欧州選挙:イタリアの勝者は本当にジョルジャ・メローニ率いる『イタリアの同胞』だったのか

Cultura popolare Deep Roma Eccetera Società

現在日本に帰国しているため、6月8日9日欧州議会選挙をライブでは体験することができず、イタリアメディアの報道と、現地の知人にその雰囲気を聞いてみるぐらいしか、詳しい内容を把握できませんでした。が、結果、過去最低49.7%という投票率で選挙を終え、そもそも欧州議会選挙の投票率は国政選挙よりは低いのがではあっても、「イタリアの有権者の半数以上が棄権に回る」というケースは共和国はじまって以来の出来事です。過去の欧州戦の投票率を調べると、1980年には86%、2005年に72%、2020年に55%まで下がり、遂には50%を切ってしまうことになりました。これは「棄権」することで既存の国内政治、欧州政治にNOを突きつける有権者の強い意志、なのかもしれませんが、「欧州議会が変わっても何も変わらない」、と単純に有権者の政治への興味がなくなった、ということかもしれません。

棄権主義

イタリア語で「棄権」をAstensioneと言いますが、「Astensionismoー棄権主義」という言葉が巷を賑わすようになったのは、2022年の国政選挙からです。1980年代に90%台、2000年代に80%台、2010年代には70%台を彷徨っていた国政選挙の投票率は、2022年63.91%まで一気に落ち込みました。つまりジョルジャ・メローニ政権が鳴物入りで誕生した選挙です。

日本のメディアをあれこれ読んでいると、今回の欧州選挙で28. 8%を獲得した首相ジョルジャ・メローニが率いる『イタリアの同胞』の政治体制が盤石となり、欧州政治にも強い影響を及ぼす可能性がある、など好意的な見解が散見されましたが、正直、こんな低い投票率で28.8%ということは、有権者の14%ほどしか支持していないわけですから、「盤石」とは言い難いのではないか、と思った次第です。

ましてや「メローニ首相は、もはやネオファシスト経由の極右政党党首ではなく、サッチャー元首相のような剛腕を振るう、欧州の『影の権力者』となる可能性がある」、などという論調の記事に出くわした際には、イタリアの右派系新聞の論調のようだ、と首を捻ることにもなりました。よくよく読んでみると、そんなことを言っているのはメローニ首相をよく知っている政治学者、ということでしたから、『イタリアの同胞』に近い人物の、「そうあってほしい」という願望なのでしょう。確かに今回の欧州戦では欧州各国の極右勢力台頭しましたが、議会の指導権を握り、欧州を揺るがすほどの数には到達していません。むしろ心配なのは、フランスの総選挙の行方です。

ところでメローニ首相という人物は、いかにもローマっ子らしく、(ブラック)ジョークを散りばめた、ハキハキとリズム感のある演説で観衆を惹きつける、ある種カリスマ的なオーラを放つリーダーではあります。しかも外交で世界中を飛び回り、ほとんどイタリアにはいないメローニ首相ですし、プーリア州で開かれたG7でも、堂々とホストを務めていましたから、海外メディアからは、当初の過激な反欧州、反移民政策からやや方向転換し、EUともまあまあ上手く付き合っている、かのように見えるかもしれません。また、La7の世論調査によると『イタリアの同胞』を支持する人々の53%が、党そのものではなく、メローニ首相個人に投票した、と答えていますから、『イタリアの同胞』は、ほぼメローニ首相人気のみで成立している、と言っても過言ではない、ということです。

しかしながら、『イタリアの同胞』を核とした与党『右派連合』は、国営放送Raiに出演する左派ジャーナリストや左派知識人、左派の人気司会者に圧力をかけ、辞めて民放局へ行かざるをえない状況に追い詰めたり、司法システム政治介入可能性を開いた法律を可決させたり(この法律はフリーメイソン系秘密結社「ロッジャP2」のリーチオ・ジェッリが発案し、故ベルルスコーニ元首相の悲願だったらしいです)、『イタリアの同胞』ロロブリジダ農業大臣(で、首相の義兄)のスポークスマン、つまり政権にきわめて近い人物が、ドラッグ犯罪組織の首領でもあった極右のならず者(すでに死亡)とスマホでおしゃべりする親しい間柄だったことが暴かれ、やっぱり「伝統的なネオファシストだったじゃないか」、と市民を落胆させました。

さらには現在、右派連合(『イタリアの同胞』『フォルツァ・イタリア』『同盟』)は、「l’autonomia differenziataー差別的自治権」と呼ばれる、「それぞれの自治体が得た税収は、それぞれの自治体のみで管理し、全国には一切分配しない」という法律を可決させようとしています。この「差別的自治権」が可決されると、裕福な北イタリアはいよいよ裕福に、困難な状況にある南イタリアはいよいよ困難になり、イタリアの南北の格差さらに広がる可能性があります。

なお、この「差別自治権」を議論中の下院議会では、野党の『5つ星運動』議員が、地方自治体独立政策大臣に(多少挑発的な)抗議するや否や、今回の欧州戦で惨敗した『同盟』の議員たちが、その『5つ星』議員をいっせいに取り囲み、殴る蹴るの暴行に及ぶ、といった場面もありました。その一件を問い詰めるメディアのインタビューに答えた『同盟』の議員のひとりは、「欧州戦で支持率が下がったため、『5つ星』議員は、その腹いせに、自ら乱闘を呼び込むような態度で挑発し、いかにもひどく殴られたような芝居をしたのだ」などと言っています。しかし加害側となった『同盟』はといえば、2019年の欧州戦では34.29%の支持があったにも関わらず、今回の欧州戦では(ベルルスコーニ元首相を失った『フォルツァ・イタリア』を下回る)9.0%と約4分の1にまで減っていますから、どちらが腹いせだったのかはまったくの謎です。

La Repubblica紙から引用した勢力図。緑『同盟』、黄色『5つ星運動』、赤『民主党』、ネイビー『イタリアの同胞』、ブルー『フォルツァ・イタリア』。たった4年の間に勢力図が大きく変わる、いかにもイタリアな結果となりました。

La Repubblica紙から引用した勢力図。緑『同盟』、黄色『5つ星運動』、赤『民主党』、ネイビー『イタリアの同胞』、ブルー『フォルツァ・イタリア』。たった4年の間に勢力図が大きく変わる、いかにもイタリア的な結果となりました。

『民主党』の躍進

いずれにしても、今回の選挙で真に躍進したのは、2019年の欧州戦で得た22%を上回り、24.1%の支持を獲得した『民主党』だった、という評価が主要メディアの大勢でした。現在『民主党』を率いる新しいリーダー、エリー・シュラインは、もともとマテオ・レンツィ時代の『民主党』欧州議員でしたが、レンツィの打ち出した政策に反対して、いったん離党。その後エミリア・ロマーニャ州の副知事に当選したのち、2022年に『民主党』に戻って下院議員、2023年に党内54%の支持を受け『民主党』党首となっています。

このシュラインという女性は、イタリア、アメリカ、スイスの市民権を持つ、セクシャルマイノリティであることを自ら公表している頼もしいリーダーで、きわめて低いイタリアの最低賃金の引き上げをはじめ、労働者、マイノリティ、移民の人々の権利の向上を目指してイタリア全国を飛び回っています。また、今回『民主党』のリストから選出された欧州議員は、女性の権利に敏感な議員たちや、キャリアのあるジャーナリストたちばかりでもあり、彼らの欧州議会での活躍を楽しみにしているところです。

ただ、『5つ星運動』の支持率が10%とふるわなかったことは非常に残念でもあり、これは現在進行しているふたつの戦争に、『5つ星』の主張同様、「イタリアからの武器の輸出に反対する」、あるいは「地球温暖化を巡る環境問題に強くコミットする」他の勢力に票が流れた、という事情があるようです。DEMOPOLISの統計によると『5つ星』を支持する有権者からは9%が『民主党』に、7%が『AVS (ヴェルデ・左派連合)』に、4%が『イタリアの同胞』(なぜ)に流れています。また32%が「棄権」したことも敗因となりました。

この状況で、まず『5つ星』が克服すべき問題として顕著になったのは、「議員を2期務めたのちは、国政にも、欧州戦にも立候補できない」という2期縛り規約の存在で、たとえばかつてローマ市長だったヴィルジニア・ラッジ、下院議長だったロベルト・フィーコ、現在ジャーナリストとなったアレッサンドロ・ディ・バティスタなど、知名度の高いメンバーがリストに上がっていれば、また違う結果になった、と思われます。今後の『5つ星』の規約の見直しが待たれるところです。

ところで今回の欧州戦で最も嬉しかったニュースは、といえば、『同盟』『5つ星運動』の連立政権だった時代、当時内務大臣だったマテオ・サルヴィーニに、不当に逮捕されたミンモ・ルカーノ元リアーチェ市長が『AVS』から欧州議員に当選したのみならず、リアーチェ市長に返り咲いたことでした。ミンモ・ルカーノは、過疎に苦しむバジリカータ州のリアーチェ市に、移民の人々によるエスニックなエコシステムを創出し、市民との共生を成功させた人物です。突然逮捕されたのちの長い裁判を経て、結局無罪の判決を受けたところでした。

もうひとつ、非常に印象的だったのは、シチリアでは『フォルツァ・イタリア』が第1党として、最も支持率が高かったことでしょうか。ベルルスコーニ亡きあとも、シチリアと『フォルツァ・イタリア』の連帯は意外と強いのだ、と感心した次第です。また、北イタリアでは現政権の『右派連合』の支持は高くとも、ミラノ、ボローニャなどの大都市圏南イタリアでは、野党の躍進が見られます。が、同じ大都市圏でも、メローニ首相の出身地ローマでは、『イタリアの同胞』が、なんと33%もの支持を獲得するという、意外な結果となっています。

なお、欧州戦と同時に行われた全国市長選(3700の市)では、フィレンツェやバーリでは再選挙が行われることになりましたが、総体的に、左派候補優勢となっています。したがって、ジョルジャ・メローニ首相の足元は、それほど盤石ではなく、特に南イタリアでは次第に反感が高まりつつあり、今後の政権運営は、なかなか難しいかもしれない、とも思った次第です。

RSSの登録はこちらから