2019欧州選挙と、窮地に陥ったローマの巨大占拠スペースSpin Time Labsを救ったヴァチカン

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「神は存在する!」訪れた枢機卿が自らの手で点した灯

交渉を続けてもなかなか解決策は見つからず(電気供給会社が、いったんはブロックを解除する、と約束したにも関わらず)水も電気もないまま時間だけが過ぎ、占拠者たちは「このままどうなってしまうのだろうか」と焦燥を隠せない様子でした。心配で時々様子を見に行くと、館内は静まり返り、占拠者であるお年寄りが、通りに並べた椅子に座って、過ぎ行く車をぼんやりと見ているという光景に出会い、わたしもとぼとぼと力なく家路につく、という具合でもありました。

ところが1週間めを迎えた朝、「昨夜、電気が戻って、館内に灯が点ったよ!事情は総会で説明します。みなさん、ありがとう」という、Spin TimeのSNS投稿を見つけた。突然の解決に「よかった!」と胸を撫でおろすや否や、ラ・レプッブリカ紙、コリエレ・デッラ・セーラ紙という主要各紙の『Spin Time に灯を点したのは、フランチェスコ教皇が信頼する施物分配司祭( elemosiniere)、コンラッド・クライェウスキー枢機卿!」との報道が、次々と流れてきた。「枢機卿? 教皇の片腕? ヴァチカンが占拠スペースの手助けをするなんて前代未聞。これは大ニュース」とばかりに蜂の巣を突いたような騒ぎになりました。

その日の夕方のTVニュースには、見慣れたSpin Time Labsの建物が映し出され、まるで現代のおとぎ話のように、事の次第がセンセーショナルに報じられた。ジャーナリストたちが責任者をはじめ、占拠者たちや修道女の方にインタビューをし、現状を報道したことで、Spin Time Labsは一気にイタリア全国に知れ渡ることになりました。

しかしいったい何が起こったのでしょうか。そういえば、カトリックの宗教者たちも多く出入りするSpin Time Labsは、かつてフランチェスコ教皇に手紙を送り、教皇から激励の返事を受け取ったことがありました。さらに前政権が可決した法律に反対して、皆でハンストを敢行したときには、教皇から祝福を受けています。

電力が切断された時から、酸素吸入器などの医療器具がまったく使えなくなり、スペースに暮らす病気の人々の逼迫した状況を知らせるため、占拠スペースに暮らす修道女の方が枢機卿に連絡を取ったのだそうです。すると枢機卿が自ら(もちろん普通の僧侶の姿で)Spin Timeを訪れ、スペースの窮状を確認するや否や、「電気のカウンターはどこにあるの?」と尋ねられた。責任者がエントランスの近くにあるマンホールを指差し「この中です」、と答えると、枢機卿自らマンホールをこじ開け、修理工とともに中に入って(!)、ブロックされていた電気カウンターを再接続。その途端に灯が点り、17000㎡の巨大スペース中に歓喜の叫び声が響き渡った。

その場に居合わせた、『夜の非合法オーケストラ』の指揮者である、音楽界の鬼才と名高いエンリコ・メロッツィは、コリエレ・デッラ・セーラ紙のインタビューに、こう答えています。「神は存在する。今日僕はそれを個人的に知ることになった。この目で見たんだよ。それは言葉にできないような出来事だった」

「僕がSpin Timeにいた時に、枢機卿がやってきたんだ。マンホールに入って、灯を取り戻すなんて、まったく信じられなかった。天使の仕事に立ち会ったようだったよ。この感覚は、そう簡単に忘れることはできないね。僕はパワーのある人物に会うことに慣れていないから。つまり、それは現実に、その手にパワーを持っている、という意味なんだけれど。彼は、占拠者たちのために、たくさんの施しを持って車でやってきて、それを荷台から降ろした後、電力カウンターの場所を尋ねたんだ。ほとんど、『苦しい』と言いたくなるような特殊な出来事だった」

また、占拠者のひとりが「エミネンツァ(高位の宗教者に使う呼称)、やってらっしゃることは不法ですよ」と冗談を言うと、クライェウスキー枢機卿は「君たちは5年間も不法滞在しているじゃないか」と微笑んだのだそうです。しかし、まるでこんな作り話のようなことが実際に、しかも、きわめて現実的なSpin Time Labsで起こるなどとは、まったく予想していませんでした。

ヴァチカンの名のもとに訪れた枢機卿のこの行動を、当然フランチェスコ教皇は容認していて、ジャーナリストに枢機卿のことを質問されると、「彼はちょっとデアボリック(悪魔的)なんです」と微笑みながら答えています。

翌日、Spin Time Labsで開かれた公開総会及び記者会見に、ちらっと出かけてみると、まるでスーパースターの取材のように、多くの報道陣が集合。カメラ機材とマイクとコンピューターを抱え、携帯電話を手にしたジャーナリストたちで1階の広々としたエントランスは歩く隙間もないほどで、館内のあちらこちらでは占拠者のインタビューが繰り広げられていました。何人ものカメラマンたちが中庭で遊ぶ子供たちを激写するのを横目で見ながら、館内を歩き廻ると、1週間の恐怖を通り抜けた占拠者たちが、生き生きと楽しそうに行き交っていた。

 

大変な数のジャーナリストが集まった、Spin Timeの記者会見の様子。人が多くて中には入るのもひと苦労でした。

 

そして、この温かく、人間味溢れる光景が、マテオ・サルヴィーニ内務大臣の癪に触ったわけです。大臣はヴァチカンを名指しで批判。「ヴァチカンが違法をサポートするとは、ゆゆしき兆候」「イタリアには、電気代を払えないほど困窮した人々が他にもたくさんいるが、彼らは建造物を占拠もせずに、電気代もなんとか必死で払っている。これからイタリア人はヴァチカンに(電気代を)払ってもらえばいい」などと捨て台詞を吐いて、ここぞとばかりにフランチェスコ教皇を攻撃しています。

コンラッド・クライェウスキー枢機卿とは誰なのか

主要メディアによると、クライェウスキー枢機卿はポーランド出身。221人の枢機卿の中で2番目に若く、2018年にフランチェスコ教皇に枢機卿に任命されています。施物分配司祭である枢機卿は、毎日自らバンに乗り込んで、路上生活者のための食べ物や、貧困に喘ぐ人々へ物資を配っているのだそうです。

枢機卿は、施物を分配する際、自らの高位を決して明かすことなく、人々は薄々「ひょっとすると神父は枢機卿かもしれない」と思いつつも、「エミネンツァ」とは呼びかけないようにしているといいます。そのことに関して「自分をエミネンツァと呼ぶ人には、罰金として5ユーロ払ってもらうという決まりがあるんです」と枢機卿は笑って答えていました。

そういうわけで、いつの頃からか枢機卿は『コラード神父』と呼ばれるようになり、「本当に彼は枢機卿なのか」と人々から疑われるほど、今日は難民キャンプに物資を届け、明日はロムの人々に物資を届け、その間にミサを執り行うという多忙な毎日を送っていらっしゃるそうです。

また、一時期話題になった、サン・ピエトロ広場周辺の路上生活者に毛布やお金、温かい食事など、彼らが必要とするものを施し、シャワーや医療を提供しているのもクライェウスキー枢機卿でした。さらに路上生活者と教皇の昼食会をも企画。「人はパンのみで生きるのではない」と、彼らのシスティーナ礼拝堂ツアーにも同行しています。実際、現在のイタリアで最もレフトな活動をしているのはヴァチカン、という説まであるくらいです。

コリエレ・デッラ・セーラ紙が、枢機卿のインタビューに成功していますが、「サルヴィーニが滞納となっているSpin Timeの電気代、30万ユーロを全部払え、と言っているが」という質問には「電気のカウンターを作動させた時から使われた電気はわたしが払います。何の問題もありません。何なら彼(サルヴィーニ)の電気代も払ってあげます」と微笑んだあと、「このことが政治的な方向に動いていくことを、わたしは望んでいません。わたしは施物分配司祭で、貧困で窮状にある子供たち、家族を助けることが仕事なんです。そしてようやく電気と温かい水が彼らの生活に戻ってきました」と答えています。

『コラード神父』は、さらに「サンタ・クローチェ・イン・ジェルサレム通りの占拠スペースについては、すべての責任を負います。それについてはあまり多くを説明する必要はないと思います。ローマでブラックアウトが起こった時のことを覚えているでしょう?たった数時間でも、悲劇的だったのに、6日間も電気が来ないことを想像してください。あの建物には約500人の人々、100人余りの子供が暮らしているんですよ」とも語っている。施物分配司祭として、Spin Timeのことは以前から知っていて、ヴァチカンから救急車や医者、食料を配布していたのも、枢機卿だったのだそうです。

このエピソードは、国内主要メディアで連日報道され、さまざまな議論を巻き起こした他、ガーディアン紙、ザ・タイムス紙、など海外メディアも、相次いで報道しています。

 

The Times紙の記事。占拠者を巡ってサルヴィーニ内務大臣と教皇の口論、という政治的なタイトルだった。

エピソードを政治利用するサルヴィーニ内務大臣

Spin Timeに灯が戻ってからというもの、欧州選挙戦のプロパガンダに使える、と判断したのか、サルヴィーニ内務大臣は、フランチェスコ教皇への戦闘的な態度を表舞台で示すようになりました。前述した欧州議会選挙の直前に行われた『同盟』、フランス『国民前線』など極右政党が集結した、ミラノのドゥオモ広場で開かれた集会で、サルヴィーニ大臣はポケットからロザリオを取り出して口づける、というなんとも前時代的なパフォーマンスを演じたのも、この一件が起きてからです。さらにフランチェスコ教皇の「地中海を命がけで渡ってくる難民の人々のために港を開くべき」という教皇の主張を真っ向から否定。「絶対に港は開かない」と幾度となく強調している。

この、欧州選挙戦を前に突然はじまった、サルヴィーニ内務大臣のロザリオ絡みのパフォーマンスにはカトリック教会だけではなく、メディアも市民たちも呆気にとられ、教皇秘書官が「政治の場で、個人的に神に祈祷することは非常に危険なこと。政治政党は分裂して存在するものだが、神は唯一の存在だ」とただちに表明する展開となりました。いずれにしても、このサルヴィーニ内務大臣のパフォーマンスは、教皇を批判することにより、自分の立ち位置を格上げし、「教皇と対等にある自分」として権威づけるアピールでもある。フランチェスコ教皇に、(相手にされない)喧嘩を仕かけ、政治利用しているのはサルヴィーニ内務大臣に他なりません。

さて、灯が点ったSpin Time Labsでは、2晩続けて地域の人々を招き、占拠する人々が腕を振るった料理をふるまう夕食会が開かれました。1日目はおそらく満員だろうと、2日目の遅い時間に行きましたが、それでも大変な人出でした。Spin Offのメンバーがアウディトリウムで企画した音楽と演劇の夕べも、いずれも満席という大盛況でした。しかし問題はこれで解決したわけではなく、今後、彼らは複雑な法律問題や所有者や電力供給会社との交渉など、ひとつひとつ解決していかなければならないことが山積みとなっている。彼らは、「ここに実際に来て、現実を知って欲しい」とサルヴィーニを招待してもいます。

 

地域の人々を招いてのオープン・デーで事の次第を説明する、ターザンことアンドレア・アルツェッタ。

 

政権が大きく揺れ動き、攻撃と憎悪がエスカレートするイタリアで、フランチェスコ教皇が希望の灯をプレゼントしてくれたのかもしれません。政権の内紛や、終わらないいがみあい、欧州連合との対立で、今後のイタリアがどうなるのか、まったく未来は見えませんが、イタリアが一気にファッショ(束)化することは、今のところはなさそうです。

 

※La7のトークショー番組から。枢機卿はスーパーヒーローだと喜ぶ人々。

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