『イワシ運動』効果が炸裂、投票率が倍になった州知事選とそれからのイタリア

Cultura popolare Deep Roma Eccetera Società

『サルディーネ=イワシ運動』の熱意と行動力

『サルディーネ』たちの攻防戦は、とにかく攻めて攻めて攻めまくる、パワフルな戦略で進められました。

選挙の1週間前となった1月19日のマッジョーレ広場で開催されたアンティファ・コンサートマラソンを皮切りに、「サルヴィーニ在るところ、サルディーネ存り」と言われるほど、サルヴィーニが行く先々に大挙して現れ、あらゆる広場を溌剌と賑やかに占領した。『サルディーネ』たちの、その熱意と行動力が今回の選挙結果につながった、と言えるでしょう。

なお、19日のコンサートマラソンには10組のミュージシャンたちだけではなく、ジャーナリスト、俳優も参加して、夜11時まで8時間ぶっ通しの『お祭り』となり、エミリア・ロマーニャだけではなく、イタリア全国から4万人が集まっています。その広場の賑わいは、といえば、騒乱の70年代以来ボローニャに漂ったことのない、興奮に満ちた熱気だったそうです。しかもその晩、宿が見つからない人々が事前でネットで申し込むと、ボローニャのサポーターが自宅の一角をシェアしてくれる、という徹底して親切なオーガナイズでした。

※ひぇー!反対勢力であれば、たじろぐ勢いです。「僕らは文化で政治を動かす」という『サルディーネ』の真骨頂。これじゃ政治も動かないわけにはいきますまい。1月19日のマッジョーレ広場。

ところで、『アンチ・サルヴィーニ、アンチ・ポピュリズム、アンチ・ファシズム』と、『サルディーネ』のスローガンには、いくつも「アンチ」が並ぶので、「なんでもアンチを叫ぶなんて、好戦的で幼稚なだけじゃないのか」と批判する人もいますが、彼らが主張しているのは、決して攻撃的で急進的な内容ではなく、『民主主義』『すべての人々の平等』『リスペクト』『自由』という、イタリア共和国憲法にも定められる、むしろ常識的すぎるほど常識的な内容です。

つまり、こんな当たり前のことを主張しなければならないほど、極右勢力の暴力的な差別発言、行動に起因する排外主義、国粋主義がイタリア中に拡大しつつあるということです。そもそも不満を抱えて生きるわれわれ市民の心理は、一方向のみの情報を浴びることで簡単にコントロールされ、『差別』『虐め』という卑屈な憂さ晴らしに引き込まれます。

そういえばここ数日、イタリアでも感染者が出たコロナウイルスを巡って、東洋人(中国人、日本人、韓国人)に対する人種差別的振る舞い(わたし自身は今のところはまだ、差別的な出来事に遭遇したことがないのですが)がちらほら報道されるようになりました。

すると新しいターゲットを見つけた極右グループ『フォルツァ・ヌオヴァ』が早速便乗。中国の人々が経営する店に「今こそ、安全なイタリア製品を買うべきときだ」という内容のビラを貼って商売の邪魔をする、という一件が報告されています。

また、『同盟』が支配する北イタリアの学校では、「春節の中国から戻ってきた子供たちにテストの出席を禁止する」「潜伏期間の14日間は自宅待機」という、差別を煽るような通達を出すところも現れました。「そんな差別的な通達は許さない」と政府が警告を出しても、学校に通うことを禁止され、現在も自宅待機をしている子供たちもいるようですし、友達から仲間外れにされる子供たちも出てきたようです。

 

※ローマでは、中国人の子供たちが多く通う小学校に、「みんな仲良くしようね」とマッタレッラ大統領がサプライズ訪問して子供たちと交流。中国人の子供たちとも握手をして、喝采を浴びました。

考えてみれば、疫病にしても、テロにしても、ハルマゲドンな陰謀論にしても、われわれ人間の生存本能でもある『恐怖心』、『不安』をセンセーショナルに煽られると、それまで呑気に暮らしていた善男善女が、急激に理性を失い「恐ろしい!」と、恐怖の対象を排斥しようとします。そしてその心理が、巧みにプロパガンダに利用されるわけです。

その最も顕著な例がナチスの反ユダヤ主義であり、優生思想に基づくジプシーの人々や障害を持つ人々、共産主義者の排斥ですが、結局、恐怖を煽るための差別の対象は、ユダヤの人々でも、イスラムの人々でも、アフリカからの難民の人々でも、中国の人々を含むわれわれ東洋人でも、異種マイノリティなら誰でもいいのでしょう。社会に強烈な恐怖を植えつければ、あとはひとりでに市民は分断され、ファッショ(束)を形成する。

イタリアにおける反ユダヤ主義に関して言えば、「いったいわたしたちは、いつの時代に生きているのだ」と首を傾げたくなるような出来事、例えばユダヤ系の人々が住むお宅の壁に『ダヴィデの星』を落書きしたり、ホロコーストの記念碑にペンキを塗るなど、ユダヤの人々への侮辱行為が、最近になって次々に報道されています。

さらに、直近の世論調査によると、あれほど明確な歴史的証拠、証人、証言が残るホロコーストについて、イタリア人の5人にひとりが「そんな史実は存在しない」と考えているという衝撃の結果まで出ています。

極右と呼ばれる勢力は、人々の本能である『恐怖』『不安』、さらには『不満』『エゴ』『自己承認欲求』『嫉妬』というネガティブ心理傾向をがっつりマーケティング。SNS上でターゲットを絞って、1時間おきにフェイクニュースだの、陰謀論だの、同胞意識を鼓舞するメッセージだのを弾丸のように投稿して共感を集めるヴァーチャル・コミュニティを形成している。それは「嘘もつき続ければ真実になる」という論理の、いわばファンタジーな世界観です。

今回、いまだ収まる気配のないコロナウイルスの渦中で海外に暮らす東洋人として、日常というリアリティにウイルスの存在は確認されず、さらには身を守るための情報が溢れているにも関わらず、「いずれ自分の身に迫るかもしれない」という想像だけで、未知の状態への『恐怖』という感情は凄まじい勢いで膨張するのだ、と改めて経験しています。また、恐怖という感情は、現在その渦中にある人々を思いやる気持ちよりも強いのだ、ということも学んでいる。実際のところ、現実そのものより、疑心暗鬼のほうが断然威力があるのです。

もっとも現在のローマには心配な動きはまったくありませんし、東洋人を見かけるとちょっと怯えるような表情をする人がいるくらいですが、バールでコーヒーを飲んでいると、お客さんもカメリエレもウイルスに関する自分勝手な論説を語り、日常においても明らかなフェイクニュースが飛び交っていることは否めません。

この状況下、政府やメディアが「まったくパニックの必要はない。東洋人の子供たちを虐めないで」と冷静で確かな情報を流し、フェイクニュースがSNSに現れるたびに打ち消してくれるのはありがたいことです。

1945年、ナチ・ファシズムの恐怖から解放された4月21日のボローニャ。引用元:dire.it

ともあれ、コロナウイルスはさておいて、それぞれの政党が1週間(1月7日ー13日)に使った、エミリア・ロマーニャ選挙資金打ち開けを、1月16日のイルファット・クオティディアーノ紙が比較しているのを興味深く読みました。

その記事によると、SNSの広告に使った資金は、『同盟』候補が18,972ユーロ 、『民主党』候補が2,217ユーロ、『5つ星』候補は153ユーロ となっているそうです。

さらに『民主党』及び『民主党党首ニコラ・ジンガレッティのアカウントからは、1回もエミリア・ロマーニャ州知事候補に関する投稿がないにも関わらず(それもどうかと思いますが)、『同盟』及びマテオ・サルヴィーニのアカウントからは『同盟』候補についてたびたび投稿されている。サルヴィーニのアカウントには418万人、『同盟』には60万人のフォロワーがいます。

対する『サルディーネ』たちは、「マーケティングに大金を投じたヴァーチャル・コミュニティではなく、リアルなコミュニティを!」と、イワシを掲げてフィジカルに広場に集まり、話しあい、目で確かめてリアリティを共有することで、『民主党』候補を勝利に導くことに成功したわけです。

というのも、サルヴィーニはヴァーチャル世界だけでなく、広場や地方のちいさい地域の政治集会にまで、精力的に毎日出かけ、人々と親交を深めるという点でも抜かりないにも関わらず、『民主党』をはじめとする左派は、といえばヴァーチャルでもリアリティでも、広場で政治集会を開いたり、市民の意見を聞いたりすることもなく、市民の日常に触れることを、すっかりおざなりにしていました。むしろ市井におけるその存在感は皆無だったと言ってもいいかもしれません。

つまり『サルディーネ』たちが率先して行動を起こさなければ、『民主党』は市民との距離を穴埋めすることができなかったわけで、事実、『民主党』から立候補したボナッチーニ州知事も、党首ジンガレッティも、「勝利は『サルディーネ』のおかげだった。ありがとう!」と感謝の言葉を述べました。

しかしながら、「『民主党』も『5つ星運動』も、しっかりとサルヴィーニを押さえ込むことができなかったから、見るに見かねた若者たちがイワシの大群として出現しなければならなかったのに、呑気に感謝するとはいかがなものか」と思った、というのが正直なところです。

『サルディーネ』が、今後どのような市民ムーブメントに発展するのかは今のところ予測がつきませんし、ちらほら批判的な意見も散見するようになりましたが、たった今の状況では、イタリアにおける真の左派は『サルディーネ』以外には存在しない、と言っておきましょう。

▶︎さすがにマンネリ化してきたサルヴィーニ・プロパガンダ

RSSの登録はこちらから