イタリアの灼熱:『5つ星運動』を裏切り、総選挙に疾走する『同盟』サルヴィーニの行方

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騒乱の2日前に上院を通過した国家安全保障追加法案

『政権の危機』の扉を自ら強引に開き(とは言っても、まだ公式に議会で宣言されたわけではありませんが)、早速『首相』に立候補したマテオ・サルヴィーニが8日の夜、ペスカーラで演説した内容に、ベニート・ムッソリーニが1922年の11月19日の演説で使われたボキャブラリーが巧みに使われていたことをレスプレッソ紙がスクープしています(すごい!発見は翌日でした)。

おそらくモデルとして、サルヴィーニ・チームはムッソリーニの演説を研究しているのだと思いますが、100年前の演説のボキャブラリーに観衆が熱狂するなんて、100年前も現在も人間の情動というものはあまり変化がないのかもしれません。だからこそわれわれは、感情に流されることない冷静さを、常に心がける必要があるのだ、と改めて思った次第です。

「イタリア人たちに、すべてのことをやり遂げる絶対の権力をわたしに与えてくれるかどうかを問いたい。われわれは、実行したいことを、素早く、コンパクトに、精力的に、勇気を持って実行しなければならない。もはやNOと言ったり、多分であるとか、疑いを持つべき時ではないのだ。そして当然のことながら、わたしは過去に戻ることにはまったく興味がない。やらねばならぬことは自分ひとり、頭を高く上げて関与せねばならない。そして、われわれはその旅の仲間を選ぶことができる。もちろん、イタリア人たちはそれを実行することのできる政府を必要としているのだ」

このように、『絶対の権力を与えてほしい』などという、民主主義にあるまじきボキャブラリーを使いながら、妙に自分に感動しながら涙ぐんで演説する人物が成立を急いだ『国家安全保障追加法案』が、『政権の危機』が起こる2日前、8月5日に上院を通過したわけです。

しかもその法案に、大半の『5つ星運動』メンバーが自らが形成する『同盟』との契約連帯政府を信じて賛成に票を投じたことは、今後、重責を負うべきだと考えます。

新しく追加された国家安全保障は、以下のような内容です。

▶︎Taserと呼ばれる米国製の電気ピストルを、各地で実際に使いはじめる。▶︎サッカーなどの試合で暴力的な騒乱を起こすフーリガンは(国内であっても国外であっても)、5年以上の懲役。また、審判を邪魔したり、危害を与えた場合は6ヶ月から5年の懲役に課する。花火、爆竹、その他の爆発物の使用も固く禁じられる。▶︎一般のデモにおいて、ヘルメットの着用やその他により正体を隠して参加した場合、あるいは警察など当局者を妨害、脅した場合は、2年から3年の懲役及び6000ユーロの罰金。花火、爆竹、ガス、狼煙などを使用した者は1年から4年の懲役と課する。

などの項目が並ぶなか、大きな非難を浴び、アクティビストや聖職者たちが強硬に反対しているのが、地中海で溺れそうになった難民の人々を支援し続けるNGOの人々を『犯罪者』とみなす項目でした。まず、「内務大臣は、国家安全保障に基づき、イタリア海域の船を制限、あるいは侵入禁止にすることができる」という、今までにはなかった権限をサルヴィーニは手に入れたのです。

また第2項は、「不法侵入する難民を助ける船には15万ユーロから最大100万ユーロの罰金を課した上、船長を逮捕。さらに軍用船とみなし船を没収する」という、『人種法』に通じる価値観を内包しています。

これはもちろん、サルヴィーニが『海のタクシー』と呼び、「ジョージ・ソロス一派が資金援助するNGOは人身密売マフィアと結託している」とデマを撒き散らした、たくさんの難民の人々を助けた実績のあるNGOの船を陵辱する法律ですが、たとえば地中海で漁をする漁船に適応される可能性もあるそうです。

たとえば航海中、粗末なゴムボートが壊れ、水中で溺れかけている妊娠した女性たちや子供たちを目の当たりにし、思わず海に飛び込んで、無我夢中で彼らを救助した漁師さんたちにも同額の罰金が課せられるケースが出てくるかもしれません。

つまり、大変な状況から逃げ出して地中海を渡り、溺れそうになっている人々を見殺しにしなければ、イタリア国家から巨額の罰金を要求される、ということであり、これは明らかにイタリア共和国憲法に反する法律です。この法律の成立を受け、A.N.P.I.はただちに「憲法が陵辱されたときからただちにレジスタンスがはじまる」と表明しました。

イタリア共和国憲法 第10条

イタリアの法制度は、一般に認識される国際人権法に準拠する。 外国人の法的条件は、国際規範および条約に従う法律に準拠する。 自国において、イタリア憲法で保証されている民主的自由の実際的行使が妨げられている外国人は、法律で確立された条件に従って、共和国の領土内における亡命の権利を有する。

Marian Kamensky の風刺漫画。イタリアの国家安全保障追加法は、まさにこの漫画の通りです。

この国家安全保障追加法が可決された日の翌日、ボローニャで17年続き、地域の人々からも親しまれていた、イタリア全国のチェントロ・ソチャーレ(文化占拠スペース)のシンボルとも言えるXM24が、ブルトーザーを動員して強制退去になっています。

チェントロ・ソチャーレは通常、極右グループのカーサ・パウンドを除いてアンチファシズムを旨とし、NO TAV(高速鉄道建設反対)、難民の人々の支援グループフェミニスト、LGBTのアナーキーな活動ベースですから、いまさら『打倒、共産主義』(ルーツとはいえ、もはやイタリアには存在しない思想であるにも関わらず)を叫び続けるサルヴィーニにとっては、不倶戴天の敵です。

その敵をブルトーザーで根こそぎにすることは、自らを権威づける、自分より弱い敵に対する、サルヴィーニが得意とする「選挙に影響しないマイノリティの」人々への虐待で、今回は『同盟』だけでなく、『民主党』(!)のボローニャ市長の決定でもある、ということで、左派の人々の顰蹙をも買うことになりました。

しかしながらチェントロ・ソチャーレの若い衆は、水着姿で人魚の尾ひれまでつけて、設置した簡易プールで歌ったり、踊ったり、音楽隊で対抗したり、賑やかに抵抗。今後も活動を続けていくことを力強く宣言しています。

※ローマの難民の人々を支援するバオバブ・エクスペリエンスも、XM24の強制退去を非難し、レジスタンスを訴えました。バオバブの難民キャンプはひどい強制退去に何十回と見舞われながら、現在もたゆまず運営されています。

そういえば、『国家安全保障追加法案』が上院を通過した日の夜、「マドンナの誕生日に決まるとは縁起がいい」とサルヴィーニは発言していました。それを聞いた瞬間は、法律があまりにも福音書からかけ離れているため、冗談ではなく、思わず米国のポップスターのことを想起しましたが、しばらくして「そうだった。サルヴィーニは世界家族会議だった。ということはサンタ・マリアのことを言ったのだ」と改めて思い出すことになったわけです。

さらにつけ加えるならば、誰が紛れ込んでいるのかチェックのしようがない、幽霊船と呼ばれる正体不明の船のイタリアへの着港は少しも減っておらず、内務省はその対策を何ひとつ提示することなく今に至っています。テロリスト、あるいはマフィアグループが紛れ込んでいるかもしれないこの幽霊船の方が、NGOの船よりはるかに大きな不安材料にも関わらず、相変わらずサルヴィーニは、それらの着港を野放しにしたままです。

なお、この『国家安全保障追加法案』に関して、マッタレッラ大統領は署名はしたものの、上院下院の議長を大統領府に招き、罰金の設定バランスが法律を逸脱しており、「イタリア市民の安全と人権の確実性において、行政にこのような重い制裁の行使を全権委任する根拠論理性が欠けている」として、覚書を添えました。覚書では、この法律は国際基準に適合せず、あらゆる船は人命を救助する義務を負うことを強調。法律の訂正を上院、及び下院において、再度議論することが要請されています。

現在、ランペドゥーサ沖にはNGOの船『オープン・アームス』が121人の難民の人々を乗せ、1週間以上、漂流しています。食料や水が尽きそうになった彼らに、食料と水を運んだリチャード・ギアは自ら船に乗り込んで彼らを勇気づけました、また10日には会見を開いて、イタリアの『国家安全保障追加法案』を強く非難しています。俳優のハビエル・ハブデムは、ビデオメッセージで、イタリアが受け入れないのであれば、スペインが即刻受け入れることを訴えています。

※チベット問題の強力なサポーターであり、仏教徒でもあるリチャード・ギアが出席したプレス・カンファレンスには、ダライ・ラマ法王のイタリア語通訳の方が同席していました。ところがイタリアのチベット・サポーターには、なぜか『同盟』支持者が多数いて、SNSでオープン・アームスに乗り込んだリチャード・ギアを批判するという、「あれ?」というリアクションもあった。仏教徒でありながら、弱者を見殺しにする『同盟』に賛同する彼らの矛盾を謎に思いますが、おそらく彼らは『分離主義』『独立主義』というテリトリー問題でしかチベット問題を認識していないのかもしれません。一方、自分たちも難民であるチベット人の友人たちは、みなアフリカから訪れる難民の人々を心から応援しています。

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