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ローマ:ウクライナ危機の平和解決を主張するのは、現実を見ない夢想家の独善なのか

Deep Roma Eccetera Storia

 平和主義はロシア擁護主義なのか

戦争がはじまって2、3週間ほど経った頃のことでしょうか。どのチャンネルに変えても、ウクライナの英雄的抗戦に興奮し、ゼレンスキー大統領の決断を讃えるコメントばかり、という状況に、突然異を唱える人物が現れます。

「わたしはあくまでもウクライナの味方であり、ロシアの残酷非道を糾弾する者だが、ウクライナにはこれ以上武器を送るべきではない。これ以上激しい戦闘が起これば、戦争が長引いて犠牲者が増え続けるだけだ。たくさんの子供たちが戦禍に巻き込まれる。ロシアには、さらに厳しい経済制裁をしたうえで、欧州は停戦合意のための交渉を進めるべき。停戦するためには、ロシアの要求をある程度飲むべき」

政治トークショーで、このような主旨の平和解決を主張した、テロリズム社会学の学者、アレッサンドロ・オルシーニが、「PD-民主党」の政治家、大手メディアから「ロシアを応援しているのか!プーチン主義者」と強く反発され袋叩きにあう、という出来事がありました。

その頃のイタリアには、プーチン大統領のような強権主義に対抗するためには、ウクライナにひたすら武器を送り、武力で打ち負かすのは当然だ。NATO万歳! 平和的解決などという、夢物語を語るなんて愚の骨頂、プラグマティックではない、ましてやロシアの要求を飲むとは!という空気が満ち満ちていて、多少エキセントリックでトリックスター的な論調(たとえば「イタリアのマリオ・ドラギ首相は、バイデン大統領のルカシェンコだ」「権威主義下でありながら愛ある家庭で育った子供と、民主主義でも戦時下で爆撃に遭う子供では、前者の方が幸せ」など)ではあっても、オルシーニが「武器を送るのは間違っている。ロシアの要求をある程度飲むべき」と主張したことに、米国派のジャーナリスト、政治家たちが脊髄反射した、という印象でもありました。

さらにはその当時、故意なのか、不注意なのか、ひたすら平和を訴える教皇の発言を国営放送がまったく無視して報道しなかったことも問題視されました。つまり平和解決を主張するなら、それが教皇であっても「プーチン主義」のレッテルを貼られ、メディアに無視される、という前代未聞の展開となったのです。しかも、常に平和主義を貫いてきたはずの中道左派メディアが、最も辛辣に平和主義者たちを非難しました。

そもそもイタリアの政治トークショーは、空気をまったく読まないコメンテーターたちが、多様な意見を述べ合い、平行線のまま「しゃべりっぱなし」という自由奔放さでしたが、オルシーニのみならず、思想家マッシモ・カッチャーリからフランチェスコ教皇に至るまで、一刻も早い交渉による解決を訴える人物たちの意見を「ロシアの回し者」「プーチン主義者」と非難し、敵意を露わにするメディアのあり方は、わたしが今まで知らなかったイタリアの一面でもあります。なるほど、戦時下には、こうして言論が封殺されてゆくのだ、と空恐ろしく感じた次第です。

しかしながら戦争が長引くにつれ、このようなヒステリックな傾向収まりつつあり、「武器で本当に戦争が停められるのか」、「外交による平和解決は可能なのか」と多様な意見、分析が交わされるようになって、ようやくイタリアらしさが戻ってきたことにはホッとしています。それでも平和解決を主張する識者たち、特にオルシーニは、相変わらずカウンター扱いのまま、メインストリームから弾き飛ばされる傾向にあるのは残念なことです。ちなみに今年発表された「報道の自由」ランキングで、イタリアは17位下がり、58位となっています。

なお、この状況下、イタリア政府は「外交努力をする」としながら、西側諸国がウクライナに「武器を送り続けることが平和の糸口」との好戦ムードを崩さず、『5つ星運動』、『同盟』(野党では『イタリアの同胞』)だけが「イタリアは致死能力の高い武器を送るべきではない」との意思表示を明確にしています。ただし、2023年の総選挙を控えて、それぞれの政党の「武器を送らない」動機の詳細は省くとしても、微妙に異なることは明記しておかなければなりますまい。

また、キーフを訪問した欧州委員会、フォン・デア・ライエン委員長は「必ずウクライナが勝利すると信じている」と発言し、この戦争が継続していくことを示唆しました。しかし万が一、ウクライナが敗北する、あるいはこの状態が何年も続くという痛ましい事態になったら(その時はわれわれも戦時下かもしれませんが)、毎日、多くの市民が爆撃に巻き込まれ、あるいは銃に倒れ、強姦され、拷問にかけられ、破壊されるのを見殺しにしながら、平和解決に積極的に動かず、武器を送り続けた国々は、ウクライナにどう保障するつもりなのだろう、と思います。

ベテランのジャーナリスト、ミケーレ・サントーロが立ち上げた「禁じられた平和」キャンペーン・クラウドファンディング。5月2日にはローマのギオーネ劇場で、平和主義を訴える俳優、映画監督、活動家たちの、それぞれの意見、作品が発表されました。かなり陰謀論的な(本当かもしれないですけど証拠がありません)発言もあり、考えさせられました。ネット中継では40000人の視聴があったそうですが、現在ではYoutubeでも観ることができます(38:40あたりからはじまります)。

 

ところで、メインストリームの分析は、というと、イタリア、日本、英国、米国ともに、ほぼ似たような内容で(といっても、イタリア以外の国々の分析はネットでしか知ることはできないのですが)、つい最近まで「ロシア軍は思ったより弱く、ウクライナは善戦している。欧米の経済制裁のせいで、ロシアがデフォルトを起こすのも時間の問題だ。プーチン大統領は孤立していて、取り巻きから正しい情報が伝えられていない。今にクーデターが起こる。プーチン大統領は甲状腺癌、パーキンソン、あるいは死に至る深刻な病気らしい。ロシアの勝利は難しい。いや、すでにロシアは敗北している」と、やや楽観的な分析に大勢を占められていました。

それらの無邪気で画一的な報道に、マルコ・トラヴァイオ(Il Fatto quotidiano紙主筆)が皮肉を込めて、「本当にそうなのか」と疑問を呈していましたが、まったくわたしも同意見で、いずれの分析も、西側の一方的な希望的観測に過ぎないのではないか、と案じています。まず、ふんだんな資源に恵まれ、大量の金を保有し、エネルギーを含め自給自足が可能で、世界一核保有国であるロシアが、今後、そう簡単に引き下がるとは思えません。

実際、マリウポリを実質的に占領したロシア軍は、「ドンパス地区からマリウポリ、オデッサからモルドバのウクライナ国境にある、親ロシア派のトランスニストリア(沿ドニエステル共和国)を結ぶ地域であるウクライナ南部に進撃し、(おそらくモルドバまで)ウクライナの黒海へのアクセスを完全に封じ込める」特殊作戦第2フェーズの目標を公表しており、ひょっとすると、総体的な戦況は、実はロシア軍の方が優勢なのではないか、という局面です。

4月22日には、英国のジョンソン首相が「ロシアの勝利はあり得る」と言った、との報道もあり(コリエレ・デッラ・セーラ紙)、では、敗ける予想をしながらも武器を送り続け、ウクライナ軍と合同演習を行いロシアを挑発し、市民の犠牲をこれ以上増やすつもりなのか、なぜNATO加盟国が一丸となって、命懸けでロシアとの交渉模索しないのか、との反感を抱きます。

最近のプーチン大統領は、米国との関係がギクシャクしたままのサウジ・アラビアのムハンマド・ビン・サルマンと電話会談し、Opec+加盟国として「その関係を強固」にしているそうです。さらに中国が「ロシアとの経済協力をいっそう強固にすることを宣言した」、というニュースも流れました。プーチン大統領は、こうして着々と脇を固め続けるだけではなく、「民主主義」を掲げていない、権威主義的傾向を持つ多くの国々(つまり西側諸国以外の)と、長期にわたる友好関係を築いてもいる。そしてそれらの国々は、世界の人口の約80%を擁しているのです(フランシス・フクヤマ)。

なお、イタリアで最も権威ある地政学誌「Limes(リメス)」の主筆であるルーチォ・カラッチョロが、「戦争カオスだ。プロパガンダ、フェイクニュース(Disinformazioni)が飛び交い、現場で何が起こっているか、誰が何をしているのか、実際のところは分からない。戦争に真実は存在しない」という主旨のことを述べていましたが、わたし自身、何が起こっているか、目を見開いておくことは重要でも、ロシアの情報はもちろん、西側のメインストリームの情報も、ある程度の距離を置いて接するべきだ、と感じています。

かの鉄血宰相、オットー・フォン・ビスマルクが「選挙前、戦時中、そして狩りの後ほど多くの嘘をつくことはない」という言葉を残しているように、われわれが毎日接する報道からは、各国のインテリジェンスが入り乱れ、両陣営、あるいは市民の間に潜入し、二重、三重の諜報・防諜活動、情報戦、プロパガンダ戦が行われているであろう戦場の、表面的な状況、ごく一部しか見えてきません。

これは単純に『陰謀論』に陥る、という意味ではなく、メディアのみならず、SNSで扇情的な情報が簡単に得られる現代、ひとつひとつの情報に感情的に反応せず、ある程度、懐疑的である必要性があるのではないか、ということです。

「今回の戦争の情報戦は、人間の歴史の中で、最も大がかりなものだ。誰もが嘘をつき、真実を歪め、それぞれがそれぞれのストーリーを語っている。ロシアの嘘はともかく、欧米の嘘に晒されている人々には、現実を理解する術がない。もちろんプーチン政権は情報を統制しているのだから同じ次元では語れないが、西側のプロパガンダにおいて、欧米の政府が語る内容や、ゼレンスキーが自分の国で起きていることを世界に伝えるのを助けるための広告会社が存在することを議論する人々もいるのだ」(米国元外交エキスパート、チャス・フリーマン/Il fatto quotidiano)

なお、「戦場に、フィジカル米軍存在しないが、米国のインテリジェンスの情報はすべてウクライナに伝えられ、イーロン・マスクから提供された衛星で、国内のコミュニケーションが機能している。ロシアと戦っているのはウクライナの兵士たちでも、そこには米軍が存在するのと同じこと。これは革新的な戦争だ」という主旨の記事がコリエレ・デッラ・セーラ紙にありました。つまりこの戦争はやはり、ロシアとNATO、主に米国との戦いだということです。5月5日には、「CIAの情報提供により、ウクライナ軍がロシア巡洋艦『モスクワ』を撃沈し、12人のロシア軍司令官の殺害に成功した」ことをニューヨーク・タイムズ紙が暴き、米国防衛省からは非難の声が上がりました。

いずれにしても、今という局面で最も重大な真実は、戦争とは何の因果関係もない、毎日ささやかに、平凡に(あるいは非凡に)、それぞれの人生を生きてきた市民が、突如として生命、生活を奪われる不条理が、われわれの目の前で起こっていることです。戦争が長引けば長引くほど、破壊はエスカレートし、犠牲になる方々が増えるばかりで、さらにNATOが介入せざるをえない状況になれば、核戦争にまで発展する可能性がある。

わたしには、その現実を受け止める覚悟はまったくありません

▶︎ロシアとの蜜月、ネオ・ユーラシア主義

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