パンデミック、エスカレートする戦争、核兵器使用の可能性、エネルギーの高騰、インフレと、世界中に暗雲たちこめる乱世ですから、イタリアの総選挙が「エポックメイキング」と表現される、このような結果となっても、それほどの驚きはありませんでした。しかし、イタリアの戦後から『鉛の時代』に暗躍した極右政党『イタリア社会運動ーMSI』を出自とし、ポストファシスト、ネオファシストと表現され続けた『イタリアの同胞』が、共和国憲法に明記されたアンチファシズムの精神が根強いはずのイタリアで、まさか第1党に躍り出るほどの支持を集める時代が来るなんて、幻覚のようではあります。懸念の組閣すら終わっていない現在、これからイタリアに何が起こるのか、意外と何も起こらないのか、まったく予想できませんが、現在イタリア国内で語られるあれこれや、今までに得た情報などを、ざっと整理してみようと思います。
案外静かだったイタリアメディア
『イタリアの同胞』のジョルジャ・メローニ女史が、ほぼ確実に、イタリアの次の首相になることが決まったとはいえ、組閣を含め、状況はいまだ流動的であり、今後、あっと驚く出来事が起こる可能性がないこともない、とは思っています。それでも今のところはとりあえず、現在巷で語られる予測、推測(希望的観測を含め)をもとに、本項をまとめていくことにしました。今のところ、おそらく10月23〜24日に組閣が終了し、大統領府での内閣の宣誓式は、25日頃になると予想されています(追記:かなり揉めながらも、21日に組閣が終了し、22日に宣誓式、とスピーディに進むことになりました)。
さて、今回のイタリア総選挙は、イタリア国内よりむしろ、海外からの注目が大きかったように思います。選挙前には米国民主党のヒラリー・クリントンが「ジョルジャ・メローニが勝利すれば、イタリアには悲惨な状況が訪れる」と語ったり、欧州委員会のウルスラ・ヴォン・デル・ライエン委員長が、「われわれは民主主義を実践する政府としか仕事をしない。もしイタリアが、それが困難な状況に陥るならば、われわれにはハンガリーやポーランドに課したような制裁の用意がある(後述)」と、脅迫ともとれる発言をしたり、「これは内政干渉なのではないか」と思われるほど、イタリアの総選挙を心配している様子でした。
さらに、いまだ出口調査の時点であるにも関わらず、外国メディアが一斉に、「極右政党(あるいはポストファシスト、ネオファシスト)の党首ジョルジャ・メローニ、イタリア史上初の女性首相の可能性!」と書きたて、非常にデリケートな経済状況にあるイタリアにおいて、『イタリアの同胞』のナショナリズム、国家主権主義(Sovranismo)の台頭が、欧州連合経済圏の結束を危うくするかもしれない、と、やや興奮した様子の記事が、外国メディアの各サイトに並びました。
ところが当のイタリア国内では、日頃、かなりセンセーショナルな報道で辟易するにも関わらず、意外に淡々と状況が報道されるにとどまり、選挙後、イタリアのメディアからは「ファシズム、ポストファシズム、極右」という表現が、いつのまにか、ほぼ消えることになっています。
現在、イタリアのメディアが『イタリアの同胞』のイデオロギーを表現する際は、かなり慎重に「最も右寄り(destra destra)の政党」「アンチファシストではない政党」という具合で、どこか遠慮というか、はっきりしないというか、および腰、とも感じる曖昧さを感じます。選挙後の政治トークショーに出演した左派主要紙の主筆が、「海外メディアは、臆面もなく、ポストファシスト、ネオファシストと書きたてるが、その言葉を発することに、われわれは羞恥心を感じる」と告白し、ファシズムに猛然と立ち向かい、生命を賭けて闘ったパルチザンたちが建国したイタリア共和国なのに、とその「不条理」がやるせない、とでもいう微妙な悲哀を感じた次第です。
ともあれ、イタリアのメディアが比較的落ち着いているのは、今回の総選挙の結果が、7月のマリオ・ドラギ政権崩壊(新政府が構築されるまでは現役です)から9月初旬まで継続された世論調査通りの結果でもあり(イタリアでは選挙前15日間の世論調査結果の公表を、法律で禁じられています)、ピンチに晒されていた『5つ星運動』の予想を上回る粘り強さと、『同盟』の大敗北以外には、注目すべき数字が見当たらなかったからかもしれません。それに、気がかりなことは多々あれど、これは民主的な選挙の結果であり、まだ組閣もされず、政府の方針がまったく見えない現在からは、論評、批判する対象すらありません。
第2次世界大戦以降、ファシストVS.アンチファシスト、右派VS.左派、保守VS.急進と、そもそもイタリアではまっぷたつに市民が分裂するのが伝統ともいえ、戦後はじめて「極めて右」、と言われる政党が第1党となった今回の選挙結果に、左派のご意見番たちは落胆はしても「この世の終わり」というような、大きな動揺はなかったように見受けられました(いや、反対に動揺が大きすぎて、どう対処していいのかわからないため、ひたすら平静を装っているのかもしれませんが・・)。まずは息を凝らして、様子を見ようじゃないか、という雰囲気です。丁々発止、強烈に騒がしくなるのは、これからのことでしょう。
そんななか、ちょっと気になったのが、「投票する際に、(政党が)アンチファシストであることは、見逃すことができない要因か否か」という選挙後の世論調査で、約半数の55.4%がYESと答え、こちらも約半数に届きそうな41.3%が、「気にしない」と答えていたことでしょうか(LA7)。これは、有権者がイタリア共和国建国の由来を忘れつつあるのでは? と示唆される結果でもあり、非常に残念に思った次第です。
ともかく、今回の選挙キャンペーンに際しての『イタリアの同胞』は、かつての過激な言論は影をひそめ、国家主権主義でありながら、欧州主義(ちょっと怪しい部分は後述します)に寄り添うことを宣言。NATOへの賛意を示し、ロシアの蛮行をも糾弾、ウクライナへの支援を公言していますから、今のところはその方針を信頼する他はありません。そもそもイタリアにおいては、戦後、最も重要と言われる経済の緊急時、今、欧州連合と仲良くしなければ、イタリアは簡単に破綻してしまいます。
現在、絶え間なく流れるのは、ウクライナ危機の影響によるエネルギーのはなはだしい高騰のため、前年比の約5倍となる(なぜ?)、50万ユーロ(円換算で7100万?!)の電気代の請求書が来て、歴史的なホテルチェーンが泣く泣く閉鎖に追い込まれたというニュースや、病院や養護施設、水族館や公共の施設、工場、レストラン、バール、街のパン屋さんなどが経営困難で閉鎖寸前、という心配な話題ばかりです。10月からは、電気代が前年比59%(!)も値上がりすることが発表されています。
さらに問題はガス代で、10月には暫定的な概算として、前年比74%(!)の値上げが加算されることになりました。この価格は、11月に調整される予定だそうですが、現在イタリアでは、ノルド・ストリーム経由のロシアからの天然ガスの供給が一部再開しており、すでに北アフリカなどの産油国との交渉も完了し、冬に必要な供給量の天然ガスは確保されているといいます(しかし、実はできてない、2月に大混乱になる、という意見もあります)。また、ガスそのものの市場価格は下がっていますが、今後の投機筋の動向、経由国事情、エネルギー仲介会社のマージンなど、ガス価格の設定はかなり複雑だそうで、どれぐらい調整されるかは、11月になってみなければ分からないそうです。
このような、戦争の影響による光熱費の高騰対策として、ドイツはすでに2000億ユーロの市民救済策を打ち出しています。しかしイタリアにそんなお金はなく、「ドイツだけずるい!欧州連合加盟国で足並み揃えた救済策を早急に決定するべき」という声に溢れ返り、このまま欧州連合と加盟国の交渉で、プライスキャップなどの対策を打ち出すことができなければ、市民の生活はいよいよ困窮します。最近になって、ドイツはイタリアと足並みを揃えてガス問題に取り組む、というニュースが報じられましたが、そもそもガス代が高いイタリアで暮らす(特に暖房が必要な冬場)、つましい市民の身とすれば、まったく納得がいかない、非現実的な値上げです。
しかも、日頃から巨大な赤字国債に苦しむイタリアの国債スプレッドは、選挙後にやや上昇、10年国債金利も上昇傾向ですから、こんな時に『右派連合』が政権を担い、経済政策を進めることに、不安がないわけではないのです。というのも2011年、現在『右派連合』の一翼を担う『フォルツァ・イタリア』政権崩壊時、あと一歩でデフォルト、という債務危機の恐怖は記憶に新しく、この緊急時に放漫財政を繰り広げたり、反欧州主義を騒ぎたて、欧州連合との間に不協和音が流れれば、一発で市場からの投機攻撃を仕掛けられかねません。
そして、このようにきわめて繊細な、イタリアの経済事情を熟知しているであろう『イタリアの同胞』党首のジョルジャ・メローニは、第1党確実!のニュースが駆け巡っても、なかなか勝利宣言を行わず、さらには通常、第1党になった政党が喜び祝う、シャンパンを空けての乾杯もパーティも開きませんでした。組閣に関しても、閣僚名簿の憶測は毎日流れてはきますが、公式の発表は今のところはなく、密室で静かに進んでいる(流血のバトル?)感じで、新首相のこの慎重な振る舞いは、概して好感を持って受け止められています。
なお今のところ、メローニ新政権はドラギ政権の経済方針、外交方針を受け継がざるをえないだろう、というのが大方の予想であり、メローニ新首相は強い政府を構成するために、重要な閣僚ポストに、ハイプロフィールの官僚、あるいはエキスパートを考えているようだ、とも報道されました。またドラギ首相も、欧州各国首脳に「新政権は心配ない」と何度も繰り返し、メローニを擁護しているようです。
しかしながら、重要な閣僚ポストを要求している様子の『フォルツァ・イタリア』と『同盟』が、それほど簡単にメローニの言いなりにはならないであろうことは、想像に難くありません。非常識ではありますが、イタリアの連立政権では、市民の支持が少ない政党が、なぜか政府を牛耳るケースがあり(政府から出ていって、「過半数を割るぞ」と脅して)、1980年代の『イタリア社会党』のベッティーノ・クラクシーをはじめ、最近ではジゥゼッペ・コンテ第1政権時の『同盟』マテオ・サルヴィーニなどが政府の運命を左右しました。
事実、たいていはスムーズに決まる、組閣前の上院議長の議会投票(無記名投票)ですら、過半数である「フォルツァ・イタリア」の議員が、『イタリアの同胞』が擁立した議長を認めず棄権したにも関わらず、『右派連合』ではない野党の何者かが投票し(いったい誰が?)、過半数を得て決定される、前代未聞の出来事が起こり、水面下、すでになんらかの策略が横行している様子です。
ちなみに上院議長は、イタリア社会運動MSIを出自とする、ムッソリーニの大ファンであることを公言している右派古参議員イニャーツィオ・ラ・ルッサ、下院議長は『同盟』の、ウルトラ原理主義カトリック信者で同性婚反対、LGBTQ差別主義者のうえ、プーチン大統領信望者(現在はどうなのか定かではありません)である、ロレンツォ・フォンターナが選出されています。また、メローニとベルルスコーニのいがみあいが表面化し、組閣の行く末が案じられる状態です。
いずれにしても、この状況下、興味深いと思ったのは、イル・ファット・クォティディアーノ紙の主筆、マルコ・トラヴァイオが、1994年、ベルルスコーニ元首相が政界に躍り出た際も、現状と同じく「ポストファシスト」と定義されていたことを指摘したことでしょうか。そういえば、ベルルスコーニ元首相の愛読書は「ムッソリーニの日記」というニュースが流れたこともありました。
「右派の問題は、プロパガンダとしてのイデオロギーではなく、政治そのものが非常にまずい、ということなのだ。汚職、収賄、マフィアとの談合を繰り返し、2011年にはイタリアを債務危機に陥れ、カオスのうちに退陣したベルルスコーニ政権と、メローニ政権との政治に、実はあまり違いはないのではないか。議員もベルルスコーニ政権以来の顔ぶればかりじゃないか」
『鉛の時代』の黒幕であった秘密結社『P2』、及びマフィアとの癒着を根強く疑われたうえ、長期間、夥しい数の汚職、マフィア関連の裁判に明け暮れ、現在に至ってもいくつかの裁判を抱えるベルルスコーニとは違って、メローニには、これといったスキャンダルはなく(過去、政党のメンバーにはありましたが)、ある意味ニューフェースではあっても、基本、ベルルスコーニ政権の有り様が踏襲されるのでは? とトラヴァイオは見ているのです。
なお、トラヴァイオは、新政府に寄せる懸念として、『右派連合』が提案する『憲法改正』(後述)とEU法を逸脱する可能性がある、『イタリアの同胞』の人権問題への姿勢(後述)を挙げていました。
●Part1.ー▶︎海外で語られなかった選挙全般 ▶︎ジョルジャ・メローニの人気の秘密
●Part2.ー▶︎ジョルジャ・メローニは本当に危険なのか ▶︎憲法改正と中絶法 ▶︎今後のイタリア経済の行方