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ローマ:ウクライナ危機の平和解決を主張するのは、現実を見ない夢想家の独善なのか

Deep Roma Eccetera Storia

米国とウクライナの普通でない関係

安全保障上の脅威としてのNATOの東方拡大への非難とともに、「ナチファシストに蹂躙されるロシアの同胞を助けるため」、とロシアのウクライナ侵攻の言い訳となったドンバス地域で、2014年から2022年までの間に1万4千とも1万6千とも言われる、大勢の方々が亡くなる激しい紛争が続いていたことの詳細は、少なくともイタリアではほとんど注目されることはありませんでした。

不思議に思うのは、クリミア半島侵攻を巡る『ミンスク合意』の後、それをまったく無視して、ドンパス地域の分離独立を企てる親ロシア派と、Azov軍隊、ウクライナ軍との激しい紛争を、米国も欧州各国も、また各国のメディアも表面上はまったく問題視せず、8年もの間、何の手も打たなかったことです。欧州諸国は、それぞれの国内の分裂の収拾、コロナの拡大で手いっぱいでもあり、2021年にアフガニスタンから撤退した米国は、中国を牽制するため、アジア太平洋地域に軍備の重点を置きはじめ、ロシアにまでは手が回らなかった、という分析もありました。

ところが今回の戦争がはじまって、あれこれと情報を追ううちに、かなり長期に渡って米国がウクライナ(だけではなく、前述したポーランド、チェコ、バルト3国などの周辺国)を軍事支援していたことを理解することになります。日本語版ウィキペディアにも簡単な記述がありますが、2013年12月にはヴィクトリア・ヌーランド(当時米国務省報道官)が、「米国はソ連崩壊後、ウクライナの未来のために50億ドルを投資した」と明言しており、「2014年2月には、(ヌーランドは)激しい流血となったユーロマイダン革命のプロモーションのためにキーフに飛んだ(Il Fatto Quotidiano)」そうです。

この時のヌーランドとウクライナの米国大使ジェフ・パイアットの会話盗聴され(おそらくロシアのインテリジェンスにより)、Youtubeにアップされるという事態に発展して真偽が議論されましたが、のちに本人たちが、盗聴ファイルが「真正」であることを認め、謝罪しています。以下、Il Fatto Quotidiano紙、マルコ・トラヴァイオのコラムの抜粋です。

「(その盗聴会話で)ヌーランドは、ウクライナ平和化計画を、国連のジェフリー・フェルトマン政治問題担当事務次官に介入してもらい、ジョー・バイデン米国副大統領(当時)と相談して、NATOやEUの同盟国知られないように、(ウクライナに)特使(首相)を任命するつもりであることを打ち明けている。その際、彼女は野党のリーダーである元ボクサーのヴィタリ・クリチコ(現キーフ市長)を将来のウクライナの首相にすることは、良いアイデアだとは思わない。むしろ銀行出身の男、アルセニー・ヤツェニュクがいい、と語っているが、実際、この会話から1ヶ月後に、ヤツェニュクが首相になっている」

「パイアットはその件についてはEUと協議したいと伝えるが、ヌーランドは、ウクライナとヨーロッパに関する、おそらくオバマとバイデンの綱領とでも言えそうな、“Fuck the EU!(くそくらえ、EU!)”(パイアットはそれにExactlyーまったくその通り、と答えている)というフレーズで反論する。このやりとりを知ったメルケル(元)首相とヴァン・ロンプイ欧州理事会議長は『絶対に受け入れ難い言葉だ』と抗議したが、なぜ米国が、まるで植民地であるかのようにウクライナの政府と、その未来を決めるのか? については抗議しなかった。そう、まるで(ウクライナは米国の)植民地のようではないか」

なお、ユーロマイダンについては、たとえ米国からの多少の扇動があったとしても、市民の間にEU加盟への強い要求があったからであり、むしろ市民の勇気に心打たれますが、米国がウクライナの首相決定にまで関与していた可能性があるならば、「内政干渉」の度が過ぎる、と言わざるをえません。

現在は米国の国務次官である、そのヴィクトリア・ヌーランドは、4月23日、「あらゆるすべての可能性を排除できない。残酷な戦争犯罪者であるウラジーミル・プーチンの指揮下、あらゆることが起こりえる。あらゆる破壊力がある武器(核兵器を含め)が使用される可能性がある」「それはウクライナだけではなく、世界の脅威である」とメディアに語っていました。

地政学月刊誌「Limes」の記事にもありますが、ソ連崩壊後、欧州とロシアの境界線、緩衝国にあたるウクライナの政治は、ロシアのみならず、2004年の「オレンジ革命」をはじめとして、常に米国の干渉を受けてきた、という経緯があります。われわれは全く知りませんでしたが、歴代の米国大統領からは、ウクライナに大量の武器が供給され続け(トランプ政権時代も)、大規模演習、特殊軍事訓練など、米国、及びNATOによる積極的軍事支援が行われていたそうです。

また、3月13日にロシア軍が空爆したポーランドとの国境近く、Yavoriv(ヤーヴォリウ)は通常、外人部隊との合同訓練が行われていた「外国人基地」、とメディアに表現されましたが、その実、カモフラージュされた、ウクライナ国内におけるNATO基地と見られています(Il Fatto Quotidiano, La Stampa, Il Giornale)。つまりNATO加盟国でないにも関わらず、その基地が、ウクライナ国内に、曖昧にではあっても存在していたということです。このヤーヴォリウの基地は27年前から存在していたそうです。

ところで、そのNATOの、かつてのソ連の領土、あるいは友好国であった東欧諸国への拡張は、1995年のクリントン大統領時代からはじまり、ジョージ・ブッシュJr大統領時代に進められています。

クリントン元大統領は、今回のウクライナ危機に際し、「思った通りだ」と言わんばかりに、「現在のロシアを見れば、あの時のNAT0拡大の決定は正しかった」と、英紙のインタビューに答えていましたが、これは「卵が先か、鶏が先か」の類の議論でもあり、NATOが東欧諸国に進出したにしても、米国、欧州がソ連崩壊後のロシアに敵対せず、融和に積極的であれば、ロシアも挑発された、とは受け取らず、現在のウクライナ危機は起こらなかったかもしれません。なにしろロシアNATOに加盟したい、と匂わす時代もあったのです。

たとえばプーチン大統領と懇意でもある、手練れの元国家安全保障問題大統領補佐官、ヘンリー・キッシンジャーは、常々ウクライナの将来に危惧を抱き、2014年の時点で、「EU加盟に賛成だが、NATO参入には反対。ウクライナのフィンランド化(中立)が最も適切である」と考えていたそうです。

1975年の「ヘルシンキ宣言」で『冷戦』における脅威を緩和した「全欧安全保障協力会議」の精神そのままに、ロシア、米国を招いて会議を開くのはどうだろうか、とセルジォ・マッタレッラ大統領はストラスブルグの『欧州評議会』で提案しています。「ヘルシンキ宣言」の最後の書類にサインしたのはアルド・モーロだったそうです。写真右はレオニード・ブレジネフ。affarinternazionali.itより引用。

「1994年までは約束通り、米国、ロシア双方で決めたレッド・ラインを、米国が1cmも超えることはなかったが、ビル・クリントンがポーランド、ハンガリー、スロヴェニアをNATOに加盟するよう鼓舞したのだ。そしてコソボの国内でのセルビア人の非人道行動をやめさせることを口実に、ロシアに事前に通達することなくセルビアを爆撃し、ロシア人たちに屈辱を味合わせた。ジョージ・ブッシュJr.は、ウクライナを含めるロシアの周辺の、実質的に衛星国すべてをNATOに招待し、フランス、ドイツ拒絶されている。それでもウクライナNATO加盟案は常にワシントンの机上に残っていた」

「それは、ロシアのレッドラインを侵犯する、危険で冷酷なアプローチだった。また、2014年のユーロマイダン革命も、米国により扇動されたものだ。NATO、すなわち米国軍をウクライナに引き入れ、武器を送り、演習を行って、(西側に)融合させるためだった」

2021年9月、バイデン大統領署名した書類のなかに、ウクライナに武器を供給し、NATOとの「Enhanced Opportunities Partner(パートナーチャンスを促進)」し、「Strategia Defence Framework(防衛フレームワーク・ストラテジー)」に組み込む、つまりキーフにNATOの扉を開くという内容の書類が存在することにメディアは注目しなかったが、ロシアインテリジェンスたちにとってはそうはいかなかった」(いずれもノーム・チョムスキー/il fatto quotidiano)

2021年秋、ウクライナとの国境における部隊軍備再配置を開始したロシアは、12月にはNATOの(東方)拡大の停止、軍備の撤回、新たな欧州安全保障再構築の交渉開始などの提案リストを米国に送り、それを事実上の最後通牒とした。米国では、そのリストの存在は公にはされず、外交上の利害関係者以外、(ロシアの最後通牒を)むしろ冷淡に受け止められた。アメリカの政治家の多くは、チェコスロバキアを巡って、チェンバレンがヒトラーに宥和的な態度をとったことになぞらえて、この要求を受け入れがたいと判断したのだ。つまり、それが重大な過ちだった。その後、ロシアの(ウクライナ周辺の)軍備増強は続き、1月から2月まで、ヨーロッパでは域内、及び、米国、ロシアとの外交活動が本格化した。そしてそのあとは、報道の通りである」(Limes)

イタリアでは、ロシアが米国に最後通牒を送っていたことなど、まったく報道されませんでしたが、この時点で米国が、ロシアからの最後通牒を誠意をもって受け止め、じっくり対話していたならば、ひょっとしたらロシアのウクライナ侵攻を停められたかもしれません。しかし米国は、その時も現在も、戦争を一刻も早く終わらせるための外交交渉どころか、ウクライナに際限なく武器を送り続け(英国、EUも)、好戦的な態度を崩しませんでした。むしろ米国の昨今の反応からは、絶対的な敵との戦争が長引くことを望んでいるように感じられます。

「元アメリカ大使チャス・フリーマンというエキスパート(前述の元外交官・元国防次官補ー国際安全保障問題担当)の言葉を引用すると、米国は『最後のウクライナ人に至るまで戦うことを選んだ』、すなわちあらゆる合意放棄した、ということだ。今までも戦争を避けるために合意を結ぶ努力をすることはできたし、今でもできるはずなのだ。バイデンが『プーチンは戦争犯罪人』と断言することで、ロシアとの間に壁を作ることになる。唯一の打開策は自滅、エスカレーション、そして核、ということになる」(ノーム・チョムスキー/Il Fatto quotidiano)

「プーチンは戦争犯罪人、悪魔だ、そして(この戦争で)ロシアの力を脆弱化させる、と公言することで、現在の状況から抜け出す可能性からいよいよ遠ざかることは明白だ。ロシアに交渉を促すためのすべての可能性拒絶することであり、ゼレンスキーが交渉することを不可能にする。この状況は、わたしに第一世界大戦後、ドイツをすべての交渉から除外したヴェルサイユのコングレスを思い起こさせる。その後、何が起こったかわれわれは知っているじゃないか」(チャス・フリーマン/Il fatto quotidiano)

「経済制裁と同時外交ルートも必要なのだ。ウクライナの独立を守り、NATOへの加盟はない、ということを前提にした和平交渉は可能である。アメリカ人の大きな間違いは、NATOがロシアを打ち負かす、と信じていることだ。これが典型的なアメリカの傲慢さと近視眼である。プーチンが数千発の核弾頭をコントロールしていることを考えると、『ロシアを打ち負かす』ことが何を意味するのか理解できない。アメリカの政治家たちは死にたがっているのだろうか? わたしは自分の国のことをよく知っている。首脳陣は、最後のウクライナ人になるまで戦う覚悟だ。しかしプーチンを倒すという名目でウクライナを破壊するよりも、和平を結ぶ方がはるかに良いではないか」

「(ロシアとの交渉の進行中)ゼレンスキーが中立を打ち出した時、アメリカ政府はかたくなに沈黙を守っていた。そして今、アメリカ政府はウクライナに、プーチンを倒すことができる、と説得しているのだ。しかし、さすがにあれほどの核兵器を持った国を倒すなどということは、狂気の沙汰としか言いようがない。毎日わたしはメディアに隈なく目を通しているが、少なくとも1回はアメリカの高官交渉を支持しているのを見つけている。しかし交渉に関するアメリカ政府の声明はひとつも見当たらない」(いずれも経済学者ジェフリー・サックス/Corriere della sera)

ウクライナのためのみならず、いつのまにか「西側諸国」のために戦場で戦うことになってしまったのは、ウクライナの兵士たちであり、残虐極まりない戦闘に巻き込まれるのは、何の罪もない市民に他なりません。またロシアに同情し(ているように見え)、経済協力を明言しながら戦争を観察し続ける中国が、台湾有事に備え、核兵器の拡張をはじめたという記事が、4月9日のラ・レプッブリカ紙に掲載され、世界が緊張に包まれはじめました。

トルコのエルドガン大統領がアレンジした和平交渉も、一応は進行しているらしくとも、いつの間にか水面下に隠れ、ペルージャからアッシジまで歩く、ピースマーチに集まった2万人のイタリアの市民たちが「今すぐ停戦。戦争は狂気だ」と叫んでも、イタリア政府は「交渉での解決が理想的」だが、「プーチン大統領が交渉に応じるつもりはまったくないのだから、しかたない」ことを強調しています。

欧州の首脳人の中で交渉に積極的なのは、あえていえば、マクロン大統領とフランチェスコ教皇でしょうか。フランチェスコ教皇は「プーチン大統領に会いたい」と何度もメッセージを送っていたそうですが、実現するかどうかは未知数でも、ロシアから「会ってもいい」という返事が届いたそうです。

また、4月24日、ストラスブルグで開催された「欧州評議会」で、イタリアのセルジォ・マッタレッラ大統領は、「イタリアはロシアに対してさらなる経済制裁を課すことには躊躇しない」という発言とともに、冷戦期の1975年、ソ連を含める欧州33カ国、米国、カナダが参加してヘルシンキで開かれた「全欧安全保障協力会議」の精神そのままに、ロシアを招いての欧州会議を開催することを提案しています。

もし、そのような会議が実現し、「ヘルシンキ宣言」のような各国が互いに互いを、ある程度尊重する原則が作られるなら、これほど安心なことはありません。現状はあまりに無責任な、ロシアVS.西側諸国、特に米国の挑発の応酬でしかありません。

▶︎武器とNATOとレジスタンス

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