『アートはそもそもフェミニンである』アート界の常識を覆す未来へと向かうローマの女性たち: FEMME

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FEMMEとは

FEMMEが誕生したのは2014年。10年ほど前から、特に政治的な意図なく、単純に女性アーティストの存在に興味をもち、彼女たちに関する資料やカタログをリサーチしていたモンタニーノが、『人が住む現代美術館 MAAM』で、もともと知り合いだった美術評論家、作家であるアンナ・マリア・パンツェーラと再会したことがきっかけだったそうです。

ローマは、女性アーティストの活躍が特に盛んなアート・センターのひとつで、パンツェーラが『Guerilla Girls(ゲリラ・ガールズ):1985年にN.Yで設立された急進的フェミニストの女性アーティストグループ』と呼ぶほどに、MAAMには多くの女性アーティストが参加しています。そして彼女たちを含む、有名無名のアーティストたちが自ら望んで残した500を超える多様な作品の数々が、サラミ工場跡の廃墟を占拠した、イタリア、南米、アフリカ、ロム、と出自が違う異種の人々たちの、平和な共存を保護している。

モンタニーノもパンツェーラも、MAAMという美術館を構成する作品の多様性と、『占拠』というリアリティが葛藤することなく自然に融合している状態を「フェミニン」だと捉えました。通常、エゴが渦巻きがちなアート世界の特徴が、MAAMには見受けられなかった。まず、彼女たちは「アートはそもそもファミニンである」と定義しているのです。

 

MAAM の館内に入ると、すぐに目に入るL’ultima battaglia (最後の闘い)も女性アーティスト、ステファニア・ファブリツィの作品。

 

FEMMEはこのように、ある種のユートピアの構築に成功したMAAMという特異な現代美術スペースで誕生し、女性アーティストを含める、さまざまな分野の女性たちを巻き込んで(もちろん、男性にもオープンに)、5年をかけてイベントやミーティングを開催することになりました。

しかし、そもそもFEMMEとは、厳密に言うと、どのような集合体なのか、グループなのか、それとも女性のアート・ムーブメントなのか。フェミニズムという政治運動とは、明らかに一線を画していることは理解できますが、FEMMEをどう定義すればいいのかが、いまひとつ明確ではなかった。そこでモンタニーノに尋ねてみると、ただちに次のような答が返ってきました。

「ムーブメントというものは、確固とした思想、アイデアが核にあって、そのイデオロギーを維持しながら目的に向かって動くもの。そして論点は必ず政治的になってしまうけれど、わたしたちは政治的な目的を持っているわけではないの。それにグループとも呼べない。わたしたちはシンプルに一緒に時間を過ごして、それぞれに言いたいことがあれば話し、議論し、あるいは提案すべきことがあれば提案する、いわばリサーチ(研究、探求)と呼ぶべきものに取り組んできたんだと思う。グループとして定義してしまうと閉鎖的になってしまうし、あるいはフェミニズムという言葉で定義すると、思想には興味のない人々を巻き込む機会を失う。異種の考えを持つ人々と出会えなくなってしまうでしょう?」

「FEMMEは、主催するそれぞれのイベントやミーティング、そして本の出版に参加したいと思う人が、自発的に、自由に参加を申し出ることができるというシステムをとっている。したがって、いつも決まったメンバーではなく、常に人が流動する。固定されたグループにしてしまうと自由を失ってしまうし、やがて危機に見舞われ、分断や葛藤が起きるから。それぞれのプログラムのマニフェストを読んで、興味がある分野であれば、誰もが自由に参加できるFEMMEを、だからわたしたちはリサーチと見なしているわけ」

モンタニーノがそう答える背景には、イタリアの70年代を揺るがしたフェミニズム・ムーブメントの苦い経験があるからだそうです。そのムーブメントでは、美術評論家であるカルラ・ロンジと、アーティストであるカルラ・アッカルディが核となりタッグを組んでいましたが、ムーブメントが急進的になるにつれ、「闘士であることを選ぶか、アーティストであることを選ぶか」、ロンジとアッカルディの間に激しい葛藤が起き、結果的に歴史的決別となってしまった。

確かにどのようなタイプのムーブメントであれ、イタリアで何らかの政治グループに参加すると、主導権の争奪戦や、自由の拘束や内部分裂が存在することは、実感として理解できますから、FEMMEがムーブメントではなく、リサーチ/フィールド・ワークという、ヒエラルキーを形成しない風通しの良いシステムを選んだことは、賢明な選択です。

ところで、FEMMEの重要なテーマのひとつに「過去の女性アーティストはなぜ、歴史からパージされてしまったのか」という考察があります。この詳細はインタビューとして後述するとして、余談になりますが、女性アーティストとフェミニズム、というテーマですぐに思い出されるのが、カラバッジョとほぼ同時期に活躍し、数多くの傑作を残したアルテミジア・ジェンティレスキでしょうか。

女性が職業を持つことが許されなかった時代ではあっても、父親の工房で絵を描くことができた、才能に満ち溢れたアルテミジアは、当時師事していたアゴスティーノ・タッシにレイプされるという事件に見舞われています。そしてその事実を知り、激怒した父親オラツィオ・ジェンティレスキが教会に訴訟を起こしている。

カラヴァッジョも通った有名な工房を、ローマに構える当時の美術界の有力者オラツィオは、娘であるアルテミジアのアーティストとしての才能を見抜いており、タッシに師事させたのも、その才能に磨きをかけたい、との親心でした。その訴訟の行程で、アルテミジアは女性として屈辱的な取り調べを受けるのみならず、被害者であるにも関わらず、社会から誹謗、中傷されるという、まるで現代の女性たちの問題を体現するような経験をしています。しかし彼女はその後、社会からの侮辱と圧力に屈することなく、数多くの作品を仕上げ、優れた画家として認められるようになっている。

このエピソードから、彼女の生涯の有り様が70年代のフェミニズム・ムーブメントのシンボルともなり、現在では絵画における彼女の力量が再評価され、ニューヨークでも展覧会が開かれています。また、作品『恍惚のマッダレーナ』は、2014年のパリのオークションで86万5千5百ユーロで競り落とされ、レコードを達成(それでも著名男性アーティストに比較するなら、低い値段です)。

しかしこのように、現代にまでインパクトをもたらす作品を多く残しながら、ジェンティレスキは、やはりフェミニズムのシンボルと見なされることが多く、『作品』にジェンダーは存在しないという前提で捉えるなら、その生涯が政治的に語られ続ける傾向は残念にも思います。

ARTE  [EVENTUALMENTE] FEMMINILEの序文で、アンナ・マリア・パンツェーラは70年代のイタリアで「女性アーティストは政治的な意味を与え、注目を浴びたにも関わらず、彼女たちの芸術性、表現の特殊性、ユニークさが語られることはなく、女性を巡るアート界の態度は何も変わらなかった」と語っています。

また「どんな困難な時代でも、作品を創る場所を見つけてきた女性アーティストの存在感が、現在、次第に増している。したがって緊急事態とは言えず、社会における居場所が確保できるようにもなった。かつて女性アーティストは『反逆者』と見なされていたが、現在は充分というには程遠くとも、幾分自由にはなってきた。今がチャンスであり、面白い時代に差しかかっている」「70年代と違うのは、どうしてこんなに女性アーティストが少ないか、ではなく、どうしてこんなに女性アーティストが多く存在するのか、ということだ」とも述べている。

アートを巡る女性の存在の有り様は、もちろんアート界だけではなく「すべての分野を巻き込むテーマでもある」、とパンツェーラは明言。女性たちが、歴史の新しいページを自ら開く時代に突入しつつあるようです。

ヴェロニカ・モンタニーノという女性アーティスト

本題のFEMMEに関するインタビューに入る前に、ローマを基盤に活動する、ヴェロニカ・モンタニーノという女性アーティストについて、少し紹介したいと思います。

わたしが彼女たちにインタビューをリクエストした週は、MACRO ASILOで、ちょうどモンタニーノの新作(タイトル写真)が展示されていたこともあり、その作品のコンセプトについても伺うことができました。

 

※「創作の中心になるテーマはたくさんあるけれど、まず、Vitalitàー生命力を表現したいと言う想いがある。また、ミケランジェリスキ(ミケランジェロ的)な、『聖域とされる芸術作品』には興味がなく、自分が注目の中心になるような、ヒエラルキーの形成とはまったく逆の方向へ行きたい。もし創作の中心に置くのであれば、『空間』。それは抽象的な意味ではなく、リアルに生命力に溢れた空間のこと。空間はわたし自身の存在にリアルに、密接に結びついているのだから、想像力でその空間を再生することが自分自身を表現することだ。そしてその空間に集まる(生活する)人々が作品の主人公となる。増殖と拡張、さまざまな色が目に飛び込むなか、人が行き交う賑やかなカオスを空間に創り出したい」(ヴェロニカ・モンタニーノ)

 

モンタニーノは、そもそもローマ大学サピエンツァ、東洋文化学部で日本語も学んだ経緯があり、日本文化や美術に、強い親近感を感じると言います。そのような経緯もあってか、通常、アカデミア(美術学校)を卒業してアートを目指すアーティストたちのなかでは異色。枠にとらわれない、のびのびとした感性をその作品に見出します。また、作品の言語化に非常に優れていて、彼女と話せば話すほど、作品の奥深くに入り込めるような想いを抱く。

2000年にアーティストとしてデビューして以来、多くの作品、インスタレーションを精力的に創作。数々の展覧会を開いてきました。2011年、そもそもカタンザーロの美術館MARCAに展示された、漆黒に彩られながら饒舌に言葉を放つ、シンボルを散りばめたインスタレーション『self portrait』を、第54回ヴェネチア・ビエンナーレに出展。スポレートのカランデンテ現代美術館のひと部屋すべて、床から天井、家具までを作品で覆い尽くすというインスタレーションはパーマネント・コレクションともなっています。また、2013年に創作した、ローマ市営建築科学インストティート『アクアリオ・ロマーノ』のエントランス部分のインスタレーションもパーマネント・コレクションです。

たとえばMAAMの子供たちのための遊技室(動画の2分25秒あたりから)や、前述した白いインスタレーション『Momilabilia』など、空間をまるごとインスタレーションするダイナミズム、細部に渡って息づく繊細なアイデアは、一度見たら忘れられない、強い印象を残す。『生命力』『ひたひたと湧き出るエネルギー』という言葉がまず最初に思い浮かぶ作品が並びます。

彼女の作品の特徴を言葉にするなら、流動性、膨張、多彩な色、越境、スペースの再生というところですが、今回MACRO ASILOのブラック・ルームに展示されたCIRCUS NATURAEは、彼女のクリエイティブな特徴を集約している、と言えるかもしれません。

ところで彼女は、作品を創る際、自分のジェンダーを意識しているのでしょうか。

「まったくジェンダーを意識したことはないわ。作品を創る過程は、ジェンダーとは関係ないから。もちろんわたしにはフェミニンなルーツはあるけれど、だからと言って、そのフェミニンさは自分が女性だから、ということとはまったく関係ない。アートはそもそもフェミニンだけれど(このテーマについては後述)、ジェンダーには所属しない」

「CIRCUS NATURAEは、風景を専門とする建築家、ミケーラ・パスクアーリとタッグを組んで創作した作品よ。彼女が作品のための木の枝を集めて 、それをわたしに手渡す、というアイデアからはじまっている。それぞれの枝が持つ、自然の断片という要素を基本に、わたしは仕事に取りかかり、そこに別の自然、明らかに人工的なエレメントで作品を構成していった。だからこの作品は、自然と人工の世界というコンセプトに曖昧な状態で共存しているということよね」

「ブランコ(Altalena:シーソー)の形にしたのは、その揺れ、振動が、境界を飲み込んでしまう動きのシンボルとも言えるから。安定することなく、アートとリアリティ、自然と人工の世界、孤独と社会、個人と集団、対峙する領域を絶え間なく移動しながら、揺れる本人は、いずれの領域にも完全に属しているわけでもなく、属していないわけでもない。曖昧な状態で一体化している」

「さらに、さまざまなエレメントを散りばめることで、自然の多様性をシンボライズしたの。基本は植物の形をしているけれど、貝殻など、海の要素を散りばめ、木から伸びていた枝をいったん切り離して、珊瑚のように組み直し、枝そのものを、他のエレメントへとメタモルフォーゼさせた。空をイメージするブルーを使ったのも偶然ではない。それに蝶。蝶はメタモルフォーゼをシンボライズするでしょう? そこで他の何かに変容し続けながら発展していく、というアイデアに集約されるわけだけど、本来『自然』とはそういうもので、終わることのない強い生命力を持っている。自然の増殖は遮ることができないメカニズムで、このアイデアを作品として展示するということは、そこにあるのは自分自身、あるいはわれわれの考えだということを反映させたかったから」

 

 

さて、ここからはFEMMEと、出版されたばかりの本ARTE [EVENTUALMENTE] FEMMINILE(場合によってはフェミニンなアート)のテーマについて、ヴェロニカ・モンタニーノとアンナマリア・パンツェーラにお話を伺っていきたいと思います。パンツェーラは『カミーユ・クローデル』、『カラヴァッジョ、ジョルダーノ・ブルーノ、見えない諸々のこと』など、数多くの美術評論を出版する作家です。

 

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