夜明けを待ちわびるイタリアの暗く、長い新型コロナの夜:We Shall Overcome

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本当にイタリアは医療崩壊したのか

いまだイタリアだけが巨大感染地であった3月初旬、世界中のあらゆるメディアが、ほれ見たことかと「イタリア、医療崩壊!」とセンセーショナルに報道していました。

現場を見てもないくせに、SNSのフェイクニュースを真に受けて、まことしやかに「罹患者の治療を年齢で選別している」とか「陽性の人々が救急部門に押し寄せた」とか「軽い症状の罹患者まで入院させて、ベッドが足りなくなった」など、さもイタリアの医療が非人間的な倫理観に基づいているうえ、まぬけで状況を判断できなかったかのように書きたてられ、少々苛立ちました。

まず、「陽性の患者すべてを入院させたのでベッドが足りなくなって医療崩壊」という説はまったくのでたらめであることは、毎日18時に発表される「その日の感染状態のデータ」を見れば一目瞭然です。初期の段階から、ISSと国家市民保護局のデータには感染者数とともに、重症で入院している方、集中治療室に入院している方、無症状、あるいは軽症で自宅で待機している方の数まで出ていますから、それが厳密に正確なのか、そうでないかの判断はできずとも、病院が陽性の人々全員を引き受けていたわけではありません。

また、陽性でも軽症、無症状の罹患者は自宅隔離という方法はドイツ英国もとっているルールですが、「軽症者を隔離せずに自宅に戻したことで、中国もイタリアも家族に感染を広げ、地域医療を崩壊させた」という記事も見かけ、「もはやホテルぐらいじゃどうにもできない、58320人(4月5日)という夥しい数の、自宅隔離となっている陽性の方々を、いったいどこの施設に隔離すればいいのだ」と八方塞がりな気持ちにもなりました。

さらに、「罹患者の治療を年齢で選別」という記事は、さっそく病院側と国家市民保護局が「そんなことはありえない」と糾弾。わざわざ音声データまで作って、まことしやかなフェイクニュースを流した輩を、病院側が告訴までしています。

いずれにしても、今回の「イタリア医療崩壊」報道で、海外メディアというものは、全方向からただ批判するだけで何の解決法も示さないどころか、やっぱり灯台下暗しだったじゃないか、と各国の感染状況の勢いを見ながら、改めて思う次第です。

もちろんわたしも、医療現場を実際に見たわけではなく報道でしか事情が分かりません。さらに欧州連合の条約に基づき、毎年の国家予算におけるdefecitが厳格に制限される緊縮財政で公共医療部門予算が削られ続け、ベッド数、医師、看護師の削減が著しかったことは、以前より大きな問題となっていたことも知っていました。

具体的にいえば、1980年10万人に922床存在していた公共医療部門の病床数は2013 年には、すでに10万人に275床にまで減少しています。一説によると、医療・福祉で削減された予算は、軍用機の購入などの軍備費に回っていた、とも言われている。

いずれにしても『鉛の時代』、つまり冷戦後、長きに渡って世界を凌駕したアナーキーなネオリベラリズム経済のもと、イタリアのWelfere部門の削減が続き、リーマン・ショック、続く欧州経済危機で、緊縮に緊縮が重ねられ、さらに大きく削減されたという構図です。しかしながら、だいたいこんな疫病が世界を震撼させることになろうとは、ビル・ゲイツ(2015年、TED)以外の誰も想像していなかったのです。

また周知の通り、イタリアでは公共医療機関での診察、治療は基本的無料ですから(薬は段階的に有料)、たとえば急病で公共病院の24時間体制の救急部門へ駆け込んでも、常に多くの人が並んでいて、よほどの重症でない限り、かなりの時間、たとえば5時間とか6時間、待たされることはざらです。

そしてもちろん、イタリアにおける感染が厳密に確認できていなかった、まったく初期の段階では、Covid-19の罹患者が救急部門に駆け込んでいますから、多くの院内感染も起こっている。しかし高額診察代さえ払う財力があるならば、民間のクリニックも、イタリアには多く存在しています。

感染地域となったロンバルディア州に関していえば、確かに公共医療機関のベッド数は1995年45600床から2019年20900床へ大きく減少、一方、民間のクリニックは10600床から13300床へとやや増加している。そして今回、驚くスピードで瞬く間に感染が広がり、集中治療室での治療を必要とする罹患者が日に日に倍増する状況では、多くの民間のクリニックが、Covid-19罹患者に病床を提供しています(追記:使用料金を請求しているそうですが)。

過去のデータを見るなら、3月4日の時点で、ロンバルディア州でCovid-19で重症となり入院された方は877人集中治療室が必要な方が209人となっており、29日の時点では重症で入院された方が11152人集中治療室が必要な方が1319人と目を見張る数へと増えていきました。

たったの25日間にこれだけ感染者が増え、しかも欧米ではじめてCovid-19に直面したロンバルディア州が混乱しないはずがありません。

前項「ファイト・イタリア」に書いたように、イタリア北部はイタリアのみならず、欧州の都市部のなかでも、ずば抜けて高いGDPを誇る豊かな地域で、その医療システムは高い評価を受けています。

そのロンバルディア州でベッドが足りなくなるほど急激に感染が広がり、多くの人々が同時多発的重症化。それでもイタリア政府のタスク・フォースと州政府は、廃墟として打ち捨てられていた古い医療施設を、急遽野戦病院として使えるように一気に改造したり、テントを張ったり、巨大な『ミラノ見本市』に10日間200もの病室を作ったり、ベッド数と人工呼吸器を確実に、迅速に増やしています。

イタリア全国では、3月4日の時点で重症入院数1346集中治療室入院数は2954月3日には重症入院数28741集中治療室4068となっていますが、3月の中旬までに、イタリアのCovid-19タスクフォース は、イタリア全国の集中治療室の数を5343床から8370床63.8%増やし、肺炎治療に特化した病床を6525床から26169床へ、なんと4倍に増やすことに成功しているのです。

現在も、罹患者の増加に合わせ病床を増やし、なんとか凌いでいる状況でしたが、ついに4月4日、集中治療室に74室の空きが出る!という現象が起こっています。

そしてこの迅速な対応こそが、WHOにイタリアの『奇跡』と言わせた所以です。同時にタスクフォース は、リタイアした医師、大学を卒業したばかりのインターンを含め、20000人の医師を大量雇用しました。

左から州名、集中治療室入院者、症状がある入院者、自宅での自宅隔離者。il sole 24ore紙より。リンクしたサイトでは、イタリアの感染状況の詳細が一目瞭然に分かります。

確かに初動エラーも数多くあり、医療従事者、マスク、手袋、防御服、人工呼吸器の不足で、医療現場は戦場となりました。

しかし参考となるデータが中国発のものしかなかったこと、はじめは誰もがタカをくくっていたことを思うと、その迅速な行動力には、イタリアを見直した、と言わざるをえませんでした。しかも個人のボランティアNGOの人々が7000~8000人も集まり現場を支援。さらにタスクフォース が300人のボランティア医師を募集したところ、なんと7900人の応募があったそうで、「イタリアを誇りに思う」と保健省も国家市民保護局も涙を浮かべて感謝しています。

これだけ政府、州政府が迅速に行動し、多くの善意が支えてもなお、医療関係者の方々に過酷な負担を課さなくてはならない状況を作るのが、Covid-19の恐ろしさなのです。早く、静かに、簡単に感染を広げ、突如として同時多発的に罹患者を重症化させる。この事実に関しては、いまやイタリアと共に、感染中心地となった米国やスペイン、フランス、英国の例を挙げるまでもないでしょう。

では、なぜイタリアの致死率10%を超え(4月5日のデータだと英国も致死率が10%を超えています)、中国を遥かに上回っているのか。

イタリアの、この致死率の高さについては、フィナンシャルタイムズ紙も書いていましたが、北部イタリア、そしてイタリア全国の潜在感染者数が、現在オフィシャルなデータとして出ている数よりもはるかに多いことが推定されること(ISPIー国際政治研究機構: 推定55万人、国家市民保護局が130万、別のデータでは600万人、1500万人(!)という試算も出ています)、さらには亡くなった方のカウントの基準が各国で違うことも問題視されています。

ISPI(国際政治研究機構)のレポートによると、実数に現れない潜在陽性者の数を考慮して導き出される正確なイタリアの致死率は1.1%。一方、中国の研究では0.7%という数字が出ているそうです。

イタリアでは、末期症状を含め、すでに重篤な病気を3、4つ抱えるうえにコロナウイルスに感染していた方、あるいは亡くなったあと陽性反応が出た方をも、Covid-19で亡くなった方としてカウントしており、ウイルスの感染のみで亡くなった方は、0.8%から1%であることは、すでにISSからも発表されていました。

また、ツイッターでドイツの致死率が低いのは集中治療室の数がきわめて多いからだ、という日本医師会の発表に付随した議論を見かけましたが、前述したようにイタリアは驚く勢いで集中治療室を増やしている事実もあり、今はまだすべての国のデータが比較検討できる状況ではないため、結論づけるのは早計なのではないか、と思います。ただ、イタリアの罹患者数十人をドイツは受け入れており、ドイツの医療技術の水準が高く、やはりどの国よりも感染症予防に力を入れ、準備万端であったことは認識しています。

さらに、ブルームバーグや日本のメディアが報じているように、中国のオフィシャルなデータが信用に足るものであるかどうかの疑問 については、イタリアのいくつかのメディアでも報道されました。

TG7のアンカーマン、エンリコ・メンターナ責任編集のニュースサイトopen.onlineでは、武漢で亡くなった方の数は実はもっと多く、10000人以上存在するのではないか、と中国本土の民間メディアCaixinが捜査をはじめたことを報道。Caixinは棺を運ぶトラックの運転手の証言や、武漢の8つの死体安置所の遺骨の箱の数から仮説をたてているのだそうです。

年齢別致死率。最下段がトータルに割り出した致死率。il sole 24 ore紙より。

▶︎マルチプル に存在する第1感染者

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