信任を問う初演説の日に起きた暗示的な暴行事件
この政府の様子が、なんとなくおかしい、と思いはじめたのは、自らムッソリーニ信望者を標榜する、筋金入りの極右主義者、上院議長イニャーツィオ・ラ・ルッサが、パルチザンがファシズムから自由を取り戻した国家の祝日である4月25日の「解放記念日」の儀式には参加しない、と公表した頃からでしょうか。「解放記念日」はアンチファシストであるパルチザンだけの祝日ではなく、イタリア市民すべてが自由を祝う日でもあり、イタリアの政治機構における順列としては、共和国大統領の次に権威を持つ上院議長が、儀式に参加しないのは異例のことでもあります。
さらに、なんと言っても、メローニ新首相が下院議会の信任を問う初スピーチの当日、ローマ大学サピエンツァの政治科学学部における、アンチファシストの学生たちの抗議集会に、完全武装の警察隊が押し寄せて、丸腰の学生たちを警棒で打ちのめし、ひどい怪我を負わせた、という一件は、それまでメローニ新政権に抱いていた、「ひょっとしたら中道右派的な穏健路線に方向転換するかもしれない」という淡い期待を打ち砕くには、十分な出来事でした。
その日サピエンツァでは、かつてメローニ首相も所属していた極右青年グループ主催で『イタリアの同胞』の議員も出席して、経済に関する講演が開催される予定になっていたそうです(テーマは「資本主義、システムに隠された側面」)。その講演の開催に危機感を抱いたアンチファシストグループの学生たちが「大学にファシストは入れない!」とピケを張った、ということですが、SNSで次々に流れてくる動画を見たところ、集まっていた学生はわざわざ完全武装の大量の警察隊を送り込むような大人数でもなく、垂れ幕を持って、血まみれで逃げ惑う学生を、警察隊が捕まえては引きずり回し、警棒で激しく叩く、という、近年のローマでは見ることがなかった暴力的なシーンでした。
敵視するグループが大学でイベントを開こうとしていたとはいえ、アンチファシストグループの大学生たちが、その言論を封じようとピケを張ったことは、多様な意見を自由に述べ合う場を基盤とする民主主義においては、確かに非難されるべき行動です。しかし彼らが「大学にファシストは入れない!」と書かれた垂れ幕を持って群れていたところに、警察隊がなだれ込んで、学生たちが血まみれになるまで、過度な暴力を振るうことは、見せしめか挑発でなければ、過剰反応としか言いようがありません。
いずれにしても大学構内という、基本、治外法権であるはずのアカデミックな場所に、警察がなだれ込んで学生をめった打ちにするシーンには、その出来事が起こる数時間前、下院議会で政府のプログラムを表明したメローニ新首相のスピーチの美辞麗句を一気に吹き飛ばすだけの威力があり、「新政府が樹立しようとする瞬間に、このような非常識も甚だしい暴力沙汰が起こるとは!」と政府への信頼は一挙にゼロになります。もちろん、この出来事は学生たちの怒りに火をつけて、その後しばらくの間、「警察隊を2度と構内に入れるな!学長は辞任!」と大学を占拠していたそうです。
そういえば、選挙後すぐに、ローマの高校生の有志たちが「新しい政府について」話し合いを開こうと広場に集まっていたところ、たちまちに警察がやってきて、高校生全員の名前が控えられたうえに強制的に解散させられた、という話を漏れ聞いた経緯があり、その時は「日頃、何事も大袈裟に表現する高校生たちであるから、多少話を盛ってるのかもしれない」などと、あまり本気には心配しませんでした。しかし今回の大学生たちの抗議集会の惨状を知って、彼らの話は意外と真実だったのかもしれない、と考えた次第です。
なお、今回の警察による暴行事件に、サピエンツァの学長が「学内におけるあらゆる暴力を許容するわけにはいかない」と発言したのに対し、今回内務大臣となった、元ローマ警察署長官マテオ・ピアンテドージも、メローニ新首相も「ピケを張って妨害した方が悪い」と警察隊を庇う発言をしており、たとえば「学生たちで話し合いをすべきであった」とか、「学内での暴力行為は行き過ぎだった」などという発言は、両者からはまったく聞かれず、大学内での国家による暴力を容認しました。しかしこの時はまだ、このマテオ・ピアンテドージ内務大臣が、やがてイタリアを混乱に導く重要人物に躍り出ることになるとは、まったく予想もしていなかったのです。
「わたしは若者たちが関わっている(政治活動という)宇宙を誰よりも知っているつもりです。若者たちがどのような政治思想を主張しようとも、人生にとって素晴らしい訓練の場になります。わたしはスティーブ・ジョブスの名言『Stay Hungry, Stay Foolish』に『Stay Free』を加えたいと思います。人間の偉大さは自由意志にあるのですから」
これはメローニ首相の下院議会における初スピーチの一節ですが、その舌の根も乾かぬうちに、警察隊が、首相の若き日の仇であるアンチファシストグループの若者たちを警棒で叩きのめすとは!と仰天しました。そうこうするうちに、この政府には話し合いや歩み寄り、など民主的で時間がかかる穏やかな解決法は存在せず、実力行使のみを旨とすることに、気付かされることになったわけです。
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