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ローマ:ウクライナ危機の平和解決を主張するのは、現実を見ない夢想家の独善なのか

Deep Roma Eccetera Storia

ロシアとの蜜月、ネオ・ユーラシア主義

国内消費に必要な輸入エネルギー資源のうち、石油29.7% 、天然ガス65%をロシアから輸入していたドイツ同様、石油約12.5%、天然ガスの約42~3 %をロシアのエネルギー資源に依存していたイタリアは、今回の戦争におけるEU諸国の、ロシアからの化石エネルギー資源の輸入制限、ガスパイプライン「ノルド・ストリーム2」の認証作業停止、さらにロシアの有力銀行のSWIFTを国際金融取引から排除、という経済制裁のブーメランで、ガス、電気代が2倍、3倍と一気に高騰(請求書が来るたびに床に崩れ落ちるほど)しています。

市民の身からすれば、収入はまったく増えないにも関わらず、光熱費と同時に、すべての物価がじわじわと上がる、厳しい時代の到来です。ちなみにフィナンシャル・タイムズ紙によると、ロシアの大銀行のSWIFT排除のアイデアは、イタリアのドラギ首相から提案されたものだ、ということでした。

なお現在の、イタリアにおける極端なガス、電気代の高騰は、ウクライナ危機のみが反映されているわけではなく、仲介会社、つまりブローカー界隈による姑息な投機である可能性が、ロベルト・チンゴラーニ環境相から提示されてもいます。

とはいえ、何が原因であってもエネルギーが高騰しているには違いなく、イタリアでは、5月1日から夏に向かって、あらゆる公共の建造物内の空調設定温度を27℃とし、その許容誤差は2℃ まで、と定められることになりました。したがってリミット25℃ということになりますが、公共の建造物内、事務所内を一軒一軒調べる、などという効率の悪いコントロールはありえないので、どのような方法で違反を調べるのか、まったく定かではない政令です。

さらにEUは、エネルギー資源、穀物、肥料のみならず、パラジウム(40%)、バナジウム(33%)、リン酸塩(20%)、アルミニウム(17%)などのミネラル類をもロシアから(ウクライナからも)輸入しており、それらが輸入できないとなると、その影響が多岐の産業にわたることは言うまでもありません。4月の時点では、エネルギーと食品価格の上昇のため、+6.5%という消費者物価指数が出ており、これは1991年以来の数字だそうで、現実的にはエネルギーが前年同月比で94%、加工食品が8%上昇しています(Il sole 24 ore紙)。

天然ガスについては、米国液化天然ガスをいくらかEUに融通するということですが、事情が事情であるため、安価に提供してくれる、と思いきや、ロシアのガスに比較して倍近く高額になるそうです。

また、今年2月にEUが『原発』をグリーンエネルギー(!)と認定したのち、フランスは原子力発電所の建設再開を決定(EUから脱退した英国も)しており、イタリアでも、2度の国民投票を経て、現在はまったく稼働していない『原発』の再導入に関する議論が、チラホラ聞こえるようになりました。しかし今思うなら、ウクライナ危機がはじまる直前のタイミングで『原発』がグリーンエネルギーに認定されるということは、EUはロシアの動向を、かなりの確率で掴んでいたのかもしれません。

現在イタリアは、ロシアからの天然ガスの輸入を完全に停止するため、アルジェリア、カタール、リビアからの輸入を増量し、エジプト、さらにはコンゴとも合意を結んでいます。しかしこれらの国は、国連人権理事会におけるロシア理事国資格停止の投票の際、反対票を提示、あるいは棄権した、ロシアと強い絆を結ぶ国々ですから、はたして今後、スムーズに商談が進行していくのか、契約が反故にならないか、不安が残ります。

いずれにしても、イタリアの場合、ロシアからの石油・天然ガスの大幅な輸入がはじまったのは、元ベルルスコーニ元首相の時代であり、その頃は、元首相の邸宅でのパーティにプーチン大統領が招かれたり、家族で元首相のサルデーニャの別荘夏休みを過ごしたりと、ロシアとイタリアの蜜月が報じられていました。その時代のプーチン大統領とベルルスコーニが仲良く映った写真を見ると(▶︎スライドで)、陽気でゴージャスな地中海世界に足を踏み入れた、まだ若いプーチン大統領の楽しそうな表情に、「こんな未来が訪れるとは」、と複雑な気持ちです。

エネルギー資源の獲得が、イタリアより厳しい状況にあるドイツでは、ロシアの天然ガスの大幅な輸入に踏み切ったシュレーダー元首相、その政策を引き継いだメルケル元首相が批判に晒されているようですが、ガス利権に絡んで、どうやら私腹を肥やしていたらしい元ベルルスコーニ首相はともかく、メルケル元首相時代はロシアとEUの国々が、貿易によってそれぞれに利益を得ることで緊張が緩和された「よき時代」ではなかったか、と懐かしく思います。

もちろんその頃は、まさかその化石エネルギー資源が、たとえばポーランドブルガリアのガスパイプラインを突然閉鎖するなど、プーチン大統領がEUを追いつめる、強力な武器になろうとは、誰ひとり想像していませんでした。

EUの天然ガスに関しては、ロシアへの依存度が低いフランス、スペインにおける大きな影響は少なくとも、ハンガリーは国内消費に必要な輸入エネルギー資源70%のうち、その95%を、オーストリアは国内消費に必要な輸入エネルギー資源70%のうち、その80%を、EU全体では域内消費に必要な輸入エネルギー資源60%のうち、その39%をロシアに依存しており、代替案が確保できないまま、EUが今すぐ完全にパイプラインを閉じることは不可能です(Limesグラフより)。現在EU加盟申請をしている沿ドニエステル共和国問題を抱えるモルドバに至っては、100/100%のガスをロシアに依存しているのだそうです。

したがって、「ルーブル以外、代金を受け取らない」とロシアに脅されても、EUは石油はともかく、ロシアからの天然ガスの輸入を止めることはできず、相変わらずその代金を払い続けるしかないわけで、ゼレンスキー大統領に「EUからロシアに流れる化石エネルギー資源の代金が、ロシア軍投資されている。いますぐパイプラインを閉じるべき。欧州は偽善者」と非難されることになるのです。つまりロシアには、エネルギー価格の高騰も手伝って、今でも潤沢な資金が流れ込んでいるわけですが、欧州にガスを輸送するパイプラインを自国に張り巡らせるウクライナもまた、欧州を非難しながら、実はロシアからその貸借料をいまだに受け取り続けている、という複雑な構図です。

さて、ベルルスコーニ時代から、それなりに平穏な関係が続いていたイタリアとロシアの、その空気が大きく変わったのは、ウクライナのユーロマイダンに続くヤヌコーヴィチの失脚、ロシアのクリミア半島侵攻以降でしょうか。

このロシアのクリミア半島侵攻の際には、イタリアの極右グループのメンバーがロシアの義勇兵として参加していた事実を、いくつかのメディアが報じたことがありました。また極右政党『同盟』は、クリミア半島侵攻でG8から除名されたロシアの「経済制裁今すぐ解除すべき」、とことあるごとに主張し、党首マテオ・サルヴィーニは「プーチン大統領こそ、世界のリーダーだ」と明言し続けていた、という経緯があります。当時、「アフリカから欧州に渡ってくる難民の人々の背後には、ジョージ・ソロスの陰謀が存在する」と、ロシア風のフェイクニュースをSNS上に撒き散らしていたのもサルヴィーニ界隈です。

なお『同盟』には、2019年、クリミア半島侵攻資金をプーチン大統領に融通していたと見られるオリガルヒのひとり、コンスタンチン・マロフェエフから、オフショアを通じて、巨額の政治資金が提供されていた、とのスキャンダルが巻き起こったこともありました。そのスキャンダルの中心人物であり、『同盟』とロシアの架け橋であったジャンルーカ・サヴォイーニは、プーチン大統領に心酔しており、巷で「プーチンのラスプーチン」と呼ばれ、プーチンの思想形成に大きな影響力を持つ、と言われるアレクサンドル・ドゥーギンとも、25年来の友人です。

政治哲学者イワン・アレクサンドロヴィチ・イリインに大きな影響を受けたとされる、このドゥーギンという思想家は、「アンチ・ソ連レジーム」、「アンチ・ウルトラリベラル」を主旨とした何冊もの本を書いていますが、その著作『ポストモダン、無謀の自覚』、『地政学の基本』は、ロシアの軍事学校教科書として使われるほど重要視されているそうです。なおゲンロン6『ロシア現代思想Ⅰ』では、その思想成立の概観ともいえるドゥーギンの論文、「第四の政治理論の構築にむけて」が日本語に翻訳されています。

イタリア語も英語も堪能なドゥーギンは、強権的な思想を語るわりには予想外、ともいえるフランクさで、ウクライナ危機が起こる前にはたびたび報道番組に出演し、イタリアでもかなりの知名度を誇っていました。さらに意外なことに、危機が起こってからも、ベルルスコーニ元首相所有の放送局の政治トークショーに出演し、そのアンチリベラルぶりと伝統主義、中世に逆戻りしたかのような突飛な言論で、他のゲストたちを唖然とさせてもいます。

余談ですが、最近のイタリアの政治トークショーには、かなりの頻度でロシア国営放送ジャーナリストたちが出演しています。もちろん彼らは「ドンバスのネオナチが、多くのロシア人たちを殺戮したからこうなったのだ。マリウポリでは、ロシア軍が市民を助けている」という大本営発表の主張しかしませんが、時には奇譚なく、総じてオープンに議論が進行することもあり、ロシアとの交渉は、誠意と根気さえあれば、そう難しくはないのではないか、とも思えてくるのです。

反対にイタリアのジャーナリストがロシアの国営放送に出演して意見を述べることもあるそうですが、4月30日のラ・レプッブリカ紙に、イタリアの政治トークショーに出演するロシアのジャーナリストにスパイの嫌疑がかけられ、調査が入った、との報道もありました。

また、ベルルスコーニ元首相所有の放送局の政治トークショーに出演したロシアのラブロフ外相が、「ヒトラーにはユダヤの血が流れている」と、とんでもない発言をした件には、「ロシアのプロパガンダ」と批判が巻き起こり、ロシア人が出演する番組をボイコットするコメンテーターが続出したそうです。確かにロシア外相のコメントは事実無根の発言で、嫌がらせとしか思えませんが、しかしこうなってくると、誰もが過度の疑心暗鬼に陥って、互いが理解しようと近づくことが難しくなるように思います。

 

赤、紫、薄紫で色付けされている1914年、ロシア帝国の国境線までの領土を取り戻そうといネオ・ユーラシア主義者たちのプロジェクト地図。

 

さて、ドゥーギンに話を戻すと、『同盟』とロシアの架け橋でもあった件のサヴォイーニは、ドゥーギンは「巷で語られるような『プーチンのラスプーチン』ではないが、クリムリンに近い文化サークルを構築する面々、特に欧州アジア主義者たちと交流し、その地政学理論を興味深く分析している」、と極右系ブログのインタビューに答えています。

以下、プーチン大統領に影響を及ぼしている、と言われるドゥーギンの思想の片鱗がうかがえる、2019年に投稿したIl Foglio紙によるドゥーギンのインタビューを再掲します。

「現代の西側諸国は、モダニズム、そしてポストモダニズムの罠にはまっている。リベラルな近代化プロジェクト、社会、伝統的な精神性、家族、ヒューマニズムのすべてのしがらみから自由な個人主義というリベラリズムに向かい、やがてそれは個人をジェンダーから自由にし、そのうち自然な人間であることをもやめさせるだろう。今日の政治プロジェクトは、このリベラリズムプロジェクトであり、欧州の幹部たちは、このプロセスを止めることはできず、ただ継続していくに過ぎない:もっと移民を。もっとフェミニズムを。もっと開かれた社会を。開かれたジェンダーを。この路線を欧州のエリートたちが議論することも、コースを変えることもできず、時間が経てば経つほど、人々は反目するようになる。欧州には(開かれた社会)への反対者が増え、エリートたちは、彼らを悪魔呼ばわりしながら押さえつけようとする。欧州のエリートたちが目指すのは、リベラリズム・イデオロギーだ

「モスクワでは、ドナルド・トランプの勝利に『米国のトランプは、状況を少し変えながら、権力を握り、欧州は孤立した」と婉曲的な表現で、好意的に受け止められた。われわれの大統領プーチンはポストモダンなイデオロギーを共有しないために、ロシアは欧州にとって、NO1の敵でもある。われわれはイデオロギー戦争の真っ最中だが、今回は、共産主義対資本主義ではなく、政治的に正当な(と思っている)リベラルなエリートたち、グローバリズム貴族階級と、例えばロシアやトランプのようにリベラルな思想を分かち合わないものたちの闘いなのだ」

「リベラルのエリートたちは、欧州が移民の受け入れとジェンダーの解放で、アイデンティティを失うことを望んでいる。したがってヨーロッパは権力を失い、それを自ら認めることになり、内面の自然を認めることになるだろう。欧州は知的、文化レベルでひどく脆弱だ。わたしはこんな欧州を認めるわけにはいかない。(欧州の)思考は、可能な限りの低レベルにある。欧州はロゴスの、知性の、思想の祖国であるにも関わらず、現在は、そのカリカチュアでしかなく、スピチュアルにも、心理的にも脆弱で、それを治療するのは不可能だ。なぜならエリートたちによる政治がそれを許さないからだ。欧州はさらに矛盾し、愚かになっていく。ロシアはリベラルのエリートたちから破壊されようとしている欧州を救わなければならない

「ロシアはロシア正教という、それ自身の文明を持っており、欧州とロシアの間には似た側面がある。しかし共産主義が崩壊し、ロシアが欧州に近づこうとしたとき、われわれは欧州はすでにそれ自身ではないことを理解した。欧州はリベラルのパロディであり、デカダンスに陥ったポストモダンであり、トータルな腐敗へと向かおうとしていた。こんな西洋は目指すモデルにはならないから、われわれはロシアのアイデンティティに霊感を受け、カトリックと正教、ポストモダンと正教の間に違いを見出したのだ。われわれはローマ、ギリシャ、ビザンチンの伝統を継承し、欧州が失ってしまった、古いキリスト教のスピリットに忠誠を誓う。ロシアは現在の欧州を、より欧州的に再構築するために重要なポイントになるだろう」

このように、ドゥーギンのインタビュー内容は、リベラルなエリートたちを敵とみなす、反啓蒙主義のトランプ元大統領、及び以前の『同盟』の主張に重なります。当時のIl Foglio紙は、ドゥーギンがアンチリベラルを主張する背景には、「ネオ・ユーラシア主義ー欧州アジア主義」があると考察し、ソ連崩壊で分裂したバルト海から黒海までの旧ソ連領再構築すること、そして「ネオ・ユーラシア主義」を欧州が認め、保護することだと分析しました。

では、ロシアシンパであった『同盟』は、というと2021年、マリオ・ドラギが首相となり、新政府が構成されてからというもの、「反欧州」から忠実な「欧州主義」政党を標榜しはじめ、主張を180°変化させています。

なお、前述のオリガルヒ、マロフェエフは、ガーディアン紙のインタビューに「プーチン大統領は神からわれわれに使わされた申し子だ」と答えており、マロフェエフが言うように、プーチン大統領が自らを「ロシア、ネオ・ユーラシア主義ミッション頂点にいるメシアなのだ」、と狂信的に思い込んでいれば、戦争はウクライナに留まらず、国境を越えて拡大する可能性がある、ということかもしれません。宗教的側面から言えば、ロシア正教の主席首長キリルが、プーチン大統領の、武力によるウクライナ侵攻を強く支持しているのみならず、モスクワでは、大統領に「母なる大地」のエネルギーを送る「魔女」の集会(!)まで開かれているそうです。

とはいえわたしには、ロシアに都合のいいように歴史を修正して語るプーチン大統領が、単なる狂信者だとは思えないのです。ロシア政府が「ネオ・ユーラシア主義」へと大きく方向転換し、極端な「アンチリベラリズム」を国際的に公言しはじめてからは10年経つか経たないぐらいで、日もまだ浅く、欧州を分裂させ、ロシアが域内でプレゼンスを示すには、「アンチリベラル」「アンチエリート」というインパクトに、アルカイックな「宗教原理主義」の神秘性を抱合した、極端な思想形成が必要だったからだと考えます。

実際、その思想の方向性は共感者を得ることに成功し、欧州の極右主義者、カトリック原理主義者たちに、おおいに歓迎された時期がありました(現在も、かもしれないのですが)。

かつて、『世界家族会議』(トランプ前大統領の支持母体であるキリスト教福音派、反教皇派のカトリック原理主義者、ロシア正教会が核となった宗教・政治ロビー)を核に、ロシアと深い繋がりを築いていた米国のスティーブ・バノンは、イタリアの政治トークショーに参加して、「NATOがウクライナに武器を送り続けることは間違っている。交渉による停戦こそが重要だ」と、いたって平和主義者的な意見を述べています。しかし、多少ソフトにはなっても、バノンが「反欧州主義」者であるには違いなく、大統領選挙戦の最中もロシア寄りの発言を続けたマリーヌ・ルペンを応援しながら欧州の分裂に積極的な好意を示し、相変わらず「反中国」発言が多くあったことが印象的でした。

ちなみに「プーチン大統領こそ、世界のリーダーだ」と大統領を称賛していたマテオ・サルヴィーニ『同盟』党首は、戦争がはじまると一転、ウクライナ危機におけるロシアの無謀を非難しはじめ、「フランチェスコ教皇が最も正しい。平和解決すべきだ」と意見をコロッと変えています。サルヴィーニといえば、つい最近まで「カトリック原理主義」に入れ込み、リベラルな風潮にも理解を示すフランチェスコ教皇を、徹底的に攻撃していたので、気でも触れたのかと思うぐらいでした。

一方、長きにわたって沈黙を貫いていたベルルスコーニ元首相は、プーチン大統領に何度か電話しても無視され続けたらしく、最近は「見損なった」と厳しく批判しています。

▶︎ドンパスという黄金地帯

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