Spin Time Labsという、実験的ソーシャル&カルチャー複合コミュニティ
すっかり内装がリフォームされた現在のSpin Time Labsには、教会関係者をはじめ、多くのアソシエーションやアーティストたち、いまや主要メディアがこぞって取り上げる、鋭い視点で現実を直視したバイアスのかからない情報と、ローマの多様なカルチャーシーンを網羅する、高校生と大学生によるスローインフォメーション SCOMODO(スコモド)の若者たち、さらには近所の小学校に通う子供たちの両親、地域の社会活動ネットワークがコミットしています。
したがって、もはや単なる占拠スペースとは言えず、占拠者450人と多くのアソシエーションが合体した実験的なソーシャル&カルチャー複合コミュニティに発展したと言えます。広々としたスペースには、常に音楽、演劇などカルチャーセクトをプロジェクトする若者たちやSCOMODOのメンバーが忙しく行き交い、大通りに向かうエントランスでは占拠者のアフリカ人や南米、アラブの人々が雑談。子供たちが、広いスペース内を弾けるように駆け回っている、という具合です。
その、17000㎡という途方もない表面積を持つ、ローマにしては割合新しい、廃墟となった10階建て豪華大理石仕様の建造物(市民の税金が投入された)を、占拠オーガナイザーのNPOであるActionが占拠したのは2013年の10月。その巨大な建造物は、そもそもInpdap(全国的社会保障保険公社、Inpsの従業員のための官舎)の所有でしたが、2011年に閉鎖されて所有者が変わって以来、置き去りにされ荒れ果てるままに、うち捨てられていたものでした。
現在では、イタリア人を含む18カ国の国籍を持つ180家族が暮らし、その多種多様な450人の人々が、2階から8階まで、それぞれに狭いながらも家を持ち、文化、言語、宗教の壁を超え一致団結して協力、貧しくはあっても、いたって平和に生活しています。わたしは彼らのプライベートゾーンへ立ち入ったことがないのですが、今回の一件で多くの報道陣のカメラが入ることになり、慎ましいながらも清潔に整頓された彼らの生活が、巷間に知れ渡ることになりました。
そもそもSpin Time Labsは、たとえば世界的な名声を誇る社会学者、ナオミ・クレインを招待してレクチャーを開くなど、すでに4年前から顕著な方向性を打ち出していました。広々とした地下1階のスペースには、『経済循環と公共財産における都市の再生』をテーマに、コンサートホール、アウディトリウム(劇場)、ソーシャルな仕事に関わる人々の窓口、移民に関する法律相談の窓口、木工工房、オステリア(食堂)、有機ビール工房、図書室などを設置。占拠者だけではなく、もちろん外部の人々にも解放され、自由に行き来できるだけでなく、各アソシエーションが企画を持ち込むことも可能です。
※Spin Time Labsは、公共財産だ。ナレーターは責任者の一人、パオローネこと、パオロ・ペッリーニ。
今回、久々にアウディトリウムに入って驚いたのは、かつては肩苦しい会議場の体裁だった内装が、いつの間には黒い板張りの素敵な劇場に変わっていたことでした。このアウディトリウムでは、最近メディアが盛んに報じて話題になった、クラシックからポップまでを一晩中演奏する、実験としての『夜の非合法オーケストラ』や、かつてヴァッレ劇場を占拠していた演劇人たちが中心となる『スピン・オフ』など、充実したプログラムを提供し、常に満員の観客を動員しています。
さらにコンサートホールでは、子供たちのための演劇コースやタンゴ教室が開かれ、パンクやテクノ、ダブルサウンドシステムでのレゲエライブが、複数のプロの音楽イベントオーガナイザーたちの手( Orchestra, Lunatik, Amen, One Love e Baracca)で開催されています。そういえば、最近になってSCOMODOが、地下2階の広大なスペースを、リフォームして活動の拠点とすることを宣言したことも、話題になりました。
興味深いのは、このようなカウンターカルチャーの発信地である場所に、同時にサンタ・クローチェ・イン・ジェルサレンメ教会、教会関係のアソシエーション(Padre Gabriele)など、教会関係者が毎週、貧困に苦しむ人々のために食料を配布するホットスポットや、ビザンチン美術のイコンの修復作業工房も存在していることです。また、占拠スペースには、占拠者とともに暮らす在家の修道女の方もいらして、病人の治療の手配や子供達の教育の相談に乗っています。
さらに最近では、近くの小学校の両親たちが立ち上げたアソシエーション( Genitori di Scuola “di Donato”) 、地域のアソシエーション、Rete Sociale Esquilino (エスクイリーノ地区・社会活動ネットワーク)とともに、各国の子供達が参加する『色とりどりのカーニヴァル』など、さまざまなイベントを企画。電力が切断された次の日の総会には、小学校のお母さんたちも応援に駆けつけ、占拠スペースで暮らす子供たちのために、「わたしたちの自宅のシャワーや洗濯機を利用してほしい」と申し出て、満場の喝采を受けました。
電力が切断され、2日経ち、3日経ち、子供たちが暗闇に包まれる夜に怯え、どこにも行き場のない人々が不安と焦燥を募らせるなか、アーティストたちのアイデアで「Spin Timeに灯を点そう」と題された大集会も開かれています。その日は、それぞれにトーチを持って集まることが義務づけられ、参加者たちは思い思いの灯を手に集結。真っ暗闇の巨大建造物は集まった人々の灯で明るく照らし出され、アウディトリウムでは、ミュージシャンや著名コメディアン、演劇人が、それぞれにSpin Time支援を表明。夜遅くまで賑やかにレジスタンスのパフォーマンスが繰り広げられました。
「Spin Timeに灯を点そう」大集会で、顔見知りのアーティストに状況を尋ねると、「今のところは何も動かず。でもこうしてたくさんの市民が集まってくれたことは嬉しいよね。ジャーナリストもたくさん来てくれたんだ。子供たちやお年寄りの生活が安全に守られるようになるまで、僕たちは決死の覚悟で、このソフト強制退去にレジスタンスするつもりだよ」と頼もくしく断言していた。電力切断から5日。450人の人々が電気も水も使えない、という過酷な状況が続いていました。
▶︎「神は存在する!」は次のページへ