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占拠が終わるとき

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Cultura Deep Roma Musica Occupazione Società Teatro

2014年は、カウンターカルチャー支持者にとって、あまり嬉しくないニュースが続いたことを記憶にとどめておかなければなりません。

まず3月に、カラカラ浴場の斜め前にあった古い公共スペースを占拠していた Angelo Mai Altrove occupatoというチェントロ・ソチャーレ(反議会主義占拠文化スペース)と、その他ふたつの使われていない公共建造物を占拠し、経済危機で家を追われた家族に提供していたグループが、強制退去となりました。いずれも平和的すぎるほど平和的な占拠であったにも関わらず、DIGOS(テロリスト特殊防犯課)と警察が早朝になだれ込み、3時間のうちに一気に退去させるという攻撃的なものでした。

アンジェロ・マーイもテアトロ・ヴァッレとコンセプトは同じで、占拠したスペースを、占拠者たちのプロフェッショナルな運営で自主管理する文化スペースでした。インディを中心とした音楽、コンテンポラリーダンス、実験的なアート作品の展示で、多くの人々が集まるカウンターカルチャーの拠点でもあり、公共の建造物を占拠していたグループの家族にはちいさい子供たちがいる夫婦もいて、現ローマ市長(2014年当時)、イグナチオ・マリーノも「強制退去について市は何も聞かされていない。子供たちのいる家族のことを非常に心配している。一刻も早く解決策を考えたい」と述べましたが、その後ローマ市から何らかの代案を提示されたという話は聞こえてきません。

また、2015年に入ってからは、Realtoなど、老舗のチェントロ・ソチャーレをはじめ、占拠されていた映画館Cinema Americanなど、その他のいくつかのスペースも強制退去となりました。占拠スペースは、Angelo Maiを除いて、どこも廃屋のまま、利用されることなく扉は閉ざされています

Angelo mai altrove occutatoを包囲するポリスたち

Angelo mai altrove occutatoを包囲するポリス

わたしのような日本人にとっては、文化的な『占拠』であれ、あるいは廃屋である公共建造物の『占拠』であれ、もちろん違法であるし、いずれ行政から退去命令が出るのは当然だ、という意識はあるのですが、わたしが持つその常識は、『占拠』に関わる人々のメンタリティと、大きな隔たりがあります。

緊縮財政(ベルルスコーニ元首相退任後のマリオ・モンティ政権から)が極端になって、いよいよ格差がひどくなり、弱者となっていく人々を行政、あるいは司法が助けることができないのであれば、自分で自分を守るしかない。自分たちで自分たちが表現したい文化のスペースを持つしかない。そしてそれを必ず実行する」という確固とした意志が彼らにはあり、ルーツはそこに存在するにしても、過去に吹き荒れた思想的な理想主義、ユートピア願望超えた切望のようです。現代の占拠はむしろ、グローバルなハイパー市場原理社会、利権中心システムで失われつつある『』の存在確認、主張、挑戦なのかもしれません。

彼らは確かに政治的ではあっても、左派(2015年の時点でのイタリアの政府はPD『 民主党』で、PC『イタリア共産』の流れを正統に組む政党でもあります)、もちろん右派にもカテゴライズできない、強いて言うなら、左派ではあってもアナーキーな人々でしょう。しかし現状を覆う既存の社会システムを、『絶対』とは捉えることなく、「しかたない。長いものには巻かれろ」と大人ぶることのない、飽くなき挑戦を継続しようとするこのメンタリティを理解したときは、ちょっとしたカルチャー・ショックでもありました。実際、音楽、映画などの文化スペースだけでなく、保育園など教育の分野の占拠が成功し、行政からも認められ、市民の社会生活に貢献している機関もあり、特に70年、80年代に占拠されたスペースが世代を超えて、現在も機能しているケースも多いのです。

ところで、この「アンジェロ・マーイ」の大袈裟な強制退去劇に関わったローマ市の、住宅、土地管理評議会議員という人物は、2014年、12月にローマ市、ラツィオ州のみならず、イタリア政府をも巻き込んで大騒動となったMafia Capitale(マフィア・カピターレ)事件で取り調べを受け、あっさりと辞任することになりました(2015年6月4日に逮捕)。

この大がかりな「政治家、ローマ市官僚のマフィア癒着」事件は、『鉛の時代』の数々の事件にも深い関わりを持つ、70年代に生まれたローマの犯罪組織、Banda della magliana(バンダ・デッラ・マリアーナ)のボスが、移民ビジネス、ゴミビジネスに絡んだ『全ローマ買い取り計画』を企て、独自の哲学に基づいた長期プロジェクトで、利権を思うままにしていた、というものです。数年という長い期間、犯罪組織が、政治家官僚に毎月給料を払ってプロジェクトの指揮をとり、ローマの公共予算を食い物にした前代未聞の事件として、元市長、現市長も事情聴取を受け、官僚、政治家を含める40人以上(2015 年6月4日、新たにに44人)の逮捕者を出しました。事件に関する取り調べは現在も継続しています。

「ほんとに? ローマ市の不動産の公共予算って70 年代から幅を効かせていた、あの Banda della Magliana( 元検察官だったジャンカルロ・デカタルドの小説を原作にした映画TVドラマシリーズが大ヒットした)のネオファシスト、『ネロ』の愛称で有名な、あのマッシモ・カルミナーティが操っていたの? ネロって生きてたんだ。映画では死んだから、とっくに死んだと思っていた。まるで亡霊だな」と人々をあっと驚かせ、と同時に絶望的な気分にもさせました。

ちなみにこのカルミナーティという男は、『鉛の時代』、ぺコレッリ(ジャーナリスト)殺人事件ボローニャ駅爆破事件に関わる重要人物として長い間裁判にかけられていましたが、いつのまにか娑婆に舞い戻り、こうしてローマで大規模犯罪プロジェクトのボスとして君臨していたわけです。また、一時期は日本に逃亡していたことがある、との報告もあります。さらにカルミナーティはトールキンの『指輪物語』、ジョージ・オーウェルの著作に造詣が深く、独自のTerra di Mezzo (中間の地)というポジションを模索し、上の世界(政治家、官僚社会)、下の世界(闇の犯罪世界)を自由に行き来するという、独自の思索をもとにプロジェクトを構築したとの報道もありました。

ともあれ、ローマの(イタリアの)ある種のビジネス、そして政治を、マフィア(シシリア、ナポリ、カラブリア、ローマ、とそれぞれに複雑な組織があり、理解不能です)が牛耳っていることを、うっすらと予感させるものは、以前からありました。メディアもキャンペーンを張り、ことあるごとにマフィア撲滅が叫ばれてはいても、権力側がなかなか断ち切れない、複雑怪奇な癒着があることが、ローマのみならず、イタリア全体の状況です。

「アンジェロ・マーイ」強制退去に関しては、凶悪犯の逮捕劇のようなその騒ぎに、誰もが「テロリストでもないのに、芝居がかりすぎ」と不思議がりましたが、 2014年も押し詰まって、なんとなくですが、「なるほど」と合点がいったというわけです。市民の目をローマ市の行政とマフィアが一丸となった犯罪から、目を逸らす意図もあったのでしょう。

『マフィアが殺すと国家が感謝する』壁の落書き

『マフィアが殺すと国家が感謝する』

また、アンジェロ・マーイが強制退去になったもうひとつの理由として、反議会主義ではあっても、ソーシャルな活動目標を持ち、文化の分野の活動を自主管理する、いわばアルタナティブ実行力のある政治グループが(占拠者グループは、それぞれ密につながり、情報交換をし、互いに協力して政治的な各種イベント、デモ集会も開催しています)、既存の政権に大きな影響を与えないうちに、潰してしまおうという政治的背景もあるように思えます。アンジェロ・マーイの強制退去後、新聞も含み、巷では「中央左派の新政権は政治を一本化するために、アルタナティブな左派グループを一掃したいんじゃないか」という声も上がりましたが、それから時を置かず、みなの予感は的中することになりました。

2014年、5月。ローマ市から占拠ちゅうのテアトロ・ヴァッレにも、遂に正式な退去通告が発布されました。その退去命令は、華々しい実績、国内外の著名演劇人、映画人、さらにはイタリアの重鎮である法律家たちが支持したこともあって、楽天的だった人々を驚かせるものでした。

しかしマリーノ新市長(PD『イタリア民主党』)じきじきの退去通告は、ソフトではあっても抗いがたい命令です。「前市長アレマンノ(右派)ですら、劇場に退去通告を出さなかったのに、本来ソーシャルな活動における同志であってもいいはずの左派の市長が、退去通告?」と支持者たちも戸惑うことになります。理由はといえば「劇場が老朽化し、天井のフレスコ画にもひびが入り非常に危険な状態なので、早急に修復しなければならない。ついては占拠者たちに退去してほしい」という漠然としたものでした。

確かに劇場は老朽化していましたが、正直に言いますと、ローマの劇場はどこもかしこも老朽化して、たびたび修復しなければならない状況です。その老朽化した劇場の状況にも、占拠者たちは細心の注意を払い、建築家などのエキスパートの助言も受けながらの運営をしていました。「一刻も早く劇場から立ち去って、劇場を市民のもとに返してほしい」とマリーノ市長が主張した際は、支持者の間に苦笑が漏れました。運営できなくて廃墟化しようとしていた劇場を、市民に解放し、生き返らせたのは占拠者たちであり、「いつまでたっても何の公演もない、空の劇場にいったい何の意味があるというのか、『茶番劇』もいいところだ」と、占拠者たち、アーティストたち、5600人の支持者たちをがっかりさせることになりました(*テアトロ・ヴァッレは2023年現在も、ほとんど使用されず廃墟となったままです)。

通告直後は、「警察がなだれこんできても、決して立ち退かない」と頑張っていた占拠者たちの間では何度も会議が開かれたようです。彼らを応援していたメディアジャーナリストも大勢いて、主要新聞にも彼らを擁護する記事が多く掲載されもしました。マリーノ市長はその反応を配慮して、「その実績を生かすために早急に、国の文化財産省と相談して文化コンペを開催し、そのコンペに占拠者たちに参加してもらうようにする。そのためのプロジェクトを用意してほしい」という、実現することがなかった交換条件をつけざるをえなかった。この発言から、の所轄であったヴァッレ劇場は、の文化財産省の管理下に置かれることとなりました。

時期を同じくして、選挙をせぬまま、政治力と偶然性を駆使して、あれよあれよという間に39歳の若さでイタリアの首相になったマテオ・レンツィ首相は、就任直後、こんな談話を発表しました。「文化を継承するために、多くの人々がテアトロ・ヴァッレの有り様がひとつの文化モデルになる、そう僕に助言するけれど、僕はそうは思わない。他にいくらでも方法がある。たとえば欧州で最も古いフィレンツェのペルゴーラ劇場のような解決方法がある。ペルゴーラ劇場はいまでは劇場として充分に機能している」

ペルゴーラ劇場というのは民間企業が公共機関とコラボレーションすることにより、 で劇場を管理することになった劇場です。もちろん、わたしはベルゴーラ劇場を否定するわけではありませんし、作品に見合った商業ベースの劇場は理にかなっているとも思います。

しかし、いろいろな表現の作品があるのなら、それぞれのニーズに適応した、いろいろな劇場があるべきだ、とも思うのです。社会には、分別のないスペース、ゆるみや遊びが必要で、それが人の精神にもゆるみや遊びのスペースをもたらすのではないか、そしてそれは、われわれが生きるうえで、失くしてはならないものではないか。新たな面白い動きは、そのスペースから生み出される。その余裕というものが、わたしが今までローマから学んだ、懐深い社会の寛容でもあります。

※Angelo Mai altrove occupato

L’unica dimostrazione di buona volontà e’ l’azione comune: tanto più se scandalosa. Pier Paolo Pasolini

唯一の意志の表明は、共に行動することだ:たとえそれがスキャンダラスであってもだ。ピエールパオロ・パソリーニ

⚫️ちなみにアンジェロ・マーイは、「強制退去」後も立ち退かず、しばらくの間はイベントを自粛していましたが、今年に入って、コンサートや演劇のワークショップが次々に開催されています。ごく最近は朝からフェスタでダンス、というロンドン発の「Morning Gloryville Roma」も開かれておおいに賑わったようです。午前6時開場のダンスパーティでは、ヨガやマッサージ、カフェ、オーガニックスタンドも出て、子供も大勢参加しました。前回覗きに行った時は、ガランとして「アンジェロ・マーイは不可侵スペース!」のはがれかけたポスターがはらはらと風に揺れていましたが、どうやら占拠者の粘り勝ちかもしれず、今後の動きが楽しみです(アンジェロ・マーイは2023年現在も運営され続けています)。

▶︎続くー情熱のゆくえ

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