新政府が樹立してしばらく時間が経つにつれ、その時はさらっと聞いていた、下院議会における信任を問う、メローニ新首相の初スピーチ(新政府のプログラム)の詳細に込められた意味が、だんだんと浮き彫りになってきたように思います。世論調査(DEMOPOLIS)によると、市民の45%がポジティブに、34%がネガティブに捉えたその初スピーチでは、「イタリア」「政府」「われわれの」「ヨーロッパ」「自由」「企業」「国家、あるいは国家の」という言葉が多用され、全体的な表現としては、予想していたよりはソフトに、イタリアの経済の緊急事態が語られましたから、まさか経済政策より先に強権的な法律が次々に提案され、難民の人々の海上封鎖、感染症の大幅緩和、レイブ禁止法などによる混乱が創出されるとは思いませんでした。そこで、ここではその演説の全体の要旨をまとめながら、いくつかの詳細を解釈し、メローニ政権の方向性を探ってみたいと思います。
自らをUnderdogと表現した初スピーチ
10月25日、下院議会における信任を問うジョルジャ・メローニ首相の初スピーチは、意外と評判が良く、「極めて右」というよりは、「中道右派」的なボキャブラリーがちりばめられていたように思います。また、大統領府における内閣の宣誓式では、他の大臣たちが紙に書かれた宣誓文を読み上げたのに対し、彼女ひとりだけが完全に暗記して、大統領の目をまっすぐに見て宣誓したことにも好感が持たれました。なにより、演説で多用された「自由」という言葉は、新政府の包容力を想起させ、まさか政府が樹立して1ヶ月も経たないうちに、その幻想が崩れ去ることになるとは、誰も予想していなかったと思います。
また、メローニ首相がスピーチ冒頭で、イタリア共和国における初の女性による首相として、彼女と同様に、厚いガラスの天井を打ち破り、新たな時代を創ってきた女性たちの名を列挙してリスペクトを表現した箇所には、確かにある種の共感を覚えました。しかしながらこの箇所は、いわゆるフェミニズム的な感性で語られた言葉ではなく、困難な状況から道を切り開いた女性たちの歴史の表面をなぞりながら、自らに重ね合わせているだけだということは、その後のメローニ首相の動向からも明らかです。
現在、物議を醸しているのが、通常女性であれば、la presidente、あるいはla presidentessaと、女性冠詞、あるいは女性形で呼ばれるのが文法上の基本にも関わらず、メローニ首相はそれを頑なに拒み、今後自らを(Singnor) Il presidente、と男性冠詞を付けて男性型で表現すると表明したことです。さらに首相就任以来、重要な場面に現れる時は、基本、黒か紺というダークスーツ(ときどき白)を着用し、それじゃ女性であること、つまり「女性性」そのものに劣等性を感じているのじゃないのか、と勘ぐりたくもなります。
ところが日頃は革新的なメディアも、「女性なのに男性冠詞を使うなんて、とんでもない」、と首相のその要求にはまったく動じず、文法に従って、la presidente、la premierと表現していますから、どちらがいったい伝統保守なのか、まったく判断がつかない状況です。いずれにしても、そもそも彼女が率いる『イタリアの同胞』の理念が家父長制的であることは、今までの主張、閣僚の顔ぶれからも疑いの余地はありません。
さて、下院議会でのスピーチの中でも、特に強い印象を残したのはアンダードッグ発言でしょうか。
「わたしは、(イタリア)共和国の最も端に追いやられた孤立した文化圏出身の、イタリア史上、はじめての女性首相です。影響力のある家族の出身でもなく、縁故関係でここまで来たわけではないのです。 わたしはまた、英国でいうところのアンダードッグ(負け犬)の代表です。簡単に言うなら、冷遇され続け、自分を主張するためにはあらゆる困難を乗り越える必要があり、(そうすることにより人々の)予想を覆した人間です。そのわたしは、優秀な大臣や次官たちの助けを借り、反対票を投じる議員の批判(野党)から得られるヒントとともに、賛成票を投じる議員の信頼と働きで、再び予想を覆すつもりです」
もちろん、父親が不在の厳しい家庭環境で、貧しさと闘い、バールのカメリエラやベビーシッターなどのアルバイトをしながら成長した少女の、人生の物語に共感を持つ人々が多く存在すると考えますし、「たいした女性だ」とは思いますが、まだ45歳の若さだというのに、わざわざ自分を、ちょっとパンクに「アンダードッグ」と表現することは、自分自身に感傷的すぎるのでは?とも感じました。
しかも、15歳の時から極右政治活動に加わって頭角を現した彼女が、時の極右政党(Alleanza Nazionale)を率いていたジャンフランコ・フィーニにその才能を見染められた経緯は、誰もが知っている事実であり、彼女の人生はそれほど運が悪いわけではなく、むしろ若くして国政に躍り出る機会を得て、幸運な政治家人生のスタートを切った、とも思えます。それに真のUnderdogであるならば、もっと難民の人々や困窮した人々に共感を寄せる政策に徹してもいいのでは?との思いを抱きました。
いずれにしても、昨今のメローニ首相の発言、そして行動には、「欧州連合から、イタリアは常に謂れなき差別を受け、冷遇されてきた」という被害者意識(Vittimismo)が見え隠れし、その反動である過剰防衛としての攻撃的な反応が、今回のフランスとの外交紛争のきっかけになったように思います。そのような有り様は、今までの左派政権、中道右派政権では見られなかった独特の心理であり、彼女が使ったUnderdogという言葉を、改めて考えるきっかけともなりました。
それでも、この初スピーチは左派、右派を問わず、キャリアのある年配のおじさま方に非常に受けがよく、そういえばマリオ・ドラギ首相も「彼女は賢い女性だ」とメローニ首相を誉めていたそうです。戦後、イタリアが最も緊張した経済状況にある現在、「大変な危機に挑む、下積みから首相にまで這い上がった、若く、強い女性」が率いる政府のドラマティックな毎日は、一種シンプルなソープドラマのようでもあり、次回はどうなるんだろう、と皆をハラハラさせ、注意を惹きつけるのかもしれません。新首相は、自分を演出することに長けています。
わたし個人としては、スピーチの全体を通して一貫した強い核心が見当たらず、経済から難民政策まで、場当たり的にあらゆるテーマをモザイクにした、という印象を受けた、というのがまず最初の正直な感想でした。また演説の途中、何度も繰り返される議場のスタンディング・オベーションに、隣のマテオ・サルヴィーニ副首相に「これじゃ3時までかかってしまうわね(11時に開始)」と耳打ちする声がマイクに拾われ、その焦った様子に多少興醒めもした次第です。
そういうわけで、ここからは順を追って、初スピーチを簡単に要約しながら、気になる部分には突っ込んでみたいと思います。ご異存がある方もいらっしゃるでしょうが、あくまでも、政府が樹立して3週間を経て感じた、わたし個人の見解、また備忘であることをご了承いただければ、と思います。
❷メローニ首相スピーチ前半 ❸メローニ首相スピーチ後半