難民の人々を救った沿岸警備隊の船、『ディチオッティ』の上陸を拒んだ内務大臣
『同盟』と『5つ星運動』による内閣が誕生した途端に、地中海の難民の人々の救援に何年間も携わってきたNGOの船全てを上陸拒否したマテオ・サルヴィーニ副首相のことは、先の項でも触れました。そのサルヴィーニがモランディ橋の大事故からそれほど時間をおかず、今度はイタリア軍部に属する『沿岸警備隊』の船『ディチオッティ』が救助した、地中海で遭難した177名の難民の人々のイタリア上陸を拒絶。カターニャに着港した沿岸警備隊の船に難民の人々を何日間も閉じ込めるという非常識な事件が起こりました。
まず、この拒絶が尋常ではない理由は、地中海の『沿岸警備隊』である『ディチオッティ』は軍部に属す、そもそもイタリア当局の船であり、彼らは海で起こった海難事故の救助をするという、自らの職務を忠実に果たしただけにも関わらず、カターニャに着港した途端に内務大臣から糾弾される、という支離滅裂な経緯があるからです。
日を追うにしたがって乗船する女性と子供たちの上陸は許可されたものの、男性は全て上陸を拒絶され続ける、という見せしめのような状況でした。これには沿岸警備隊内部からも大きな批判が巻き起こり、最終的にはアグリジェントの検察がサルヴィーニ内務大臣を『誘拐』『監禁』など4つの罪状で告訴するという事態にまで発展しています。
上陸拒否後、ただちに欧州各国、ヴァチカン、各主要メディアから、サルヴィーニに向けて大きな非難が巻き上がり、連日、カターニャの港では「難民の人々を今すぐ上陸させろ」と抗議デモが起こりました。船に閉じ込められた人々はといえば、海で溺れかけたうえに、十分な栄養を摂ることもできず、ストレスと肉体的な疲労でぐったりとした様子で「彼らをこんな目に合わせるなんて、人間じゃない。恥ずかしい」と彼らの上陸を求める人々の怒りは頂点に達しました。
しかしながら検察に告訴されても、総攻撃を受けても、サルヴィーニ大臣はガンとして上陸拒否の主張を曲げず、しかもまったく不思議なことに、こんな暴挙を繰り返しているにも関わらず、Facebookのいいね!はみるみる増加、307万人を超えるという現象が起こっています。さらにSWG が主催した世論調査では、9月1日の時点で、32.2%と28.3%の『5つ星運動』を大きく引きはなす結果となり、(コリエレ・デッラ・セーラ紙)支持率はうなぎ上り。『嫌われ者』が人気をさらう昨今の世界的傾向は、ここイタリアでもトレンドになっています。
このサルヴィーニ現象を間近で見ていると、大衆心理というものがどれほど日和見でアドレナリンに引っ張られるか、という事実を目の当たりにしますが、カトリックの教えに根ざした「隣人である弱者を愛する」というイタリアの基本的なモラルは、デマゴーグを前に無力に陥ると知り愕然とする、というのが正直な気持ちでもあります。個人的にはサルヴィーニのいったい何が魅力なのか理解できませんし、言っていることに、たまに納得する部分がないこともないにしても、全体を通すと論旨が食い違い、機会に乗じてEU本部やエスタブリッシュ、他政党を憎悪すべき敵として攻撃、市民の被害者意識をひたすら煽っているだけのようにも感じる。ムッソリーニの台頭は、このように進んでいったのかもしれない、とも想像します。
いずれにしても『ディチオッティ』を巡る一件で、サルヴィーニが盛んに主張したのは、ハンガリーのヴィクトール・オルバン首相が提唱するプロパガンダ動画『No way』 ーどんな理由があろうとも難民はハンガリー市民になれない、という容赦のない政策をイタリアも導入する、ということでした。ご丁寧にオルバン首相をミラノに招いて、難民船拒絶姿勢を互いに確認する、というパフォーマンスまで繰り広げ、その会合には夏休み中だというのに1万人という人々が集まっての抗議デモが起こっています。ともあれ、ハンガリーという国は人口9百万弱と、イタリアの人口の8分の1にすぎず、同じレベルで難民の人々の問題を共有できる次元の国ではありません。さらにサルヴィーニはあくまで内務大臣であり、外務大臣ではありません。
結局、『ディチオッティ』に『監禁』されていた難民の人々は、アルバニア、アイルランドが何人かの人々を引き受け、またヴァチカンが100人余りを引き受けることを宣言し、ローマの近郊、ロッカ・ディ・パーパにある『モンド・ミリオーレ(もっとよい世界)』という名の、巡礼者や旅行者の宿泊所へと一旦の移動が許可されました。ところが下船した難民の人々の、その待ちに待ったバスによる移動の日には、極右グループ『カーサ・パウンド』と難民の人々をサポートするグループが同時にデモを開催し、いつもは静かなロッカ・ディ・パーパが怒鳴り合いで緊張する一場面もありました。ドイツ、ケムニッツの騒動はイタリアにとっても、もはや対岸の火事ではありません。
9月5日には、ロッカ・ディ・パーパに一旦移動した難民の人々の50人余りが、行方を告げずに戻ってこなくなり「脱走した」、とちょっとした騒ぎになりましたが、カリタスの責任者である神父は「彼らは刑務所に収容されていたわけではないのだから、脱走したわけではない。自由に好きなところに好きなように行けば良いのだ」と発言し、内務大臣のサルヴィーニの管理能力が問われることにもなりました。
また、ここにきて、サルヴィーニの母体政党『同盟』に、かつて議論された使途不明金4千9百万ユーロの支払い義務の判決が下され、政党の存続が危ぶまれる状況に陥っています。と同時にSNSでは、サルヴィーニと件のトランプ大統領当選の仕掛け人、スティーヴ・バノンの親密そうな写真が出回ったり、#complicidisalvini(われわれはサルヴィーニの共犯者)というハッシュタグで、ツイッターで長時間トレンド入りしたサルヴィーニ支援のアカウント多数が、実は米国のアカウントだった、という分析が報道されています。ともあれ、かねてから噂があったように、サルヴィーニとスティーブ・バノンは緊密な関係を築いているようです。
「サルヴィーニがこんな風では、振り回される『5つ星運動』がかわいそう」という世論まで飛び出す、内務大臣の度々の暴走は、来年行われる欧州議会の選挙キャンペーンの一環というのが、大方の意見です。その、欧州議会選挙に関する世論調査においては、このまま行けば、ひょっとすると議席の大半は極右政党議員で占められるかもしれない、という暗澹たる結果も浮上しつつあり、フランスのマクロン大統領もサルヴィーニを名指しで攻撃しはじめました。
サマータイムの廃止が議論されている欧州ですが、廃止された場合は欧州各国が自由に時間を設定することができるようになる、というシステムだそうで、そうなると欧州各地で時間にバラつきが生まれ、共同体の統一感は失われるかもしれません。1時間であっても、1年に2度、時間が行きつ戻りつするシステムは、いまだになかなか慣れず、数日は軽いジェットラグに似た状態に陥ることは事実でも、欧州のサマータイム廃止は一長一短。健康上の問題は解決されても、マーケットの開閉時間に生じるズレなどで、各国間に行き違いを生む可能性もあります。
さて、9月に入って、8月の後半から夏休みをとった人々が街に戻る季節、これからのイタリアは、『5つ星運動』のベーシックインカム、『同盟』のフラットタックスを中心に、双方の気前がいい経済政策が現実に可能なのかどうか、来年の国家予算が議論される時期がはじまります。ここにきて、国債スプレッドに波が生まれ、突然300近くまで上昇する日もあり、だんだんに安定してきたギリシャ、ポルトガルを遥かに上回る経済不安を抱え、欧州の爆弾となったイタリアの、いよいよ正念場が近づいてきました。
*9月2日、8月27日からはじまったトリポリにおける内戦が激しくなり、『非常事態宣言』が発表された、というニュースが飛び込んできました。現在、国連、トルコ、カタールが認めるトリポリの政府以外に、エジプト、アラブ首長国などが支持する政府が共存するリビアは、ガダフィ大佐亡きあと、150の部族、250の武装集団が混在し、混沌を極めている。たびたびイタリアで報道されるリビア情勢における人々の日常は、監禁、拷問、強盗、殺人、強姦と無法地帯の様相です。
現在の分裂した政府は、マクロン大統領の要請により、今年の12月28日に共同で「リビア全国選挙」を行うことになっていましたが、それも危うい状況となっています。多くの大使や企業関係者、ジャーナリストに国外退避命令が下される状況となり、一報を受け、サルヴィーニは「この紛争には裏がある」と発言しました。その発言の真偽のほどは分かりませんが、サルヴィーニはパリによる画策、陰謀を暗示しています。
リビアはアフリカ大陸で最も多く原油が産出する、豊かな砂漠を抱く国です。9月4日には一時停戦が発表されても、状況はいよいよ不安定と報じられ、注視を要します。シリアも大変な状況に追い詰められているようですが、リビアの混乱も収まる様子はありません。