2018 イタリアの不穏な8月:フィアット、モランディ橋の崩壊、そして難民の人々

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ジェノヴァ、市民の日常の風景だった高架ハイウェイ、『モランディ橋』のありえなかった崩壊

その高架ハイウェイを作った建築家、リカルド・モランディの名から、通称『モランディ橋』と呼ばれる、ジェノヴァ中心街の丘陵を繋ぐポルチェヴェラ陸橋の突然の崩壊は、日本を含む世界中で衝撃をもって報道されたので、事故そのものの詳細については多くを語る必要はないと思います。今回の大事故で、この陸橋が『モランディ橋』と呼ばれることを知った、とジェノヴァ市民たちが言うように、街の中枢を走るハイウェイの一部の当たり前の風景として、誰もが自然に受け入れていた日常的なインフラで起こった大惨事でした。

イタリアの戦後の経済発展期に作られ、老朽化した(しかしまだ50年そこそこの陸橋です)インフラの、考えもしなかった脆弱さと、巨大トラックが行き交う激しい交通量のアンバランスが引き起こした事故は、高架の下に、市民が普通に生活を営む数多くの高層住居があったことで、被害を拡大することになりました。

この『モランディ橋』と呼ばれる、繊細で優雅なデザインを持つ陸橋はそもそも、さらなる経済発展の願いを込めイタリア全土をひとつに結ぶために、1963年から1967年にかけて建造されたハイウェイの一端でした。当時、前出のフィアットを含む自動車産業、重油など資源産業、そして流通産業が心待ちにした「太陽へ向かう」道でもあったわけです。

崩壊したモランディ橋 cronacaeattualita.blogosfere.it より引用。

ちなみにこのハイウェイのプロジェクトは、アルド・モーロ内閣下で進められています。また、世界に先駆けイタリアではじめてハイウェイの各所に作られたオートグリル(サービスエリア)は、1962年に飛行機事故と見せられて殺害されたENI(主要エネルギー会社)の総帥エンリコ・マッテイが発案したものなのだそうです。このように、各時代の幻影のように佇む数々の歴史建造物だけでなく、いまや日常の風景となったモダンな(イタリアにおいては)インフラひとつひとつにも、波乱に満ちた時代を駆け抜けた人々の思いが、沈黙しながら横たわっていることを、はじめて知ることになりました。

全長1102メートル、最も高い部分で地上45メートルの、この高架ハイウェイ「ポルチェヴェラ陸橋」のうち、今回一瞬のうちに崩れ落ちたのは、サンピエールダレーナ産業地区の頭上を走る250メートル部分。43名の犠牲者を出した陸橋落下の悲劇は、8月14日、イタリアの夏休みの頂点、フェッラゴスト(聖母被昇天の祝日)の1日前、午前11時36分に起こっています。

「モランディ橋の崩壊とともに、インフラ、すなわち国家そのものへの信頼は費えた」「エスタブリッシュと呼ばれる国家運営に関わる内閣、議会、地方自治体、警察、外交筋、保安を司る軍部の幹部、検察、さらに企業家、銀行、行政管理期間、委託会社、主要新聞の幹部たちは、巨大な利益を得る特定の家族たちのためだけに、安定し、頑丈で、持続可能な安全を保証する人々だと(市民からは)捉えられている」「実際、英語における『エスタブリッシュ』とは、安定した、長時間持続可能な確実性を意味する言葉だが、今回の事故で、エスタブリッシュ(と呼ばれる人々)は人々が安全だと信頼するインフラに、安定も、確実性をも与えないことを露呈した。むしろエスタブリッシュたちは、人々の移動の自由を許容することなく、不安定で、持続不可能な不確実性しかもたらさない、という不信を、人々に刷り込んだのだ」

これはレスプレッソ紙の主筆マルコ・ダミラーノによる巻頭記事の一部ですが、市民の気持ちを代弁し、今までエスタブリッシュと呼ばれ、国家の運営に関わってきた人々を批判しながら、政局を分析する記事でした。つまりこのような事故が起こった原因は、過去のエスタブリッシュたちのインフラ放漫管理にあり、国民はその莫大な利権を巡る不穏な動きに気づいていたからこそ、『5つ星運動』『同盟』というふたつの政党を支持した、とダミラーノは暗示したうえで、ただでさえエスタブリッシュに飽き飽きしている人々に、さらなる不信を刷り込んだ、と言っているわけです。モランディ橋の崩壊は、同時にエスタブリッシュの崩壊をも象徴しているかもしれません。

また、モランディ橋を含むイタリア全国のインフラ管理が、時代を経て自由化、民営化され、国家を代行してハイウェイを管理する民間の機関、アウトストラーダ・ペル・イタリアを独占運営するアトランティアの88%を超える株を、ベネトン・ファミリーが握っていることも、事情を複雑にしています。事実、事故が起こった翌日の8月15日には、『5つ星運動』の「インフラストラクチャー及び交通省」の大臣ダニーロ・トニネッリが、「アウトストラーダから運営権を剥奪しハイウェイを国有化する」と早々に宣言、国有化には賛成しない『同盟』、地方自治体との間に議論が持ち上がっています。ちなみにアトランティアはイタリア国内のハイウェイ、空港などの交通インフラだけでなく、海外のハイウェイの運営権をも所有するグローバル・インフラ運営会社です。

そもそも『5つ星運動』は、交通網だけでなく、民間企業の独占管理となっている『水資源』も含め、市民の公共財産であるべきインフラを国有化することを公約に挙げていますから、トニネッリ大臣の今回の事故におけるリアクションは自然なことです。しかし今回の事故の原因を作ったのはアウトストラーダ側か、あるいはこれまでのインフラ省の対応にあるのか、今後の捜査で明らかになるにしたがって、責任の所在、あるいは不正の存在の有無が確定されることになるわけですから、それが明確になるまで『国有化』の議論は時期尚早ではある。また、すでに完成した民間企業によるハイウェイの運営システムがそれほど簡単に国有化できるかどうか、アウトストラーダから運営権を剥奪する過程だけでも何年もかかる長丁場の裁判になるとみられます。

犠牲になった方々の『国葬』は、セルジォ・マッタレッラ大統領、ジョゼッペ・コンテ首相、各政党の党首、幹部が参加した8月18日に催されました。その際、イタリアの新しい政府『同盟』の副首相マテオ・サルヴィーニ、『5つ星運動』副首相ルイジ・ディ・マイオには拍手が巻き起こり、新しいリーダーたちと「自撮り」をしようとする人々で列ができたのだそうです。一方、中央左派前政権のPDー民主党書記長及び幹部には非難の口笛が鳴り響き、ブーイングが巻き起こった。この状況に『民主党』幹部たちは「我々はこの非難の口笛からはじめなければならない」、「人々はいつから僕らを敵と見なし、距離を取るようになったのだろう」と落胆しています (エスプレッソ紙、参照)。

「私たちの生活が保障されるまで、橋の解体はありえない。わたしたちに答えてください」州知事が30日以内に、まず橋とその下に位置する家々を壊す、という発表をしたことに対し、住民たちは大きく反発。壊す前に、まず自分たちの家へ戻り、生活に必要な物を取りに行きたい、また今後の生活を確実に保障すべき、と州議会に詰めかけた。

しかし、フィアットのマルキオンネの急逝といい、アウトストラーダ・ペル・イタリアの運営を巡るベネトンといい、今まで中央左派政権と強い絆を結んできたイタリアを代表する大企業が次々にその核、そして威信を失うことになった8月の出来事は、イタリアのひとつの時代の終焉を物語っているようにも思います。『民主党』政権で内務大臣だったミンニーティが「われわれ『民主党』のメンバーには、朝、バスに乗って国会に出かけるような人物がいなかった」と反省を込めて話していますが、『5つ星運動』から下院議長に選出された朝、公共のバスに乗って国会に向かったロベルト・フィーコのように、市民と同じ立ち位置で生活する議員は、事実『民主党』には存在せず、誰もがモダンなエスタブリッシュを演じ、大企業には寄り添っても、市民の生活からは遥か遠くで政治を行っていた、という印象が、国民に染みついてしまった。

なお、今回の事故の犠牲者43名すべての家族が、すんなりと『国葬』を受け入れたわけではなく、国に不信を募らせて出席を拒絶、内々に葬儀を済ませた家族も半数ほどいるそうです。また、高架の巨大破片が降り注いだこの事故で、家を失った人々、あるいは立ち退きを余儀なくされた人々は600人を遥かに超えています。ジェノヴァを州都とするリグリアの州知事ジョヴァンニ・トーティ(フォルツァ・イタリア)は、家を失った人々の仮設住宅をはじめ、教育費などの負担を保証するとともに、モランディ橋を急いで解体することを発表しましたが、ローンを組んで高架下の家を購入した家族や、安全上、家財道具を取りに家に入れない人々は、その州知事の発言に反発。地方自治体との間に緊張が続いている状況です。

さらにリグリア州出身の世界的な建築家、レンツォ・ピアーノが、無償で新しい『モランディ橋』を設計することを表明。9月7日には、2019年の11月までにその設計に沿って「これから1000年間使える」新しい橋を完成させる、というプランが、州知事、「責任を持って再構築に携わる」と宣言しているアウトストラーダの幹部も参加した公開会議で検討されています。

さて、ここでちょっと胡散臭い話になり恐縮ですが、ここにきて、今回の事故に疑問を呈する声が上がっていることも付け加えておきたいと思います。これはそもそも事故後ネット上で密やかに語られた、いわゆる『陰謀論』の陸橋爆破説で、ジェノバ在住の作家ロベルト・クアリアが、さまざまな証言を集めて推論した動画をYoutubeに投稿、あるいは事故を目の当たりにしたという、建築を勉強した女性の証言動画などが出回って、注目されるようになりました。

クアリアが主張するのは、1.陸橋が崩壊するとき、2、3の稲妻のような閃光がはっきりと散っており、それが何の光なのか判然としない。2. 事故の前日、その日大雨だったにも関わらず、なぜか事故が起こった場所あたりで、何を工事しているのか不明な作業員たちが目撃されている。その風景がビデオ撮りされ、Sky newsでも放映されているにも関わらず、彼らが一体誰で、何をしていたのか明らかになっていない。3. また今回の事故の分析に最重要と思われる、ハイウェイに備え付けられたビデオカメラ2つの映像が発表されていない(事故直後に、アウトストラーダのサイトを訪問し、映像を調べた多数のネットユーザーたちも「映像がその時間から切れている」と証言)ことなどが、その疑惑の理由として挙げられています。3項めのビデオカメラの映像については、最近になって当局が「馬鹿馬鹿しい憶測を払拭するために」という理由で、そのいくつかを公開しています。

さらにこの疑惑に拍車をかけたのが、高架の専門家として数々の本を書き、何百ものプロジェクトに参加、ヴェネチアの大学で教鞭を執る陸橋建築界では名高いエンジニア、エンツォ・シルヴィエロでしたあくまでもアカデミックな意見、と念を押した上で「モランディ橋のように精巧に作られた高架が一瞬のうちに崩壊した事実から、爆薬が仕掛けられたのでは?という説があるが、それはまったく否定すべきものでなく、ありうる推論である」と、自らのキャリアに臆することなく発言したことで、コリエレ・デッラ・セーラ紙、ラ・レプッブリカ紙、スタンパ紙などが「ベテランエンジニアの衝撃的な爆破説」、と一斉に報道しました。

しかしながら、当然のごとくメインストリームの捜査は『爆破説』を一笑に伏し否定し、ネットで語られる以外は、現在『爆破説』がマス・メディアで語られることはなくなりました。確かにクアリアの主張するように、閃光、あるいは工事作業員の存在など、いくつか公にされていない不明な事実は存在しますが、現在のように裏付ける証拠が全くない状況では、残念ながら空虚な想像にすぎない。起こるはずのなかった理不尽な衝撃に遭遇すると、人間はあらゆる可能性を考え出し、理性で納得しようとしますし、戦後のイタリアは、常に陰謀に晒された歴史があるため、人々は報道を額面通りにはなかなか受け入れない、ということも『爆破説』のひとつの理由だと考えているところです。

いずれにしても今はまず、今回の事故で犠牲になった43人の方々の家族、そして家を失った人々の救済に、国家をあげて何より第一に取り組んで欲しいと切に願います。

現在、モランディ橋が崩壊に至るまでの修復の計画の経過を含め、アウトストラーダ・ペル・イタリアの運営状況やインフラ省の管理、その他の関係機関に関して、さまざまな捜査が進んでいますが、事故の2ヶ月前にはインフラ省が、危険な状態のモランディ橋修復プロジェクトにOKを出し、夏休みが終わる9月から開始される予定だった、という書類の存在が報道されています。「陸橋の脆弱性を知っておきながら修理を後回しにし続けた」人々の名前20人が公表され、捜査が進められているところです。

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