多くの人々が海へ、山へと繰り出し、すっかりリラックスしていたところでした。『同盟』のマテオ・サルヴィーニは、イタリアの人々が楽しみにしているヴァカンス・シーズン、という虚を衝いて『5つ星運動』に挑みかかったのです。8月7日のこと、サルヴィーニはジュゼッペ・コンテ首相を単独で訪れ、『5つ星運動』が擁立する3人の大臣をただちに解雇、さもなくばいますぐ総選挙、と切迫した要求を突きつけたのです。今期の総括である首相のプレス・カンファレンスのあと、議員たちが夏休みに入る前々日のことでした。当初は、ひょっとしたらいつものように『5つ星』に圧力をかけるためだけの「口先造反」とも見なされましたが、あれよあれよと言う間に緊張が高まり、イタリアはいよいよ現実的なCrisi di Governoー『政権の危機』を、まさかの8月に迎えることになったわけです。
政権の危機が明らかになった、この1週間の動きと背景
『政権の危機』が起こる2日前の8月5日、大きな非難を浴びていた『国家安全保障追加法案』が遂に上院で可決され、「イタリアはこのまま非人間の道を突き進んでいくのか」と、多くの人々が暗澹とした気持ちで週明けを迎えていました。
この『国家安全保障追加法案』については後述しますが、サルヴィーニ内務大臣がツイッターなどSNSで繰り広げていた、難民の人々や貧窮者を懸命に助けようとする支援者たちを侮辱、貶める挑発がそのまま、刑罰として法律化されたとでも言うべき、非常識な内容の法律です。
その法律が上院を通過したあとは、今期最後の議決となる、『5つ星運動』の発議によるTAV建設(伊トリノー仏リヨンを結ぶ高速鉄道)に関する表決が控えていましたが、すでにコンテ首相がTAV建設の実施を明確に宣言していたので、もはやそれほど重要であるという認識は巷には流れていませんでした。なにしろ、TVのメインジャーナリストもローテーションで夏休みに入り、ローマもそろそろ閑散としはじめたところです。
ところが、そのTAV建設議決の7日の朝、なんとなくWeb版コリエレ・デッラ・セーラ紙を眺めていると、金曜日9日に発行される「7(セッテ)」(コリエレ発行の週刊誌)に、スティーブ・バノンのインタビュー記事が告知されていた。それはさわりの数行だけが紹介された広告でしたが、「(左右両極の政党が連帯する)イタリア政府は非常に気高いが、すべての結婚がうまくいくわけではない。3回も離婚したわたしが言うのだから、間違いない」という内容でした。
現イタリア政府の仕掛け人と自他共に認める人物が、そんなことを軽く語っているので「今頃、口出し?」と、何か引っかかる気持ちが残りましたが、TAV建設に関する表決が終われば、とりあえず議会は夏休みに入るし、しばらくの間は静かになるはず、とも考えていたので、この人物のいつものハッタリぐらいに考え、あとは忘れてしまっていました。
ベッペ・グリッロも強くコミットし、長い期間に渡りNO TAV(TAV建設反対)の活動を牽引してきた『5つ星運動』にとっては、今後の信用に関わる重要な表決のひとつではあっても、『5つ星』以外の政党すべてがTAV建設に賛成していることは周知のことでした。
ちなみに、9日金曜日に発行された「7」を買って、実際にざっと読んでみると、バノンはサルヴィーニを『リトル・トランプ』と呼び、「ヨーロッパ中央銀行がマイナス金利の今、大胆な選挙を仕掛けることは(イタリアの)経済成長にリスクがあることは確かだが」、「サルヴィーニはやがて首相になるだろう」と言っています。
その他にもバノンは興味深いことをいろいろ語っていて、なによりイタリアにたった今(正確に言えば、広告が出たその日のうちに)『政権の危機』が起こることを見通したヴィジョナリーな発言は、メディアを使った造反の合図? と読者を想像過多に陥れる、絶妙のタイミングでした。
なお前述したように、TAVに関しては数週間前、コンテ首相がサルヴィーニのロシアゲート関与に厳しく言及した議会での演説で、建設に着工することを明確に宣言していたので、今回の表決は、ある意味「出来レース」でしかなく、『5つ星』としては、建設が決まっても「それでもやはりNOなのだ」という意思表示、つまり共に活動してきたNO TAVのアクティビストたちに面子を保つための儀式にしか過ぎないとも捉えられます(このような発議はあまり賛成できませんが)。
もちろん方向性も考え方も両極にある、いわば水と油の『同盟』と『5つ星』の諍いは相変わらずでも、それは現政府が樹立して以来の常態で、「2党の仲は限界。もはや絶体絶命」と報じられるや否や、たちまち歩み寄り、両党ともに「契約政府に何の不服もない。僕らはうまくいっている」と宣言することになるため、それほど重大な局面を迎えているという認識は、誰にもなかったと思います。
それに先週末、ルイジ・ディ・マイオ副首相がSNSで、「夏休み前の数日の議会で政府が崩壊するようなことはありえないから、安心して夏休みを送ってください」という内容の動画を流していたので、この展開はまったくの想定外だった。むしろ個人的には『国家安全保障追加法案』の可決でかなり憤っていたので、難民支援をしている人々をあれこれ調べ、必要であれば話を聞きに行こう、と思っていた矢先でした。
それが一転、7日を境につるべ落としに『政権の危機』へと向かっていくことになったわけです。
▶︎TAV建設”Si”と同時に、みるみる暗雲たちこめたイタリア