夜明けを待ちわびるイタリアの暗く、長い新型コロナの夜:We Shall Overcome

Deep Roma Eccetera Società

ベルガモのこと

イタリアの感染の中心地となったロンバルディア州、ピエモンテ州、エミリア・ロマーニャ州ではここ数日、ミラノ以外、一時ほどの感染の増加は見られず、集中治療室の数の不足も解消されつつあります。しかしミラノ市は135万人の人口を持つ大都市でもありますから、感染が深刻な周辺の小都市とは、一概に比較できません。

今回、大きな悲劇に襲われたのは、ベルガモ、ブレーシャ、ピアツェンツァ(エミリア・ロマーニャ)、ローディ、アレッサンドリア(ピエモンテ)、クレモーナという、ミラノ近隣の小都市地域でした。特にベルガモ県、ブレーシャ県では9712人、9340人(4月5日)と、人口の0.87%、0.73%の感染者数が確認されています。

余談なのですが、少し疑問に思っているのは、日本語サイトを見ていると、新型コロナウイルスにはS型、L型の2種類があるという北京の研究が散見されます。しかしイタリアでは、ウイルスの変異の可能性には触れられても、ウイルスに2種類存在することに言及する研究者をまったく見かけないのです。

これはイタリアが独自研究でデータを構築しようとする野心的な姿勢の現れなのかもしれませんが、本当に複数の種類のウイルスが存在するのであれば、公表があっても良さそうなものです。今後のリサーチが待ち望まれるところです。

ともあれ、ここ数週間は、ロンバルディア州の中でも最も多い感染者、感染による死亡者を出した地区となり、医療現場が戦場と化したベルガモに関するニュースが数多く報道されました。海外のメディアが無責任きわまりなく「医療崩壊」と書きたてたのは、ほとんどこのベルガモ、あるいはブレーシャ、クレモーナなどの近隣都市で起こった出来事でした。

ベルガモは、古代ローマからの長い歴史を持つ、イタリア統一(リソルジメント)の際にも大きな働きをした人々を多く輩出した、由緒ある地域です。ミラノから45mほど離れながら、豊かな経済、洗練された文化に支えられ、ゆるやかな日常が流れるエレガントな趣漂う街でもあります。

ただ近年となって、ベルガモの空港にはローコストの航空会社が発着するようになり、みるみるうちにグローバルゾーンと化していた。ネットでベルガモの方が書いたブログを読んでいると、ウイルスは、このローコストの飛行機群でベルガモに入ってきたのかもしれない、と言う仮説を立てている方もいらっしゃいました。

そのベルガモに、ここ1ヶ月の間にCovid-19が瞬く間に広がり、上記した9712人の方の感染が確認されていますが、これはあくまでもPCR検査から導かれた数字でしかないと言われ、エキスパートの試算によれば、実際は7万人以上に感染している可能性が指摘されています。

なおイタリアは現在、WHOの方針に従って、症状のある人、感染者との濃厚接触者のみを検査することになっています。一方、効果的な封じ込めを目指すヴェネト州は、独自に全市民検査を目指し、中国から70万個の検査キットを輸入。ドライブスルー方式の検査もすでに実施されているそうです。そのせいか、ヴェネト州の感染状況は、早くから比較的安定していました。

その他の州でも全市民検査の議論が湧き上がりつつ、今のところはまだ決定には至らず、検査に関しての議論は分かれるところです。また今後の課題になるであろう抗体検査に関しては、先週あたりから本格的に議論がはじまりました。

ベルガモに話を戻します。その豊かで穏やかな地域を襲った急激な感染が、医療の現場を大混乱に陥れました。大至急でアルピーニ(イタリア軍部山林警備隊)がテント仕立ての野戦病院を構築、打ち捨てられて廃屋となった病院をリフォームしてもまったく追いつかず、医師、看護師の24時間体制での必死の活動には、マスク、防御服、ゴーグルが不足。医療従事者が次々に感染する事態となっています。

現実を言えば、今までイタリアの公共医療従事者はまったく優遇されることなく、人員も不足していたため、過酷な労働を強いられるにも関わらず、不十分なサラリーしか支払われていません。その、そもそも厳しい条件にあった現場の方々が、とてつもない数の感染者の治療に挑まなければならず、疲労の限界に達しながらも、黙々と全力で取り組む姿には、毎日全国から多くのエールが巻き起こった。

それでも彼らが「わたしたちは英雄ではない。ひとりの人間だ」と医療現場の改善を主張したのはまったく当然のことであり、イタリアはこれを機に公共医療体制を再構築しなければならなくなるでしょう。今回のCovid-19の急襲は、予算を削減され続け、蔑ろにされてきた公共医療の分野が、社会にとってどれほど大切なものであるかを見せてくれる、拡大鏡の役目を果たしました。

家族に看取られることなく亡くなった方が大勢いらっしゃり、墓地にも余裕がなく、教会に置き去りになった45の棺を、急遽軍隊が出動して県外へと運んだこともありました。現在ではロシアの医師団が応援に駆けつけているそうですが、紛争のある国での医療活動、難民の人々の支援で有名なジーノ・ストラーダが創設したNGO、『エマージェンシー』もベルガモの救援に出動しています。

疲れ切った表情の医師のひとりは、涙を流しながら「自分が成長するのを見てきた、会えば冗談を言い合ってきた近所のおじさんやおばさんが亡くなるのを、僕は何もできないまま、ただ見送ることしかできなかった」とTVのインタビューに答えていました。ベルガモのその悲しみは、イタリア全国で共有されています。

3月26日には、ベルガモ市長ジョルジョ・ゴーリが、SNSで「自宅に封鎖されたまま、(明らかにCovidが原因で)亡くなる人々の数がカウントされていない」ことを訴え、オフィシャルにカウントされた136人の方(1日で)以外に、自宅隔離中にCovidで亡くなった方が212人いる可能性を明らかにしています。

このように、ベルガモには病院で治療を受けることがなかったためカルテが存在せず、感染とは断定されないまま、ISSのデータには加えられず、自宅、あるいは介護センターで急激に病状が悪化して亡くなった方々が多く存在する。病院にも野戦病院にも、すでに空きがなく、軽症の方は検査されることなく自宅での待機となったからです。

4月1日のopen.onlineには、現在、オフィシャルにはベルガモ県全域で、Covid-19により2060人が亡くなったことにはなっていても、実際は4500人の方が亡くなった可能性があるという記事が掲載されていました。去年の亡くなった方のデータと比較すると、+400%ともなるのだそうです。また、ブレーシャ県でも同様のことが起こっているそうです。

*3月25日、1日だけローマを訪れ、酷い状況に陥ったベルガモのことを報告するために下院議会に出席した『同盟』議員の「亡くなった人の棺を何処に置いていいか分からない。病人のための病室もない。わたしはどうすればいいか、解決法を明白にしてほしいとここにきました」「ベルガモは僕らのおじいちゃんたちを毎日たくさん失っている。ブレーシャ、クレモーナ、ローディ、レッコも同様です」「アルピーニや100人ほどのボランティアの人々などに支えられ、市民たちが病院に多くの寄付をしてくれています。心から感謝します」(抜粋・意訳)というスピーチには泣きました。議会中継を見ながら泣くようことは、はじめての経験でした。

では、なぜベルガモにこれほど急激に感染が広がったのか。その答えを求めるのはいまだ早計ではありますが、イタリア全土がロックダウンされる以前から、ベルガモ、ブレーシャ、アレッサンドリア(ピエモンテ)の感染が驚く勢いで増加しており、初期に封鎖されたレッド・ゾーン地区同様に、これらの地域をなぜ封鎖しないのか、との声が上がっていたのは事実です。

3月30日のイル・ファット・クォティディアーノ紙によると、すでに3月2日の時点で、ISSはベルガモ県のアルツァーノ・ロンバルド地区をレッド・ゾーンに指定することを、州と政府に要請していましたが、その時点ではいずれからも何の決定もなく、結局、8日のロンバルディア州を含む北部全域の封鎖まで、工場も、企業も通常通りに運営され、人々の行き来も制限されることはありませんでした。

そもそもアルツァーノの病院では2月23日の時点で、Covid-19の感染者が2人確認されていますが、コドーニョ市のように即刻レッドゾーンに指定されなかっただけでなく、病院そのものが消毒されることさえなかったそうです。また、病院の医療関係者、患者のPCR検査も行われることなく、病院はそのまま平常通りに運営されています。

つまり、その病院の医療従事者、患者、そして患者の家族から、ベルガモ県全域に感染が広がったのではないか、とみられているのです。おそらくその時点では、関係者の認識が「大騒ぎはおおげさ」ぐらいだったのかもしれません。

では、コドーニョ市をはじめとするミラノ近隣の各市、及びヴェネト州、ピエモンテ州などの街が封鎖されるなか、なぜロンバルディア州がその状態を放置したまま、感染地域として指定することをためらったのかといえば、ちょうどその頃、まだ状況を把握できないままCovid-19の恐ろしさを見誤っていたミラノ、ベルガモで「#milanononsiferma #bergamononsifermaーミラノ はとまらない。ベルガモはとまらない」キャンペーンがWeb上で巻き起こり、封鎖の時期を逸したからでした。

本来であれば、このようなキャンペーンに振り回されることなく、3月8日の政府の北部封鎖の決定を待たず、感染状況をすべて把握していたロンバルディア州が独断で、ISSの要請にしたがってベルガモを封鎖しなければなりませんでした。

感染者が確認された2月23日の時点、あるいはISSが要請した3月2日の時点で、アルツァーノ近隣の25000人の人々が住む地域を封鎖すれば感染を広げずに済んだというのに、政府が封鎖を決めるまでの短期間に、瞬く間にベルガモ市を含む県一帯に感染が広がり、さらにはそれがミラノ、ブレーシャまで広がっていった可能性がある。

州が迅速にアルツァーノを封鎖しなかった理由としては、年間6億8千万ユーロを売り上げるその地域の4000の工場、376の企業の生産活動を停止させたくなかったからではないか、とジャーナリストは推測していますが、もし本当に、目先の利益に目が眩んだ初動のためらいが、ロンバルディア州全域に感染を広げたのだとすれば、生命を顧みないだけではなく、長期経済的にも大変な失策となります。

※この項を投稿した日の夜放映された、Rai3の『Report』で詳細が報告されました。ベルガモを封鎖できなかった理由として、イタリアでも指折りの企業が集まる地域であるベルガモの、生産活動の停止をロンバルディア州経団連が反対したそうです。Raiplayで詳細をご覧ください。

実際、1ヶ月前のイタリア市民は、ウイルスの感染力、速度、その攻撃性を完全に見誤っており、人々は長きに渡って、感染地域を自由に出入りしながら仕事をし、モヴィーダで騒ぎ、ナイトライフを謳歌していました。そしてこれがイタリアにおける初動の、一番大きなエラーともなりました。

もちろんこの時点では、ローマでも「封鎖なんてありえない。みんな騒ぎすぎ」という声があちらこちらで聞かれたことも事実ですし、わたし自身も正直「おおげさ?」と思いました。

そういうわけで、欧米で一番先に災禍に見舞われたロンバルディア州自治体政治、及びイタリア政府の判断が、結果としては、後手後手に回ってしまったことも責められないとは思っています。その後、ロンバルディア州も、政府のタスクフォース もあくまでも誠実に、医療現場同様24時間体制の全力で、不足する医療物資、人工呼吸器を調達。外国に支援を仰ぎ、あちらこちらから批判、悲鳴、怒号が響く中、八面六臂で対応しています。

むしろその経験、データが米国をはじめとする他国のCovid対策の試金石になったとすれば、イタリアはエラーも含めたその対応を誇るべきだと思う次第です。

*ベルガモ市が作成したビデオクリップ

▶︎民主主義とロックダウン

RSSの登録はこちらから