誰が密談ファイルを仕込んだのか
今回のように、そもそも密談のはずなのに、それが「いつの間にか盗聴され公開される」という事件が起こると、情報源の秘匿の原則がありながらも、背後にどのようなプロセスがあったのか、人々の好奇心を掻き立てて当然のように議論になります。
今回の事件と似たケースといえば、直近でいうと欧州議会選挙直前、辞任に追い込まれたオーストリアの極右政党である自由党のシュトラッヘ副首相事件でしょうか。スペインのイビザ島で、「プーチン大統領に近いロシアの財閥」という触れ込みの若い女性にまんまと騙されて、政治献金と引き換えに、当選の暁には財閥であるその女性の事業を助けるという商談(?)をしている盗撮ビデオがネットに流出して、イタリアもざわめきました。
そのほか、トランプ大統領を散々に無能呼ばわりした英国大使の機密公電が突如として流出した一件も、似ているといえば似ている、といえるかもしれません。
この密談音声ファイルが公表された直後の『同盟』では、「シークレット・サービスだな」「しかしどこの国の?」という会話が交わされたそうです。とはいうものの、本来、自国の諜報の一端を抱える内務大臣(防衛省、首相官邸付きの諜報とともに、内務省もDIGOSなどの諜報を抱えているわけですから)であるサルヴィーニの周辺諸氏が、あちらこちらに見え隠れしながら逍遥しているであろう国際諜報の存在にまったく無防備だった、というのも困りものかもしれません。
コリエレ・デッラ・セーラ紙は「一体誰が、ホテル・メトロポール密談事件の背後にいるのか」という短い記事で、シークレット・サービスの分野というのは、あまりにも複雑で、だからこそ「シークレット」であり、servizi(セルヴィッツィ)と複数で表現されるのだ、と解説。その他のメディアも「最近、米国に行って、イラン戦争賛成、米国製武器の購入など、親米姿勢を明らかにしたサルヴィーニへの警告としてロシア側が流出させた」「密談テーブルの近くに座っていたというレスプレッソ紙のジャーナリストは、密談の内容をほぼ正確に聞き取って書いていたが、だいたい彼らにロシア語が分かるのか」「マクロン大統領の指図だ」などと好き勝手に論じています。
このような記事をあれこれ読みながら、改めて考えると、パブリックにロシアとの絆を深め、彼らの制裁解除を要求しながら、米国との連帯をもふたつ返事で見境なく受け入れるサルヴィーニという人物は、絶対的な『権力』ならどっちつかずにへらを打ち、弱い者虐めをプロパガンダに票を集める、ただただ『権力』にしか興味がない、何の思想も信念もない、口先だけの人物ではないのだろうか、と考えるに至った次第です。また、扇動者としては優秀であっても、万が一権力の座についたとして、国家を運営していく力量があるかどうかは甚だ疑問です。
7月18日のラ・レプッブリカ紙はAisa(国外インテリジェンスエージェンシー)の局長の談話を掲載していますが、そもそも国外インテリジェンスたちは、欧州、イタリアの脅威として、ロシアを頂点に起き、その動きをくまなくモニタリングしていたそうです。したがってジャンルーカ・サヴォイーニという人物からも目を離したことがなく、EmailからSNSのチャットまで、ネット上の動きもすでに確認済みで、現在はその調査を周辺人物にまで拡大させている、ということでした。
いずれにしても24日には、コンテ首相が一連のロシアゲートについて議会で言及し(サルヴィーニ内務大臣が出席しようがしまいが)、25日にはAisaの局長(!)が事件に言及することになっています。両者の発言によっては今後、欧州の最大の脅威であるロシアから政治献金を受けた疑惑を持つ『同盟』のマテオ・サルヴィーニという人物が、イタリアの副首相及び内務大臣に相応しいか否か、という議論に発展すると考えられますし、そうあって欲しいと願います。さらに北部イタリアの自治権の賛否を巡り現政権が分裂し、継続が難しくなる可能性もある。
なお、最近トリノで、使用可能のミサイル(!)を含む大量の武器を隠匿していた倉庫が見つかり、押収されるという事件が起こりました。その事件で逮捕された犯人のひとりは、かつて選挙にも立候補したことがある、極右グループフォルツァ・ヌオヴァに属する人物で、大量の武器は2014年、クリミア半島が侵攻された際に使われた武器だったそうです。
そういえば、ロシアのクリミア半島侵攻の際、多くのイタリアの極右グループの青年たちが、武器を携えてロシア援軍として参加しています。武器倉庫を所有していた極右グループは大量の武器を闇ルートで売って資金を稼ぐつもりだった、と釈明していますが、興奮した輩たちが、『鉛の時代』さながらにテロにでも使用したら、とゾッとする事件でした。
その直後、何を思ったのかサルヴィーニ内務大臣は、「武器倉庫の存在については、自分がインテリジェンスに通報した。前々からウクライナのグループが自分をつけ狙っている、という情報を得ていて、彼らはこれらの武器を使って俺を殺そうとしていたんだ」という、「え? 『同盟』と深い絆を持っているはずのフォルツァ・ヌオヴァが大臣を狙う?」と、まったく筋の通らない支離滅裂な発言をしています。ということは、極左に狙われている大臣は、極右にも狙われていた、ということでしょうか。しかし警察、インテリジェンスからは、内務大臣が「狙われていた」という話には何の裏づけもない、と一蹴されています。
ともあれ、内務大臣は四面楚歌の声。それでもいまだに『同盟』の支持が全然下がらず、むしろ毎週少しづつ上昇しているのは、シークレット・サービスもあっと驚く、現代イタリアの真夏のミステリーです。
さて、ロシア・ゲートの行方、そして現政府が継続するか否かは、ここ数日がこの夏の山場。今後、何か動きがあれば、追記するか、改めてリサーチしたいと思います。
7月26日 追記
26日の時点で、結局再び『同盟』と『5つ星運動』は急速に歩み寄り、とりあえず今の時点では政府が崩壊することにはなりませんでした。また、25日に国外インテリジェンスAisaの局長の発言が予定されていたはずですが、ここ数日の政府の混乱のせいか、局長が直接語ることもなかった。どのような経緯で予定されていた局長発言が霧の中に消えてしまったかは不明ですが、25日には、首相官邸からサルヴィーニとサヴォイーニの電話による非常に密な交信記録や、サルヴィーニとともにサヴォイーニ、ダミーコが2018年の10月16日の特使団としてモスクワを訪問する際、ロシア大使に当てたメイルが公開されています。
しかし『同盟』があらゆる政策において一致しない『5つ星運動』との連帯に執着し、ベルルスコーニ元首相の『フォルツァ・イタリア』、『イタリアの同朋』とともに連帯を組む『右派連合』であれば、充分に過半数に達するはずなのに、政府を継続するのはなぜなのか。
ひとつには、ベルルスコーニ元首相の政府内でのあらゆる口出しを避けたい、というサルヴィーニの意向も確かにあるでしょうが、現イタリア政府の成立の経緯に、その秘密が隠れているのではないか、という意見がイル・ジョルナーレの編集長から発言されています。つまり、現イタリア政府を樹立するよう両政党を説得したのは自分であると公言する、米国大統領選の元選対委員長でありかつての首席戦略官兼上級顧問、現在は欧州極右政党のグルでもある件のスティーブ・バノンは、そもそも欧州の混乱と弱体化を計るプロジェクトの要所としてイタリアを捉えているのではないか、ということです。バノンがロシアと緊密な関係を築いていることは、もはや周知の事実です。
なおバノンはまた、英国の新しい首相、ボリス・ジョンソンにもアドバイスした、と公言。そのビデオを公表したガーディアンの記事を元イタリア首相であるエンリコ・レッタがツイートしています。
このロシアー米国右派ー欧州極右の連帯の真意はどこにあるか深読みしたならば、原油をはじめとする資源、エネルギー産業、武器産業、イランをはじめとする対中東、対アフリカ、そして対欧州連合、対中国、というキーワードが思い浮かびますが、そのキーワードに行き着く道のりは、やはり深い霧に包まれたままです。