透明性のある、真実を(共有する)方針を選んできたのです」
「真実は、(ウイルスに対する)最も強力な抗体。そして透明性が、まず最初のワクチンです」「感染した人のほとんどは症状が軽くて済みますが、あるパーセンテージの人々は集中治療室での治療の継続、介護を必要とします。もちろん感染数が少なければ、重症の人々をケアするための集中治療室の確保に問題はありません。しかし感染が急激に拡大し、重症の人が増えれば、必要なベッド数、医療関係者に問題が生じます。これはイタリアだけでなく、どの国でも同じだと思います」
「そのためにスペランツァ保健相は、集中治療室を50%、準集中治療室を100%増やしましたが、短期間に増やし続けることは不可能だと認識しています。したがって感染数を少なくするというというのが目標です。われわれは自分たちの行動に責任を持たなければなりません」
「この緊急時が終わりを告げ、過去を振り返ったとき、勇気と決意を持ち、前を向いて、国全体でこの緊急時に立ち向かったこと、(ウイルス感染で打撃を受けるであろう)最もデリケートな人々のために、自らを諦めることを厭わなかった女性たち、男性たちを誇りに思うでしょう」
スピーチの途中、首相は「イタリア経済は、ウイルス緊急時以前からセラピーが必要でした。特別な状況には、特別な予算組を必要とします。欧州は、われわれの努力を支えるべきです。われわれの家族、企業を支えるため、欧州連合に流動的な予算の必要性を認めるよう求めます」と、欧州連合からの支援への期待も表明しています。
次の朝の政治トーク番組では、イタリア全国の学校一斉休校に、「他の地域にもクラスターが発生している可能性があるから休校にするのではないか」と緊急事態のさらなる悪化を疑う声や「この緊急事態を収拾させ、イタリアは一刻も早く経済活動を再開しなければならない。政府の方針を信頼するしかない」、さらには「リーダーシップを演出しているのではないか」という、うがった意見もありました。
しかしながら、必要以上に怖がることはなくとも、感染者数が急激に増加した現在、「感染しない、感染させない」という強い自覚を持ち、市民ひとりひとりが行動に注意を払わなければならない局面を、イタリアが迎えているのは事実です。
3月5日の夕方にはセルジォ・マッタレッラ大統領も次のような内容(抜粋・意訳)のビデオスピーチを発表しました。
「イタリアは特別に重要な局面を迎えており、個々の責任を問われています。しかし不安にかられ、感情的になるのは逆効果です。イタリアは近代国家であり、優秀な国家医療システムが効果を発揮しています。この困難な時期を乗り越え、医療に携わっている人々の力になりましょう。昨日政府から発表されたルールは、感染を広げないために科学者たち、エキスパートたちから助言されたものです。ひとつひとつを注意深く観察してください。軽率な行動を控え、警告主義に陥らず、わたしたちのキャパシティを信頼しなければなりません。イタリアを信頼しましょう」
また同日、ジュゼッペ・コンテ首相とロベルト・グゥアルティエリ経済・金融大臣がプレスを開き、家族、企業支援として75億ユーロ(約9000億円、3月11日には250億ユーロ=約3兆円拠出が決定)を拠出することが発表されました。当初発表された36億ユーロの2倍以上の額が提示されたということは、欧州連合とも、ある程度の合意が形成されつつあるのかもしれません。
追記)3月8日の未明、正確にいうと、午前3時22分、ジュゼッペ・コンテ首相より、北部イタリア、ロンバルディア州全体、及び近隣のピエモンテ州、エミリア・ロマーニャ州、ヴェネト州14県(要注意地域)の事実上のロックダウンを含む、緊急事態における全国緊急行動規定が発令され、プレスが行われました。内容は、この投稿の末尾に記載します。新しい規定により、イタリア全国でのイベントの禁止、文化施設、美術館、映画館、劇場の休館など詳細が法令化されました。また、今後の動きも、投稿末尾に随時追記していく予定です。
▶︎突然の不条理