2019欧州選挙と、窮地に陥ったローマの巨大占拠スペースSpin Time Labsを救ったヴァチカン

Deep Roma Musica Occupazione Quartiere Teatro

Spin Time Labsに突然訪れた危機

さて、政況は要観察としたまま、ここからようやく本題に入ることにします。

4年前にしばらく通い、占拠をオーガナイズする人物たちに話を伺った時から、あれよあれよという間に、エスニック地区の社会問題の解決を目指す複数のグループの核として、また演劇、音楽など、質の高いカウンターカルチャーの、ローマにおける重要なベースのひとつとして、「閉ざされた占拠」から「開かれた占拠」へと飛躍を遂げつつあったSpin Time Labs

 

 

後述しますが、欧州選挙後のイタリアの政況と『占拠』という政治アクションには一見、何の繋がりもないように見えますが、サルヴィーニ内務大臣が、ヴァチカンの改革を進めるフランチェスコ教皇への対立姿勢をことさらにアピールして、教皇を政治利用しようとしていることが、今回の一件をきっかけにいよいよ顕著になった、とまずここに記しておきたいと思います。いずれにしても内務大臣が、反教皇派である『世界家族会議』の、イタリアにおけるスポークスマンであることは、もはや疑いようがありません。

福音があるところには、革命があります。福音は静止したままの状況を良しとせず、われわれを駆り立てるのです。そしてそれが革命なのです」特にマタイによる福音書は、戦略的に『わたしたちの父』の言葉を提示しています。山中での談話の中心(マタイによる福音書、第5章)は、貧しき人々、柔和な人々、憐れみ深い人々、心慎ましい人々は幸いである、ということです。そしてこれこそが福音の革命なのです」(フランチェスコ教皇、1月2日のヴァチカンでの一般謁見にて/ラ・レプッブリカ紙)

※教皇のこの言葉は、ヴァチカンが、キリストを描いた映画の中で、最も優れていると認めた、ピエールパオロ・パソリーニの『奇跡の丘ーマタイによる福音書』をも彷彿とします。

450人もの人々が占拠する、そのSpin Time Labsの電力が突然切断され、水も供給できない、という窮地に陥ったのは、5月6日の早朝のことでした。98人の子供たちや老人、そして病気を抱えた人々も多く暮らしていたその巨大スペースは、当然混乱に陥り、緊張に包まれた。

思い起こすに、マテオ・サルヴィーニが内務大臣に就任してからというもの、前述の「難民受け入れモデル」として世界に名を轟かせたリアーチェ市の解体、また、長年に渡り、法律家、医療関係のボランティアとともに、ローマを通過する難民の人々を支援してきたバオバブ・エクスペリエンスが運営してきた難民キャンプをはじめ、ロムの人々のキャンプ、難民の人々が暮らすバラックの集落を、機動隊を大量動員してブルドーザーで徹底的に破壊。彼特有のプロパガンダでもある暴力的な強制退去が続いていました。

さらに『サルヴィーニ法』と呼ばれる、国家安全保障が国会を通過してからというもの、その矛先は、長く続く経済危機の打撃で、職を失い、住む家まで失ってしまった人々のために、アクティビストたちが周到にオーガナイズしてきた『占拠』、そしてチェントロ・ソチャーレ(文化的占拠)にまで向けられるようになった。サルヴィーニ内務大臣は、解決の糸口が見つからない社会問題に、アクティビストとして長年取り組むグループを憎悪すべき共産主義者、テロリストと決めつけて、日頃から、これまた大げさに敵視するパフォーマンスを繰り返しています。

選挙が間近に迫る頃ともなると、サルヴィーニ内務大臣は、イタリア国内でも特に占拠が盛んなローマにある22箇所の『占拠スペース』緊急強制退去リストの存在を発表。

その中にはローマの重要なカウンターカルチャーの拠点となっている、数カ所のチェントロソチャーレだけではなく、もはやローマのアートシーンのシンボルとも言える『人が住む現代美術館MAAM(!)』や、カンヌ映画祭男優賞を獲得したマルチェッロ・フォンテを生んだサン・ロレンツォ地区の『チネマ・パラッツォ』も含まれており、SNS上で激しい反対運動が巻き起こりました。それになにより解せないのは、その強制退去リストには、極右グループ『カーサ・パウンド』が長らく占拠し続けている、ナポレオーネ3世通りの建物が決してリストアップされないことでしょうか。

その強制退去リストの存在のせいで、『占拠』に関して、今までになくデリケートな空気が漂うローマですから、Spin Time Labsの電力が切断された、というニュースは、一気にSNSでローマ中を駆け巡りました。なお、今回の一件を報道したロイターの日本語記事は、Spin Time Labsというスペースを「ホームレスの占拠」と単純に表現していましたが、イタリアにおいて『占拠』とは、有志の綿密なリサーチと周到なオーガナイズで実行される、社会的弱者を保護するための政治アクションであることを強調しておきたいと思います。

「今朝、Spin Timeの電力が切断された。こんな状況では生活できない!ここには現在450人の人々が暮らしていて、そのうちの98人が子供なんだ。電気が来ないだけではなく、そのうち水も尽きてしまう(電動で組み上げているため)。しかしこの状況に、僕らは断固抵抗、明日、16時30分、サンタ・クローチェ・イン・ジェルサレンメ55番地での公開総会を召集する。誰にでも開かれ、すべての人々を歓待するローマのサポートを期待している」

「僕らは闇の中にいる。そしてそれは君たちの闇でもある。(何度も電気代支払いの交渉をしてきたにも関わらず)僕らには電気代を払う許可が下りることがなかった。僕らは、もはや死んでしまった閉ざされた空間に生命を与えてきたんだ。闇と不幸を食い物に金を得ようとする(者たちが所有する)スペースに灯を点そうじゃないか。僕らの夢を消さないで。すべての女たちに、すべての男たちに、光と自由を」

これがSNSで駆け巡った彼らの第一報のメッセージでした。個人的にはこの一件が起こるちょっと前、Spin Timeを覗きに出かけ、その充実ぶりと大盛況に安心したところだったので、まさか!と慌てた。

電力の切断理由は、長期の電気代滞納(30万ユーロ)ということでしたが、民主党政権時代に可決された法律により、正式なレジデンスを持たない者は、公共サービス(教育、医療を含め)を受けられず、電気も水道も契約できないことになっているため、Spin Time側が、何度も支払いを申し出ても、占拠スペースをレジデンスとして認められることはなかったのです。

さらに本来、電力供給会社は電力を切断する場合、3週間前に知らせる義務があるにも関わらず、今回、Spin Timeは何の通知も受けとっていませんでした。単純に考えても、これは電気代滞納にかこつけ、じわじわと占拠者たちを締めつける、体のいい『ソフト強制退去』でしかありません。欧州選挙前の、サルヴィーニの憎悪プロパガンダとしての格好の標的となったのでは?という疑いも湧き上がります。

巨大な建物全体が闇に包まれたため、舗道で開かれた緊急公開総会には、地区の人々や、Spin Time内部で協力して社会活動をしているアソシエーションの人々、ローマ1区の区長、音楽、演劇関係者をはじめ、ローマ中から多くの市民が集まりました。責任者たちからは、現在、電気供給会社、及び建物を所有しているエージェンシーと交渉を予定していること、「ローマのカルチャーシーンにとって、重要な場所」として、ローマ副市長ルカ・ベルガモをはじめとするローマ市運営陣が全面支援していることなどの報告がありましたが、先行きが見えないまま、重く、緊張に満ちた雰囲気が総会を覆ったのは事実です。

それぞれに違う18カ国の国籍を持つ450人の占拠者たちにとって、Spin Timeは、過酷な現実を転々と漂流し、疲れ果てながらようやくたどり着いたシェルターです。その中には地中海を命がけで渡ってきたアフリカの人々や、戦禍を逃れてきた人々も含まれています。また、ほとんどの占拠者たちは、何年も前から、ローマ市営の公団住宅に応募していますが、目前には1万5千人もの応募者の列が続き、いつになったら順番が回ってくるのか、家族がいるというのに路上で暮らさなければならないのか、公共の福祉がリアリティにはまったく追いついていないのが現状です。

『占拠』という政治アクションは、もちろん違法行為には違いなくとも、生活できないほどの貧困に陥った人々、路上で暮らさなければならなくなった移民や難民の人々を決して見捨てない、『鉛の時代以来、もはやイタリアの伝統とも言える『法律よりも人間性』というあり方に、わたし自身は賛同しています。ノーベル文学賞を受賞した演劇人、『5つ星運動』の強力な支持者だった、かのダリオ・フォーもまた、1974年、ミラノのアール・ヌーボー建造物、『パラッツィーナ・リベルティ』を占拠し、パートナーであるフランカ・ラメと共に劇団を立ち上げ、その存在を不動のものとした、という経緯もあります。

なお、70年代を知る人々によると、「かつて『占拠』は闘争における攻撃のひとつとして、短期に終わるエピソードでしかなかったが、現在の『占拠』スペースはプロフェッショナルにオーガナイズされ、また占拠スペースが、同時にカウンターカルチャーの発信地ともなっているよね。一種のライフスタイルの提案をする、地域・文化再生コミュニティにもなっている」とも分析されています。

 

※通りで開かれた公開総会には、ローマ1区の区長も演壇に登った。

 

確かに外国人であるわたしにとって、『占拠』という政治アクションはかなり非常識であり、当初、かなり戸惑ったことも事実です。しかし次々に占拠できるほど、長年放置された廃墟が街の至る場所にあり、その違法をなんとなく許容してきた街の包容力、緩み、遊び、いい加減さこそが、ローマの、そしてイタリアの魅力でもある、と現在では考えています。さらには困窮した人々を、一致団結して懸命に助けることこそ、著しい貧富の格差をもたらしたグローバリズム&ハイパーキャピタリズム世界との『闘争』であることを、ロジックだけではなく実感として知ることもできました。だいたい他人の人生を引き受ける、ということは相当な覚悟がなくてはできません。

サルヴィーニ内務大臣は、といえば、ことあるごとにチェントロ・ソチャーレ(文化占拠スペース)を敵視。「ドラッグの売人と移民マフィアの巣窟」と断定していますが、実際行ってみると、もともと廃墟なので多少の荒れ感はあっても、そこに集う若者たちは、商業主義にへつらわない、個性ある音楽、芝居やパフォーマンス、そしてアートを創出する、鋭く尖った感性を持つ青年たちばかりです。むしろ無個性なプロよりも質が高く、芸術性の高い作品を、試行錯誤しながらのびのびと創り出している。そしてそんな文化占拠グループから実際に、世界に羽ばたく多くの才能が生まれています。

さて、Spin Time Labsの電力が切断されて2日が経過しても、灯が戻って来る気配はありませんでした。その頃には、ラ・レプッブリカ紙をはじめとする主要メディアが、その窮状を続々と報道しはじめ、次第に多くの市民たちが状況に注目。ローマのほぼ中心街にあるエスニック地区のSpin Time Labsの名は、知れ渡ることになったのです。

 

※灯がなければ、生きていけない!というシュプレヒコールが響き渡った。

▶︎Spin Time Labsという、実験的ソーシャル&カルチャー複合コミュニティは、次のページへ

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