1992〜93年「コーザ・ノストラ」連続重大事件Ⅲ:フィレンツェ、ミラノ、ローマに拡大した攻撃

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イタリアが一気に不安定化しはじめたのは、1992年、史上最大のマキシ・プロチェッソ(マフィア大裁判)を牽引したふたりの検察官ジョヴァンニ・ファルコーネパオロ・ボルセリーノを、想像を絶する破壊力を持つ大規模爆弾で次々と失った頃からです。国家に対して「戦争を仕掛ける」までの巨悪に膨れ上がった「コーザ・ノストラ」の爆弾テロは留まることなく、1993年にはシチリアからフィレンツェミラノローマとイタリア本島全域に攻撃のテリトリーを拡大しました。これらの複数の爆発は、多くの無辜の市民を犠牲にしただけでなく、イタリアアイデンティティである美術品建築物教会を破壊することになり、その混乱の裏側で、イタリアは大きく変わろうとしていたのです。戦後から『鉛の時代』を経て、冷戦の終結まで続いた、俗にイタリア第1共和国と呼ばれる時代は、大衆文化、風俗、価値観の大転換を促したイタリア第2共和国と呼ばれる時代へと急展開することになります。

これまでのざっとした経緯

1992年5月23日、ジョヴァンニ・ファルコーネとその妻フランチェスカ・モルヴィッロ、3人の若い警護官が犠牲になった「カパーチの虐殺」から、わずか57日後7月19日に起こった、パオロ・ボルセリーノとその警護官5人が大規模爆弾に吹き飛ばされ、即死で亡くなった「ダメリオ通りの虐殺」。

このふたつの凄惨な暗殺事件は、マフィアからふたりの優秀な検察官を守ることができなかった政治への、激しい抗議とともに深刻不信を市民に呼び起こしました(参照:1992~93年、「コーザ・ノストラ」連続重大事件 I:ジョヴァンニ・ファルコーネの場合  /  コーザ・ノストラ」連続重大事件 Ⅱ:パオロ・ボルセリーノ)。

しかしそのふたつの事件の背景として、1991年の夏から何ヶ月にもわたり、「コーザ・ノストラ」のボスの中のボス、コルレオーネ・ファミリーのトト・リイナの召集で、シチリアの臍と呼ばれるエンナを皮切りに、シチリアの各地で秘密裏に会議が開かれていたことには、まだ誰も気づいていなかったのです。

パレルモ裁判所検察局に構成された「プール・アンチマフィア(マフィア特別捜査本部)」の指揮で、1986年からはじまったマキシプロチェッソ(大裁判)は、「コーザ・ノストラ」側に「全員無罪にする」と約束していた、それまでマフィアと共謀関係にあった政治家たち(『キリスト教民主党』ジュリオ・アンドレオッティサルヴォ・リーマカロジェロ・マンニーノら)の裁判妨害工作がまったく功を奏せず、結果的に346件の有罪判決をもって終了(参照:「コーザ・ノストラ」とジョヴァンニ・ファルコーネ、史上初のマキシ・プロチェッソ<大裁判>)。

怒り狂った「コーザ・ノストラ」は、その復讐として、裏切り者の政治家たちの殺害リストを作成すると同時に、「国家戦争を仕掛ける」という壮大な作戦を、その秘密会議で練りあげていました。

なお、国家はその事実を公には認めていませんが、その会議には、マフィアたちだけではなく、秘密結社『ロッジャP2』の流れを汲む傍系フリーメイソン国内諜報機関幹部の一部、さらには極右テログループのリーダーも加わっていたことを、多くの「コーザ・ノストラ」悔悛者である司法協力者たちが証言しています。

また、その作戦のコンセプトは、冷戦の文脈における『鉛の時代』、NATO加盟諸国への共産主義の侵攻を水際で堰き止めるために、米国主導で構築された準軍事作戦「グラディオ」下、イタリアで実行された謀略「緊張作戦」のレプリカでもありました。すなわち「まず、イタリアを爆弾テロと暗殺回帰で不安定化させ、その後政治情勢を支配し、安定化する」というもので、それまで相互利益のために政治家たちと共謀はしても、政治参入には興味がなかった「コーザ・ノストラ」が、はじめて直接的政治参入への意志を示した作戦でした。

具体的には、爆弾による連続大規模爆破(暗殺)事件によってイタリアの政治体制を完全に弱体化させる一種のクーデター状態を創出し、イタリアを北部、中央部、南部と分割したうえで、南部にマフィアの安定を約束する独立国家を設立する、つまり、「コーザ・ノストラ」が国家そのものになる、という、現代から顧みるときわめて異様、奇想天外なプランだったのです。

さらに、その時計画された爆破事件は、世論に『鉛の時代』の政治テロの復活を暗示するよう仕向ける作戦とするため「ファランジェ・アルマータ(武装ファランジェ)」名義で実行すると定め、実際、その後のいくつかの爆破事件の後、「ファランジェ・アルマータ」が声明を出す、あるいは国家当局者に脅迫文を送りつける事態となっています。なお、この「ファランジェ・アルマータ」は、諜報局の一部によってオーガナイズされた架空のグループだと現代では推測されています。

一方、マキシ・プロチェッソの最終判決を受け、政治とマフィアの架け橋であった『キリスト教民主党』サルヴォ・リーマが「最初の裏切り者」として暗殺され、マキシ・プロチェッソで中心的役割を担った検察官ジョヴァンニ・ファルコーネが大規模爆弾で虐殺されると、それまで「コーザ・ノストラ」と深い絆を持ちながら、利権を貪っていた政治家たちは、「次に殺されるのはわたしだ」と肝を冷やします。

そこで、慌てた政治家たちは「なんとかしてほしい」と、そもそも「コーザ・ノストラ」と通じていたカラビニエリのアントニオ・スブランニ司令官に助けを求め、その結果、スブランニの部下で、マフィアと親密(!)な関係にあったRos(カラビニエリ特殊部隊)マリオ・モーリ隊長ジュゼッペ・デ・ドンノ大尉が、コルレオーネ出身でリイナとも懇意であった「もっとも政治家らしいマフィア、もっともマフィアらしい政治家」、ヴィート・チャンチミーノに接触することに成功します。こうしてRosのふたりの幹部は、チャンチミーノを仲介にトト・リイナとの直接交渉、という合意を得ることになるわけです。

パオロ・ボルセリーノ(左)とジョヴァンニ・ファルコーネ(右)radiopopolare.itより引用。

その後、両者の交渉は複数回(少なくとも5回以上)続き、国家側はRosのモーリ隊長、デ・ドンノ大尉が交渉人となり、「コーザ・ノストラ」側はヴィート・チャンチミーノを仲介者とし、その息子のマッシモ・チャンチミーノを使者、トト・リイナは、アンティーノ・チーナを使者として交渉を進めました。ちなみにヴィート・チャンチミーノは冷戦下、「グラディオ」の戦闘員リストにその名を連ねていたことが、のちに明らかになっています。

これが2023年まで裁判が続いた「国家・マフィア間交渉」の起源となりますが、長年マフィアと共謀関係にあった政治家たちが、「コーザ・ノストラ」の破壊行為から市民を守るためではなく、自らの生命の危険を感じ、なんとか生き延びようと、その後「コーザ・ノストラ」を優位に立たせることになる直接交渉に踏み切ったことは、その後の成り行きからも明らかです。

「ダメリオ通りの虐殺」で亡くなったボルセリーノは、はじまったばかりの「国家・マフィア間交渉」の存在、さらに「コーザ・ノストラ」と傍系フリーメーソン、極右テログループの共謀、そして親友ファルコーネを失った「カパーチの虐殺」の真相を、おそらくすでに知っていた、と証言する者たちの存在が、現在でも次々に報道されます。「コーザ・ノストラ」と共謀して謀略を企んでいる者たちにとって、ボルセリーノは作戦を妨害する、邪魔以外の何者でもありませんでした。

実際トト・リイナは、一刻も早く、それもできるだけスペクタクルな事件を起こしてボルセリーノを殺害するよう、部下たちに執拗に要求していたと言います。

いずれにしても、92年〜93年に起こった「コーザ・ノストラ」連続重大事件の詳細を知ることは、現在のイタリアを俯瞰する大きなとなりそうです。

この記事は、「ファルコーネとボルセリーノの最後の言葉(Le ultime parole di Falcone e Borsellino : Chiarelettere 2012)」、L’EUROPEO( Le Radici di Gomorra : 2010)、「イタリア・マフィア(シルヴィオ・ピエルサンティ/朝田今日子訳:ちくま新書)、Il Patto Sporco/Nino di Matteo Saverio Lodato Chiarelettere 2018)、Il colpo di spugna – Trattativa Stato Mafia: il processo che non si doveva fare(Nino di Matteo/Saverio Lodato RCS Media Group S.p.A.,2024)、MAFIA fare memoria per combatterla (Antonio Balsamo/PICCOLO BIBLIOTECA PER UN PAESE NORMALE 2022)、裁判記録、イタリア語版Wikipedia、Mafia Dossir 、Wikimafia、各種特集番組(Raiplay)、La7 Atlantide, Rai3 Report, 各種新聞記事、YoutubeにアップされているRoberto Scarpinato、Nino di Matteo、Saverio Rodata、Marco Travaglioの講演(Youtubeチャンネル : ANTIMAFIADuemilaTV, Rai, Malgradotutto, il fatto quotidiano, Fanpage, La7, MoVimento 5 stelle ecc.)などを参考にしました。

❷赤い手帳 ❸交渉の行方とリイナの逮捕 ❹拡大した連続爆破テロ ❺新しい政治の台頭 ❻「国家・マフィア間交渉」裁判

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